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第2章 シャクンタラー対ファウスト
第30話 南くんの初恋⑥
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「おや。目が覚めたか?」
彼女は先ほどの異能の行使から10分ほど経った頃、目を覚ました。
そうして、ベッドから起き上がり俺がいることを確認すると、心配そうにこちらの様子を窺っていた。
「え…………?だ、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「だってまた。私。この変な力を暴発させて…………それで…………えっと。」
「ああ。大丈夫だよ?言っただろう。俺は異能者なんだ。そんな軟な異能は効かないさ。」
「そ、そうなんですか!?」
「当たり前だろ?ほら。普通だろ?」
ああ。そらやばかった。もうちょっとで何か別の人智を越えた真理みたいなもんが見えそうになっていたさ。
しかし、今ここでその事実を言ってしまえば、彼女を傷つけてしまうだろう。俺の自己満足のために人に会いたくない彼女の部屋に押し入り、それでいてまた彼女が傷つき、部屋から出てこなくなったら本末転倒だ。
「でも…………田村さんは…………。」
「田村さんはやられたのか?それはそうだ。彼女は普通の人だろ?あんなの食らえばそれは精神的にきついだろうな。でも俺なら大丈夫だ。」
やはり田村何某はあの異能に当てられた被害者だったのだ。あんなものを食らえば、それは普通に生活するのは無理かもしれない。
それほど、この異能は常軌を逸している。あんなもの。
普通に物理系の異能を食らうほうがまだマシだ。
「でも…………ごめんなさい。わ、私。また異能を使ってしまって…………貴方は平気って言うけれど。辛い思いをさせてしまってごめんなさい。」
「ん?だから別に何にもないって。俺は最強なんだ。こんな脆弱異能で俺を傷つけれると思わないことだ。」
「え?…………ごめんなさい。」
「謝らなくていい。こっちこそドアを破壊してすまなかった。…………でもこれで引きこもる場所もなくなったことだし。どうだろう。俺と一緒にその異能をちゃんと使えるように訓練しないか?」
「え?…………でも。迷惑はかけられません。それに…………」
「いいさ。迷惑くらい。それに俺は美少女が好きなんだ。君みたいな美少女だったら助けがいもあるしな。」
「でも…………悪いです。…………あ。でも南くんがよく色んな女の子と話しているところを見たことあります。」
「そういうことは流暢に話せるのな。」
「あ。ごめんなさい。」
「いいさ。今日はもう休みな。さぁ。」
彼女はホッと息を吐き安心した様子でこちらに笑いかける。
俺は彼女を寝かしつけると、そのまま彼女の家を後にした。
彼女の母には適当に言い訳をしてドアを破壊した旨を説明すると、「そうなのね…………でも。良かったのかもしれないわね。あの子にとっては。」と何故か納得し、そのまま特に弁償とかも言われず、次の日も彼女の家に赴くと言えば、また来てあげてと了解を得た。
こうして俺の西山 香攻略戦は開始された。
彼女と接していて、俺は別に久しぶりに再会した幼馴染に対して恋慕を抱くようなことはなかった。
しかし、彼女を自分の手で助けたいと思ったのだ。
だからこそ、あのイカれた異能をこの身に受けたのかもしれない。
それは頭の片隅にあった一人の少年のことが気にかかっていたからだ。
そいつは一人の女性のために一生懸命で、何かから助けるために必死で頑張っていた。その様子を近くで見ていた俺は彼に感化されたのかもしれない。
俺にも誰かを救えると思いたかったのかもしれない。
だからこそ俺は彼女のことを西京には言わなかった。
それが自分の矜持だったのか、意地を張っていただけなのか分からないが、彼に頼らず彼女を救おうと思ってしまったのだ。
その日から毎日、彼女の家に通った。
他の女性の連絡はすべて断って、彼女との連絡のためだけに携帯を使っていた。
先輩やら後輩の女性。他校の女性の誘いの連絡もすべて断って、放課後のすべてを彼女に費やしていた。
彼女曰く、彼女の精神破壊異能は三日に一度暴発するそうだ。それも客体のいない場合は自分を客体として暴発するため、彼女は三日に一度はあの狂気じみた異能に蝕まれているのだろう。
そんな生活はあまりに酷だと彼女に同情してしまう。
それならばと俺は手始めに彼女に異能を行使する訓練を始めた。無論、俺が相手になって。異能の使い方を彼女が覚えて、制御できれるようになれば、彼女は元の生活を取り戻すことができるだろう。
しかし彼女の前では強がってはいても、この異能を受けるのは正直辛かった。だが一度手を付けた以上、もう後戻りはできない。
しかし、その訓練を開始して二日目には彼女の家に着くと拒絶反応のように俺の体は痙攣し、吐き気がしていた。
俺は三日で自我が崩壊しそうになり、そのたびにある策をもってこれを乗り越えた。
それは自傷行為に他ならないバカバカしい行為だ。
そんなもの、西京に頼んでしまえば彼女の異能を消し去って、それに付随する記憶も飛ばすことが可能だった。
しかし、彼女はいつもその友である田村さんのことを気にしており、その事象を消化せずに彼女の中からすべてを消し去ることが果たして良いことなのかどうか分からなくなった。
それもあり俺は彼女を西京に会わすこともなく、彼女の異能を受け続けた。
毎日、その異能をこの身に受け続けて一週間ほど経つ頃には彼女の異能もやっと安定してきた。
それからは、暴発することもなくなった。
もし後、一日でも遅れていたら俺の自我は崩壊していただろう。
その後遺症なのか、俺は普通に生活していても寝る前や夢の中であの奇妙な彼女の異能が見せる現象に苛まれた。
しかしこの異能は、ようはこの力を怖いと思う、彼女の恐怖心が異能により発動していただけなのだ。
それからは彼女の心が揺れ動くことがなかったのか安定期に入り、自分の異能を意のままに操れるまでに新化したように思われる。
記憶と精神を操る異能なんてバトル漫画では最強の異能だと思う。しかしそういった異能者は大体精神が脆弱な奴が術者だ。例に漏れず彼女もそうだが、彼女は異能を物にしたことで文字通り最強の異能者になったのかもしれない。
「今日は外に出てみないか?」
「え?外ですか?」
「うん。外で普通に歩けるようになればそれはもう大丈夫ってことじゃないか?そしたら普通に学校に行ったり、友達と遊んだりできると思うんだ。」
「そ、そうですね。…………でも。ちょっと怖いです。」
「大丈夫。もしヤバくなったら俺を使えばいい。」
「でも…………は、はい。考えておきます。」
「うん。明日来た時に答えを聞かせて。」
「は、はい。」
もうこの頃には、彼女は俺に慣れてきたのか、会ったばかりのような吃音の混じる話し方ではなく、昔のように明瞭にはっきりと自分の意思を話すようになったと思われる。
それは最近になって学校の話だとか、そういった世間話を彼女とよくするようになったからかもしれない。
今まで、人と会うことを控えていたからか、彼女は俺との会話を楽しんでいる様にも見えた。
それが嬉しくもあり、彼女の症状が良くなるにつれて、彼女が今後どのように異能と付き合って、社会に適応していくのかまで筋道を立てて考えなければならないとさえ思うようになっていた。
そうして、俺が彼女の家から自分の家に帰っていると俺の家の前に西京がいた。
いつもとは違う。
強張った面持ちで彼は俺を迎えた。
「ん?どうしたんだ?こんなところで?」
「いや。南に用があってな。」
「電話でもよかっただろ?」
「いや。おまえ電源切ってるだろ?」
「ああ。そっか。忘れてた。ちょっと面倒臭い女に絡まれていて切ってたんだ。すまん。」
「…………何かあったのか?」
西京はいつもの脱力感のある話し方ではなく、声には少しの怒気をはらんでいた。
俺は彼が何に対して苛立ちを感じているのかはなんとなく分かっていた。
分かっていながら、誤魔化すのだ。
「…………いや。特には何も。」
「そうか。俺にはそんなフウには見えないが。」
「そうか?」
「その腕、どうした?」
「腕?」
「誤魔化すなよ。日中、学校で見てるんだ。気づくさ。ずっと左腕を庇ってる。」
「ああ。なんだ…………別に大したことじゃない。」
俺は彼から左腕を見えないよう、背中の後ろに回す。
「そうか?いや。おかしいだろ?お前運動部でもないしな。喧嘩もしないだろ?なら後一つは異能関係しか残っていない。」
「えらく勘がするどいな。君のような…………」
「おい!!南。俺は今、真剣に聞いてるんだ。茶化すなよ。どうしたんだ?」
「ああ。しょうがないな。」
俺は自分の左腕の服を捲り上げる。
左腕の手首から肩にかけて、切り傷やら引っかき傷。そして、腕に針で突いたような小さい赤点の傷が大量についていた。
それは針で突いたようなではなく、実際に俺が自分で小針で突いて作った傷だ。
俺は彼女の異能に対して、痛みで自我を保っていたのだ。
その結果がこれだ。
引っかき傷なんかは多分、夜に寝ている間に耐えられなくなり作ってしまった傷だろう。
西京は俺の傷をみると、眉間に皺を寄せ、悲痛な面持ちでこちらに問いかける。
「なんだそれ!?なにがあったんだ?」
「いや。特に大したことじゃないんだ。ただ。必要な傷だった。それだけだ。」
「お前…………もしかして会ってるのか?精神異能系の奴に。」
「ま、まぁそんなところだ。これからはちょっと放課後お前に付きやってあげられなくなるな。すまない。」
「そんな事はいい。お前…………。いや。それよりも。なんで俺に言わなかったんだ?」
「いや。まぁ今回は俺一人で大丈夫だ。」
「は?何を言ってる?もうすでにそこまでされてるじゃねぇか。いいからそいつの居場所を教えろ。早めにケリをつけた方が良い。精神系異能ってのは厄介だ。」
「いや。いいんだ。今回は俺一人で十分だ。だから…………なぁ西京。今回は大丈夫だ。」
俺は何度も彼に説明し、やっと彼は諦めた。
ちゃんとその異能者が俺の幼馴染で、俺が責任をもって彼女をなんとかすると伝えたのだ。
彼が俺を心配する気持ちも分かる。でも、こればっかりは譲れなかった。
それは、男としての意地なのか。俺は彼に頼りたくなかった。そうして彼を、また自分を納得させたかったのかもしれない。
俺にだって何かが出来るということを。
「分かった。…………でもマジでヤバくなったら言えよ。俺も南にはあの時、頼っただろ?俺にも頼ってくれよ。」
西京は何か照れ臭くなったのか、首を掻きながら俺から目線を外す。
「え?」
「俺にはお前しかあの時、頼れる奴がいなかった。でも今は北条さんとか亜里沙ちゃんに沙代里とか俺等にはいっぱい頼れるところがあるだろ?俺だってそうだ。いつでも頼っていいんだ。」
俺はその言葉に一瞬、心が動きかけたが、ブレーキをかける。
そして、情動に駆られるがままに泣きそうになった自分を奮い立たせる。
「えらく臭いこと言いやがる。…………まぁ。でも分かった。ちゃんとヤバくなったら言うよ。」
俺と西京は少し恥ずかしくなってお互いに黙ってしまう。
それは小学校からの友とこんなことを言い合っているのは心の痒い部分に二人して障ったような気がして、お互いに照れ臭い。
「そういえば東も心配してた。南くんがおかしいって。」
「そうなのか?」
「ああ。全く女と遊んでいないお前をおかしいと思わない奴も少ないだろ?」
「そっちかよ。まぁ大丈夫だ。もう治まったしな。」
「異能の暴走か?…………いや。北条さんに聞いた。それで今日のお前を見て合点がいったよ。その異能者は西山 香だろ?もうすでに異能による被害者を出しているらしいな。」
「ああ。そうだ。でも暴走は治まった。もう大丈夫だ。」
「そうか。分かった。北条さんにもその異能者については南に任せたと言っておくよ。」
「ああ。助かる。」
「あと、ちゃんと植木の定時連絡会には顔を出せよ。どうせこれからその子に付きっ切りになるんだろ?」
「まぁ。そうなるかもしれないな。分かった。行くようにするよ。」
俺は話に見切りをつけて、自宅に入ろうとした時、西京の声が聞こえた。
「なあ。多分こんなこと俺が言えたことじゃないけど、その子が南にとって特別になったらいいなって俺は思うよ」
「……………………まぁ。どうだろ。でも今までの子とは違うかもな。」
それを聞いた西京は何故だか嬉しそうに笑って帰っていった。
俺は家に帰り、自分の左腕を見て、今から風呂に入りたくないなと思いながら、頭の中で鳴っている音から逃げるように自宅のドアを閉めた。
彼女は先ほどの異能の行使から10分ほど経った頃、目を覚ました。
そうして、ベッドから起き上がり俺がいることを確認すると、心配そうにこちらの様子を窺っていた。
「え…………?だ、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「だってまた。私。この変な力を暴発させて…………それで…………えっと。」
「ああ。大丈夫だよ?言っただろう。俺は異能者なんだ。そんな軟な異能は効かないさ。」
「そ、そうなんですか!?」
「当たり前だろ?ほら。普通だろ?」
ああ。そらやばかった。もうちょっとで何か別の人智を越えた真理みたいなもんが見えそうになっていたさ。
しかし、今ここでその事実を言ってしまえば、彼女を傷つけてしまうだろう。俺の自己満足のために人に会いたくない彼女の部屋に押し入り、それでいてまた彼女が傷つき、部屋から出てこなくなったら本末転倒だ。
「でも…………田村さんは…………。」
「田村さんはやられたのか?それはそうだ。彼女は普通の人だろ?あんなの食らえばそれは精神的にきついだろうな。でも俺なら大丈夫だ。」
やはり田村何某はあの異能に当てられた被害者だったのだ。あんなものを食らえば、それは普通に生活するのは無理かもしれない。
それほど、この異能は常軌を逸している。あんなもの。
普通に物理系の異能を食らうほうがまだマシだ。
「でも…………ごめんなさい。わ、私。また異能を使ってしまって…………貴方は平気って言うけれど。辛い思いをさせてしまってごめんなさい。」
「ん?だから別に何にもないって。俺は最強なんだ。こんな脆弱異能で俺を傷つけれると思わないことだ。」
「え?…………ごめんなさい。」
「謝らなくていい。こっちこそドアを破壊してすまなかった。…………でもこれで引きこもる場所もなくなったことだし。どうだろう。俺と一緒にその異能をちゃんと使えるように訓練しないか?」
「え?…………でも。迷惑はかけられません。それに…………」
「いいさ。迷惑くらい。それに俺は美少女が好きなんだ。君みたいな美少女だったら助けがいもあるしな。」
「でも…………悪いです。…………あ。でも南くんがよく色んな女の子と話しているところを見たことあります。」
「そういうことは流暢に話せるのな。」
「あ。ごめんなさい。」
「いいさ。今日はもう休みな。さぁ。」
彼女はホッと息を吐き安心した様子でこちらに笑いかける。
俺は彼女を寝かしつけると、そのまま彼女の家を後にした。
彼女の母には適当に言い訳をしてドアを破壊した旨を説明すると、「そうなのね…………でも。良かったのかもしれないわね。あの子にとっては。」と何故か納得し、そのまま特に弁償とかも言われず、次の日も彼女の家に赴くと言えば、また来てあげてと了解を得た。
こうして俺の西山 香攻略戦は開始された。
彼女と接していて、俺は別に久しぶりに再会した幼馴染に対して恋慕を抱くようなことはなかった。
しかし、彼女を自分の手で助けたいと思ったのだ。
だからこそ、あのイカれた異能をこの身に受けたのかもしれない。
それは頭の片隅にあった一人の少年のことが気にかかっていたからだ。
そいつは一人の女性のために一生懸命で、何かから助けるために必死で頑張っていた。その様子を近くで見ていた俺は彼に感化されたのかもしれない。
俺にも誰かを救えると思いたかったのかもしれない。
だからこそ俺は彼女のことを西京には言わなかった。
それが自分の矜持だったのか、意地を張っていただけなのか分からないが、彼に頼らず彼女を救おうと思ってしまったのだ。
その日から毎日、彼女の家に通った。
他の女性の連絡はすべて断って、彼女との連絡のためだけに携帯を使っていた。
先輩やら後輩の女性。他校の女性の誘いの連絡もすべて断って、放課後のすべてを彼女に費やしていた。
彼女曰く、彼女の精神破壊異能は三日に一度暴発するそうだ。それも客体のいない場合は自分を客体として暴発するため、彼女は三日に一度はあの狂気じみた異能に蝕まれているのだろう。
そんな生活はあまりに酷だと彼女に同情してしまう。
それならばと俺は手始めに彼女に異能を行使する訓練を始めた。無論、俺が相手になって。異能の使い方を彼女が覚えて、制御できれるようになれば、彼女は元の生活を取り戻すことができるだろう。
しかし彼女の前では強がってはいても、この異能を受けるのは正直辛かった。だが一度手を付けた以上、もう後戻りはできない。
しかし、その訓練を開始して二日目には彼女の家に着くと拒絶反応のように俺の体は痙攣し、吐き気がしていた。
俺は三日で自我が崩壊しそうになり、そのたびにある策をもってこれを乗り越えた。
それは自傷行為に他ならないバカバカしい行為だ。
そんなもの、西京に頼んでしまえば彼女の異能を消し去って、それに付随する記憶も飛ばすことが可能だった。
しかし、彼女はいつもその友である田村さんのことを気にしており、その事象を消化せずに彼女の中からすべてを消し去ることが果たして良いことなのかどうか分からなくなった。
それもあり俺は彼女を西京に会わすこともなく、彼女の異能を受け続けた。
毎日、その異能をこの身に受け続けて一週間ほど経つ頃には彼女の異能もやっと安定してきた。
それからは、暴発することもなくなった。
もし後、一日でも遅れていたら俺の自我は崩壊していただろう。
その後遺症なのか、俺は普通に生活していても寝る前や夢の中であの奇妙な彼女の異能が見せる現象に苛まれた。
しかしこの異能は、ようはこの力を怖いと思う、彼女の恐怖心が異能により発動していただけなのだ。
それからは彼女の心が揺れ動くことがなかったのか安定期に入り、自分の異能を意のままに操れるまでに新化したように思われる。
記憶と精神を操る異能なんてバトル漫画では最強の異能だと思う。しかしそういった異能者は大体精神が脆弱な奴が術者だ。例に漏れず彼女もそうだが、彼女は異能を物にしたことで文字通り最強の異能者になったのかもしれない。
「今日は外に出てみないか?」
「え?外ですか?」
「うん。外で普通に歩けるようになればそれはもう大丈夫ってことじゃないか?そしたら普通に学校に行ったり、友達と遊んだりできると思うんだ。」
「そ、そうですね。…………でも。ちょっと怖いです。」
「大丈夫。もしヤバくなったら俺を使えばいい。」
「でも…………は、はい。考えておきます。」
「うん。明日来た時に答えを聞かせて。」
「は、はい。」
もうこの頃には、彼女は俺に慣れてきたのか、会ったばかりのような吃音の混じる話し方ではなく、昔のように明瞭にはっきりと自分の意思を話すようになったと思われる。
それは最近になって学校の話だとか、そういった世間話を彼女とよくするようになったからかもしれない。
今まで、人と会うことを控えていたからか、彼女は俺との会話を楽しんでいる様にも見えた。
それが嬉しくもあり、彼女の症状が良くなるにつれて、彼女が今後どのように異能と付き合って、社会に適応していくのかまで筋道を立てて考えなければならないとさえ思うようになっていた。
そうして、俺が彼女の家から自分の家に帰っていると俺の家の前に西京がいた。
いつもとは違う。
強張った面持ちで彼は俺を迎えた。
「ん?どうしたんだ?こんなところで?」
「いや。南に用があってな。」
「電話でもよかっただろ?」
「いや。おまえ電源切ってるだろ?」
「ああ。そっか。忘れてた。ちょっと面倒臭い女に絡まれていて切ってたんだ。すまん。」
「…………何かあったのか?」
西京はいつもの脱力感のある話し方ではなく、声には少しの怒気をはらんでいた。
俺は彼が何に対して苛立ちを感じているのかはなんとなく分かっていた。
分かっていながら、誤魔化すのだ。
「…………いや。特には何も。」
「そうか。俺にはそんなフウには見えないが。」
「そうか?」
「その腕、どうした?」
「腕?」
「誤魔化すなよ。日中、学校で見てるんだ。気づくさ。ずっと左腕を庇ってる。」
「ああ。なんだ…………別に大したことじゃない。」
俺は彼から左腕を見えないよう、背中の後ろに回す。
「そうか?いや。おかしいだろ?お前運動部でもないしな。喧嘩もしないだろ?なら後一つは異能関係しか残っていない。」
「えらく勘がするどいな。君のような…………」
「おい!!南。俺は今、真剣に聞いてるんだ。茶化すなよ。どうしたんだ?」
「ああ。しょうがないな。」
俺は自分の左腕の服を捲り上げる。
左腕の手首から肩にかけて、切り傷やら引っかき傷。そして、腕に針で突いたような小さい赤点の傷が大量についていた。
それは針で突いたようなではなく、実際に俺が自分で小針で突いて作った傷だ。
俺は彼女の異能に対して、痛みで自我を保っていたのだ。
その結果がこれだ。
引っかき傷なんかは多分、夜に寝ている間に耐えられなくなり作ってしまった傷だろう。
西京は俺の傷をみると、眉間に皺を寄せ、悲痛な面持ちでこちらに問いかける。
「なんだそれ!?なにがあったんだ?」
「いや。特に大したことじゃないんだ。ただ。必要な傷だった。それだけだ。」
「お前…………もしかして会ってるのか?精神異能系の奴に。」
「ま、まぁそんなところだ。これからはちょっと放課後お前に付きやってあげられなくなるな。すまない。」
「そんな事はいい。お前…………。いや。それよりも。なんで俺に言わなかったんだ?」
「いや。まぁ今回は俺一人で大丈夫だ。」
「は?何を言ってる?もうすでにそこまでされてるじゃねぇか。いいからそいつの居場所を教えろ。早めにケリをつけた方が良い。精神系異能ってのは厄介だ。」
「いや。いいんだ。今回は俺一人で十分だ。だから…………なぁ西京。今回は大丈夫だ。」
俺は何度も彼に説明し、やっと彼は諦めた。
ちゃんとその異能者が俺の幼馴染で、俺が責任をもって彼女をなんとかすると伝えたのだ。
彼が俺を心配する気持ちも分かる。でも、こればっかりは譲れなかった。
それは、男としての意地なのか。俺は彼に頼りたくなかった。そうして彼を、また自分を納得させたかったのかもしれない。
俺にだって何かが出来るということを。
「分かった。…………でもマジでヤバくなったら言えよ。俺も南にはあの時、頼っただろ?俺にも頼ってくれよ。」
西京は何か照れ臭くなったのか、首を掻きながら俺から目線を外す。
「え?」
「俺にはお前しかあの時、頼れる奴がいなかった。でも今は北条さんとか亜里沙ちゃんに沙代里とか俺等にはいっぱい頼れるところがあるだろ?俺だってそうだ。いつでも頼っていいんだ。」
俺はその言葉に一瞬、心が動きかけたが、ブレーキをかける。
そして、情動に駆られるがままに泣きそうになった自分を奮い立たせる。
「えらく臭いこと言いやがる。…………まぁ。でも分かった。ちゃんとヤバくなったら言うよ。」
俺と西京は少し恥ずかしくなってお互いに黙ってしまう。
それは小学校からの友とこんなことを言い合っているのは心の痒い部分に二人して障ったような気がして、お互いに照れ臭い。
「そういえば東も心配してた。南くんがおかしいって。」
「そうなのか?」
「ああ。全く女と遊んでいないお前をおかしいと思わない奴も少ないだろ?」
「そっちかよ。まぁ大丈夫だ。もう治まったしな。」
「異能の暴走か?…………いや。北条さんに聞いた。それで今日のお前を見て合点がいったよ。その異能者は西山 香だろ?もうすでに異能による被害者を出しているらしいな。」
「ああ。そうだ。でも暴走は治まった。もう大丈夫だ。」
「そうか。分かった。北条さんにもその異能者については南に任せたと言っておくよ。」
「ああ。助かる。」
「あと、ちゃんと植木の定時連絡会には顔を出せよ。どうせこれからその子に付きっ切りになるんだろ?」
「まぁ。そうなるかもしれないな。分かった。行くようにするよ。」
俺は話に見切りをつけて、自宅に入ろうとした時、西京の声が聞こえた。
「なあ。多分こんなこと俺が言えたことじゃないけど、その子が南にとって特別になったらいいなって俺は思うよ」
「……………………まぁ。どうだろ。でも今までの子とは違うかもな。」
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