14 / 34
十四 Iターンの動機
しおりを挟む
話を聞く準備が整うのをみて、適当な口上を考え考え述べる。
「須原さん、はじめまして。深見製藍所からみなさまのお迎えに参りました深見千草と申します。製藍所の代表である弥吉は、わたしの父方の祖父にあたります。当面は実家住まいですので、何かとお会いする機会もあると思います。町内や近場への観光案内くらいなら、お役に立てると思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
なるべくていねいをこころがけたが、松葉と神田が会釈を返し、よろしくお願いしますと口にするのに対し、須原はにこりともしなかった。戸惑ったが、ここで争うつもりはないし、彼女の相手は製藍所の面々がするだろう。千草には直接関わってこないはずだと、自分を納得させる。
「では、行きましょうか。製藍所までは、三十分ほどで着きます」
先導していくと、背後で低めの女性の声がぼそりとつぶやいた。
「うざ」
たった二文字に胸をえぐられる。千草は聞こえなかったふりをして、後ろをふりかえる。
「みなさん、スーツケース以外のお荷物って、どうされたんですか?」
「僕は実家に預けてきちゃった」
「俺は処分した。こちらで必要なら、また買えば良いかと思って」
須原は答えない。千草は笑みを深め、車のロックを遠隔で解除し、荷室のドアを開く。
「三列目の椅子はたたんでしまっているので、スーツケースはぜんぶここに入るはずです」
「りょーかい!」
くだけた敬礼をして、神田が自分のスーツケースと須原のものを持ち上げる。こちらは平気そうだなと、運転席に回ると、助手席のドアが開いた。
「須原さんは助手席にどーぞ」
神田がエスコートするように須原を促す。だが、彼女は甘えるような上目遣いになった。
「──あたし、まさくんの隣がいいなぁ」
だが、神田は引かなかった。それを見て、須原は顎で助手席を示しながら、松葉に声をかけた。
「松葉さん、早く座ってよ。からだ大きいんだし、助手席のほうが楽でしょ?」
めまいがした。何が、甲乙つけがたい、だ。聞き分けのない幼児を相手にするような気分で、千草は運転席に収まった。
「すみません、千草さん」
助手席に座った松葉が小声で謝る。聞きつけて、神田が後席からぴょこんと顔を出す。
「あれー? いつのまに名前で呼ぶようになったの? ねえ、僕も呼んでいい?」
「神田。シートベルトしろ。発車できない」
須原がバックミラー越しに千草をにらみつけている。憂鬱さが増したが、松葉が恐縮したようすで助手席で小さくなっているのを見ると、おかしさで気持ちがほぐれていく。
「松葉さん、窮屈でごめんね。膝、当たってない?」
「ねえ、千草ちゃんって、阿波弁は話さないの? 阿波弁、可愛いよね、ゆったりしてて。役所のひとはけっこうがっつり関西弁って感じだったから、女のひとが話すの聞いてみたかったんだけど」
神田の脳天気な感想にイラッとしたせいか、気の利いた返答はできなかった。
「わたしは、母が神奈川県の出身だからか、話せないの。祖父や父はふだんから方言だよ。女のひとが話すのは、叔母や姉が来たときにでも聞けるんじゃないかな」
「ふうん、そっか。単語のアクセントも面白いよね。電話で職員さんと話したとき、阿波藍の『あわ』が、石鹸の泡とおんなじアクセントで、最初はよく聞き取れなかったな」
延々と続きそうな神田のおしゃべりに、千草はタイミングを見計らうことを止した。車を発進させ、思いたって、松葉に実家への連絡を頼む。
千草と無事に合流できたことを報告する松葉の声に、神田が黙る。電話の相手は女性のようだ。よかった、これで祖父が伝えそこなっていても、隊員たちの到着を母が把握できた。
ほっと息をついて、ステアリングを握りなおした千草の手を見て、松葉が小さな声で尋ねる。
「手に書くのは、クセ?」
