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第3章 脱 出
1. 牢獄に入れられて
しおりを挟む捕虜たちは、檻の中をゆっくりと行ったり来たりしていた。そうしながらいろんなことを考え、毎日、懸命に頭を働かせた。そうすることで、誇りと気力を保っていた。
ラルティスは、目の前に並んでいる何本もの棒の向こうを、鋭い目で見た。周囲には同様に捕えられた部下以外には誰もいないが、この洞窟の出入口には、敵の兵士や村人がうろうろしている。
アスティンが逃げてからというもの、牢屋に閉じ込められているというのに、見張りの数がいっきに増えた。兵士が倍になり、武器を持った村人まで数名、夜でもたまに様子を見に来るようになった。堅くて丈夫な木でこしらえたとはいえ、柵の檻に不安でもあるのだろうか。しかし実際、何の抵抗ができよう。何日もまともな食事をしていないせいで、体は真っ直ぐ歩くのも困難なほど弱りきっているというのに。
ただ一ついいことは、牢屋に入れられてから手を縛られなくなった。向こうも、いちいち縛ったり解いたりが面倒だったのだろう。それに、牢屋の中はわりと広くて、まだあと五、六人は入れておけそうだ。ということで、動き回れるようになった。とはいえ、体はふらふらだ。それでも筋力の衰えはなるべく防ぎたい。もし、もしも、逃げ出せる機会があったら! ためらわずに行動してやろうと、捕虜たちは決心していた。
それで彼らは、牢屋の中を適度に歩き回り(カロリーを消費して余計に痩せるのではと心配したが)出されるわずかな食料を素直にいただき、譲り合わずに平等に食べた。その時は全員で協力しなければならない、と考えていたから。
そのために、この檻の中をくまなく調べた。洞窟の片隅を利用して、二面は岩肌、それと対面に柵を張ってある木組みの檻だ。頭上に木材を渡してあり、下はそのまま地面である。何も敷いていない、無慈悲で冷たい地面。
この柵、何とか壊せないか。工事の時に出たらしい、鋭い岩の欠片が落ちている。これで何かできないか。だが、何をしようと、気づかれないようにやるのは、ほとんど不可能だ。
総司令官と二人の隊長は、ときどき一人ずつ連れ出され、ぐったりして檻に戻される非人道的な日々の中にあっても、軍の上官の誇りにかけて、鉄の精神を見事に崩さなかった。
そして、同じことの繰り返しに飽きて、見張りがもっといい加減になってくれないかと願った。だが、見張りの兵士がさぼりたい時に、村人が代わりに見に来ているらしい。なので、監視の目が緩むことがない。
どうにか脱走する方法は無いか・・・。
そればかり考える毎日を過ごしていた、ある日。
また一人、後ろ手に縛られている黒髪の捕虜が連れてこられた。
やっと着いたか。思っていたのと全く違う形でだが・・・。その男、ルファイアスは情けなくなり、こんな時だというのに苦笑を浮かべた。当然、武器も何もかも一切を取り上げられている。
嬉しくない再会の仕方で、兄弟は顔を見合った。
ルファイアスはそのまま苦笑いを向け、ラルティスの方はショックで固まっている。
背中を突き飛ばされて、ルファイアスも同じ牢屋に入れられた。
そうして、すべきことを終えると、敵の兵士たちはさっさと立ち去った。
ラルティスがすぐに動いて、兄の縛めを解きにかかる。
「痩せたな。」
縄を外してもらいながら、ルファイアスは背後にそう声かけた。
「兄さんも。」と、ラルティス。
ひとまず縄の拘束からは自由になれたルファイアスは、腕をなでさすって痛みをほぐした。
思いがけずやってきて、一緒に捕まってしまった英雄騎士に、一方のハリスとコールは言葉もでない。
「さて・・・。」と、ルファイアス。「こんな予定ではなかったんだが、見ての通りだ。すまない。」
「いえ、分かります。」
