聖娼王女の結婚

渡波みずき

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 男の手が伸びて、頬を指でぬぐう。そうされて初めて、自分が泣いていることを知った。彼の手は、温かかった。頬に感じたぬくもりの心地よさに、ライラは自然とその手に頬をすり寄せ、上目遣いに彼を見上げた。

 次の瞬間には、強く抱きしめられていた。体温は、頬だけではなく身体をすっかりと包みこむ。香油か何かのすうっとした良い香りがして、気持ちが落ち着く。ライラは抱き込まれていた腕を引き抜いて、恐る恐る彼の背に回した。頭上から、低音が降ってくる。身体越しに声が響く。

「求婚を、してもよろしいですか」
「するのはいいけど、わたくしは巫女になるって言ったわ。聞いていなかったの?」
「うかがいました。それでも、私の元に降嫁してはいただけませんか」

 真摯な問いかけだった。

「でも、あなたは今晩、客人まれびととなるためにこちらに来たのでしょう?」
「違います。殿下が神殿の前に置き去りにされたと報告を受けて、急いで迎えにきたのです。あなたと似た風体の貴婦人が神殿のなかに入っていったと道端の者が言うので、中に入る手段を神殿に問うてみて、このありさまです」
「……おもしろいかたね」

 必死の弁明に吹き出して、ライラは、顔を上げた。被り物の目のあたりを見て、声をかける。

「ここで相手を呼ぶのに、堅苦しい家名や身分なんて要らないと思わない? わたくしのことは、ララでいいわ。お父様が呼んでいた愛称なのよ。ねえ、あなたの愛称を教えて?」
「幼いころには、ティノと。いまは、友人もセレスタンと名で呼ぶので、愛称で呼ばれる機会がありません」
「では、わたくしが呼ぶわね、ティノ」

 にこにこすると、セレスタンはびくりとして、天井を仰ぐようにした。空いた胸に頬を寄せて、ライラは声を立てて笑う。

「ふふ……、だれかに触るのって、こんなに気持ちいいのね! わたくし、こんなふうに抱きしめるのも、抱きしめられるのも、あなたが初めてだわ」
「──ララ、それは、わざとですか」

 低く問われて、ライラは首を傾げた。

「わざとって、何が?」
「私はあなたに求婚をしている男ですよ? 気持ちがいいとか、初めてだとか、そんなふうに口にされたり、頬をすり寄せられたりしたら、どうしたって劣情を煽られてしまうんです」
「劣情って、なあに?」
「あなたに触れて、……交わりたいと思う気持ち、でしょうか」

 ライラは少し考えて、セレスタンの片頬を布越しにてのひらで包んだ。巫女になるためにこの身体を預けるのに、彼ほどの適任はいないように思えた。セレスタンならば、あの大柄な客人のような乱暴なことをしないだろうし、交わるにしても、求婚までした自分を優しく扱ってくれるだろう。

 何より、一度神殿の床に座れば、ここから何があろうと無かろうと、世間の評価は変わらない。ライラは外では傷物で、内では見習いだ。例え外に出たとして、兄の示した縁談は破談。アーク公も匙を投げるだろう。神殿から連れ出したあとで、セレスタンが外で再び求婚をしてくれるだなんて夢を見るほど、ライラは甘くなかった。

 胸のうちの打算が、口を滑らかにする。

「劣情だなんて言うから、いけないことのように思うのよ。わたくしも、さっき絵本を見たときは恥ずかしいと思ったわ。でも、ティノは、わたくしを好ましく思っていて、触りたいだけでしょう? それは、すてきなことだわ」
「ああ、ララ、あなたは心根まで清らかでうつくしい。けれども、いけません。婚前にあなたを穢しては……」
「あら、何度も言わせるのね。何をされてもわたくしは穢れないわ。でもね、ティノが儀式をしてくれないなら他の客人を招くしかないの。わたくし、儀式の相手はあなたがいい。ねえ、お願い」

 最後のひと押しに、セレスタンの吐息が震えているのがよくわかった。怖いのかと、もう片方の手も頬に添えてやる。見上げると、セレスタンはライラの背をぎゅうっと強く抱き、耳元でつぶやいた。