「ううん、出先でパッとメモが出せなかったものだから、つい」
今日の今日まで、地域おこし協力隊員が来ることを知らされていなかったから、車で出かけてしまったのだと、千草は祖父との行き違いをかいつまんで説明する。
「じいやんのことばが足りないのは、いつものことなの。わたしも確認不足だった」
役場で聞かされたことを胸のうちでふりかえりながら、千草は松葉に話題を投げかける。
「どうしてまた、徳島なんかに来る気になったの? こんな田舎より、東京のほうが便利でしょうに」
Uターンで、過去にこちらに住んでいた自分でさえ、不便を感じる場面が多い。Iターンともなれば、なおさら、そうした場面は増えるだろう。
だが、松葉の口から飛び出したのは、思いもかけないことばだった。
「昔、徳島にいたことがあるんだ」
「えっ? 松葉さんも、こちらの出身?」
「いや、小学生のころのほんの一時期だけ、徳島市にいたことがあって」
「へえ! じゃあ、もしかして、阿波おどり踊れるの?」
徳島の小学校の運動会には、阿波おどりが付きものだ。期待したが、松葉は笑いまじりにかぶりを横に振った。
「それは残念! じゃ、ホント短い時期だけなんだね。実はね、わたしも幼稚園のころに二年だけ、神奈川の母方の祖父母の家にいたことがあるんだ」
母がなかなか地元になじめないことに端を発して、両親が冷戦状態になったときだ。就学している兄や姉は徳島に置いたままで、幼稚園児の千草だけを連れて、母は実家に戻った。千草の就学準備のためにと、徳島に戻るには戻ったが、その四、五歳という年頃がちょうど、言語の獲得時期に当たったのだろう。そのあと何年と徳島で過ごしているのに、千草はいまでも上手に阿波弁が話せない。話せるのは、お決まりのフレーズや、いくつかの単語だけだ。
「千草さんほど長くはないな。俺が徳島にいたのは、たぶん、小学校低学年のころ、夏休みのあいだだけだと思う。こちらで学校に通った記憶がない。父方のじいさんにひとりで預けられたんだ。両親が離婚準備に入ったせいだったけど、当時はわからなかったな」
長くて、二ヶ月ちょっと。住んでいたというよりは、長期滞在の部類だ。
「徳島には、十年ぶりだな。じいさんの葬式以来だ」
もう亡くなられているのか。それならば、何をよすがにここに来たのだろう。
「改めて来ようと思うような、何か良い思い出があったんだね」
ウィンカーのカチカチ言う音を聞くともなしに聞いて、信号待ちをするあいだ、松葉は静かな声音で言った。
「そうだな。──会いたいひとが、いるんだ」
千草はステアリング操作のあいまに、ちらりと松葉のほうを流し見た。彼は懐かしむようにほんのりと微笑んでいた。
「再会かあ。男友達? それとも女の子? ロマンチックな感じ?」
茶化したが、返答はなかった。やらかしたか。不安になって、すぐにことばを接ぐ。
「足になら、いつでもなるから、言ってね! 自動車保険が家族限定だから、貸すことはできないけど、車ならバンバン出すから」
ごまかすような申し出に、松葉は声をたてて笑った。
「千草さんから保険の話が出ると、ヘンな感じだな。俺自身は客になったこともないのに」
「わたしも、生命保険や学資保険がメインだもん。自動車保険までは売ったことありませーん」
軽い調子で返したら、後部座席から神田が口を挟んだ。
「そういえば、千草ちゃんはどうして徳島に来てるの? 長めのゴールデンウィーク?」
無遠慮な発言に、松葉が首を巡らせる。寄せられた眉に、気づいていて触れないでくれたのだとわかった。気遣わせてしまった負い目が、千草の口調を明るく弾ませる。
「辞めちゃったの! もうすぐ三十になるし、実家の近くで仕事探すのもいいかなあって」
「あんた、せっかく本藍染めの聖地にいるクセに、藍師の仕事、してないの?」
須原の鋭い問いかけに、暖まったはずの車内の空気が凍りついた。