ハリスが答え、コールがそれに続けた。
「謎の迷路に、閉じ込められてしまったのでしょう。」
「その通りだ。」
「兄さん、まずその謎について話そう。同じ目にあったのなら、恐らく、兄さんが思っているような単純なものではない。そこには回避不可能の、想像を絶する罠がしかけられていたんだ。」
兄弟は地べたに並び、姿勢を崩して座った。
「敵には恐ろしい味方がいる。精霊使いだ。そのせいで、私たちはあの沼の周辺から出ることができなかったのだと、ここへ来てようやく知った。何か不思議な力を使って何日も森を彷徨わせ、弱らせて、襲いかかる。そうして、私たちは捕えられた。」
ルファイアスはうな垂れる思いだった。精霊使い・・・あの、修道士のような恰好をしていた男がそうだろう。処理しきれなかった疑問まで、その怪しい存在一つで全て納得できた。
「そんな考えも及ばない真相だったとは。確かに、そこまでの情報は知らなかった。」
そしてルファイアスは、ラルティスたちが消息をたってから、国で起こったことを話した。ベルニア国のもと側近が主人を裏切った話や、その後の会議のこと、それによって自分がやってきたことを。
「この森の奇怪な現象については、ベルニアにそこまで話す必要が無かったからだろう。その側近も知らなかったんだ。」
そう答えたラルティスもまた、順を追ってこれまでのことをさらに語った。
「かの国はもはや同盟の考えを変え・・・いや、はなからそのつもりも無かったのかもしれないが・・・再び襲撃しようとしている。そしてまずは、このアディロンの森へ、我が国の兵士・・・あわよくば兄さんのような強者をおびき寄せ、戦いが自分たちに有利になるよう周到に動いている。卑劣なだまし撃ちを企て・・・そうして、私の部下は次々と虐殺された・・・!」
隊員たちがどのように衰えていき、殺されていったかが、何度も掠めすぎる閃光ようにフラッシュバックした。
ラルティスは、話の続きを口にするのに落ち着くまで、少し時間がかかった。
同じく、二人の隊長も辛そうに目を伏せている。
兄のルファイアスが気遣わし気に肩に手を回すと、弟は、大丈夫、というように小さくうなずいた。
「敵は、そうして南の警戒を緩め、侵入する機会を窺っている。攻め入る準備は順調に進んでいるようだ。そして時がくれば、最初に大街道の関所、次にエオリアス騎士の領地、ラトリ市が狙われる。大橋の防御を破れば、大街道から容易に王都へ行けるようになる。西からの敵の軍勢は、関所の守りを潰して攻めてくる。ラトリ市と、大街道の関所を持つラジリーク市。敵は、この二つの王国の中心を乗っ取り、拠点にするつもりだ。」
二人がそう話しているあいだ、ハリスとコールは、注意深く外からくる気配をうかがっている。
「部下を一人逃がした。ただ一つの逃げ道へ。私たちは経験を積み、地位を得た。敵にとって有益な情報を持っている。しかし、アスティンは若い。私たちから、その情報を引き出すための道具として生かされたのだろう。きっとひどい目に遭わされたあげく、殺されると分かっていた。だから彼は、川の中へ飛び込むのもためらわなかった。望みは儚いが、王へ、この事態とバラロワ王国の計略を知らせてくれるかもしれない。アスティン・・・うまく生き延びてくれればいいが・・・。」
「総司令官・・・!」
ハリスが片手で、静かに、という仕草をした。
足音が聞こえる・・・妙な感じがした。耳慣れない音、それに歩き方だ。カツ、カツ・・・と、優雅にも聞こえる足音を鳴らしながら、ゆっくり近づいてくるのである。兵士でも、村人でもないと分かった。とりあえず、単独でやってくる。
曲がり角に注目していると、やがて現れたのは、間違いなく場違いな女性だった。
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