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第2章 シャクンタラー対ファウスト
第19話 テレパシスト瀬川
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俺たちはカフェを出ると、最寄りの駅に向かって走り出した。
俺は植木に電話をかけながらも連絡を受けた植木が早急に対処してくれることを願う。
しかし電話は5コールほど鳴っているものの植木が出る様子はない。
あの本部に揺蕩(たゆた)う紫煙の中、恰好付けている植木のアホ面が脳裏をよぎる。
そうこうしているうちに俺たちは駅前に到着した。南はすぐに切符を買うべく改札に向かう。
慌てた様子の彼の後ろ姿を追っているときに、突然彼が消えた。
駅前から忽然と姿を消したのだ。
そしてその瞬間、俺の前の景色も急に変わった。
先ほどまでは駅の看板やら、駅に向かう南、またその他の通行人やらビルが建ち並ぶ駅前の街並みだったのに、気がつけば目の前には宮 沙代里が座っていた。
そう。
俺たちは先ほどのコーヒーショップに座していたのだ。
そして、目の前の宮 沙代里は笑顔で俺たちにこう言った。
「おかえりぃ…………だからぁ。待ってって言ったじゃん。」
ああ。これが宮 沙代里の異能。アポートか。
俺たちは彼女の異能により、駅前からこのコーヒーショップに呼び戻されていたのだ。
駅まで全力疾走した俺たちの労力は無駄になったのだ。
南もそのことを理解したのか、宮 沙代里を見て固まっていた。
しかし、俺はその異能に対する驚きよりも、またこの彼女の間延びした声を聞かなければならないのかと再び苛立ちが募っていた。
そして、そのまま苛立ちを沙代里にぶつける。
「えっと…………宮さん?俺たち戻りたいんだけど?本当に。切実に。」
「えっとぉ。それは駄目ぇ。それに、もう沙代里も本部に連絡したから、瀬川っちも逃げたんじゃないかな?」
しかし、そんな俺の苛立ちを彼女はモノともしないのだ。
「マジか…………じゃあ。もう足止めも出来たし俺らも帰っていいよね?」
「うーん。どうしようかなぁ」
今このギャルに対して異能を行使してもいいのだが、果たして俺の異能は彼女の異能よりも早く承認を取り行使できるだろうか?
いや。彼女がどれほどアホでも己に異能を使う仕草をすれば、俺たちを即座にどこか別の地に飛ばすだろう。
彼女は俺の異能を絶対にそのファウストの奴らから聞いているはずなのに、覚えていなかった。
こんな間抜けな少女なら俺がバレずに異能を行使することも出来るだろうが、とんでもなく遠い地に飛ばされる可能性もある。
最悪の事態を想定して行動しなければならない。
それほど、彼女の異能は早さと強さ、利便性に富んだ異能だということだ。
ここからは、南の話術で切り抜ける他ない。
俺が話しかけるよりも、イケメンが話かけた方が良いだろう。
南もそう考えたのか、沙代里の説得を試みる。それも斜め上の角度からだ。
「えっと。じゃあ。沙代里ちゃんも一緒に来るってのはどうかな?」
「えー?沙代里も一緒に行くの?でも今から行くところって亜里沙もいるんでしょぉ?大丈夫ぅ?」
「うーん。分からないけど、危なかったら俺たちで止めるから。…………どうかな?」
「えー。でも私ファウストだよぉ?敵だよぉ?そんな子呼んでいいのぉ?」
「あ!じゃあもう、寝返って沙代里ちゃんがシャクタラー入る?」
「はぇ?」
突然の申し出に驚き、アホな声を漏らす。
その声は高音でイルカの鳴き声のようで俺は一瞬、耳が痛んだ。
「どうかな?ペタももう実質シャクンタラーみたいなもんだし。」
「え?ペタも?…………どうしようかなぁ。」
何故か南はこのギャルを勧誘し始めたが、事態は好転しているように見受けられるので俺は見守っていようと思う。
がしかし、ふと疑問に思う点があった。
「…………そういえば。なんで沙代里ちゃんはそのファウストに入ったの?」
「え?ああ。それは…………なんでだろう?亜里沙と仲たがいしてぇ。えっと…………なんでだったかな?」
こいつもか…………。
このシャクンタラーだの、ファウストだの、この手の異能組織に入っている奴は皆、記憶が欠落しているのか、入った経緯が朧気だ。
これはおかしなことだが、だれもそれをおかしいとは思っていない。
南でさえも何か変に感じてはいても、どこか受け入れてしまっている。
これではまるで何かの異能にかけられているようだ。
そんな俺の悩みも置き去りに話は進んでいく。
「とにかく、沙代里ちゃん。どうかな?」
「うーん。どうしようかなぁ。」
「ペタは相当シャクンタラーのことを気に入ってるみたいだよ。大好きって。しゅきしゅき大しゅきって言ってたよ?」
「え?そこまで?なんなのその組織ぃ。そんなすごい組織なのぉ?」
「うん。だからどう?」
「うーん。…………じゃあいいよ。なんかファウストって暗い組織だしぃ。沙代里にはふさわしくないっていうかぁ。それに、そろそろ飽きてたしぃ。」
意外にも沙代里はあっさり了解した。この女、悩む間もなく了解しやがった。いやその方が確かに嬉しいのだが、明日にはまたファウストに寝返るとか言いそうで怖い。
「そうなんだ。」
南も苦笑いしつつも話を続ける。
「うん。別にあの組織ぃ。沙代里がいなくてももうレベルSが5人もいるしねぇ。私いらない子!!だからいいよぉ~。」
「へぇ~。じゃあ決まりだね!!」
「うん!!よろしくお兄さん!!」
満面の笑みで握手をする二人。
ん?
