イルマの東へ

月河未羽

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第5章  試 練

9. おとり

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 移動中にも、時々、うろついているひづめの音や足音がしていたが、東側に比べればわずかだ。もともとこちら側に残っていた刺客か、追いかけて探しに戻ってきた者たちか。だがとにかく、それらはみな敵に違いないと思った。

 森に降り積もっている枯れ草には、夕日の赤い木漏れ日が射している。もうすぐ日が暮れる。

 しばらく身を潜めていると、運悪くやってきた嫌な気配が、近くの道端みちばたで立ち止った。さらには、そこへ複数人が寄り集まってきた。馬から降りて、何か話しをしている。まだ少し距離があったが、辺りが静かなので微かに聞き取ることができた。

「奴らが来てる。さっき追いかけられた。」

 嫌な気配の男は、開口一番かいこういちばん、そんなことを言った。

 追いかけられた? じゃあ、さっきのはやっぱり。やぶの中で、三人は顔を見合わせる。自分たちにとっての敵を追いかける者とは・・・つまり、味方? どこかに味方がいる! ここで感じた気配は、敵ばかりではないかもしれない。

「まずいな・・・早く見つけだして、始末しまつしないと。」

 この物騒ぶっそうな言葉は、自分たちに向けられたものだ・・・と、隠れている者たちはぞっとして、震え上がった。

「隊長はどこだ?」
「向こう側だ。」
「じゃあ合流するか。この人数じゃあ、先に俺たちが捕まっちまう。」
「そうだな。だいたい見て回ったが、こっちにはいないだろ。」

 これを聞いた三人は、ホッとした。こちら側から敵がいなくなる。

「よかった。このままもう少し待って、川辺に戻ろう。そろそろ、レイサーが来てるかもしれない。」

 リマールがささやいた、その時。

「ひゃっ!」

 ラキアの目の前をかすめて、木の枝から何か虫が落ちてきた。そのせいで、ラキアはよろめいて、こけた。

 アベルもリマールも息を止めた。

 でも茂みに倒れず尻もちをついただけだったので、一瞬、声は上げたが物音はあまり立てなかった。

 ごちゃごちゃした小枝と、生い茂る植物の隙間からのぞき込んでみると、離れかけた刺客たちのうち一人が戻ってきて、ほかの仲間をも呼び戻している。それからこちらを見て、仲間に何か話した。

 そしてついに、その一人は腕を上げて、指をつきつけてきたのである。
 だが勢いよく走り寄ってきたりはしないので、空耳か? くらいに聞き取れたのだろう。
 それでも、きっと確かめにくる・・・と思い、アベルもリマールも冷や汗をかきながら気配をうかがった。 

「こっちに来る・・・。」
 リマールが鋭いささやき声で言った。
「早く場所を変えないと。」
「でも、ここに注目してる。動けば気づかれるよ。」
「ごめん・・・。」
 ラキアは涙を浮かべた。

 あせったせいでほったらかしてしまったとアベルは気づき、まだ座り込んだまま立てずにいるラキアを、慌てて抱き起こした。

「大丈夫・・・大丈夫だよ。君は大丈夫だから。」

 すると。

「あたし、あっちに行く。」

 何を言っているんだ? と、アベルは信じられずに少女を見つめた。

「ラキア?」
「あいつらは、あたしには何の用もない。だから、捕まってもきっと大丈夫。」

 僕のせいだ! ラキアはおとりになるつもりでいる。アベルはそう思い、あわてて言った。

「違う、ラキア、そうじゃなくて・・・!」

 いや、言葉としてはそういう意味で言ったのだけど、安心させたくてつい口にしてしまっただけで、ぜったい大丈夫なんて言いきれることじゃないのに。

「ダメだよ、そうとは限らない。」
「いいから・・・!」

 アベルは夢中で手を伸ばしたが、その手は網で魚をすくいそこねたように、ラキアの腕とすれ違った。

 ラキアは頭を上に出さないようにして、奴らの左方向へ走り去った。きっと後のことなんて何も考えずに。

 ああラキア、僕はなんてことを・・・!

