56 / 70
第5章 試 練
9. おとり
しおりを挟む移動中にも、時々、うろついている蹄の音や足音がしていたが、東側に比べればわずかだ。もともとこちら側に残っていた刺客か、追いかけて探しに戻ってきた者たちか。だがとにかく、それらはみな敵に違いないと思った。
森に降り積もっている枯れ草には、夕日の赤い木漏れ日が射している。もうすぐ日が暮れる。
しばらく身を潜めていると、運悪くやってきた嫌な気配が、近くの道端で立ち止った。さらには、そこへ複数人が寄り集まってきた。馬から降りて、何か話しをしている。まだ少し距離があったが、辺りが静かなので微かに聞き取ることができた。
「奴らが来てる。さっき追いかけられた。」
嫌な気配の男は、開口一番、そんなことを言った。
追いかけられた? じゃあ、さっきのはやっぱり。藪の中で、三人は顔を見合わせる。自分たちにとっての敵を追いかける者とは・・・つまり、味方? どこかに味方がいる! ここで感じた気配は、敵ばかりではないかもしれない。
「まずいな・・・早く見つけだして、始末しないと。」
この物騒な言葉は、自分たちに向けられたものだ・・・と、隠れている者たちはぞっとして、震え上がった。
「隊長はどこだ?」
「向こう側だ。」
「じゃあ合流するか。この人数じゃあ、先に俺たちが捕まっちまう。」
「そうだな。だいたい見て回ったが、こっちにはいないだろ。」
これを聞いた三人は、ホッとした。こちら側から敵がいなくなる。
「よかった。このままもう少し待って、川辺に戻ろう。そろそろ、レイサーが来てるかもしれない。」
リマールがささやいた、その時。
「ひゃっ!」
ラキアの目の前をかすめて、木の枝から何か虫が落ちてきた。そのせいで、ラキアはよろめいて、こけた。
アベルもリマールも息を止めた。
でも茂みに倒れず尻もちをついただけだったので、一瞬、声は上げたが物音はあまり立てなかった。
ごちゃごちゃした小枝と、生い茂る植物の隙間から覗き込んでみると、離れかけた刺客たちのうち一人が戻ってきて、ほかの仲間をも呼び戻している。それからこちらを見て、仲間に何か話した。
そしてついに、その一人は腕を上げて、指をつきつけてきたのである。
だが勢いよく走り寄ってきたりはしないので、空耳か? くらいに聞き取れたのだろう。
それでも、きっと確かめにくる・・・と思い、アベルもリマールも冷や汗をかきながら気配をうかがった。
「こっちに来る・・・。」
リマールが鋭いささやき声で言った。
「早く場所を変えないと。」
「でも、ここに注目してる。動けば気づかれるよ。」
「ごめん・・・。」
ラキアは涙を浮かべた。
焦ったせいでほったらかしてしまったとアベルは気づき、まだ座り込んだまま立てずにいるラキアを、慌てて抱き起こした。
「大丈夫・・・大丈夫だよ。君は大丈夫だから。」
すると。
「あたし、あっちに行く。」
何を言っているんだ? と、アベルは信じられずに少女を見つめた。
「ラキア?」
「あいつらは、あたしには何の用もない。だから、捕まってもきっと大丈夫。」
僕のせいだ! ラキアはおとりになるつもりでいる。アベルはそう思い、あわてて言った。
「違う、ラキア、そうじゃなくて・・・!」
いや、言葉としてはそういう意味で言ったのだけど、安心させたくてつい口にしてしまっただけで、ぜったい大丈夫なんて言いきれることじゃないのに。
「ダメだよ、そうとは限らない。」
「いいから・・・!」
アベルは夢中で手を伸ばしたが、その手は網で魚をすくい損ねたように、ラキアの腕とすれ違った。
ラキアは頭を上に出さないようにして、奴らの左方向へ走り去った。きっと後のことなんて何も考えずに。
ああラキア、僕はなんてことを・・・!
一人ではないと思わせるため、ラキアは、拾い上げた太い枝を藪の中に走らせながら消えていった。騒々しい音を追いかけて、恐ろしい気配の全てがそちらの方へ離れていく。ラキアが密になった藪へと逃げ込んだので、その全員がとっさに馬を置き去りにして。
やがて、辺りがひっそりと静かになった・・・。
アベルは力無く腕を下ろし、がっくりとうな垂れた。
「行こう。」
リマールがアベルの肩に手を置いて、そっと言った。
「あいつらが馬を取りに戻ってくる。」
「でも・・・。」
アベルは顔をくしゃくしゃにして、泣きべそをかいている。
「しっかりして、アベル。レイサーもラキアも、自分のことより君を守ろうとしてくれてる。だから君は、それに応えないと。家族に会うだけじゃなく、もしその時は、必要なら、君が王になるんだ。ルファイアス騎士や、ラルティス総司令官が聞かせてくれた話を理解できたなら、それくらいの気持ちでいなくちゃいけない。僕たちがしてるこの旅はもう・・・そういう旅だ。」
リマールは、アベルの両肩を掴んでそう言いきかせた。だがそのあとは、厳しかった表情を少し緩めた。
「それに、ここは落ち合い場所じゃないだろ? 二人はきっと来る。信じて、そこで祈りながら待とう。」
レイサーは、太い木の幹にしっかりと縛り付けられ、身動きできない状態にあった。
その彼の真正面には、仏頂面の大柄な男。暗殺兵団の指揮官だ。
「俺を痛めつけて吐かせるつもりか。俺は我慢強いぞ。誇りを捨てるくらいなら、死ぬ。」
男の冷ややかな顔に向かって、レイサーは言い放った。
実際、状況は絶望的である。ただでさえ縛られているロープが斬られた腕の傷口に食い込んでいるので、少しでも動こうものなら痛烈な痛みが走った。気が遠くなりそうな疲労と苦痛のせいで、潔いというより、正直、なげやりでやけくそ混じりだ。
「拷問は趣味じゃない。どうせここに一晩縛りつけて放っておけば、真夜中には飢えた狼がやってくる。ここの狼は人を襲うぞ。昔からそうだったらしいからな。人間の味を知っているんだ。」
男は顔色一つ変えずにそう言った。
それは脅しではなかった。この森には、確かにそのような狼の群れが生息している。夕べもそれを警戒して、先に仮眠をとったレイサーは一晩中見張りをしていた。
そこへまた一人新たな兵士が現れて、男に何やら耳打ちした。
「薬は持っていませんでした。」
「連れて来い。」
誰かが捕まった・・・! 薬を持っていなくて、すぐには殺されない者。消去法で考えれば一瞬で見当がついた。
レイサーは恐れながら待った。
やっぱりだ・・・。
引っ張ってこられたのは、目に涙をためて、べそをかいている女の子。すでに泣きはらした後という感じだった。
「ラキア・・・。」
レイサーは目を閉じて眉間に皺を寄せ、大きなため息。
「その小娘は妙な術を使う。口に手ぬぐいを噛ませて縛っておけ。」
関所でのボヤ騒ぎを知っているらしい。関所に潜んでいた密偵が教えたのだろうとレイサーは思った。
「その子に手を出すなっ。手を出せば恥ずかしい罪が増えるぞ、この外道っ。」
レイサーはたっぷりと侮蔑の念を込めて言ってやった。
「口を慎め。さっきも言っただろ。それ以上は何もしない。だが、この小娘まで狼に食われることになるぞ。さあ、落ち合い場所を言え。」
レイサーはラキアと目を見合った。
怖いはずなのに、ラキアの目は急に毅然として、かすかに首を横に振っている。
「お前、ひどい怪我をしてるじゃないか。狼が来るのは思ったより早いかもしれんな。」
指揮官の男は、剥き出しのまま放置されているレイサーの足の傷を見下ろして、さっきの悪口の仕返しか、バカにしたような口調で言った。
男の合図で二人が動いた。
ラキアは、両脇からその男たちに腕を掴まれ、レイサーと同じく木の下に座らされた状態でそこに縛り付けられた。胸までぐるぐる巻きにされているレイサーに比べれば、ずいぶん適当に腰の辺りだけを。それでも、ラキアではどうにもならない。レイサーがいる所から、ニメートルほど離れた隣の木の下だ。
どんなに庇ってやりたいか知れなかったが、レイサーには何も、気休めさえもいい加減なことは言えなかった。悔しいことに何の手立てもない。ほんのひと欠片の希望も勝機もとうてい見いだせない。もはや自分のことは気にせずどうか出発してくれと、ただ祈ろうとしていたところにラキアが連れて来られたのだ。
指揮官の男は、レイサーの目の前に仁王立ちで立った。そして、レイサーに分からせようと、ラキアの方へ首を振ってみせた。レイサーは、見るに忍びない視線を向ける。ラキアは無理やり手ぬぐいを噛まされているところだった。
「すでに夕方だ。時間はあまり無いぞ。」
どこか遠くの崖の頂で、狼の統領が長く尾を引く鳴き声をあげる。さあ狩りに出るぞ、というように。
レイサーは、刻一刻と暮れてゆく空を見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~
雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。
左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。
この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。
しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。
彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。
その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。
遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。
様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。
異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
神様、ありがとう! 2度目の人生は破滅経験者として
たぬきち25番
ファンタジー
流されるままに生きたノルン伯爵家の領主レオナルドは貢いだ女性に捨てられ、領政に失敗、全てを失い26年の生涯を自らの手で終えたはずだった。
だが――気が付くと時間が巻き戻っていた。
一度目では騙されて振られた。
さらに自分の力不足で全てを失った。
だが過去を知っている今、もうみじめな思いはしたくない。
※他サイト様にも公開しております。
※※皆様、ありがとう! HOTランキング1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※
※※皆様、ありがとう! 完結ランキング(ファンタジー・SF部門)1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる