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わたしがわたしになるまで
【第5話:アミュアの見たユア】
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ノアは不思議な気配を感じていた。
ハンターから逃げ延びたあと、平原にちらばる小さな森の一つに隠れていた。
道が近くにない森には人が来ないと知っていたのだ。
矢を抜き黒いローブを脱ぎ、裸になって肩を見る。
ノアは傷の治りがとても早い。
少し血が流れているが、矢傷とは思えない量だ。
今までにもハンターや大型の動物に襲われ怪我をしたが、一日もあれば軽症は後も残さない。
ノアはその黒いローブを着直して、うずくまる。
そうして小さくなって気配を抑えている方が、見つかりにくいと学んでいた。
うとうととしていた時、ふいにノアは不思議な気配を感じ顔をあげる。
さほど遠くない所を大型の黒い獣が走り抜けたのだ。
その獣は影獣のような姿だが、気配はまるで違い柔らかそうな感触がした。
(あれもなでてみたいな)
ノアは先ほど影獣にふれた感触を思い出していた。
そうして他者にふれたことが無かったので、とても満たされたのを思い出していた。
走り抜けた獣の背には人が乗っていた。
その人達から、激しくはないがしっかりとした暖かで甘い感触を感じたのだ。
(あれはなんだろう?とても、きもちよさそう)
ユアとアミュアが楽し気に騎乗した夜霧は、ノアが未だ見たことがない幸せを乗せて走り去ったのだった。
朝早くに走り出したユアとアミュアは昼前に山頂までたどり着いた。
「夜霧はほんとうにゆうしゅうです」
アミュアは降りてから黒豹の首をなでてあげる。
(昔グリフォンの首もこうして撫でたな)
そうしてあの不思議な旅を思い出すと、決まって胸がちくりと痛むのだった。
(あのししょうとすごした世界は、ほんとうに存在するのだろうか?)
ふと思い、腰の銀ロッドに触れてみるのだった。
これは確かに存在しているなと。
今でも長い夢のようにあいまいな部分もあり、すべてが地続きな記憶ではなかった。
とても嬉しかったり、悲しかったこと。
恥ずかしかったことなどは鮮明に思い浮かぶのだ。
後ろからユアの声がして振り返る。
「みて、アミュア。沢山咲いていたよ!」
そうして笑顔で両手を差し出してくるユア。
その底抜けに明るい笑顔は、いつもアミュアの心を静めてくれるのだ。
黄色い小さな花が、茶色の縁取りを持って小さく笑っていた。
ユアみたいだなとアミュアは少し笑い、そうして胸の痛みが少しやわらぐ。
二人でシルヴァリアの洞窟があったあたりに花を添える。
ユアが片膝の戦士の祈りをささげる。
アミュアもいつものように手を合わせ黙祷した。
シルヴァリアの話を思い出したアミュアは、あの竜がとても長い時間を一人で過ごしたのだなと今は感じられた。
ラウマの記憶を継承したアミュアは、女神の過した長い孤独を少し理解していた。
(あの竜もさみしかったのかな?)
祈りながらアミュアはそっと考えるのであった。
ノアは気付かれないように距離をおいて、ユア達を観察していた。
一番怖くて痛い思いをしたハンターを思い出し、距離を測っていた。
気付かれない距離を。
どうしても気になったので、そうして追跡してきたのだ。
風下だったので、見えなくなっても見失うことはなかった。
ノアはとても鼻がきくのだ。
一度だけ山中で見失いかけた時は、胸の奥がきゅうと締め付けられて苦しかった。
風向きが変わり、匂いを捉えたときはほっとしたのだった。
今はユア達が献花していて動かないので、見えるところまで近づいていた。
(あの銀色のがとても気になる。やわらかくあまい気配がする)
ノアは前に食べた桃色のおいしい木の実を思い出していた。
とても柔らかく甘い果物だったのだ。
茶色の方はすっぱそうだな、とノアは自覚無く少し笑顔になった。
随分と遠くまで走ってきたが、ノアは疲れを感じなかった。
影獣をなでてから、力が湧いてきていくらでも走れるのだった。
その速度は夜霧の流した走りに付いて行けるほどであった。
夜霧は本当に優秀で、森に入ってからも殆ど速度を変えないで走った。
そうして日が沈み、影が濃くなるころにはルイム城まで来てしまった。
一日で雪月山脈を越えたのだ。
季節が夏に近付いて道の条件が良かったのもあるが、かつてあれだけ苦労した山越えがたやすく果たされる様子に感動さえ覚えたユアであった。
夜霧は廃城であっても建物と認識するようで、中には入れないと首を振った。
ユアとアミュアは手分けして夜霧から荷物を降ろし、最後にアミュアが首をなでるとすっと二人に体をこすりつけ森の影に消えていった。
「夜霧も話せたらいいのにな」
ちょっと寂しそうにユアが言う。
それを聞いてアミュアもちょっと微笑みが浮かぶのだった。
(ユアは誰にでもやさしい)
アミュアは改めてそう思ったのであった。
「おー無事だった!馬車」
中庭の端に止めてあった赤いカーニャの自走馬車が目に入ると、ユアは抱えた荷物の重さを感じさせない足取りでするっと近づいた。
「よしよし寂しかったかい?一人で置いてってごめんねえ」
そういってほおずりするユアを見ては、いかに表情の薄いアミュアであっても微笑みを隠せない。
(ユアは何にでもやさしい)
それはきっと今の自分にもない長所だとアミュアはそっと思ったのだった。
少し欠けた太った月が登ってくる。
