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第2章 シャクンタラー対ファウスト
第43話 異能者の蠢き⑧
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「西京、どうしたんだ?いきなり呼び出して。」
俺は放課後、空き教室に南を呼びだしていた。
もう彼にすべてを話す時期がきたのだ。
南は少しだが記憶も戻ったようだし、ここらで内情を話しておいた方がいいだろう。それが何の役に立つのかは分からないが。
もしかしたら、元の木阿弥になるかもしれない。しかし、現在ここにいる親友にすべてを話すことで南はどう思うのか聞きたかったのかもしれない。
そして、西山さんの願いを聞くために。
「いや。少しばかり長い話になりそうだったからな。今日は本部の会議もないし、いいだろ?」
「まあいいぜ。それに最近じゃあ、あちこちでシャクンタラーとファウストの抗争が勃発しているわけだしな、会議なんて開いている暇もないだろ。植木の旦那も忙しそうにしていたしな。」
俺が本部からの帰りに襲われたように、最近ではシャクンタラーの面々がファウストに襲われる件数が確実に増えていた。なぜに彼らの行動が激化したのか俺の予想が正しければファウストの創始者の意向によるものだろう。
シャクンタラーの創始者でもいいが。
「そうだな。まぁそれも関係のある話だ。」
「なんだ?前に言えないって言っていた話を話す気になったのか?」
「まぁそうだな。」
「でも、またそりゃ急な話だな?何か最近、変わったことでもあったか?」
「あったよ。最近のファウストだのシャクンタラーの動きもそうだが、なによりも西山さんの件だ。」
「香の件?」
南はその名前が出ると、眉間に深く皺を寄せた。未だ彼の中では消化できていない問題なのかもしれない。
「そうだな。どこから話せばいいだろうか。…………まず、南はこのシャクンタラーだのファウストについて変に思ったことはないか?入った頃からでもいい。異能関係で変だと思った点だ。」
「それは…………あるにはあるが、なんだか朧げなんだよな。何かがおかしいことは分かるんだが。言葉にできない。」
「そうか。…………じゃあ、順を追って説明していこう。」
「おう。」
俺と南は教室の後ろの席に座しており、放課後の部活の活気ある声やら、吹奏楽部の楽器の音、放課後の生徒の話し声を聞きながら、お互いに対面して話を始める。
こういった日常での雑談として話した方が良いのかもしれない。なにせそれは突拍子もない話なのだから。
手元にあった水を飲み、少し気を落ち着かせて今から話す内容を頭で整理しながら、俺は説明を始める。
「まずは…………。」
「おい。その神妙な顔つきやめろよ。こっちまで緊張してくるだろうが。バイトの面接じゃあるまいし。」
「おお。悪かった。いつも通り話す。」
「いや。ちょっと待って。俺、トイレ行ってくるわ。」
「おう。」
彼が緊張したことで一度席を立ち、戻ってきたところで話を再開する。
「んーお前が話の腰を折ったせいで、何を言おうとしていたか忘れた…………えっと。そうだ。まず、シャクンタラーっていつ出来た組織か分かるか?」
「えっと北条が言うには5年ほど前とかなんとか。それがどうしたんだ?」
「ああ。彼女はそう言っていたな。しかし、瀬川の部屋に入ったときの資料に目を通したが二年ほど前のものしかなかったんだ。」
「ああ…………。んー。瀬川が書き損じていたとか、ファウストの本部にそれより前の物があるとかか?」
「どうだろうな。多分それは無いと俺は思う。北条の写真集もちゃんと番号を振ったり、きちんと管理していたやつのことだ。その几帳面さが伺えるだろう。それに、シャクンタラーの書類すべてをファウストに移す理由もないしな。」
「なんだ。お前、あいつの部屋にあった書類全部確認したのか?」
「ああ。確認した。」
おい。南、驚くのはそこじゃないぞ。と言いたいがまた話が脱線しそうになるので、ここは黙っておこう。
南はこのスケベ野郎と言ったように、馬鹿にした顔をしてくる。別に北条さんの写真の余りを探していたわけではない。断じてない。
「つまりはあの組織が作られたのは五年前ではない。ここ最近のことだ。ちなみに二年前の資料もなんだかえらく抽象的に書かれた資料ばかりだった。その場しのぎのでっち上げのようなものかもしれないな。」
「ん?だからなんなんだ?組織が出来た年数なんてどうでもよくないか?まぁその組織の件はそれだけで北条の言っていることが間違っていると決めつけるのは性急な気がするが。」
「まぁ待て。順を追って話すから。…………。それでだ。もう一つ。おかしな点があるだろ?」
「おかしな点?北条が処女なことか?確かに、あいつは裏で金持ちパパと夜の街に出かけてそうだよな。」