今このギャルなんて言った?
Sが五人ほどいるとかなんとか…………。いや気のせいか。きっとそうだろう。
今はそんな事よりも早く瀬川の件を片付けなくてはならない。
俺は聞きたくもない話は封殺し、瀬川の問題一つに焦点をあてて考えるべく動くことにした。
その後、沙代里が正式にシャクンタラーに加入するのはまた今度ということになった。
最近の沙代里のバイトの愚痴を南が聞いていたことで気を良くしたのか、沙代里は一瞬にして俺たちを本部に送ってくれた。
この北端の遠いコーヒーショップに来て今日、アポートの異能で電車賃が浮いたことで初めて彼女に少し好意を持てた。
本部に着くと、急いで植木のもとに向かう。
案の定、植木は椅子に腰かけて、黒い紙タバコを満面の笑みで吸っていた。
「あの!!瀬川さんは?」
「お?西京くん。南くん。こんにちは。ん?瀬川?なんかさっきすごい勢いで出ていったぞ?」
プハーっと紫煙を吹いて、こちらの問いの意味を理解しかねるというフウに不可解な顔をする植木。
「思いっきし逃げられてんな。…………どうする?」
「そうだな。とりあえず、その瀬川って人の情報を探るか?」
「そうだな。」
とりあえず、俺は南の提案に乗ることにする。
その後、南の連絡を受けた北条さんも合流し、瀬川が普段使っていた職務室に向かった。
一体、どれほどの情報が漏れていて、彼が本当の情報をどれほど溜め込んでいたか調べなくてはならない。
その部屋はいつも植木が開いている無意味な定時連絡会が行われている本部一階東の部屋からは遠く、組織の人間が普段通ることのない二階突き当り西向きの部屋にあった。
植木も入ったことはないという。
プライバシー保護の観点から見て云々かんぬん言っていたが放置して瀬川の部屋まで急ぐ。無論、彼はまだ瀬川が裏切っていた件については知らない。
「よし、入るぞ。」
「ええ。開けるわ。」
北条さんが部屋のドアをマスターキーで開ける。なぜそんな重要なカギを植木ではなくてこの子が持っているのかは甚だ疑問である。
ドアを開ければ、その部屋はどこにでもあるごく普通の部屋であった。
デスクにパソコンが置かれ、コップにはまだ珈琲が入っていた。彼が連絡を受け、急いでこの部屋を出ていった様が容易に想像できる。
そして、壁にかけられた時計の針の音と空調の音だけが耳に入ってくる。
壁紙も綺麗な白で、ロッカーには異能者の資料が入っているが、特に変わったことが書いてあるわけではなかった。
ある一点を除いては。
その膨大な資料はここ二年までのことしか書いておらず、それよりも前のことが記載してある資料は一つもなかったのだ。
この組織の誕生がもし5年ほどまえからなら明らかにおかしな点である。
しかし、だれも疑問には思わずロッカーの前をスルーする。
俺は不審に思いながらも、今回は瀬川の情報を集めるのが先だと、またもやそのモヤモヤとした事案を後回しにした。
「何かあったか?」
「いえ。普通の部屋ね…………。」
北条さんは何故か部屋に入らず、ドアの外からこの部屋を覗きこんでいる。
そういえば、北条さんが先ほど言っていたが、彼女は瀬川が苦手なんだそうだ。
彼の視線が苦手だと。
「ないな。とにかく逃げた瀬川を追うか?」
南が部屋を見渡しながら、はぁとため息混じりに返答してくる。
「いや、もう手遅れだろ。今頃、ファウストに保護されている。」
「そうだな…………?」
何かに気が付いたのか南は小首を傾げて考え込む。
「ん?どうした?」
「いや。この部屋何かおかしくないか?」
「ん?何が?」
「あー。なるほど。えらく殺風景な部屋だと思っていたんだ。あの眼鏡の旦那がそんな部屋に住むわけないよなぁ。」
南は突然、部屋から飛び出すとドアの前で建物突き当りのドア横の壁を凝視する。そして、下の階に走り出すと、下で何かを確認したのか、またすぐに戻ってくる。
「どうした?」
階を行き来したことから少し息切れしている南に問う。
「ああ。…………ふぅ。そうだな。」
南はまた部屋に戻り、部屋のある壁に耳を当てて、コツコツとノックする。
「ん?なにしてる?」
「いや。この部屋だけおかしいんだよなぁ。なんかこの部屋だけ終わりがいい加減なんだよ。一階のちょうどこの真下の部屋の隣にはもう一つ部屋があった。なのにこの部屋はおかしいよな?………………お?ビンゴだぜ?」
そう言うと、南はロッカーを異能で持ち上げ、そのまま壁に激突させた。
多分、隠し扉とかあっただろうに南は関係なしにその扉を破壊した。
普通、サスペンスドラマとかならそう言った隠し扉は見せ場だと思うのだが、こういうファッションオタクにはそういった美徳は理解できないだろう。
けたたましい轟音と共に、壁が瓦解し、中からもう一つの部屋が現れる。
「何事!?」
急な音に外で退屈そうに窓から空を眺めていた北条さんがすっ飛んでくる。
「待て。北条。来るな。危ない。」
咄嗟に南が北条さんを止める。
そして、こちらに目配せし、俺もその隠れた部屋の前に位置取り北条さんからは見えないようにする。南はなんとか北条さんを説得し、彼女に見えぬようドアを締め切り、こちらに戻ってくる。
良い判断だ。
確かにこれは彼女には見せられそうもない。
その壁から向こうの秘密の部屋には、北条 美紀の写真が壁一面に所せましと大量に貼られていたのだった。
俺は植木に電話をかけながらも連絡を受けた植木が早急に対処してくれることを願う。
しかし電話は5コールほど鳴っているものの植木が出る様子はない。
あの本部に揺蕩(たゆた)う紫煙の中、恰好付けている植木のアホ面が脳裏をよぎる。
そうこうしているうちに俺たちは駅前に到着した。南はすぐに切符を買うべく改札に向かう。
慌てた様子の彼の後ろ姿を追っているときに、突然彼が消えた。
駅前から忽然と姿を消したのだ。
そしてその瞬間、俺の前の景色も急に変わった。
先ほどまでは駅の看板やら、駅に向かう南、またその他の通行人やらビルが建ち並ぶ駅前の街並みだったのに、気がつけば目の前には宮 沙代里が座っていた。
そう。
俺たちは先ほどのコーヒーショップに座していたのだ。
そして、目の前の宮 沙代里は笑顔で俺たちにこう言った。
「おかえりぃ…………だからぁ。待ってって言ったじゃん。」
ああ。これが宮 沙代里の異能。アポートか。
俺たちは彼女の異能により、駅前からこのコーヒーショップに呼び戻されていたのだ。
駅まで全力疾走した俺たちの労力は無駄になったのだ。
南もそのことを理解したのか、宮 沙代里を見て固まっていた。
しかし、俺はその異能に対する驚きよりも、またこの彼女の間延びした声を聞かなければならないのかと再び苛立ちが募っていた。
そして、そのまま苛立ちを沙代里にぶつける。
「えっと…………宮さん?俺たち戻りたいんだけど?本当に。切実に。」
「えっとぉ。それは駄目ぇ。それに、もう沙代里も本部に連絡したから、瀬川っちも逃げたんじゃないかな?」
しかし、そんな俺の苛立ちを彼女はモノともしないのだ。
「マジか…………じゃあ。もう足止めも出来たし俺らも帰っていいよね?」
「うーん。どうしようかなぁ」
今このギャルに対して異能を行使してもいいのだが、果たして俺の異能は彼女の異能よりも早く承認を取り行使できるだろうか?
いや。彼女がどれほどアホでも己に異能を使う仕草をすれば、俺たちを即座にどこか別の地に飛ばすだろう。
彼女は俺の異能を絶対にそのファウストの奴らから聞いているはずなのに、覚えていなかった。
こんな間抜けな少女なら俺がバレずに異能を行使することも出来るだろうが、とんでもなく遠い地に飛ばされる可能性もある。
最悪の事態を想定して行動しなければならない。
それほど、彼女の異能は早さと強さ、利便性に富んだ異能だということだ。
ここからは、南の話術で切り抜ける他ない。
俺が話しかけるよりも、イケメンが話かけた方が良いだろう。
南もそう考えたのか、沙代里の説得を試みる。それも斜め上の角度からだ。
「えっと。じゃあ。沙代里ちゃんも一緒に来るってのはどうかな?」
「えー?沙代里も一緒に行くの?でも今から行くところって亜里沙もいるんでしょぉ?大丈夫ぅ?」
「うーん。分からないけど、危なかったら俺たちで止めるから。…………どうかな?」
「えー。でも私ファウストだよぉ?敵だよぉ?そんな子呼んでいいのぉ?」
「あ!じゃあもう、寝返って沙代里ちゃんがシャクタラー入る?」
「はぇ?」
突然の申し出に驚き、アホな声を漏らす。
その声は高音でイルカの鳴き声のようで俺は一瞬、耳が痛んだ。
「どうかな?ペタももう実質シャクンタラーみたいなもんだし。」
「え?ペタも?…………どうしようかなぁ。」
何故か南はこのギャルを勧誘し始めたが、事態は好転しているように見受けられるので俺は見守っていようと思う。
がしかし、ふと疑問に思う点があった。
「…………そういえば。なんで沙代里ちゃんはそのファウストに入ったの?」
「え?ああ。それは…………なんでだろう?亜里沙と仲たがいしてぇ。えっと…………なんでだったかな?」
こいつもか…………。
このシャクンタラーだの、ファウストだの、この手の異能組織に入っている奴は皆、記憶が欠落しているのか、入った経緯が朧気だ。
これはおかしなことだが、だれもそれをおかしいとは思っていない。
南でさえも何か変に感じてはいても、どこか受け入れてしまっている。
これではまるで何かの異能にかけられているようだ。
そんな俺の悩みも置き去りに話は進んでいく。
「とにかく、沙代里ちゃん。どうかな?」
「うーん。どうしようかなぁ。」
「ペタは相当シャクンタラーのことを気に入ってるみたいだよ。大好きって。しゅきしゅき大しゅきって言ってたよ?」
「え?そこまで?なんなのその組織ぃ。そんなすごい組織なのぉ?」
「うん。だからどう?」
「うーん。…………じゃあいいよ。なんかファウストって暗い組織だしぃ。沙代里にはふさわしくないっていうかぁ。それに、そろそろ飽きてたしぃ。」
意外にも沙代里はあっさり了解した。この女、悩む間もなく了解しやがった。いやその方が確かに嬉しいのだが、明日にはまたファウストに寝返るとか言いそうで怖い。
「そうなんだ。」
南も苦笑いしつつも話を続ける。
「うん。別にあの組織ぃ。沙代里がいなくてももうレベルSが5人もいるしねぇ。私いらない子!!だからいいよぉ~。」
「へぇ~。じゃあ決まりだね!!」
「うん!!よろしくお兄さん!!」
満面の笑みで握手をする二人。
ん?
今このギャルなんて言った?
Sが五人ほどいるとかなんとか…………。いや気のせいか。きっとそうだろう。
今はそんな事よりも早く瀬川の件を片付けなくてはならない。
俺は聞きたくもない話は封殺し、瀬川の問題一つに焦点をあてて考えるべく動くことにした。
その後、沙代里が正式にシャクンタラーに加入するのはまた今度ということになった。
最近の沙代里のバイトの愚痴を南が聞いていたことで気を良くしたのか、沙代里は一瞬にして俺たちを本部に送ってくれた。
この北端の遠いコーヒーショップに来て今日、アポートの異能で電車賃が浮いたことで初めて彼女に少し好意を持てた。
本部に着くと、急いで植木のもとに向かう。
案の定、植木は椅子に腰かけて、黒い紙タバコを満面の笑みで吸っていた。
「あの!!瀬川さんは?」
「お?西京くん。南くん。こんにちは。ん?瀬川?なんかさっきすごい勢いで出ていったぞ?」
プハーっと紫煙を吹いて、こちらの問いの意味を理解しかねるというフウに不可解な顔をする植木。
「思いっきし逃げられてんな。…………どうする?」
「そうだな。とりあえず、その瀬川って人の情報を探るか?」
「そうだな。」
とりあえず、俺は南の提案に乗ることにする。
その後、南の連絡を受けた北条さんも合流し、瀬川が普段使っていた職務室に向かった。
一体、どれほどの情報が漏れていて、彼が本当の情報をどれほど溜め込んでいたか調べなくてはならない。
その部屋はいつも植木が開いている無意味な定時連絡会が行われている本部一階東の部屋からは遠く、組織の人間が普段通ることのない二階突き当り西向きの部屋にあった。
植木も入ったことはないという。
プライバシー保護の観点から見て云々かんぬん言っていたが放置して瀬川の部屋まで急ぐ。無論、彼はまだ瀬川が裏切っていた件については知らない。
「よし、入るぞ。」
「ええ。開けるわ。」
北条さんが部屋のドアをマスターキーで開ける。なぜそんな重要なカギを植木ではなくてこの子が持っているのかは甚だ疑問である。
ドアを開ければ、その部屋はどこにでもあるごく普通の部屋であった。
デスクにパソコンが置かれ、コップにはまだ珈琲が入っていた。彼が連絡を受け、急いでこの部屋を出ていった様が容易に想像できる。
そして、壁にかけられた時計の針の音と空調の音だけが耳に入ってくる。
壁紙も綺麗な白で、ロッカーには異能者の資料が入っているが、特に変わったことが書いてあるわけではなかった。
ある一点を除いては。
その膨大な資料はここ二年までのことしか書いておらず、それよりも前のことが記載してある資料は一つもなかったのだ。
この組織の誕生がもし5年ほどまえからなら明らかにおかしな点である。
しかし、だれも疑問には思わずロッカーの前をスルーする。
俺は不審に思いながらも、今回は瀬川の情報を集めるのが先だと、またもやそのモヤモヤとした事案を後回しにした。
「何かあったか?」
「いえ。普通の部屋ね…………。」
北条さんは何故か部屋に入らず、ドアの外からこの部屋を覗きこんでいる。
そういえば、北条さんが先ほど言っていたが、彼女は瀬川が苦手なんだそうだ。
彼の視線が苦手だと。
「ないな。とにかく逃げた瀬川を追うか?」
南が部屋を見渡しながら、はぁとため息混じりに返答してくる。
「いや、もう手遅れだろ。今頃、ファウストに保護されている。」
「そうだな…………?」
何かに気が付いたのか南は小首を傾げて考え込む。
「ん?どうした?」
「いや。この部屋何かおかしくないか?」
「ん?何が?」
「あー。なるほど。えらく殺風景な部屋だと思っていたんだ。あの眼鏡の旦那がそんな部屋に住むわけないよなぁ。」
南は突然、部屋から飛び出すとドアの前で建物突き当りのドア横の壁を凝視する。そして、下の階に走り出すと、下で何かを確認したのか、またすぐに戻ってくる。
「どうした?」
階を行き来したことから少し息切れしている南に問う。
「ああ。…………ふぅ。そうだな。」
南はまた部屋に戻り、部屋のある壁に耳を当てて、コツコツとノックする。
「ん?なにしてる?」
「いや。この部屋だけおかしいんだよなぁ。なんかこの部屋だけ終わりがいい加減なんだよ。一階のちょうどこの真下の部屋の隣にはもう一つ部屋があった。なのにこの部屋はおかしいよな?………………お?ビンゴだぜ?」
そう言うと、南はロッカーを異能で持ち上げ、そのまま壁に激突させた。
多分、隠し扉とかあっただろうに南は関係なしにその扉を破壊した。
普通、サスペンスドラマとかならそう言った隠し扉は見せ場だと思うのだが、こういうファッションオタクにはそういった美徳は理解できないだろう。
けたたましい轟音と共に、壁が瓦解し、中からもう一つの部屋が現れる。
「何事!?」
急な音に外で退屈そうに窓から空を眺めていた北条さんがすっ飛んでくる。
「待て。北条。来るな。危ない。」
咄嗟に南が北条さんを止める。
そして、こちらに目配せし、俺もその隠れた部屋の前に位置取り北条さんからは見えないようにする。南はなんとか北条さんを説得し、彼女に見えぬようドアを締め切り、こちらに戻ってくる。
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確かにこれは彼女には見せられそうもない。
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