イルマの東へ

月河未羽

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第4章  旅の協力者

13. アリシア姫

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 まずは応接室で軽いもてなしを受けると、そのまま先に広々とした浴場へ案内された。着衣は洗濯しておいてくれるというので遠慮なく預け、代わりに肌触りのよい清潔な着替えを用意してもらった。

 そして入浴後、廊下へ出てみると、召使いが行ったり来たりしていて、ひっそりとしていた館内が少し活気づいていた。城主とその家族が帰って来たのかな・・・と、アベルはその様子をうかがった。

 そして、この浴室の前にも、召使いの若い女性が二人姿勢良く待っていた。彼女達が寝室へ連れて行ってくれるらしい。一人はラキアの案内役だろう。ということは、彼女はまだ入浴中。まだまだ出てこないだろうとアベルは思った。なぜなら、豪華な浴室にある泳げるほど広いバスタブに興奮して、リマールと二人、年甲斐としがいもなくはしゃいでしまうところだった。子供のような彼女のことだから、きっと素直にはしゃいでいるに違いない。

 アベルとレイサー、そしてリマールは、その召使いのあとについて歩いた。

 執事が、夕食当番らしい召使いに何か話している横を通り過ぎた。その時、執事しつじも召使いも全てがうやうやしく頭を下げてきた。

そのあと後ろから、「地下貯蔵庫から、レネディオラのワインをとりあえず五本用意して。極上のものを。」と指示する執事の声が聞こえた。

 城は本当に大きく、長い廊下を通り、あちらこちらの階段を上った。通りには何の飾り気も無い代わりに、意匠いしょうをこらした窓の透かし彫りや柱の彫刻が、じゅうぶんに目を楽しませてくれる。

 そうして寝室まで案内してもらったアベルは、象牙色の壁と床の部屋に一人になった。小さな机と肘掛け椅子、そして大きなベッドがある。やはり、贅沢を思わせる豪華絢爛とした家具や調度品は一つもない。

 風呂上りだというのに(だからなのか)、緊張が解かれるとどっと倦怠けんたい感に襲われて、アベルは弾力性の高いベッドに倒れ込んだ。

 このままだと眠ってしまいそうだ・・・。
 窓の外に目を向けると、綺麗な茜色の空が広がっている。
 でも夕食まであまり時間もなさそうだし・・・ちょっと庭園を散歩でもしてこよう。



 アベルは階段を下りて、柱廊に囲まれた中庭へ向かった。最初に館内へ案内された時に通ってきた中庭で、そこにはマーガレットが咲き誇っているそばの噴水のところに、花壇の方を向いてベンチ椅子があった。中庭は広々としていて、整然と並んでいる花壇の列は、色とりどりの美しい花で彩られていた。この厳かな城塞じょうさいの中にありながら、そこはまた別の宮殿の花園のようだった。今は夕方で薄暗くても、廊下から漏れる明かりで、春の花々を観賞できるだろう。

 そう思っていたアベルだったが、中庭まで出て低い階段に足をかけた時、思わず廊下へ飛びすさって、柱の後ろへサッと隠れた。

 噴水のそばのベンチに、誰かいる。長い髪の若い女の人。俯いて・・・悲しそうに両手で顔を覆っていた。

 見つかったら気まずい。きっと、一人でいたいだろうから。このまま、そっと戻ろう。

 アベルはゆっくりと背中を返そうとしたが、その時、彼女がこちらを向いているのがちらっと見えた。気付かれた・・・と思うも、体はまた反射的にひょいと柱の陰へ。

 しかし、そこで考えた。これは変だ。僕は今、とても不審なことをしてる。
 結局、アベルはこそこそしているのが辛くなって顔を見せた。 

「す・・・すみません。」
「アベルディン殿下・・・?」
「えっと・・・はい。」
「やっぱり。彼に何となく似ているもの。どうぞ、こちらへいらして。」

 アベルは石の階段を下りて、彼女の方へ歩いていった。

 近付くにつれて、離れた場所から見えたその雰囲気以上に、彼女が、見惚みとれるほど綺麗な女性であることが分かった。きっと城主の娘さんで、アルヴェン騎士の妹。だけど彼とは似ていない・・・とアベルはまず感じた。瞳の色は同じ澄んだ水色でも、切れ長が印象的な彼とは違い、彼女はくっきりした二重瞼ふたえまぶたの優しい目をしている。鼻も口も女性らしく小さくて、シルクのようなサラサラの長い髪もまた触ってみたくなるような美しさ。

 そのせいでやや呆然としてしまったアベルだったが、さらに黙考した。
 ということは、この人は王様の婚約者。名前は確か・・・。

「アリシア姫様・・・。」
「アリシアでいいわ。」
 隣に手を向けられて、アベルはベンチ椅子に腰を下ろした。
「ここは私の中庭なの。このお城はとても厳しくて、冷たい感じがするでしょう? 男の人のものって感じが。だから、優しくて柔らかい居場所が欲しくて。」

 せっかく話しかけてくれたのに、緊張して返事ができないでいるアベルは、せめて愛想よく微笑んでこたえた。
 それきり、彼女も黙って目の前の花壇を眺めだした。

 アベルの方はちらちらと横目で窺い、彼女のことを気にした。そうしているうちに話題が見つかり、思いきって声をかけるタイミングを見計らった。 

「あの、王都へ行っていたと聞いたんですが、王様と会われていたんですよね。」
「ええ・・・。」と、アリシアは顔を向けて、弱々しく微笑した。

 アベルは、兄王様の体の具合を尋ねたかったが、そのひどく落胆した様子を見ただけで知ることができた気がした。

 きっと良くないんだ・・・さっき泣いてたみたいだし・・・聞くまでもない。

 その通りで、アシリアの方でもアベルが知りたそうであるのに気づきながらも、辛くて口にする気力が湧かなかった。

 若き王アレンディルは、別れの日には顔色も良くなり持ち直したものの、それまではずっとベッドに横たわっていた。滞在中アリシアは、憔悴しょうすいした顔に儚げな笑顔を浮かべる彼のそばでほとんどを過ごした。

「あの・・・王様はきっと良くなります。薬は必ず届けてみせますから・・・心配しないで。」

 正直、時に不安で自信がなくなり、えそうになる意志に反して、アベルはそこで精一杯胸を張ってみせた。

 アリシア姫が、アベルの両手をゆっくりとつかみとった。アベルは照れて、視線を姫の顔からその手に落とす。色白の細くて皺のない手の指先に、きゅっと力が込められたのが伝わった。

「今夜から、殿下と、そして旅を共にする皆様のご無事もお祈りします。」

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