「一目惚れなんです。苦しいくらいあなたが欲しい。ララ……、頼みます。突き放してください。失望されたくない」

 こんなふうにされたら、巫女見習いの女たちはだれでも、自分が心底愛されていると勘違いするだろう。それがセレスタンの手管なのかもしれない。

 失望などしないと、ことばで伝える代わりに、ライラはつま先立ちになってセレスタンの首にすがりついた。

「そんなふうに言ってくれるのは、この世でティノだけよ、きっと。だから、欲しいだけあげるわ」
「ララ……ッ」

 すぐそばの寝台に抱き倒される。服がめくれて、足の付け根まで露わになる。その隙を見逃さず、セレスタンのてのひらが太ももに吸い付いた。荒い吐息が苦しげで、つい、被り物のなかに手を差し入れる。誘ったつもりはなかったが、ここにきてセレスタンは被り物をようやく脱ぎ捨てた。

 ふわりと、解放された金髪が揺れる。深い青色の瞳がライラの顔ばかり狂おしげに見つめている。整った、やや可愛らしい顔立ちにはどこかで見覚えがあるような気がしたが、だれなのか名前はわからなかった。たぶん、姉のどちらかの茶会にでも呼ばれたときか、公式行事や王家主催の夜会のどこかで話でもしたことがあるのだろう。考えているうちに、セレスタンの顔が近づいてきた。

 くちづけられて、感覚に驚く。くちびるは思いのほかやわらかく、ライラを求めて食らいついてくる。ざらついたものがくちびるをつついて、口内に入り込む。侵入してきたものを反射的に舌で受け止めて、それがセレスタンの舌だと気づいた。

「っ、ふぅ、ん、ぁ」

 びっくりして声が漏れた。縦に開いた口のなかで、舌は遠慮なくライラを味わう。口蓋を舐められて、くすぐったさに逃げると、片腕を掴まれた。五指が手首へ這い、てのひらを通って、指を絡めとる。ぎゅっと握られているだけで、求められていると感じて、余計な力が抜けていく。こわばりが解けて、からだが緩むと、セレスタンは一度身を起こし、ライラのようすを確かめた。気を失ったとでも思ったのかもしれない。とろんとした気持ちで微笑んでみせたライラに、セレスタンは一層、余裕をなくした。

 再びのくちづけのあいまに、帯が解かれる。服のうえからまさぐられ、裾から一気に腹まで服をめくりあげられる。簡素な肌着は、いかにも心許ない。肌をてのひらでたどられて、びくりとする。

「ララ、怖い?」
「いいえ、初めてのことばかりで、驚いているだけ」
「私もだよ。ララのからだはどこもかしこもやわらかくて、いい匂いがする。吸いつくような肌って、こういうのを言うんだろうな。こんなに触り心地がいい肌があるなんて、知らなかった」

 言いながら、セレスタンはライラの上下の肌着の隙間に片手を滑り込ませた。指先が乳房に触れるや、上の肌着の紐を引く。ゆるんだところで更に進んで、すっかりとてのひらに包んで、やわやわと揉む。いつのまにか両手でそうされて、肌着ははだけて、服も首元までめくれあがっていた。ライラは自然と腕を動かして服を脱ぎ去り、置きどころの無くなった手をセレスタンの手に重ねた。

「ティノは、これが好き?」

 尋ねると、セレスタンは真っ赤になって、手を離そうとする。それを制して、彼のてのひらを胸に押しつけ、ライラは小首を傾げてみせた。

「好きなら、もっとして? ティノが好きなことをもっと知りたいの。ティノは、どこに触りたい? わたくしに触ってほしいところはある?」
「ララのからだに触ると、それだけで気持ちいいんだ。胸なんか、こんなにふわふわで」
「ふわふわ? そうなの?」

 セレスタンの手の下に指を潜り込ませて、自分で自分の乳房を揉んでみる。柔らかいのはわかるが、そんなに感動するほどか? 少し考えて、思い立ち、ライラはそこに触れた。

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