記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第22話

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本田との未来が消失すれば、俺が死ぬ未来も消失すると考えていた。

それが悪い未来へと通じる道を逸れる選択であり、俺が生き延びる答えであると。

まさにその通りであり、俺はあれ以来、変な記憶も既視感もなく生活できていた。この時代に、何の違和感もなく上原美月という人間が高校生男子として生きている。

当たり前のことである。

多少、過去に何か別の記憶があって、死ぬ未来を抱えていただけで、それを回避できれば、後は今ある命を生きていけばよい。

そう考えていた。

文化祭二日目の朝。

すべてが払拭され、俺はいつも通り目を覚ます。

いつもと同じく、ベッドから這い上がり、床に足を付けたその瞬間。一瞬である。

何か意味の分からぬ記憶が頭を過ぎった。

それは一瞬だけだが、俺が未来で生きている様子である。俺が当たり前のようにスーツを着て、出社している未来。

それは本田の件以降、収まったと思っていたあの未来である。終わらせたはずの未来である。

もしかしたら前までの名残で、あの鮮烈な記憶を何度も見ているうちに脳に刷り込まれていて、それを夢で見ていただけかもしれない。

寝ぼけ眼をこすって、もう一度自室を見渡す。

何も見えない。いつもと同じ自室のようすに欠伸を一つ。

そうか。

やはり寝ぼけていただけだったようだ。

そう自分を納得させ、俺は学校に向かった。

それはそうだ。もう俺は死ぬ未来とやらを回避しているのだから。

 

 

 

声量はあまりなくとも、その鈴のような声は俺の耳に届いた。

小さいが聞き取りやすい、線が細く、音の粒の揃った綺麗な声。

文化祭の喧騒の中で、彼女は俺に少し恥ずかしそうに話しかける。
俺だって見栄を張っているだけで、緊張しているし、手汗を握り締めている。

宮藤さんとは朝のホームルームが終わると、一旦別れて、その後、10時に校門前で待ち合わせた。

校門前にはすでに沢山の人が押し寄せていたが、そんな中でも彼女はすぐに探し出せた。

えらく白い肌の女性が立っていたからだ。
こうして待ち合わせると、昨日会っていたにも関わらず新鮮に感じる。

綺麗な濡れ烏色の黒髪が、日の光に色味を変えて、眩しく尊い。
視界に入れば、すぐに彼女だと分かる。

俺が声をかけると、彼女は小さく会釈する。

「結構、混んでるな」

「昨日よりも人が多いかもしれませんね」

他愛ない話から俺たちの文化祭二日目が始まった。

昨日は一緒に店番をしていた模擬店ブースを彼女と歩く。

昨日は特に気にもしなかったが、今日は色んな店に目を向けてみる。唐揚げ、フランクフルト、ポテトにタコ焼きなど色んな模擬店があって、中にはスイーツに挑戦しているクラスなんかもあって、見ているだけでお腹が空いてくる。
いや、これは食べ物を揚げたり、焼いたりする匂いの所為もあるのか。

とにかくいつもなら食べたいなと思わないような物も、魅力的に映る。

模擬店を見ながら、彼女をちらりと見る。人の波に少しばかり困り顔ではあるが、俺が話しかけると、少しその表情は和らいだ。

途中、何か奢ろうかと彼女に問う。

とすると彼女は一瞬、思案し「では、私も上原さんに奢ります」と言われて、二人でフランクフルトを食べた。

いつもの教室で彼女と二人で話していれば目立つだろうが、文化祭では誰も彼もが浮かれており、俺たちに目を向ける人間はいない。

文化祭とは特殊な行事であり、そう思うと、文化祭後に雨後のタケノコのごとくカップルが増えるというのも頷ける。

模擬店を見終わると、ベンチに腰掛け、小休止を挟む。

一人が好きな彼女は、人混みに疲れているだろうと俺が提案したのだ。

特に彼女は文化祭なんぞに興味はなく、一人静かに本を読む場所を探していると思っていた。

しかし、こうして二人で校内を歩いていると、時に小さく笑う彼女を見て安心した。

「模擬店って言っても色々考えるもんだな」

俺は道行く人を眺めながら言う。

「そうですね。私はあまりクラスの出し物にも意見を言ってませんけど、焼きぞば以外にも選択肢はあったかもしれません」

彼女は模擬店を見ながら、静かに答えた。俺の座り方と、彼女の行儀のよい座り方を見比べ、俺は組んでいた足を解いた。

「選択肢?」

「はい。あそこのチョコバナナとかよさそうです」

「ああ。食べるか?」

「いえ。見ているだけで………聞けば、あそこのクラスはチョコバナナ模擬店の許可を学校側から貰うのがすごく難航したそうです。それでも頑張って勝ち取った模擬店を行っている熱量がすごいなと」

「なんだそれ?生物だからか?…………にしても、あの店にそんなストーリーがあったのか」

「ええ。風の噂で聞きました」

「そっか…………それならなおのこと食べてみよう」

俺が少しばかり強引に誘うと、彼女は苦笑いしながら、俺の後をついて来る。そうして、

俺が買ってあげると、「ありがとうございます」と受け取り、またベンチに腰かけた。

 

 

 

模擬店ブースから特設ステージ。そこから体育館へ。体育館から東棟、部活ブースへ。
これだけ毎日、通学していても、未だ行ったことのない教室や部室に足を運ぶのは面白い。

特設ステージでは昨日同様、有志によるバンドや、吹奏楽部の演奏、グリークラブの合唱。体育館ではクラスの劇や、合唱が行われていた。

部活ブースはそれぞれの部活の特性を生かした出し物が、各教室で開かれていた。お料理研究会やマジック部。漫研、英研、将棋研。
地域研究部なんてのもあって、地元の歴史を改めて学生からの視点で書かれた出し物は面白い。
他の学生はスルーして、こういった文化部の出し物に興味も示さないが、俺は改めて目の当たりにした学生らしい見方や思想、発想に純粋に惹かれた。

そして最後に文芸部の出し物を見た。

俺たちは一つのところに留まらず、色んなところに足を運んだ。それは別にどちらかの主張によるものではない。

ただ二人の相性が良く、出し物を見るペースもあまり差はなかったからだ。

文芸部が作った同人誌を読みながら俺は彼女に問う。

「宮藤さんは文芸部に入ろうとは思わなかったの?」

「そうですね………始めは少し思いました。でも、私は今まで一人でアニメを観たり、好きに小説を読んだりすることが好きだったんです」

「そっか。でも、一緒の趣味の人を作って共有したいって思うこともあるんじゃないか?」

「………ええ。そう思う日もありました………でも、今はもう部活に入りたいとはあまり思いません」

「そうなのか?」

「はい。………結局、私は自分勝手なんです。一人の方が気が楽ですから。
ですが………ですが昨日、上原さんとそういった趣味の話をしている時は楽しかったです」

彼女は目を伏せて、俺の方を見ずに小さい声をさらに絞って声を出した。
俺は不意を突かれて、すぐに返事が出来ずに、一瞬喉に突っかかりを覚えて、咳き込む。

そうして、俺も彼女を見ずに、いや見ることができないまま返事をした。

「そっか。………いや。俺もそうだよ。一緒にアニメを観たり、そういう話をするのは楽しかった」

そう言うと、彼女が楽しそうに笑うので、俺もつられて笑いそうになる。しかし、グッと堪えて、微笑に抑えた。

自分ではそう思っていた。

しかし、窓ガラスに映る自分の顔は酷く惚けており、トロンと笑った顔は酷く幸せそうであった。

 
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