きぃちゃんと明石さん

うりれお

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番外編Ⅱ

二つ目のお願い③

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季衣のはきはきとした受け答えに、仕事中の彼女の顔が垣間見えて、そんな姿にも惚れ直してしまう。

「これ。これがいい。」

季衣のいつもほんのり赤い指の先は、丸くて、ベゼルに角がなく滑らかな曲線を描いている腕時計を指していた。
そして、ベゼルだけでも珍しいと思うのに、文字盤にパンダが鎮座していた。

そう、パンダである。

「…………パンダ?」

オムライスの再来かと、一瞬季衣の頭にある謎のパンダイメージがよぎって、やけに自信満々な恋人の顔を伺ってみる。

「あっ、パンダはおまけっ。
  パンダやったら可愛いなぁとは思うけど、
  柊真が嫌なら違う動物でもいい。
  これ、この時計がいいと思ったのっ。」

どうやら絵柄だけを見て選んだ訳ではないらしい。
ショーケースの中を覗くとパンダに続いて、ペンギン、ウミガメ、アゲハ蝶と、様々な生き物が描かれた腕時計が並んでいた。
周りの他の腕時計も見てみるが、同じような形のものは見当たらなかった。

「そちらの商品でしたら、
  先程お選びになったベルトのものがございますが、
  お試しになられますか?」

タイミング良く話しかけてきたのは、先程と同じ店員だ。
やっぱり、このぐらいのお店のスタッフは空気が読めるなぁ。
お願いしますと即答すると、すぐに裏から上品なベルベットの箱が出てきた。
中から現れた洗練されたデザインに、やはり季衣に頼んで正解だったと思う。
いつも通り、片手で素早く自分の左腕に着けると、柊真は思わず目を見開いた。

「これは凄いなぁ。」

軽く曲げた肘を一旦まっすぐ伸ばして、気を付けの姿勢から、再度時間を見るように曲げてみても。

「いいね、これ。」

スーツの袖に引っかかることもなく、いい意味で着けている感覚が薄い。
シンプルでありながら、少し大きめで、随分前から柊真のものであったかのようだった。
こう見るとパンダも唯一無二な感じがあっていいような気がしてきた。

よし、これに決めた。

問題はもう一つの時計である。
いやぁ、でもやっぱりあれかなぁ。
ふわふわで、一度テリトリーに入ると甘々にデレて、でも肝心なところは絶対に逃さない。
そんなところが似ていると思う。

「すみません。
  これにしようと思います。絵柄もパンダで。
  あと、フクロウも持って来て貰えますか?
  さっきのベルトのサンプルと一緒に。」

「かしこまりました。」

やはり空気の読める店員は、何かを察したように、にっこりと笑って奥に消えていった。

「え?二つも買うん?」

案の定、季衣が首を傾げて上目遣いで、柊真の顔を覗き込んでくる。
……これは、朝のやつを無自覚にやり返されてるなぁ。
俺も心臓が持たないよ?

季衣も普段であれば問題なく空気が読めるのだが、なんせ鈍いので。

「きぃちゃん、俺からの二つ目のお願い。」

「う、うん。何?」

予想もしていなかったタイミングに狼狽える季衣と、しっかりと目を合わせて、伝える。

「会社でこの時計着けて欲しい。
  出来れば鞄とかじゃなくて、腕に。」

自己評価が低くて、無自覚に人を引き寄せる彼女に、虫除けは必要だから。

「う、え?あ、ありがと。
  でも……こんないい時計、ぶつけたりしたら
  ……正直ちょっと怖い。
  あっ、嫌なわけじゃないで。
  めっちゃ嬉しいって思ってる。
  けど、せっかく買って貰ったのにぶつけちゃったら、
  きぃが……自分を許されへん気がする。」

高いものを彼氏に買って貰って、嬉しいよりも心配が先に来るあたり、とても季衣らしくて可愛いなと思うし、大事にしてくれる前提で話してくれるところも愛おしいと思う。

「いいよ、どんなに傷つけたって。
  俺だってぶつけるだろうし。
  ぶつけるのが怖くて着けない、って言われるより、
  ぶつけてもいいから、毎日着けてくれる方が、
  俺は嬉しい。」

季衣に涙ぼくろはないけれど、季衣の耳と髪の間に手を滑り込ませて、彼女がいつも自分にしてくれるように、すりすりと右目の下を撫でた。
「んっ。」と言いながら、季衣の首の右側が縮んで、ひくっと肩が揺れる。
 可愛い。

なんでも言う事を聞くというお願いではあるが、ズルい言い方をしている自覚はある。
優しい季衣は断れない。

「うぅー、分かった。」

ほらね。
恐らく、柊真がそういうならと、自分の中で割り切ろうと頑張っている。

「あと、きぃちゃんも着けてくれたら一応おそろいだし。
  仕事のヤル気も出そうだからさ、お願い。」

さらに、帰ってからやっぱり怖いと言われないように追い討ちをかけた。
おそろいという言葉に弱いといいなという期待を込めて。

「あっ…………。おっ、おそろい。
  おそろい……、そっか。
  …………そっか……柊真とおそろい……。
  えへへっ、ありがと。大事にする。」 

あーー、チョロくて可愛いなぁ。

明らかに最後の「う」の音が発音されていない感謝の言葉を、へにゃへにゃの笑顔で告げられて、ここが店ということを忘れてキスしそうになる。

「お待たせいたしました。
  ○○モデルのデザインがパンダ、
  ベルトが3番のものと、ベルトのサンプルですね。
  フクロウの方はベルトが決まり次第お持ちいたします。」

こんなとこでキスなんか始めんじゃねぇよ?と言わんばかりの圧が籠った、完璧な営業スマイルを浮かべた店員が奥から戻ってきて、正直助かったと思った。

あっぶねぇー、こんな高級店の中でキスするバカップルになるところだった。
(※店員は既にバカップルだと思っている。)

「今日は何かの記念日ですか?」

「いや、そういう訳でもないんですけど……」

季衣がベルトを試している間に、先程とは別の店員に時計を贈ることになった経緯を話す。

「へぇ~、オセロですか。
  それはまた面白いですねぇ。
  ……差し支えなければ、当ブランドの時計を
  選んで頂いた理由をお聞きしても?」

そりゃぁ気になるだろうな。
ショーケースの中にはクラシックな形の時計ばかりが並んでいて、サラリーマンには絶大な人気を誇っているが、正直ただ彼女に時計をプレゼントするだけなら選ばないようなブランドだ。

「実は彼女と少々歳が離れてまして、
  会社も違うものですから、
  お恥ずかしながら心配になってしまって。
  こちらの時計はデザインが素晴らしいのは
  もちろんなんですが、
  ひと目で男物だなって分かるのに、
  女性が着けても浮きすぎないところが良いなと。」 

直接的には口にしないが空気の読める店員は今の説明で、虫除けだなと気付いたことだろう。

「左様でございましたか。
  貴重なご意見ありがとうございます。
  実は最近お客様と同じように、カップルの方が
  ペアでご購入されることが増えておりまして。
  この○○モデルもそういったお客様に気に入って
  頂けるといいなと思い、デザインされたのもなんです。」

やはり同じ事を考えるやつは世の中にいるのかと、自分の独占欲が異常ではないと、自分の行いを肯定されているような気がして、少し嬉しくなった。

「はぁ~なるほどぉ。
  じゃあ今日の僕達は、まんまとおたくの戦略に
  ハマったという訳ですね?」

「ふふっ、そうなりますね。」

いい店は店員の質がいいだけでなく、商売も上手いのか。

「柊真。決めたで、ベルト。」

「おっ、何番?」

「2番にしたー。一番薄いやつ。」

季衣の選んだベルトは、柊真のものとは違うものの、予想通りと言えば予想通りであった。
少し変色しやすいが一番肌に馴染む滑らかな感触の、季衣が言うように一番薄いベルトである。

「フクロウデザインの方ですね、ベルトの取り付けに
  十五分程、少々お時間頂きます。
  当店の商品をご購入いただいたお客様にですね、
  隣のカフェのケーキセットの無料券を
  お配りしておりまして、
  よろしければそちらでお待ち頂く事も可能ですが、
  いかが致しますか?」

ケーキセットという単語を聞いた瞬間、きらきらと瞳を輝かせた恋人がちらっと目線だけで食べたいですと伝えてきて、もちろん

「カフェで待たせてもらおうかな。」 

と即答した。
自分の希望通りになった季衣が「んふっ」と聞こえてきそうなほど、目に見えて頬を緩ませる。
ほんっと可愛いなこの人。
 

その後、「ん~~っ」と再び謎の擬音を発してガトーショコラを頬張る季衣を見つめながら、幸せな気持ちで待ち時間を過ごした柊真であった。

















 
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