「クソ野郎。そんなことじゃない。」
「え!?違うの?あの子、本当は。」
「違う。そこじゃなくて、もっと他にあるだろ?」
「うーむ。分からん。」
南はわざとらしく首をひねる。
「じゃあ。まず、今起こっている組織同士の抗争についてだ。おかしくないか?」
「何が?普通だろ?あいつら敵対しているわけだし。」
「異能ってのはどうしたら消滅するんだ?今のとこ思いつくのは二つだ。俺の異能で消滅させるか、もう一つは保持者の時計を破壊するんだ。保持者を傷つけたり、失神させて何の得があるんだろうな?」
「ああ!言われてみれば確かにそうだな!」
「なのにあいつら頑なに保持者を狙うだろ?なんだあいつら大人のくせに頭わるいのか?いや、多分違うだろう。普通ならそのターゲットの家に忍び込んで時計を破壊すればいい。その方がリスクも少ないしな。まぁその保持者を特定して、家も特定。そいつがいない時間を狙ってと考えると苦労しそうだが、あのテレパシストの瀬川がいたんだ。やろうと思えば簡単なことだっただろう。」
「まぁそうだな。時計を破壊した方が早いだろうな。それこそ、あんな化け物みたいな異能を持っている奴までいるんだから、その方が逆に安全かもしれないな。」
「そうだろ?それで一度、北条に聞いたことがある。なんで時計を狙い打ちしないのか。なんでも創始者様はそれを禁じたらしいぞ。それがシャクンタラーのルールだと。ファウストもそうだ。沙代里もそう言っていた。」
「は?そうなのか?なんか気持ちが悪いな。それだったら、どちらも異能者同士で戦いたいだけに思えてくる。」
南は言語化することで、おかしな点に気が付き始める。それは気が付けた時点でもうこの異能の説明は終わらせてもいいことであった。しかし友人として最後に話さなくてはならない。事の真相を。
「そうだろうな。その創始者様はそれを望んでいるんだろう。そして、気持ちの悪い点は組織に属している奴がみんな、その命令に普通に従っていることだな。考えればこんな簡単なことは分かるだろ?でも、不思議なことにそれで良しとされている理由はなんだろうな?」
「ん。確かにな。ぶん殴っても異能が消せないんじゃあ意味がない。なのに、それで今の今まで何の不信感も抱かずに組織は成り立っている理由か。」
「考えられることは一つだ。誰かが、この異能者たちを管理しているんだ。アホな組織を二つも創ってな。」
「…………待て。待て。じゃあ香はどうなんだ?あいつは…………だって。そいつが異能を管理しているなら、そいつの所為で香は苦しんでいたのか!?」
南の怒りも分かる。そんな者の所為で自分の好きな人間が苦しんでいたというが許せないのだろう。
しかし、違うだろうな。
まず彼女は組織に属していない。そして野良の異能者をあいつがどれほど管理できていたか分からない。
あいつは多分、良かれと思ってやっていたのだろう。
そう思った。
あまりに俺が異能という夢のような力を称賛するから、それが良いことだと思い込んでいたのかもしれない。
あくまでも予想に過ぎないが。
「まぁ待て。ことを急ぐな。順を追って話すから。そうしないといけないんだ。そうしないとお前も異能の中に入って出られなくなる。」
「は?どういう意味だ?」
南は苦虫を噛み潰したような顔で黙って俺の話を聞く。
「話を続けるぞ。…………全員が時計を拾って、組織を作って戦う。一方は悪い組織で、もう一方は善の組織。どうだ?おかしいだろ?」
「ん?何が言いたい?」
「異能なんてものがあれば、こんな町で競い合わずに、世界にでも出て金儲けを企めばいい。なにをこんな町にこだわってやつらは異能戦争みたいことをしているんだろうな?バカなのか?それに加えて、どうだ?あいつらが大事にしているその異能の譲渡手段すら知らないんだ。普通はその力のすべてを知りたくなるだろ?なんでだ?答えは簡単だ。譲渡は禁止されているからだ。全てのルールが存在している。
可笑しくて吐き気がするな。そんなルールを絶対遵守であいつらの組織は成り立っているわけだ。」
「でも。俺はあの日吉とか言うやつの異能を受け継いだだろ?それはルール違反じゃないのか?」
「その日吉の奴の体から直接、時計を取ったのか?」
「いや。違うが。」
「偶然だ。それは。南の異能は日吉の異能じゃない。というより、日吉のレベルBの異能なら、あのオタク五人の攻撃を撃退できなかっただろう。そもそもレベルの概念も瀬川が勝手に付けたものかもしれないしな。その南が持っている時計は日吉の物じゃない。別の時計だったんだ。」
「ん?だから何が言いたい?」
「奴らは譲渡を禁止されており、戦うことを強制されて、それでいて相手の異能を消去できない。戦いはそいつ次第では一生続けることも可能だな。これは?」
「一種の飽和状態だな。」
「ああ。そうだ。これは何かを待っているんだ。所謂、舞台づくりみたいなものだ。」
