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第2章 シャクンタラー対ファウスト
第39話 異能者の蠢き⑤
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「最近はある子にご執心のようね。南くん。」
意地の悪そうな顔で北条は俺に楽しそうに話しかけてきた。その目は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようである。その隣で亜里沙ちゃんはどうでもいいといった顔でスマホゲームをしていた。
最近、亜里沙ちゃんは俺に冷たい気がする。妹は思春期なのか?
わかっている。こういう時は慈愛に満ちた表情で見ていればきっと分かってもらえるだろう。兄の愛に。
俺は亜里沙ちゃんを凝視する。
亜里沙ちゃんはそんな俺を見ると舌打ちして、スマホゲームを再開した。
西京も嬉しそうにその様子を眺めていた。
シャクンタラー本部の会議というものも、今日はどうにも気が進まなかったが、西京に誘われるがままに来れば、案の定、北条に揶揄われた。
「ああ。まぁな。」
「ん?何よ。彼女出来たんでしょ?おめでとう。これでたらし卒業ね。」
「そうだな?だから?」
俺は面倒だとから返事を送る。
「いえ。これからは亜里沙にちょっかい出すのもやめてね?」
「それとこれとは別だ。彼女は俺の妹のようなものだ。妹を遊びに誘うのは兄の役目だ。」
真剣な顔で言い放つ俺に北条は一瞬たじろいだが、彼女はすぐにまた俺に言い返す。
北条と俺が言い合いをしているところに、沙代里が口をはさむ。
「え~南くん。亜里沙の兄なのぉ~。じゃあ沙代里の兄でもあるわけだしぃ。沙代里にジュース奢ってぇ。」
「は?知らねぇよ。」
「え~。沙代里に冷たい~。南くん嫌い。エジプト行き決定。」
「おいおい待て待て。飛ばすなよ。」
西京が焦った様に沙代里を止めていた。
西京に言われて沙代里はしぶしぶ諦めて、植木を飛ばすことにしたのか植木の処にトテテと小走りで向かった。
珍しく構ってもらえると思った植木の嬉しそうな表情は、沙代里が事情を話すと途端に絶望に変わった。
今日の会議では、ファウストの動きが最近、激しくなってきたとか大雑把なことばかりだったので、何のための会議なのかと問われれば、意味のない会議だったとしか答えられない。
会議の終わりに、俺はいつもどおり西京と帰る。
「あの会議行く意味あったのか?」
俺は飽きれたように西京に言う。
「まぁ。顔合わせみたいなもんだ。ほら、学期末の校長の話とかと一緒だよ。」
「絶対違うだろ。」
西京はここ最近、顔つきが変わった。
どこか大人びた表情をするようになった。どこか達観したものの見方、考え方をしているように見える。今までの馬鹿なノリもあるにはあるのだが、なんと言ったらいいのか。
俺は彼に見合う言葉を探していた。
その時、西京は俺の顔を見ながら、ふと気が付いたのか俺に聞いてきた。
「なぁ。南。」
「ん?」
「何かあったのか?」
「は?」
「いや。西山さんのことだ。最近、話題に上がらないだろう?また異能者が来たか?」
「いや。それはない。ただ…………。」
「ただ?」
「最近、なんか調子が悪そうなんだ。いつも暗い顔をしている。これじゃ再会した時と同じだ。でも、何が彼女をそんな風に暗くさせているのか分からないんだ。」
「そうか…………。」
「今日もこの後、彼女の家に行くから。まぁ本人に聞いてみるよ。」
本当は彼女はただ調子が悪いのではなく、部屋から出てこなくなっていたのだ。
異能がまた暴発しているのかと問えば、違うと言い、俺と話すことを嫌がっている節まである。
彼女は心を閉じた。
何故そんなフウになってしまったのか全く分からず、俺は今日も彼女の家に向かった。
「はい。東です。」
携帯が鳴っているので、急いで開くと肇の名前が表示されていた。
私の携帯が鳴るのは南くんか肇が電話をかけてきたとき以外にはあり得ない。
「俺だ。西京だ。」
「うん。どうしたの?」
「なぁ。東。お前は精神異能ってどう思う?」
「何よ?藪から棒に。」
「いや。精神崩壊異能について前に話しただろ?物語で俺が言っていた異能の一種だ。」
「ああ。最強の異能の一つだって言ってたわね。でもデメリットも大きい異能だって。」
「ああ。そう言ったな。東が考える精神異能のデメリットとはなんだ?」
「術者も自らの異能に苦しむとかかな?」
「なるほど。それの解決策を俺はお前に言ったか?」
「えっと…………ううん。覚えてないわ。」
「なら、そのデメリットをなくす方法を知っているか?」
「ごめん。分からない。」
「そうか…………東。」
「ん?」
「南は最近、彼女が出来たんだよ。」
「うん。この間、話してたじゃない。良かったねって。」
「その相手が精神異能者だったらどうする?」
「は?意味が分からないんだけど?異能?そんなものあるわけないでしょ。馬鹿にしてるの?」
「そうか。それで南が苦しんでいても分からないか?」
「え?」
「いや、それならいい。分からないならいい。今から言うことは分からないなら聞き逃してくれていい。」
「…………。」
「俺はこんなフウに親友がやつれていく姿を見たくないんだ。異能者だかなんだか知らないが、そんなもんで親友がやっと踏み出した一歩が無下にされている。これが怒らずにいれるか?こっちはもう馬鹿な異能とやらにはらわたが煮えくり返っているんだ。」
俺は頭を冷やすために一呼吸置く。いや、今彼女に当たっても仕方がない。どうせすぐに全て分かる話だ。
しかし、彼女が本当に知らない場合は話が変わる。
その場合はデメリットを考える必要がある。
ワールドメイクにあるデメリットを。
それは一生付きまとう、世界の収束を何度も後回しにするだけの異能の弊害なのだ。
彼女は急な俺の苛立った声に、戸惑いを見せる。
「何が言いたいの?」
「いや。分からないんだろ?」
「…………。」
「いいさ。そろそろ潮時だ。俺は自分のシナリオに乗るよ。もうこんなもんに縛られているのも馬鹿らしいしな。」
「よく分からないけれど、肇はどうしたいの?それを教えて。」
「いや、いい。もういいんだ。ただもう分かっていると思うが、どれだけ弄ってもそれは全て収束されるぞ。分かっているだろう?」
「ごめん。肇の言っていること全然わからない。」
「そうか。」
それを最後に電話は切れた。
もういいだろう。
終わりは近い。
俺は自らの手を見ながら、認めることにした。
この世界には異能がある。それは現実だと。
この世界においての現実だと。
宣言。承認。馬鹿らしくてやってられない。これが枷なのだろうか?それにしてはチープな作りの異能だ。
もう、意味もないだろう。
物語の終盤にはこういった枷なんてものはなくなるようにできている。そういうまどろっこしいものは消えてなくなる。
俺は自分の意思を固めた。
その瞬間、体に力が湧いてくる。世界の鎖が解かれたのだ。
その力が作られたシナリオの上に立つ異能だと思えば、何の感慨も抱かない。
これで、もう宣言も承認もいらないだろう。
作為的な最強異能なんてものはまやかしに過ぎないのだ。
体から湧き出す力に心底、嫌気が指す。
こんなものは意味がない。
さて、手始めに今、俺を追っているファウストの人間から消えてもらおう。
本部から帰っている間、ずっと俺を付きまとっているこの奴だ。
多分、異能者だろう。
俺は立ち止まると、後ろに振り向き、問う。
「おい。気づいてるぞ。お前、ファウストの奴か?」
数回、誰もいない虚空に問いかける。すると。
「あれま…………。バレてたか。」
そいつは観念したように、こちらに姿を現す。急に暗闇から姿を現した。
黒いコートに身を包み、眼帯をしている、ポニーテールの女であった。下は露出狂のような裸かと妄想を膨らませるも、中には普通のスーツを着込んでいた。誠に残念である。
その女は軽い口調でこちらに笑いかけてきた。
「どうも。こんばんは。私、ファウスト四天王の一人。崎谷と申します。どうぞよろしく。」
「四天王…………。はぁ。あいつはそんなところまで入れるなよ。信ぴょう性皆無じゃないか。でも今ので確信した。ありがとう。」
「なんです?」
「いや。こっちの話だ。それで、なんの用だ?ずっと俺の尻を追いかけていたな。俺のファンか?」
「え?…………。え?そんな事真顔で言う人初めてみた。」
崎谷は若干引いたような表情で、苦笑していた。そういう態度をとられるとこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「いえいえ。最近、貴方と南くんでしたっけ?目立ちすぎましたね。そろそろ貴方達を消すように上から言われまして。私はファウストの幹部。レベルはS。貴方に勝ち目はありませんよ。西京 肇くん。」
彼女は調子を取り戻したのか、舌なめずりをし、蠱惑的な笑みをこちらに向ける。
俺は彼女の脅しも無視し、平然と質問する。
「そう。なんの能力?」
「それを知るころにはもうすべて終わっていますよ。」
そう言うと彼女は、どこから出してきたのか大きな鎌を手に持って、そのまま俺に襲いかかってきた。
俺はなんの感慨もなく、彼女の行動を見ていた。
「西京くん。貴方の異能を私は知りませんが、私のこの死神の鎌の前では意味をなさないでしょう。ではでは。さようなら。」
俺の目の前で勝ちを確信した彼女の笑みが零れる。
「はい。さようなら。」
俺はそう言うと、手を彼女に向けて突き出し、虚空を握り締めた。
その瞬間、彼女は俺の目の前で倒れこみ、鎌も消えていた。
一応、女性なので倒れこんだ彼女を受け止めて、壁に背をもたれさせ、道の端に座らせる。
表情を確認するも、この様子だと彼女は気絶しており、異能も消えているだろう。
「すまんが、もう承認とかいらないんだよ。だから四天王とか、なんの異能とかどうでもいいんだけどな。…………。まぁ。死神ってのも稚拙なもんだ。…………はぁ。」
俺のため息が漏らし、道端に座っている彼女を見ていると、後方に気配を感じる。
とすると、複数の男たちの声が聞こえてきた。
「おいおい。崎谷の姉御がやられてるじゃねぇか。」
「まじだ。…………このクソガキそんな強いのか?」
「いやいや。また相手を舐めてかかってたんだろ?そうじゃなきゃこの人がやられるわけねぇだろ?」
「それもそうだな。しょうがねぇ俺等でやるか。」
ファウストの奴らなのだろう。
そいつらはこの崎谷の部下かなにかは知らないが、雨後のタケノコみたいに続々と姿を現した。
四人ほどの徒党を組んだ男たちがこちらを睨んでいる。
今までの俺と崎谷の一戦を見ていたにしては判断能力が乏しい奴らだ。俺が一撃で彼女を沈めるところを見ていただろうに。
「おい。クソガキ。とりあえず、手足の一本や二本は覚悟しろよ?」
その中の背の高い、革ジャンを着込んだロン毛が俺を脅すように目を吊り上げてこちらを睨んでくる。
俺は興味もないので、彼等に必要な質問だけをする。
「ああ。もういいから。あんたらそれで全員か?もう出てこないな?」
客体は大事だ。この俺のバカげたチート異能はそれを指定しないと使えない。
彼らを視認する前に試したが、今も彼らは俺の前で威圧的な態度を見せている。
まあ、でもこの四人で全部だなと見切りをつけて、手を構える。
「あ?何言ってんだ?ふざけたことを言ってんじゃねぇぞ?」
そういうと、もう一人の太った男が自分の手に氷柱を出現させる。腹がパンパンに膨れており、贅肉がシャツをはち切れんばかりに圧迫しているが、あれは異能の所為ではないだろう。
しかしながら、また氷の異能か。
もう見飽きたな。
「そうか。それで全員か?…………いい。もういい。消えていいぞ。」
俺は先ほどと同じように、その四人の男たちに向けた手を握り締めた。
その瞬間、彼らは気を失い、その場に倒れた。
俺は深く吸った息を吐いた。
好戦的になっている自分を落ち着かせるためだ。
俺が吐いた息が空気と同化する頃、異能者の終焉を予期する。
ここから終わりに向かう世界の終焉を。
意地の悪そうな顔で北条は俺に楽しそうに話しかけてきた。その目は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようである。その隣で亜里沙ちゃんはどうでもいいといった顔でスマホゲームをしていた。
最近、亜里沙ちゃんは俺に冷たい気がする。妹は思春期なのか?
わかっている。こういう時は慈愛に満ちた表情で見ていればきっと分かってもらえるだろう。兄の愛に。
俺は亜里沙ちゃんを凝視する。
亜里沙ちゃんはそんな俺を見ると舌打ちして、スマホゲームを再開した。
西京も嬉しそうにその様子を眺めていた。
シャクンタラー本部の会議というものも、今日はどうにも気が進まなかったが、西京に誘われるがままに来れば、案の定、北条に揶揄われた。
「ああ。まぁな。」
「ん?何よ。彼女出来たんでしょ?おめでとう。これでたらし卒業ね。」
「そうだな?だから?」
俺は面倒だとから返事を送る。
「いえ。これからは亜里沙にちょっかい出すのもやめてね?」
「それとこれとは別だ。彼女は俺の妹のようなものだ。妹を遊びに誘うのは兄の役目だ。」
真剣な顔で言い放つ俺に北条は一瞬たじろいだが、彼女はすぐにまた俺に言い返す。
北条と俺が言い合いをしているところに、沙代里が口をはさむ。
「え~南くん。亜里沙の兄なのぉ~。じゃあ沙代里の兄でもあるわけだしぃ。沙代里にジュース奢ってぇ。」
「は?知らねぇよ。」
「え~。沙代里に冷たい~。南くん嫌い。エジプト行き決定。」
「おいおい待て待て。飛ばすなよ。」
西京が焦った様に沙代里を止めていた。
西京に言われて沙代里はしぶしぶ諦めて、植木を飛ばすことにしたのか植木の処にトテテと小走りで向かった。
珍しく構ってもらえると思った植木の嬉しそうな表情は、沙代里が事情を話すと途端に絶望に変わった。
今日の会議では、ファウストの動きが最近、激しくなってきたとか大雑把なことばかりだったので、何のための会議なのかと問われれば、意味のない会議だったとしか答えられない。
会議の終わりに、俺はいつもどおり西京と帰る。
「あの会議行く意味あったのか?」
俺は飽きれたように西京に言う。
「まぁ。顔合わせみたいなもんだ。ほら、学期末の校長の話とかと一緒だよ。」
「絶対違うだろ。」
西京はここ最近、顔つきが変わった。
どこか大人びた表情をするようになった。どこか達観したものの見方、考え方をしているように見える。今までの馬鹿なノリもあるにはあるのだが、なんと言ったらいいのか。
俺は彼に見合う言葉を探していた。
その時、西京は俺の顔を見ながら、ふと気が付いたのか俺に聞いてきた。
「なぁ。南。」
「ん?」
「何かあったのか?」
「は?」
「いや。西山さんのことだ。最近、話題に上がらないだろう?また異能者が来たか?」
「いや。それはない。ただ…………。」
「ただ?」
「最近、なんか調子が悪そうなんだ。いつも暗い顔をしている。これじゃ再会した時と同じだ。でも、何が彼女をそんな風に暗くさせているのか分からないんだ。」
「そうか…………。」
「今日もこの後、彼女の家に行くから。まぁ本人に聞いてみるよ。」
本当は彼女はただ調子が悪いのではなく、部屋から出てこなくなっていたのだ。
異能がまた暴発しているのかと問えば、違うと言い、俺と話すことを嫌がっている節まである。
彼女は心を閉じた。
何故そんなフウになってしまったのか全く分からず、俺は今日も彼女の家に向かった。
「はい。東です。」
携帯が鳴っているので、急いで開くと肇の名前が表示されていた。
私の携帯が鳴るのは南くんか肇が電話をかけてきたとき以外にはあり得ない。
「俺だ。西京だ。」
「うん。どうしたの?」
「なぁ。東。お前は精神異能ってどう思う?」
「何よ?藪から棒に。」
「いや。精神崩壊異能について前に話しただろ?物語で俺が言っていた異能の一種だ。」
「ああ。最強の異能の一つだって言ってたわね。でもデメリットも大きい異能だって。」
「ああ。そう言ったな。東が考える精神異能のデメリットとはなんだ?」
「術者も自らの異能に苦しむとかかな?」
「なるほど。それの解決策を俺はお前に言ったか?」
「えっと…………ううん。覚えてないわ。」
「なら、そのデメリットをなくす方法を知っているか?」
「ごめん。分からない。」
「そうか…………東。」
「ん?」
「南は最近、彼女が出来たんだよ。」
「うん。この間、話してたじゃない。良かったねって。」
「その相手が精神異能者だったらどうする?」
「は?意味が分からないんだけど?異能?そんなものあるわけないでしょ。馬鹿にしてるの?」
「そうか。それで南が苦しんでいても分からないか?」
「え?」
「いや、それならいい。分からないならいい。今から言うことは分からないなら聞き逃してくれていい。」
「…………。」
「俺はこんなフウに親友がやつれていく姿を見たくないんだ。異能者だかなんだか知らないが、そんなもんで親友がやっと踏み出した一歩が無下にされている。これが怒らずにいれるか?こっちはもう馬鹿な異能とやらにはらわたが煮えくり返っているんだ。」
俺は頭を冷やすために一呼吸置く。いや、今彼女に当たっても仕方がない。どうせすぐに全て分かる話だ。
しかし、彼女が本当に知らない場合は話が変わる。
その場合はデメリットを考える必要がある。
ワールドメイクにあるデメリットを。
それは一生付きまとう、世界の収束を何度も後回しにするだけの異能の弊害なのだ。
彼女は急な俺の苛立った声に、戸惑いを見せる。
「何が言いたいの?」
「いや。分からないんだろ?」
「…………。」
「いいさ。そろそろ潮時だ。俺は自分のシナリオに乗るよ。もうこんなもんに縛られているのも馬鹿らしいしな。」
「よく分からないけれど、肇はどうしたいの?それを教えて。」
「いや、いい。もういいんだ。ただもう分かっていると思うが、どれだけ弄ってもそれは全て収束されるぞ。分かっているだろう?」
「ごめん。肇の言っていること全然わからない。」
「そうか。」
それを最後に電話は切れた。
もういいだろう。
終わりは近い。
俺は自らの手を見ながら、認めることにした。
この世界には異能がある。それは現実だと。
この世界においての現実だと。
宣言。承認。馬鹿らしくてやってられない。これが枷なのだろうか?それにしてはチープな作りの異能だ。
もう、意味もないだろう。
物語の終盤にはこういった枷なんてものはなくなるようにできている。そういうまどろっこしいものは消えてなくなる。
俺は自分の意思を固めた。
その瞬間、体に力が湧いてくる。世界の鎖が解かれたのだ。
その力が作られたシナリオの上に立つ異能だと思えば、何の感慨も抱かない。
これで、もう宣言も承認もいらないだろう。
作為的な最強異能なんてものはまやかしに過ぎないのだ。
体から湧き出す力に心底、嫌気が指す。
こんなものは意味がない。
さて、手始めに今、俺を追っているファウストの人間から消えてもらおう。
本部から帰っている間、ずっと俺を付きまとっているこの奴だ。
多分、異能者だろう。
俺は立ち止まると、後ろに振り向き、問う。
「おい。気づいてるぞ。お前、ファウストの奴か?」
数回、誰もいない虚空に問いかける。すると。
「あれま…………。バレてたか。」
そいつは観念したように、こちらに姿を現す。急に暗闇から姿を現した。
黒いコートに身を包み、眼帯をしている、ポニーテールの女であった。下は露出狂のような裸かと妄想を膨らませるも、中には普通のスーツを着込んでいた。誠に残念である。
その女は軽い口調でこちらに笑いかけてきた。
「どうも。こんばんは。私、ファウスト四天王の一人。崎谷と申します。どうぞよろしく。」
「四天王…………。はぁ。あいつはそんなところまで入れるなよ。信ぴょう性皆無じゃないか。でも今ので確信した。ありがとう。」
「なんです?」
「いや。こっちの話だ。それで、なんの用だ?ずっと俺の尻を追いかけていたな。俺のファンか?」
「え?…………。え?そんな事真顔で言う人初めてみた。」
崎谷は若干引いたような表情で、苦笑していた。そういう態度をとられるとこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「いえいえ。最近、貴方と南くんでしたっけ?目立ちすぎましたね。そろそろ貴方達を消すように上から言われまして。私はファウストの幹部。レベルはS。貴方に勝ち目はありませんよ。西京 肇くん。」
彼女は調子を取り戻したのか、舌なめずりをし、蠱惑的な笑みをこちらに向ける。
俺は彼女の脅しも無視し、平然と質問する。
「そう。なんの能力?」
「それを知るころにはもうすべて終わっていますよ。」
そう言うと彼女は、どこから出してきたのか大きな鎌を手に持って、そのまま俺に襲いかかってきた。
俺はなんの感慨もなく、彼女の行動を見ていた。
「西京くん。貴方の異能を私は知りませんが、私のこの死神の鎌の前では意味をなさないでしょう。ではでは。さようなら。」
俺の目の前で勝ちを確信した彼女の笑みが零れる。
「はい。さようなら。」
俺はそう言うと、手を彼女に向けて突き出し、虚空を握り締めた。
その瞬間、彼女は俺の目の前で倒れこみ、鎌も消えていた。
一応、女性なので倒れこんだ彼女を受け止めて、壁に背をもたれさせ、道の端に座らせる。
表情を確認するも、この様子だと彼女は気絶しており、異能も消えているだろう。
「すまんが、もう承認とかいらないんだよ。だから四天王とか、なんの異能とかどうでもいいんだけどな。…………。まぁ。死神ってのも稚拙なもんだ。…………はぁ。」
俺のため息が漏らし、道端に座っている彼女を見ていると、後方に気配を感じる。
とすると、複数の男たちの声が聞こえてきた。
「おいおい。崎谷の姉御がやられてるじゃねぇか。」
「まじだ。…………このクソガキそんな強いのか?」
「いやいや。また相手を舐めてかかってたんだろ?そうじゃなきゃこの人がやられるわけねぇだろ?」
「それもそうだな。しょうがねぇ俺等でやるか。」
ファウストの奴らなのだろう。
そいつらはこの崎谷の部下かなにかは知らないが、雨後のタケノコみたいに続々と姿を現した。
四人ほどの徒党を組んだ男たちがこちらを睨んでいる。
今までの俺と崎谷の一戦を見ていたにしては判断能力が乏しい奴らだ。俺が一撃で彼女を沈めるところを見ていただろうに。
「おい。クソガキ。とりあえず、手足の一本や二本は覚悟しろよ?」
その中の背の高い、革ジャンを着込んだロン毛が俺を脅すように目を吊り上げてこちらを睨んでくる。
俺は興味もないので、彼等に必要な質問だけをする。
「ああ。もういいから。あんたらそれで全員か?もう出てこないな?」
客体は大事だ。この俺のバカげたチート異能はそれを指定しないと使えない。
彼らを視認する前に試したが、今も彼らは俺の前で威圧的な態度を見せている。
まあ、でもこの四人で全部だなと見切りをつけて、手を構える。
「あ?何言ってんだ?ふざけたことを言ってんじゃねぇぞ?」
そういうと、もう一人の太った男が自分の手に氷柱を出現させる。腹がパンパンに膨れており、贅肉がシャツをはち切れんばかりに圧迫しているが、あれは異能の所為ではないだろう。
しかしながら、また氷の異能か。
もう見飽きたな。
「そうか。それで全員か?…………いい。もういい。消えていいぞ。」
俺は先ほどと同じように、その四人の男たちに向けた手を握り締めた。
その瞬間、彼らは気を失い、その場に倒れた。
俺は深く吸った息を吐いた。
好戦的になっている自分を落ち着かせるためだ。
俺が吐いた息が空気と同化する頃、異能者の終焉を予期する。
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