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番外編Ⅱ
二つ目のお願い②
しおりを挟むお昼は、二人で何度か行ったことがあるうなぎ屋さんで、ひつまぶしを食べ、お会計はいつも通りルーレットで、季衣がお札を二枚出すという結果で、残りは柊真に払ってもらった。
「あーっ、やっぱりあそこは美味しいなぁ。
なんかこう、ふわっと、ジュワッと、
ん~~って感じ。」
「あはははっ、何それ。
ん~~って、ははっ。」
入社したての頃、名古屋に来て初めてひつまぶしを食べて、色んなお店を回ったが、あのお店のひつまぶしは何度食べても感動的で、言葉で表現したくても、口から擬音しか出てこない。
なかなかにいいお値段なので頻繁には行けないが、これからも通う予定である。
「また一緒に行こうか。」
「うん。」
柊真とも約束をした後、再び手を取られて、行き先も分からぬまま彼に連れられ歩いていたのだが。
「と、柊真さん?
あのっ、確かになんでもいいとは言ったけど、
あ、あんまり高いのはちょっとッ。」
ある路面店の前で立ち止まったかと思ったら、入ろうとしていたのは季衣でも知っているブランドの時計ショップの前であった。
どんなにきぃの貯金絞り出しても流石に買われへんで?
無理だという意思表示のために、足を踏ん張って入店を一旦阻止する。
すると、繋いだ手を離されて、柊真はこちらに、すっと肘を出した。
「ふふっ、きぃちゃん。
俺、彼女に時計買わせるほどクズじゃないよ。
ほら、…………エスコートさせてくれますか?」
「ぴっ」
なっ、なんなんだこの男は。
前世は英国紳士か何かなのか?
忘れた頃にやって来た甘やかしに、変な鳴き声を漏らしながら、差し出された肘にそっと腕を絡めた。
「綺麗だよ。」
ふっ、と花の蕾がほころぶような微笑みを浴びて、再び奇声を発してしまわぬよう、口を引き結びながら、顔を真っ赤にして入店した季衣であった。
「いらっしゃいませ。」
足を踏み入れた瞬間から、空気が変わったのを感じて、背筋を伸ばさないといけないような気持ちになる。
うわぁー、ザ・高級って感じ。
生まれてこの方、訪れたこともないような高級店に、こんな安っぽい服で良かったのだろうかと気後れしてしまうが、柊真の綺麗だという言葉を思い出して、堂々としなければと思った。
ショーケースの中を覗きに行くと少しゴツめだが、上品な腕時計が並んでいる。
「時計買いたいん?」
「うん。きぃちゃん、
俺に似合いそうなの選んでくれない?」
「私が選んでいいん?」
どう考えても季衣より柊真の方がセンスがいいだろうに。
「もちろん。
きぃちゃんに選んで欲しい。」
難しいこと言うなぁ。
そんなんどれ着けても似合うに決まってるやん。
しかし、信頼が籠った目で見られると、断ることなんて出来るはずもない。
「分かった、いいよ。
……うーん、いつもどうやって時計見てるん?」
「えーっと、周りにぶつからないなら、
こうかな。」
せめて、使う時のイメージが欲しくて柊真を見ていると、腕を前に軽く伸ばして、袖から手首が見えるようになってから、時計を見るようだった。
四角のベゼルもオシャレやなぁって思ったけど、袖に角が引っかかんのもいややしな。やっぱり無難に丸がいいか。
腕伸ばしたら袖から手首出るってことは、キーボード叩く時も時計が机に当たるってことやから、ベルトは金属じゃなくて皮とか布やな。
皮とかでも皮膚に痕残んのは嫌やなぁ。
好きな人が着けるということもあって、色々な条件を考えて、真剣に選んでいく。
「すいません。」
「はい。如何されましたか。」
ショーケースを覗く季衣達を邪魔しまいと、カウンターの近くで金属製の時計を丁寧に磨いていた店員さんに声を掛ける。
「一番肌当たりがいいベルトって、
どれですかね。やっぱり牛皮ですか?」
「そうですね。
若い牛の皮が一番柔らかいかと思います。
当店ですと三種類ほど、
産地が違うものを取り扱っておりまして、
今金属製のベルトが付いている商品も、
お時間頂けましたら付け替えることも
可能となっております。
サンプルを一度お試しになられますか?」
「お願いしてもいいですか?
お忙しいところ申し訳ないです。」
「いえいえ。
他に気になる事ございましたら、
いくらでもお申し付けください。
サンプルお持ちいたしますね。」
「ありがとうございます。
柊真さん、ベルトどれがいいか、
ちょっと着けてみてー。」
「……柊真さん?」
今日何度目かの咎めを受けて、やはり慣れないなと思う。
あの、間違えた回数だけお仕置きとか無いですよね……?えっ、無いやんな?
あっ、ちょっとっ、誰か、そんなん無いっ言って~っ。
「あっ、……柊真。えへっ。
そうや、柊真、文字の大きさは?
視力悪くなかったやんな?」
このままの空気だと、また爆弾を食らわされそうな予感がして、話題を強引に変える。
「あーそうだなぁ。
めちゃくちゃ小さいのとか、
数字が書いてないのは不便かも。」
「おっけー。
あっ、サンプル来たっぽい。」
それから、柊真は三種類のベルトを何度も試し、一番手入れが簡単なものを選んだ。
その間に季衣は、店にある時計の全てをじっくりと見て、何かを確信したように、頷く。
「柊真、こっち来て。」
「ん。……なんかいいのあった?」
「これ。これがいい。」
いつもは優柔不断な季衣が、なんの迷いもないような顔をして、一つの腕時計を指さした。
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