きぃちゃんと明石さん

うりれお

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本編

あの子が来るのは流石に聞いてない

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プルルルルル、プルルルルル、
プルルルルル、プルルル……

「はい、田所です。」

「…あっ、きぃちゃん?明石ですー。
  おつかれさまぁー。
  直前にごめんねー、もうお店着いちゃった?」

何かやり残しがあったかと、会社の人間からの電話かと思ったら、聞こえてきたのは明石さんの声だった。
何の電話やろ。

「お疲れ様です。まだですよー。
  今名古屋駅ですー。
  なんかトラブルでもありました?」

「いや、トラブルっていうか……、
  集合するの、いつものお店じゃなくて、
  丸の内のとこに変えてもいいかな。」

「丸の内ってあれですよねぇ、
  前試しに行ってみた所。」

「そうそう、女の人が店長さんのお店。」

いや、タイミングがナイスすぎる。
ちょうど、そろそろもう一回行きたいなぁって思ってたんよなぁ。

「全然いいですよー。
  あそこの焼き魚めっちゃ美味しいですし。
  それより…………なんかありました?」

たまには違う店に行きたいとはいえ、明石さんは長谷川が来ると分かっている状態で、直前にそんな理由で連絡してくる人では無い。

「あーー、それがさぁ……」
 
 
 
それは柊真が給湯室の前を通った時に、たまたま耳にした話であった。

「最近明石主任、全然飲みに来てくれないんですよ。
  彼女でも出来たんですかねぇ。」

「それ俺も思った。
  結構高確率で金曜日、残業せずに帰るよなぁ。」

半年に一回ある、部長との面談が終わって、自分のデスクに戻ろうかという時に、予想もしない所から自分の名前が聞こえたものだから、少し聞き耳を立てるのも仕方がないと思う。
まぁ、定時帰り始めたのも最近だしなぁ。
そう思われて当たり前か。

「あー、そういや、ちょっと前に俺ん家の最寄りで、
  主任が女の子と歩いてるの見たっスよ。」

嘘だろ、そんな所まで見られてんの?

いつもは居酒屋で待ち合わせなのだが、同じ電車に乗る事も何度かあって、そんな時は一緒に店まで向かう。

あれ、俺そういう時、めちゃくちゃきぃちゃんに対してデレデレしてないか?
若い子と鼻の下伸ばして話してるキモい三十路リーマンじゃないか?
大丈夫だろうか。保たれてるか俺のメンツ。

「えっ!?可愛い子?美人?年上?年下?」
「多分っスけど……、向こうも仕事終わりっぽい
  結構若い女の子だったと思います。
  なんかめちゃくちゃ美人とか、
  めちゃくちゃ可愛いって感じでもないんスけど、
  なんて言ったら良いんスかね。
  しっかりしてるのに華奢で、守りたい系みたいな……、
  俺は好きな感じっス。」

「お前の好みは聞ぃてねぇのよ。」

もお''ぉぉぉー~っ、やっぱり

『私、見た目も性格も男ウケしないんで。
  あははっ。』

とか嘘じゃんッ。
んな訳ないだろッ。
きぃちゃんが気付いてないだけだよなぁ絶対。
なんで分かんないかなぁ、男ってのは高嶺の花じゃなくて、ちょっと背伸びしたら自分でも届くんじゃないかって思える子に惹かれるもんなんだよ。

恐らく彼はひと目見ただけだろうに、季衣の特徴を掴んでいて、動揺しながら、彼の観察眼は侮れないなと思った。
最後のひと言は余計だが。

「しかも主任、会社では見た事ないぐらい
  満面の笑みだったんスよ。
  ヤバくないっスか。」

「何もヤバくないでしょうよ。
  明石主任はいっつも笑顔じゃない。
  逆に人と話してる時に笑顔じゃない方が
  珍しい人だと思うけど。」

「……いや、
  多分あれは営業スマイルみたいなもんだよ。
  あの人が心の底から笑ってる所は
  俺は見た事ねぇな。」

「そうなんっスよ!
  でも、あの時はめっちゃリラックスした
  顔で話してて、主任ってこんな顔するんだぁ
  って思ったんスよね。」

お、意外だなぁ。
浅沼と内山以外にバレてるとは。

いつからだろうか、会社で心から笑えなくなったのは。
営業としての成績が上がれば上がるほど、心が冷めていく。
自分は営業に向いてないんじゃないかと何度思った事か。
周りからは向いてる向いてると言われて、お得意様や上司に励まされて、育ててもらった恩は返さねばと、騙し騙しやって来たようなものだ。

最近は後輩を育てる事に力を入れていて、それに関しては向いていると思うし、やりがいも楽しさもある。
それもあって、最近はマシになって来たと思ってたんだけどなぁ。
やっぱりきぃちゃんとの時間が自分には必要だ。

「そんな話聞いたら、
  余計にどんな人なのか気になりません?」

「まだ彼女と決まった訳じゃねぇぞ。」

「たしかに……。
  でも明石主任が女の人と仲が良さそう
  ってだけで大スクープじゃないですか?」

「そうっスよー。
  どうにかして一緒に飲めないッスかねー。」

やだよ、なんでお前らにきぃちゃん会わせなきゃなんないの。

「私も見たーいっ。
  小山って最寄りどこだっけ、新清洲?」

「うん、新清洲。」

やっぱり新清洲かぁ……。
柊真の最寄りでもあり、いつもの居酒屋に一番近い駅の名前が挙がって、人違い説が消え去った。
うちの会社の人間のほとんどが名鉄名古屋本線を利用していることを考えると、どうしても、同僚に遭遇する確率は高くなる。

「駅前で待ってたら見れるんじゃないっスか?」

げっ、冗談だよな。

「そのまま主任が入った店に、
  たまたま被ったフリして入ればいいんじゃない?」

どえらい発想だな、後輩達よ。
柊真が感傷に浸っている間に、彼らの話題はどうやったら違和感なく、上司の彼女を見に行けるかという、とんでもない話になっており、非常に焦っている。
確かにここ最近は長い間恋人をつくっていなかったが、それがこんな後輩に興味を持たせることになるとは思わなかった。

「俺は行かねー。」

「えぇ~、先輩も行きましょーよぉ。」

「そうっスよぉ、
  こういうのは人数多い方が説得力あるっス。」

お前ら、自分達だけが俺に怒られんのが嫌なだけだろ。

「行っかねったら、行かねー。
  残念だったな、他を当たれ。
  あ~、そういうの好きなのが経理にいるだろ。
  特にあの人絡みだと。」

うわっ、あの子が来るのはホントに困るっ。
いつもの店は駄目だ。
違う店に変えてもらおうっ。

こんな言い方をするのは失礼かもしれないが、今喋っている奴らとは比べ物にならないくらい、厄介な後輩が登場する可能性が出てきて、こんな所にいる場合ではないと、急いでデスクに逃げ帰った。












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