青白い光に照らされ、荒城の夜は寒々しいのになぜか少しだけ暖かさを帯びて更けていくのだった。
真っ赤な馬車を添えて。
ハンターから逃げ延びたあと、平原にちらばる小さな森の一つに隠れていた。
道が近くにない森には人が来ないと知っていたのだ。
矢を抜き黒いローブを脱ぎ、裸になって肩を見る。
ノアは傷の治りがとても早い。
少し血が流れているが、矢傷とは思えない量だ。
今までにもハンターや大型の動物に襲われ怪我をしたが、一日もあれば軽症は後も残さない。
ノアはその黒いローブを着直して、うずくまる。
そうして小さくなって気配を抑えている方が、見つかりにくいと学んでいた。
うとうととしていた時、ふいにノアは不思議な気配を感じ顔をあげる。
さほど遠くない所を大型の黒い獣が走り抜けたのだ。
その獣は影獣のような姿だが、気配はまるで違い柔らかそうな感触がした。
(あれもなでてみたいな)
ノアは先ほど影獣にふれた感触を思い出していた。
そうして他者にふれたことが無かったので、とても満たされたのを思い出していた。
走り抜けた獣の背には人が乗っていた。
その人達から、激しくはないがしっかりとした暖かで甘い感触を感じたのだ。
(あれはなんだろう?とても、きもちよさそう)
ユアとアミュアが楽し気に騎乗した夜霧は、ノアが未だ見たことがない幸せを乗せて走り去ったのだった。
朝早くに走り出したユアとアミュアは昼前に山頂までたどり着いた。
「夜霧はほんとうにゆうしゅうです」
アミュアは降りてから黒豹の首をなでてあげる。
(昔グリフォンの首もこうして撫でたな)
そうしてあの不思議な旅を思い出すと、決まって胸がちくりと痛むのだった。
(あのししょうとすごした世界は、ほんとうに存在するのだろうか?)
ふと思い、腰の銀ロッドに触れてみるのだった。
これは確かに存在しているなと。
今でも長い夢のようにあいまいな部分もあり、すべてが地続きな記憶ではなかった。
とても嬉しかったり、悲しかったこと。
恥ずかしかったことなどは鮮明に思い浮かぶのだ。
後ろからユアの声がして振り返る。
「みて、アミュア。沢山咲いていたよ!」
そうして笑顔で両手を差し出してくるユア。
その底抜けに明るい笑顔は、いつもアミュアの心を静めてくれるのだ。
黄色い小さな花が、茶色の縁取りを持って小さく笑っていた。
ユアみたいだなとアミュアは少し笑い、そうして胸の痛みが少しやわらぐ。
二人でシルヴァリアの洞窟があったあたりに花を添える。
ユアが片膝の戦士の祈りをささげる。
アミュアもいつものように手を合わせ黙祷した。
シルヴァリアの話を思い出したアミュアは、あの竜がとても長い時間を一人で過ごしたのだなと今は感じられた。
ラウマの記憶を継承したアミュアは、女神の過した長い孤独を少し理解していた。
(あの竜もさみしかったのかな?)
祈りながらアミュアはそっと考えるのであった。
ノアは気付かれないように距離をおいて、ユア達を観察していた。
一番怖くて痛い思いをしたハンターを思い出し、距離を測っていた。
気付かれない距離を。
どうしても気になったので、そうして追跡してきたのだ。
風下だったので、見えなくなっても見失うことはなかった。
ノアはとても鼻がきくのだ。
一度だけ山中で見失いかけた時は、胸の奥がきゅうと締め付けられて苦しかった。
風向きが変わり、匂いを捉えたときはほっとしたのだった。
今はユア達が献花していて動かないので、見えるところまで近づいていた。
(あの銀色のがとても気になる。やわらかくあまい気配がする)
ノアは前に食べた桃色のおいしい木の実を思い出していた。
とても柔らかく甘い果物だったのだ。
茶色の方はすっぱそうだな、とノアは自覚無く少し笑顔になった。
随分と遠くまで走ってきたが、ノアは疲れを感じなかった。
影獣をなでてから、力が湧いてきていくらでも走れるのだった。
その速度は夜霧の流した走りに付いて行けるほどであった。
夜霧は本当に優秀で、森に入ってからも殆ど速度を変えないで走った。
そうして日が沈み、影が濃くなるころにはルイム城まで来てしまった。
一日で雪月山脈を越えたのだ。
季節が夏に近付いて道の条件が良かったのもあるが、かつてあれだけ苦労した山越えがたやすく果たされる様子に感動さえ覚えたユアであった。
夜霧は廃城であっても建物と認識するようで、中には入れないと首を振った。
ユアとアミュアは手分けして夜霧から荷物を降ろし、最後にアミュアが首をなでるとすっと二人に体をこすりつけ森の影に消えていった。
「夜霧も話せたらいいのにな」
ちょっと寂しそうにユアが言う。
それを聞いてアミュアもちょっと微笑みが浮かぶのだった。
(ユアは誰にでもやさしい)
アミュアは改めてそう思ったのであった。
「おー無事だった!馬車」
中庭の端に止めてあった赤いカーニャの自走馬車が目に入ると、ユアは抱えた荷物の重さを感じさせない足取りでするっと近づいた。
「よしよし寂しかったかい?一人で置いてってごめんねえ」
そういってほおずりするユアを見ては、いかに表情の薄いアミュアであっても微笑みを隠せない。
(ユアは何にでもやさしい)
それはきっと今の自分にもない長所だとアミュアはそっと思ったのだった。
少し欠けた太った月が登ってくる。
青白い光に照らされ、荒城の夜は寒々しいのになぜか少しだけ暖かさを帯びて更けていくのだった。
真っ赤な馬車を添えて。
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