 一人ではないと思わせるため、ラキアは、拾い上げた太い枝を藪の中に走らせながら消えていった。騒々しい音を追いかけて、恐ろしい気配の全てがそちらの方へ離れていく。ラキアが密になった藪へと逃げ込んだので、その全員がとっさに馬を置き去りにして。

 やがて、辺りがひっそりと静かになった・・・。

 アベルは力無く腕を下ろし、がっくりとうな垂れた。

「行こう。」
 リマールがアベルの肩に手を置いて、そっと言った。
「あいつらが馬を取りに戻ってくる。」
「でも・・・。」
 アベルは顔をくしゃくしゃにして、泣きべそをかいている。

「しっかりして、アベル。レイサーもラキアも、自分のことより君を守ろうとしてくれてる。だから君は、それに応えないと。家族に会うだけじゃなく、もしその時は、必要なら、君が王になるんだ。ルファイアス騎士や、ラルティス総司令官が聞かせてくれた話を理解できたなら、それくらいの気持ちでいなくちゃいけない。僕たちがしてるこの旅はもう・・・そういう旅だ。」

 リマールは、アベルの両肩を掴んでそう言いきかせた。だがそのあとは、厳しかった表情を少し緩めた。

「それに、ここは落ち合い場所じゃないだろ? 二人はきっと来る。信じて、そこで祈りながら待とう。」







 レイサーは、太い木の幹にしっかりと縛り付けられ、身動きできない状態にあった。
 その彼の真正面には、仏頂面ぶっちょうづらの大柄な男。暗殺兵団の指揮官だ。

「俺を痛めつけて吐かせるつもりか。俺は我慢がまん強いぞ。誇りを捨てるくらいなら、死ぬ。」
 男の冷ややかな顔に向かって、レイサーは言い放った。

 実際、状況は絶望的である。ただでさえ縛られているロープが斬られた腕の傷口に食い込んでいるので、少しでも動こうものなら痛烈な痛みが走った。気が遠くなりそうな疲労と苦痛のせいで、いさぎよいというより、正直、なげやりでやけくそ混じりだ。

拷問ごうもんは趣味じゃない。どうせここに一晩縛りつけて放っておけば、真夜中には飢えた狼がやってくる。ここの狼は人を襲うぞ。昔からそうだったらしいからな。人間の味を知っているんだ。」
 男は顔色一つ変えずにそう言った。

 それは脅しではなかった。この森には、確かにそのような狼の群れが生息している。夕べもそれを警戒して、先に仮眠をとったレイサーは一晩中見張りをしていた。

 そこへまた一人新たな兵士が現れて、男に何やら耳打ちした。

「薬は持っていませんでした。」
「連れて来い。」

 誰かが捕まった・・・! 薬を持っていなくて、すぐには殺されない者。消去法で考えれば一瞬で見当がついた。

 レイサーは恐れながら待った。

 やっぱりだ・・・。

 引っ張ってこられたのは、目に涙をためて、べそをかいている女の子。すでに泣きはらした後という感じだった。
 
「ラキア・・・。」
 レイサーは目を閉じて眉間みけんに皺を寄せ、大きなため息。

「その小娘は妙な術を使う。口に手ぬぐいを噛ませて縛っておけ。」

 関所でのボヤ騒ぎを知っているらしい。関所に潜んでいた密偵が教えたのだろうとレイサーは思った。

「その子に手を出すなっ。手を出せば恥ずかしい罪が増えるぞ、この外道げどうっ。」
 レイサーはたっぷりと侮蔑ぶべつの念を込めて言ってやった。

「口を慎め。さっきも言っただろ。それ以上は何もしない。だが、この小娘まで狼に食われることになるぞ。さあ、落ち合い場所を言え。」

 レイサーはラキアと目を見合った。

 怖いはずなのに、ラキアの目は急に毅然きぜんとして、かすかに首を横に振っている。

「お前、ひどい怪我けがをしてるじゃないか。狼が来るのは思ったより早いかもしれんな。」

 指揮官の男は、剥き出しのまま放置されているレイサーの足の傷を見下ろして、さっきの悪口の仕返しか、バカにしたような口調で言った。

 男の合図で二人が動いた。

 ラキアは、両脇からその男たちに腕を掴まれ、レイサーと同じく木の下に座らされた状態でそこに縛り付けられた。胸までぐるぐる巻きにされているレイサーに比べれば、ずいぶん適当に腰の辺りだけを。それでも、ラキアではどうにもならない。レイサーがいる所から、ニメートルほど離れた隣の木の下だ。

 どんなにかばってやりたいか知れなかったが、レイサーには何も、気休めさえもいい加減なことは言えなかった。悔しいことに何の手立てもない。ほんのひと欠片かけらの希望も勝機しょうきもとうてい見いだせない。もはや自分のことは気にせずどうか出発してくれと、ただ祈ろうとしていたところにラキアが連れて来られたのだ。

 指揮官の男は、レイサーの目の前に仁王立ちで立った。そして、レイサーに分からせようと、ラキアの方へ首を振ってみせた。レイサーは、見るに忍びない視線を向ける。ラキアは無理やり手ぬぐいを噛まされているところだった。

「すでに夕方だ。時間はあまり無いぞ。」

 どこか遠くの崖のいただきで、狼の統領とうりょうが長く尾を引く鳴き声をあげる。さあ狩りに出るぞ、というように。

 レイサーは、刻一刻と暮れてゆく空を見上げた。

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