「須原さん、はじめまして。深見製藍所からみなさまのお迎えに参りました深見千草と申します。製藍所の代表である弥吉は、わたしの父方の祖父にあたります。当面は実家住まいですので、何かとお会いする機会もあると思います。町内や近場への観光案内くらいなら、お役に立てると思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
なるべくていねいをこころがけたが、松葉と神田が会釈を返し、よろしくお願いしますと口にするのに対し、須原はにこりともしなかった。戸惑ったが、ここで争うつもりはないし、彼女の相手は製藍所の面々がするだろう。千草には直接関わってこないはずだと、自分を納得させる。
「では、行きましょうか。製藍所までは、三十分ほどで着きます」
先導していくと、背後で低めの女性の声がぼそりとつぶやいた。
「うざ」
たった二文字に胸をえぐられる。千草は聞こえなかったふりをして、後ろをふりかえる。
「みなさん、スーツケース以外のお荷物って、どうされたんですか?」
「僕は実家に預けてきちゃった」
「俺は処分した。こちらで必要なら、また買えば良いかと思って」
須原は答えない。千草は笑みを深め、車のロックを遠隔で解除し、荷室のドアを開く。
「三列目の椅子はたたんでしまっているので、スーツケースはぜんぶここに入るはずです」
「りょーかい!」
くだけた敬礼をして、神田が自分のスーツケースと須原のものを持ち上げる。こちらは平気そうだなと、運転席に回ると、助手席のドアが開いた。
「須原さんは助手席にどーぞ」
神田がエスコートするように須原を促す。だが、彼女は甘えるような上目遣いになった。
「──あたし、まさくんの隣がいいなぁ」
だが、神田は引かなかった。それを見て、須原は顎で助手席を示しながら、松葉に声をかけた。
「松葉さん、早く座ってよ。からだ大きいんだし、助手席のほうが楽でしょ?」
めまいがした。何が、甲乙つけがたい、だ。聞き分けのない幼児を相手にするような気分で、千草は運転席に収まった。
「すみません、千草さん」
助手席に座った松葉が小声で謝る。聞きつけて、神田が後席からぴょこんと顔を出す。
「あれー? いつのまに名前で呼ぶようになったの? ねえ、僕も呼んでいい?」
「神田。シートベルトしろ。発車できない」
須原がバックミラー越しに千草をにらみつけている。憂鬱さが増したが、松葉が恐縮したようすで助手席で小さくなっているのを見ると、おかしさで気持ちがほぐれていく。
「松葉さん、窮屈でごめんね。膝、当たってない?」
「ねえ、千草ちゃんって、阿波弁は話さないの? 阿波弁、可愛いよね、ゆったりしてて。役所のひとはけっこうがっつり関西弁って感じだったから、女のひとが話すの聞いてみたかったんだけど」
神田の脳天気な感想にイラッとしたせいか、気の利いた返答はできなかった。
「わたしは、母が神奈川県の出身だからか、話せないの。祖父や父はふだんから方言だよ。女のひとが話すのは、叔母や姉が来たときにでも聞けるんじゃないかな」
「ふうん、そっか。単語のアクセントも面白いよね。電話で職員さんと話したとき、阿波藍の『あわ』が、石鹸の泡とおんなじアクセントで、最初はよく聞き取れなかったな」
延々と続きそうな神田のおしゃべりに、千草はタイミングを見計らうことを止した。車を発進させ、思いたって、松葉に実家への連絡を頼む。
千草と無事に合流できたことを報告する松葉の声に、神田が黙る。電話の相手は女性のようだ。よかった、これで祖父が伝えそこなっていても、隊員たちの到着を母が把握できた。
ほっと息をついて、ステアリングを握りなおした千草の手を見て、松葉が小さな声で尋ねる。
「手に書くのは、クセ?」
「ううん、出先でパッとメモが出せなかったものだから、つい」
