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第2章 敵の罠
10. アディロンの森
しおりを挟む木の幹に刻まれた印を見つけた。違う印が、あちこちにあった。強引に道を切り開いたあとも。それで分かった。ラルティスたちは、同じ場所を何度も通り、手段を変えてみるもなぜか戻ってきて、この辺りを繰り返し彷徨ったのだと。
しかしその姿はなく、ルファイアスもまた、すでにあるその印を頼りに同じことをしている。
今、彼は、もう何日もほかに人気のない沼地に佇んでいた。
ここに来ると、今ではもう、茫然と目に映るものを見つめることしかできない。水草に覆われた青緑色の沼。田んぼのあぜ道ほどのもので、三つ、四つに仕切られているように見える。そこを通って、向こう岸へ渡ろうとしたこともあったが、道は途中で深く水没していた。ならば、と、沼沿いに回り込もうともしてみたが、密生している低木や背の高い植物に邪魔されて、そのうち、どこがどこだか分からなくなる。
この風景もすっかり見慣れた。自分の意思に反して、何度ここへ出てきたことか。そして認めるしかなくなった。自分は呪われたように、この沼の周辺から離れられなくなったのだと。
樫やブナの巨木にとり囲まれ、複雑に入り組む小枝の藪に先を塞がれる。少しでも進めそうな獣道を見つけてはそちらへ進路をとってみるが、結局、無駄に終わる。何度か少し開けた場所にも出たが、いくつかは同じ場所だった。一度は戻ろうともした。だが叶わなかった。
不思議で仕方がない。いったい、どんな行動をとれば、この呪いを解くことができるのか。
おかげで、行きたくもないのにたどり着いてしまう場所、その行動可能な範囲に何があるかだけは、すっかり詳しくなった。
岩の間から湧き出している水源(これは神の恵みだと思った)。枯れかけた老木。不気味な白い線模様を刻んだ大岩。何かの獣の洞穴・・・。
そうして、さんざん歩き回ったが、突破口が未だに分からない。出入口が消滅した樹海の迷路に閉じ込められたようだ。青々と繁茂した緑の薄暗い迷路。
ルファイアスは沼の景色を眺めながら、ここへ来た日のことを、よくよく思い出してみる。
最初は人の気配らしきものも感じた。敵かと思い警戒したが、同じ場所を彷徨っていると分かり始めた頃に、それは結局姿を現さずに消えていった。今思えば、この謎を解く鍵とそのことは、何か関係があるのでは・・・。
とにかく、自身が体験しているこのことと、残されたそれらの痕跡から、ルファイアスは確信した。ラルティス率いる国境警備隊は、敵にではなく、このアディロンの森に食われたのだと。ならば、これは罠とは言えない。しかし、やはりまだ疑問は残る。彼らは彷徨った末に、いったいどこへ行った。
ルファイアスは雑木林の方へ向かい、木の幹にもたれて座り込んだ。一度座ってしまったら、立ち上がるのに気合がいった。
そうしていると、気づけばまた黙考していた。ここでできることは、ほとんど考えることだけだ。
今日で何日目だ・・・? もう自然の中から食べられるものも、あまり無い。なんせ、恐らくこの辺りをぐるぐると歩き回っているのだから。毎日・・・毎日・・・。なぜだ・・・ここで何が起こっている。
そして、本来の目的地のことへも思考は飛んだ。
このほとんど未開の森で、人がいる唯一の村。昔、行ったことがある。戦争の時代に。そこは、極めて国境に近かったから。不思議な村だった。同じウィンダー王国にありながら、独自の世界感が漂っていた。その周辺の道らしい道は、彼ら自身が、自分たちの生活のために切り開いたわずかなものだけだった。だから、その道をたどれば着くはずの場所だ。それほど遠く、分かりにくいものではなかった。なのに、なぜだ・・・なぜ、その道を見つけられない。
ラルティス・・・お前たちは、そこにいるのか。
彼は目を閉じた。食べられるものを探せるよう、少し休んで体力を蓄えなければならない。限界に近づくのを、遅らせなければ。必ず出られるはずだ。こんなところで、何も報告できないまま力尽きるわけにはいかない。
そうして、しばらくそのままでいたルファイアスは、おもむろに瞼を上げていった。向かいの木の枝を見上げると、丸々としたオレンジ色の鳥がいて、リスがちょろちょろ駆け回っている。少し離れた太い幹の後ろには、シカが立ち止ってこちらを見ている。キツネを見かけたこともあった。
「お前たちは、行きたい場所へ迷わず行けるのか。」
と、声に出して、ルファイアスは野生の動物たちに話しかけた。
「俺はもう素早く動けないよ。獲って食ったりしないから、俺を道のあるところへ連れて行ってくれないか。」
彼は、頭を垂れて苦笑した。動物を相手に冗談を言ったり、若い頃にも口にしなかった〝 俺 〟なんて一人称を使ったり、だいぶ精神までやられてきたな。
結局、シカは慌てたように飛び跳ねて、遠くへ行ってしまった。
そのすぐあと、ルファイアスの気分はサッと切り替わった。
警戒心が働き、緊張感が高まった。目つきは鋭く、前を向きながらも後ろを気にした。
長い間感じなくなっていた人の気配が近づいてくる・・・。
果たして救い手か、それとも敵か。だが、戦士の勘は危険を知らせていた。
そして、それは当たっていた。
「もう死んだか。」
「たった一人くらい、放っておいても良さそうだったが・・・。」
背後の叢から近づいてくる声が言った。
ルファイアスは密かに剣に手を忍ばせて、立ち上がれる姿勢をとろうとした。
その者たちが、前に回り込んできた。
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