わたしのねがう形

Dizzy

文字の大きさ
10 / 161
わたしのつなぎたい手

【閑話:半分この奇跡】

しおりを挟む
辺りを包んでいた透明な光が少しずつ収まり、リィンとした澄んだ音とともに消えた。
静寂が戻る。

「あなたは、この像の神様なの?顔がそっくり」
 像の前に幾段かある古い石の階段。そこに並んで座ったユアと少女、ユアの声は少しづつ力を取り戻しつつある。痛々しい少女の表情が、ユアにもりもりと力を与える。
ユアはおねーさん気質なのだ。
『わたしはラウマ。その偶像は世界に広げたわたしの手です』
 その御名を耳にして、ユアは幼いころから読み聞かせられたお気に入りの物語を思い出した。
「あなたがラウマ様なの?!すごい!!わたしラウマ様のお話大好きだったんだよ!」
『……』
 ちょっと切り替わったユアのテンションに戸惑うラウマ。
 そこでラウマの物語を、すっかり思い出したユアが気づく。
「ラウマ様は辛いの?どうしたらその辛さがなくなるの?」
『これは数多の民草が願った想いの痛み。なくすことなどできません』
「じゃあ…そこにラウマ様の痛みはないの?」
 考えたこともなかった発想に戸惑うラウマ。
『……もちろん辛かった民達の辛さに劣らない、わたくしの痛みもあります』
「みんなの痛みが大切で、手放せないなら…あたしにラウマ様の痛みをちょうだい!」
 とんでもない事をいいだすユアを、ちょっと驚いた顔をして見つめるラウマ。その眼差しには少し力が戻ったように見えた。
『わたくしには、わたくしの持つ痛みがどれほどのものか測りかねます』
「だいじょうぶ!あたし結構がまんできるから!」
『そ…そうですか、健やかでたのもしい限りですね…』
 神様ですら自分のペースに巻き込む、ヒマワリのような笑顔。
ユアはすっかり自分本来の魅力を取り戻していた。皆に愛される元気な少女に。
『…すこしだけ、わたくしを支えてくれますか?とても辛いことがあったのです』
「もちろん!」
さっとラウマの白い手を両手で握るユア。不敬ではという恐れは、おねーさんモードのユアにはなかった。
「あたしが半分こするよ!辛かったのを半分こする!」



 しばらくの間二人の話が続いた。ユアも自分のことをすこしづつ伝えた。
手は一度も離さなかった。
『半分こ…それならわたくし達にも救いがあるのかもしれません』
「なになに?一緒に頑張るよ!何でも言って!」
『今からわたくしの持つ力を半分だけユアに分け与えます。』
真剣な神様らしい?表情にもどしユアに告げるラウマ。その手には少しづつ力と熱が戻りだす。
「光栄です。謹んでうけたまわっちゃいます!」
真剣な顔で、丁寧な言葉の中にもユアらしさがにじむ。誰かを少しだけ微笑ませる魔法だ。
そんなユアにこの子なら、と希望をみいだすラウマ。
『お聴きなさいユア。いまから授ける力は癒しの奇跡。手をふれることで、相手の心を救う奇跡です』
すこしだけ躊躇うように、目を伏せるラウマが続ける。
『わたくしの痛みはこの奇跡と切り離せません。一度すべての半分を授けますので、その力をわたくしに使うのです』
「ふむふむ?……わかったよ!」
あ、これ解ってないやつ。そう感じ取ったラウマが念を押す。
『す…すぐに使うのですよ?わたくしに、つかうのですよ。本当に解っていますか?』
「もちろん大丈夫!二人で半分こだね!」
『この分け与えには痛みが伴います。あなたに耐えられますか?わたくしを支えてくれますか?』
「うん!」ニコニコニコニコ
『…それでは始めます。わたくしは力を失うと記憶やこころも失ってしまうかもしれません。痛みを感じたら、すぐにわたくしに奇跡を使うのですよ?そうすればわたくしの力も戻り、貴方の痛みを癒すことができます』
「半分この奇跡だね!」
一抹の不安を抱きながら、軽く目を閉じたラウマが言の葉を紡ぐ。それは神代の言の葉。人には聞き取る術はなかった。


「!いたいいたいいたいいたい!」
ユアにかつて経験したことのない痛みが流れ込む。同時に手をつないでいるラウマは、すっと小さくなっていく。光り輝き年齢を遡るように、小さな子供の容姿になるラウマ。
(だめだ!こんな小さい子にこんな痛みをあたえるなんて…)
痛みは際限無いようにユアに流れ込む。すぐに奇跡でラウマに返す約束など、ユアの保護欲の前ではふっとんでしまっていた。
(できない…あたしにはできない)
歯を食いしばりながら、脳を心をやかれる痛みにじっと耐えるユアであった。



 辺りを静寂がつつみこむ。遠く鳥の鳴く声がかすかに届く。静謐な泉の祠。
その階には二人の少女が手をつないで座っている。
「なんかラウマ様ちいさくなった?あと髪が銀色に?」
「……」
 こてんと頭をたおす銀髪の少女は、自分自身にむけて尋ねるように疑問符の言葉を投げだした。
「なんだか色々なことを忘れてしまった気がする?」
 その澄んだ声色はラウマとは微妙にちがうとユアには感じられた。
今度はユアが黙り込む。ふるふると痛みをこらえるように、しかしその顔にはやさしさが溢れている。
「…か…かわいい」
ふしゅーっと湯気をだす幻影が見えそうなユアであった。

 ちょっとだけ考えたユアは思う。
(この子が少し大きくなったら、お話してみて力を返せばいいかな?痛いのは可哀そうすぎるもんね)
 じいっとすみれ色の綺麗な目を見て、手をつなぎながら声に出し問うユア。
「あなたはラウマさまなの?」
「…どうでしょう?よくおぼえていません」
「おなまえは?」
「ラウマという名には何かきょうかんしますが。わたしの名前とはかんじられません」
「えっと…じゃああたしが名前付けていいかな?」
ぱたりと後ろに倒れながら適当なことをいいだすユア。その目に像の台座が写る。さかさまから見たラウマの御名。<LAUMA>寝転がったユアには反対からも読めた<AMUAL>
(きっとやさしい神様にもバカンスが必要だ!)

「そうだ!あなたの名前はアミュア(AMUAL)。わたしのかわいい妹よ!」
「いえ、妹ではないとおもいます」
 食い気味に反対するアミュアの初めての意思表示は、ユアへの不信感が滲んでいた。
 やわらかな光が、手をつなぐ二人をちらちらと照らす。
 あたらしい命を感じさせる、瑞々しい木漏れ日だった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

これでもう、『恥ずかしくない』だろう?

月白ヤトヒコ
恋愛
俺には、婚約者がいた。 俺の家は傍系ではあるが、王族の流れを汲むもの。相手は、現王室の決めた家の娘だそうだ。一人娘だというのに、俺の家に嫁入りするという。 婚約者は一人娘なのに後継に選ばれない不出来な娘なのだと解釈した。そして、そんな不出来な娘を俺の婚約者にした王室に腹が立った。 顔を見る度に、なぜこんな女が俺の婚約者なんだ……と思いつつ、一応婚約者なのだからとそれなりの対応をしてやっていた。 学園に入学して、俺はそこで彼女と出逢った。つい最近、貴族に引き取られたばかりの元平民の令嬢。 婚約者とは全然違う無邪気な笑顔。気安い態度、優しい言葉。そんな彼女に好意を抱いたのは、俺だけではなかったようで……今は友人だが、いずれ俺の側近になる予定の二人も彼女に好意を抱いているらしい。そして、婚約者の義弟も。 ある日、婚約者が彼女に絡んで来たので少し言い合いになった。 「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」 婚約者の義弟の言葉に同意した。 「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」 それが、こんなことになるとは思わなかったんだ。俺達が、周囲からどう思われていたか…… それを思い知らされたとき、絶望した。 【だって、『恥ずかしい』のでしょう?】と、 【なにを言う。『恥ずかしい』のだろう?】の続編。元婚約者視点の話。 一応前の話を読んでなくても大丈夫……に、したつもりです。 設定はふわっと。

処理中です...