わたしのねがう形

Dizzy

文字の大きさ
87 / 161
わたしがわたしになるまで

【第6話:ほほに落ちる気持ち】

しおりを挟む
 森の中をゆっくり進むカーニャの馬車。
運転席にはアミュアが座り、すぐ後ろの客車の窓からユアが上半身まで出し、アミュアの肩越しに前を見ていた。
「いまさら急いでもそんなに変わらないんだよね、どうせアイギスにいさんには手紙が届いてしまっただろうし」
とユアはちょっと唇を尖らす。
 心配かけちゃってるな、と思い至ったのだ。
そもそも手紙になんて書いたかもおもいだせていない。
さがさないで、とか心配しないで、とかだった気がする。
まるで家出少女である。
「アイギスさん、ちゃんと回復出来てるといいね」
 アミュアの声にはユアに対するいたわりがある。
最近のアミュアの話し方は、前よりもすこし滑らかだ。
大きくなってから顕著に感情がのってくる。
ちょっと背のびしてから、ユアがそっとアミュアの肩にあごを乗せる。
「うん…」
 兄を心配してくれたからではなく、自分を労わってくれたことがユアは嬉しかったのだ。
そうして進んでいくとまもなく森が切れ切れになり、山裾のなだらかな斜面を成す草原が現れるのであった。
間も無く山越えの街道に合流するはず。
時間もそろそろいいので、前にキャンプした辺りで馬車でする2度目の野営となった。
明日は町に着くだろう。
(先生はお元気かな?)
ふと診察してくれた医師を思い出すアミュアは、ふわりと心が温まる。
やさしい青年の微笑みと、自分をいたわってくれた言葉を思い出したのだ。



 今日はシンプルに携帯食料を使った濃厚スープに、パンとサラダという晩御飯だった。
サラダは付近の原でユアが集めてきた。
スープはアミュアが作った。
作ったと言っても、ユアが計り置いていった水を沸かし、携帯食料のバーを投入しただけだが。
ユアはスープにパンをひたし食べながらしきりにアミュアを褒める。
「うんうんおいしいよ!アミュア腕をあげたね」
「たいしたことしていないよ。かき混ぜていただけ」
 無表情でこたえるアミュアだが、頬が赤くなるのを隠せていなかった。
ユアが満足そうににやにやするのが、腹立たしいアミュアであった。
ちょっと乱暴にサラダを食べるその姿が、ユアには愛おしいとは気付かずに。



 夜のたきぎの前でユアとアミュアが一枚の毛布にくるまり、並んで座っていた。
もう交代するの面倒だしこれでいいか、となったのであった。
ユアはこういった役割にとても優秀で、ふたり同時に寝てしまうことはないのだった。
どちらからともなくほほを寄せ合い、ぴったりとくっついて包まる。
ユアは前に実家の暖炉のそばで、こうして座ったことを思い出していた。
そうしてふと思い至って、ゴソゴソと胸の隠しを探る。
「あった」
ユアがもぞもぞしたので、アミュアも顔をあげユアを見ていた。
「これ、前に村で見つけたおかあさんの手紙。いつかアミュアに見せたかったんだ」
ちょっと照れくさそうに、封筒から紙をそっと出しアミュアに渡す。
「アイギスにいさんには見せたことあったんだけど、あんときアミュア寝ちゃってったから」
 膝を抱えちょっと前後に揺れるユアは珍しく照れが見える。
そっと大切に広げた紙には、流暢だが走り書いた筆跡が見える。
短い文面だったので、そう時間はかからず読み終えた。
最後の3行に込められた慈しみに、きゅっと胸が締め付けられるアミュア。
涙は堪えたが、顔がゆがむのがわかった。
ユアの母の気持ちがわかるのだ。
大切で大切で、守りたかったものが指の間をすり抜ける。
その切なさを今のアミュアは思い出せる。
そっと壊れてしまわぬよう折り畳み、ユアに手紙を返したのだった。
すこしまた二人で膝を抱え、並んで座っていた。
静かにアミュアが言う。
「ユアのおかあさんは凄いとおもう。きっとユアに付いていきたかったのに村を捨てなかった」
ゆっくりと感じた気持ちを言葉にしていく。
そういった事がアミュアは出来るようになっていた。
ちょっとだけ俯いてから顔をあげユアが礼をのべた。
「‥ありがとう」
言葉は短いが、気持ちがこもった。
アミュアにもそれは伝わり、二人の距離をまた縮めるのだった。
 しばらくはそうして揺れる火を見ていた二人だが、安心したのかアミュアは寝てしまう。
そのまま静かに時間が過ぎていき、ユアがそっとアミュアの腰に手をのばす。
いつかの暖炉の夜のようにそっと抱きしめたのだ。
 あの時胸に感じたアミュアの頭は、今同じ高さで目の前にあるのだった。
もう涙は流れず震えることも無かったが、母の想いとそれを認めてもらった暖かさが確かにあった。
ユアの感謝は自然なキスとなってアミュアのほほに落ちたのだった。
「ありがとうアミュア」
言葉はそれだけだったが、ユアの胸には沢山のアミュアへの気持ちが溢れていたのだった。



 森を出てから何度かモンスターの襲撃があったが、手こずるような相手はいなかった。
そうして城をでて3日目、ついに二人はあの病院のある町に戻ったのだった。
「おー懐かしくさえあるね。こじんまりしてるけど、暖かそうな町並み」
今日はユアが運転して、アミュアは客車だ。
前側の窓は開け放たれていて、窓枠に両肘をつき頬を支えるアミュアがいた。
風にながれて顔にかかった1房をすっと耳にかけ、アミュアも言葉にした。
「うん、ただいまって気持ちになるね」
そうして町の入り口までにこにこを展示していく二人は、すれ違う旅人も商人もふんわり明るい気持ちにするのだった。

もうすぐ熱くなるぞと、太陽はサンサンと降り注いでいるのだった。
いまだ涼しい山から来る風に負けないくらいに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

これでもう、『恥ずかしくない』だろう?

月白ヤトヒコ
恋愛
俺には、婚約者がいた。 俺の家は傍系ではあるが、王族の流れを汲むもの。相手は、現王室の決めた家の娘だそうだ。一人娘だというのに、俺の家に嫁入りするという。 婚約者は一人娘なのに後継に選ばれない不出来な娘なのだと解釈した。そして、そんな不出来な娘を俺の婚約者にした王室に腹が立った。 顔を見る度に、なぜこんな女が俺の婚約者なんだ……と思いつつ、一応婚約者なのだからとそれなりの対応をしてやっていた。 学園に入学して、俺はそこで彼女と出逢った。つい最近、貴族に引き取られたばかりの元平民の令嬢。 婚約者とは全然違う無邪気な笑顔。気安い態度、優しい言葉。そんな彼女に好意を抱いたのは、俺だけではなかったようで……今は友人だが、いずれ俺の側近になる予定の二人も彼女に好意を抱いているらしい。そして、婚約者の義弟も。 ある日、婚約者が彼女に絡んで来たので少し言い合いになった。 「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」 婚約者の義弟の言葉に同意した。 「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」 それが、こんなことになるとは思わなかったんだ。俺達が、周囲からどう思われていたか…… それを思い知らされたとき、絶望した。 【だって、『恥ずかしい』のでしょう?】と、 【なにを言う。『恥ずかしい』のだろう?】の続編。元婚約者視点の話。 一応前の話を読んでなくても大丈夫……に、したつもりです。 設定はふわっと。

処理中です...