イルマの東へ Ⅱ ~ Knights of Winder Kingdom ~

月河未羽

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第5章  戦場へ

8. 風の声を聞く少年

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 近道は・・・ある。確かに。

 森を複雑に通る道を行くより、遥かに早く着くことができ、そうすれば、戦場で隊員たちが持てる力の全てを発揮して戦えるだろう、秘密の道が。

 だが、ただでは行けない。準備が足りない。こればかりは、どうしようもない・・・。

 そう思うも気になり、長老はつえをつかむと外へ出て、兵士たちの野営地をそっとうかがいに行った。

 あのひどく苦悩している若い隊長の後ろ姿を見送ってから、一時間くらい経ったか。そのあいだ結局、彼の差し迫る声や表情が、頭から離れることはなかった。

 何としても、戦いに間に合わなければならない。防衛戦のために・・・!

 その言葉が頭に響いて、長老は昔を、戦争の時代を思い出した。かつて、この村を立派に守ってくれた者たちがいた。その時、その道を使った。秘密の道を。

 伝説は迷信かもしれない。そのような目に遭ったという者を、実際には知らないから。それに、本当だとしても、恐れるようなものではないかもしれない。

 教えてやるべきか・・・。

 安楽椅子に座って、長老はずっとそう悩んでいた。だが、やはりならない・・・という思いの方が勝った。このフェルドーランの森には、何人もが命を落とした〝あやかしの沼〟だって実在する。ただでさえ危険な道だ。そこをあえて行くというなら、用意は最低限必要だ。

 広場は家からすぐのところにあるので、ほんの数分で出られる。着いてみると、そこにはもう村人の姿はなく、食事も綺麗に片付けられていた。兵士の中には、雑魚寝ざこねについている者も多くいる。まだ起きている者たちが気づいて、会釈えしゃくをしてきた。長老も軽く頭を下げて応えた。みなやわらいだ表情で、それなりに休めているようだ。

 そして、顔を上げて目で探ってみれば、あの若い隊長の、焚き火に照らされた横顔が見えた。彼だけは厳しい表情で、まだ深く考え込んでいるようだった。

 せめて何かほかにも世話をしてやれることはないかと、長老は、野営地全体をゆっくりと見回した。

 すると、小高い丘の上の人影に気づいた。

 野営地からは、丘の坂道の分だけ距離がある。ほかの者たちから離れて、一人孤独に、そこにある岩に腰掛けている隊員がいる。その姿は、遠目にも少年のように見えた。

 老体に気合いを入れて、長老は丘を上がっていった。
 そして近くへ来てみると、思わず足を止めた。
 その少年兵士が、ややうつむき加減のまま、片手を耳の後ろに当てているのを見て。

 かつて、同じ仕草しぐさをよくしていた者を、長老は一人知っていた。

「お前さん・・・何をしてる?」

 風の声を聞くことにじっと集中していたアベルは、驚いて顔を上げた。振り向いてみると、いつの間にか村長が立っている。

「・・・特に何も。」と、アベルは答えた。
「もしや、声が聞けるのか。」
「え・・・。」

 アベルは、さらにびっくりした。わざとそう言わなかったのに、まさか言い当てられるなんて。

「名は?」
「アベル・・・です。」
「アベルディン殿下か。」

 いよいよ驚きが止まらなくなり、アベルは彼を見つめた。すると、相手はこちら以上に驚愕きょうがくしている様子。

「どうして・・・それを。」
「こんなことが・・・。」

 信じられない・・・というように、長老は首を揺らしながらさらに近づいて、アベルが座っている大きな岩に腰掛けた。そして、隣からアベルをまじまじと凝視ぎょうしした。

 アベルの方は、自分がした質問の答えが返ってくるのを待っていたが、長老は話しの流れを変えて言った。

「それで、風はなんと。何か聞いていたんじゃろう?」
「はい・・・。」

 アベルはもう、素直に答えることにした。正直にはっきりと。同じように、自分が気になる全てを、彼にも答えて欲しいと思ったからだ。

「この村の人たちの、落ち着かない様子が伝わってきました。何か・・・恐れるような。」
「それは、お前さんが教えて欲しかったことと、関係あると思うか?」
「はい。僕は、この村の人たちには、僕たちに知られたくない何かがあると思いました。例えば・・・イスタリア城へ行ける近道。その理由が知りたいです。」
「そう思うか。」

 長老は、アベルの瞳や髪を、顔全体を眺めていた。

 アベルの方は、何かを感じ取ろうとするかのようなまなざしを向けられて、胸が少しドキドキしだした。

 やっと視線を外した長老は、アベルにはどういう意味だか、かすかに二度うなずいて言った。

「少し話しをしよう。全てを理解してもらえるだろう話を。」

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