今日の今日まで、地域おこし協力隊員が来ることを知らされていなかったから、車で出かけてしまったのだと、千草は祖父との行き違いをかいつまんで説明する。
「じいやんのことばが足りないのは、いつものことなの。わたしも確認不足だった」
役場で聞かされたことを胸のうちでふりかえりながら、千草は松葉に話題を投げかける。
「どうしてまた、徳島なんかに来る気になったの? こんな田舎より、東京のほうが便利でしょうに」
Uターンで、過去にこちらに住んでいた自分でさえ、不便を感じる場面が多い。Iターンともなれば、なおさら、そうした場面は増えるだろう。
だが、松葉の口から飛び出したのは、思いもかけないことばだった。
「昔、徳島にいたことがあるんだ」
「えっ? 松葉さんも、こちらの出身?」
「いや、小学生のころのほんの一時期だけ、徳島市にいたことがあって」
「へえ! じゃあ、もしかして、阿波おどり踊れるの?」
徳島の小学校の運動会には、阿波おどりが付きものだ。期待したが、松葉は笑いまじりにかぶりを横に振った。
「それは残念! じゃ、ホント短い時期だけなんだね。実はね、わたしも幼稚園のころに二年だけ、神奈川の母方の祖父母の家にいたことがあるんだ」
母がなかなか地元になじめないことに端を発して、両親が冷戦状態になったときだ。就学している兄や姉は徳島に置いたままで、幼稚園児の千草だけを連れて、母は実家に戻った。千草の就学準備のためにと、徳島に戻るには戻ったが、その四、五歳という年頃がちょうど、言語の獲得時期に当たったのだろう。そのあと何年と徳島で過ごしているのに、千草はいまでも上手に阿波弁が話せない。話せるのは、お決まりのフレーズや、いくつかの単語だけだ。
「千草さんほど長くはないな。俺が徳島にいたのは、たぶん、小学校低学年のころ、夏休みのあいだだけだと思う。こちらで学校に通った記憶がない。父方のじいさんにひとりで預けられたんだ。両親が離婚準備に入ったせいだったけど、当時はわからなかったな」
長くて、二ヶ月ちょっと。住んでいたというよりは、長期滞在の部類だ。
「徳島には、十年ぶりだな。じいさんの葬式以来だ」
もう亡くなられているのか。それならば、何をよすがにここに来たのだろう。
「改めて来ようと思うような、何か良い思い出があったんだね」
ウィンカーのカチカチ言う音を聞くともなしに聞いて、信号待ちをするあいだ、松葉は静かな声音で言った。
「そうだな。──会いたいひとが、いるんだ」
千草はステアリング操作のあいまに、ちらりと松葉のほうを流し見た。彼は懐かしむようにほんのりと微笑んでいた。
「再会かあ。男友達? それとも女の子? ロマンチックな感じ?」
茶化したが、返答はなかった。やらかしたか。不安になって、すぐにことばを接ぐ。
「足になら、いつでもなるから、言ってね! 自動車保険が家族限定だから、貸すことはできないけど、車ならバンバン出すから」
ごまかすような申し出に、松葉は声をたてて笑った。
「千草さんから保険の話が出ると、ヘンな感じだな。俺自身は客になったこともないのに」
「わたしも、生命保険や学資保険がメインだもん。自動車保険までは売ったことありませーん」
軽い調子で返したら、後部座席から神田が口を挟んだ。
「そういえば、千草ちゃんはどうして徳島に来てるの? 長めのゴールデンウィーク?」
無遠慮な発言に、松葉が首を巡らせる。寄せられた眉に、気づいていて触れないでくれたのだとわかった。気遣わせてしまった負い目が、千草の口調を明るく弾ませる。
「辞めちゃったの! もうすぐ三十になるし、実家の近くで仕事探すのもいいかなあって」
「あんた、せっかく本藍染めの聖地にいるクセに、藍師の仕事、してないの?」
須原の鋭い問いかけに、暖まったはずの車内の空気が凍りついた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる