わたしのねがう形

Dizzy

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わたしがわたしになるまで

【第51話:ノアはよくかんがえない】

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 深い森の中に忘れられた砦の城壁が見える。
木々の間からそこを見つめる影があった。
黒い異国風の巡礼服、口元はヴェールで覆われているが美しい顔立ち。
カルヴィリスであった。
あの悲劇のあと旅をしてここを離れるのだが、一定期間ごとにここに立ち戻って来る。
ここまで来るが城内には入らず、いっとき外から眺めた後また立ち去るのであった。
もう十回以上同じ様なことを繰り返していた。
(こうして眺めたところで、何になるのか‥‥もうあのお方はいらっしゃらないのだ)
自らに言い聞かせるように、これも何度と無く繰り返した思考がよぎる。
表情には現れないが、ダウスレムを思った瞬間に気配が揺れる。
いまだ心が捉えられているのだ。
自らが手引いた滅びの日に。
 そうしてどれくらい眺めていたか、すっと入口を通る影があった。
黒いワンピース姿の少女が凄いスピードで駆け抜けていった。
周りの木々が揺れるほどの速度だった。
速度も気になったが、それ以上にカルヴィリスの気を引いたのは少女の表情だった。
(泣いていたな‥‥)
走り抜けていった少女はノア。
己を定める事もできず、他者から遠ざかった者だった。
ただの泣き顔ではなく、ひそんだノアの苦渋がカルヴィリスの目を引き付けた。
カルヴィリス自身気づかずに、自分を投影して。



 何も考えることができずにただ駆け出したノアは、ラウマの空間から知らずして飛び出していた。
実際には大地の端から落ちないようにラウマに逃されたのだが、本人にはただ走っていたら城の中だったという感覚だ。
階段を駆け上がり、そのままの勢いで外まで出た。
何かに追われているかのように走り続ける。
いつから流れていたのか、涙はぽろぽろと止まることなく流れていた。
理由をきちんと自分では説明できずにいたが、胸が苦しいのは止められなかった。
 そうして今度は森の中を走り続けて、疲れ果てた頃ふと見覚えがある場所に来ていた。
この森はかつて小さかったノアが、走り遊んだ森とつながっていたのだ。
もしやと、思いついた方へ歩くと、ほどなく見覚えのある泉のほとりへとまろび出た。
(ここはいつも寝ていた泉だ)
 泉を囲む低い岩に飛び乗り、泉をみた。
水面には風で少し揺らぎがあったが、自分の顔が映っている。
しょんぼりしたその顔にラウマの面影をみて、はっとなるノア。
先程の会話がまたノアの心を乱した。
とっさにその影を消そうとしたのか、目を逸らしたかったのか、そのまま飛び込んだのだった。
泉は見かけの大きさより、実はかなり深く。
ノアの息が続くぎりぎりまで潜って初めて底に行き着く。
岩同士が重なり合ったすき間に、地下深くまで続いているのだった。
すき間は狭いが、ノアに当たるほどではなく、程なく底にたどり着いた。
くるりと後ろを振り向くと、ごぼごぼと鼻から空気が出ていこうとする。
それは何度か試して知っている感覚で、鼻をつまめばよいと気づいていた。
そうして浮き上がろうとする力を両側の岩に足をつっぱり留まり、鼻を片手でつまみ水面を見上げる。
午後に入ったばかりの強い日差しが水面を透かしてかすかに届いてノアを深い青に染めている。
キラキラと遠くで光る水面を見るのが好きだったことを、ノアは思い出していた。
そうして息が苦しくなるまで頑張ってから、ふたたび水面を目指す。
すこしづつ口からも息を逃がすと上がったとき気持ち悪くならないのだとこれも経験から学んでいた。
ざぱっと水面に出たノア。
いつもと違い服を着たままだったのを、ここまできて思い出す。
ぷかりと浮きながら、乾かさないとなとのんびり考える。
少しまえに考えていた、難しく悲しいことなどどうでも良くなったノアは、目を閉じそっと浮かんでいたのだった。



 そうして浮かんでいるノアを木の上で監視するものが居た。
緑と茶色の背景に溶け込むような服装。
森で活動するハンターが好んで着るレンジャー服だ。
フードのすき間にみえる短い髪は黒く、瞳も黒い。
16才前後の華奢な男、レヴァントゥスであった。
セルミアから、ノアを見失ったので探すようにと言われたのは半月ほど前。
手掛りを欲してあちこち彷徨い、もしや昔の寝床に戻らないかと潜伏していたのだ。
(なんという幸運。探し物のほうから現れてくれるとは)
セルミアからは接触せず、報告しろと言われていたので一旦監視だけしながら部下を呼び寄せていた。
眼下それなりの距離でぷかりと浮いていたノアは岩によじ登った。
濡れてしまったので張り付くのか脱ぎづらそうに服を脱いでいく。
(あらら、これは約得かな?)
ノアはレヴァントゥスの視線に気づかず、下着まですべて脱いで岩に広げた。
乾かすのであろう。
平らな部分に服を干し終わると、ころんとその横に寝転がり丸くなった。
獣のような寝姿だった。
そのあちこちとふくらんだりへこんだ体のラインを見ながらぼんやり考えるレヴァントゥス。
(なかなか発育よくなったねノアちゃんも)
そんな邪な考えをもったからかどうか、レヴァントゥスは首筋にヒリっとした殺気を感じる。
背後につかれていた。
首の横には抜き身の黒い刀身、殺気どころか気配もレヴァントゥス以上に見事に消し背中側に居た。
「女子の覗きとは、品性も底まで落ちたか?レヴァントゥス」
そおっと顔を横に向けると、ピトと刃が首にあたった。
ひやりと金属の冷たさを感じながら横眼で捉えたのはカルヴィリスだ。
かつて一度潜伏スキルを学んだとき、一緒になったことがあった。
カルヴィリスの方がそういった技術は数段上だ。
レヴァントゥスの潜伏は影魔法に依る部分が多いのだった。
カルヴィリスの気配も殺気も抑えられノアまでは届かない、レヴァントゥスにだけ気づくように故意に漏らしたのだ。
その気なら首が落ちるまで気づかせないだろう。
「こ‥これはこれはカルヴィリスさんでしたか。どうしてここに?」
脅しは終わりとしたか、すっと気配を消し刃も収めた。
カルヴィリスの目には疑いの色が張り付いていた。
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