「いや。意味が分からない。お前は何を言っている?…………悪い。西京。俺、またトイレ行きたいんだけど?」
「なぁ。南。さっき行ってからまだ5分しか経ってないぜ。お前、頻尿だったのか?」
「いや。そんなことはなかったんだが。」
「あと、さっきからえらく否定的だな。お前も俺も好きな組織同士の異能バトルの話をしているのに。」
「…………それは。」
「ああ。とりあえず聞けよ。そのまま帰ろうとしているだろ?まずカバンを置け。」
南は何故かトイレに行くはずがカバンを持って、帰ろうとしていた。彼は人が話しているときに無言で立ち去ったりするような奴ではないし、明らかに今の行動は不自然だ。何かが妨害している。何がかはもう分かっているが。
これが彼らがルールを守る不思議な力の片鱗なのかもしれない。
「よし、とりあえず話の続きをしようか。」
「あ。ああ。手短に頼む。膀胱大パニックなんだ。」
「わかった。…………直接的な言い方をすれば、これは全部、異能の仕業だ。」
「は?」
「何か分からないか?これは異能なんだよ。いや、もともと異能なんてものはないんだ。だが、あったんだ。異能はあったんだ。」
「どういう意味だ?」
「お前、俺が橋の上から飛び降りたの見てただろ?」
「待て待て!…………あれは夢じゃないのか?」
「ああ。夢じゃない。俺は死のうとしてたんだ。その時、時計を拾った。その時計を使えば、過去を変えられる。そういう異能があったんだ。今となっては誰も彼もが異能を使うが、あの世界にはその異能しかなかった。平常時なら俺もそんな馬鹿な異能を信じたりしなかっただろう。でも、もうあの時は限界だった。もし、本当に変えられなくても、最後に縋ってしまったんだな。死ぬか異能が発動するのか?どちらかだった。」
「何を言っている?」
「この世界は異能者が創った、その異能者のための世界なんだよ。話が飛躍しすぎたか?なんでって不思議そうな顔をしているな。大丈夫だ。もう異能もここまで来たら南に隠しようがない。こんなことはあいつも想像していなかっただろうからな。俺と南が記憶を取り戻すとは考えていなかっただろう。」
そう。この異能がはびこる世界は異能者である人間が、過去を改変して作ったのだ。その異能は過去を改変し、世界を作り変える異能。
「ワールドメイク」だ。
だが、こんなバカげた世界を創ったということは、もう限界まで来ている可能性があるな。それはそうだ。あの異能は創り変える異能であって、自分の意思に従う異能ではない。想像するすべてを現実に置き換えることができても、人にその未来をすべて想像することはできない。未来は今、現在創られるものだから。
「誰が…………誰が。そんな馬鹿げたことをしている?」
「俺もお前も知っている奴だ。もう分かっているだろ?」
「なんで?」
「おかしいよな。他の奴はみんな時計を保持して異能を開花する。なのに、俺は時計を拾ってもなければ、持ってもいない。俺だけが時計を持っていない。それでいて異能を消去するチート異能だ。おかしいだろ?そんなものこの異能で敵を倒してきてねって言ってるようなものだ。ってことは俺の周辺の人間の仕業じゃないか?それでいて異能の知識に乏し人間だ。まぁ俺以外にチート異能を持っている奴がいれば、この仮説は崩れるが、瀬川の資料にも、沙代里に聞いてもそんな異能の奴はいなかった。」
「それがなんなんだ?何の意味があるんだ?」
「知らない。でもそいつにとっては意味のあることだったんだろう。」
「なんだそれ…………じゃあ。香は何のためにあそこまで苦しんだんだ。あんなに苦しんで、それでも何も得られなくて。あいつは何のために…………。」
南は苦しそうに声を出す。彼の西山さんへの想いは何一つ消えていないのだ。彼が苦しんでいるということ。それを彼女に伝えたのは俺だ。そうして、今、このように時を急ぐように抗争は勃発しているのだろう。
終わりに向かって。
「それはあいつの想像力がなかったのか、それともどうでもよかったのか。でもまぁ、それで心を揺さぶられたんだろうな。もう、終わりが近い。早めたのかもしれないな。すでに舞台装置は揃っていたから。」
「終わり?」
「これはあるシナリオの通り進んでいるということだ。俺がいつも話していただろ?」
「は?」
「敵が世界を滅ぼそうとする。そこに救世主が現れて、すべてを救うんだ。それで終わりだ。そういうシナリオの元に今回、その管理者はワールドメイクを使ったんだろう。」
「どういう意味だ?」
「ファウストっていう馬鹿げた組織が解体するときにすべて分かるさ。俺は自分の仕事をこなしつつ、ここからどうなるのか?また、どうしてこんなことをしているのかをあいつに問いただすだけだ。」
「そうか…………。それが終わればどうなる?」
「さぁな、まだ分からない。だから今から、その話をしに行くよ。」
「そうか。結局、何一つ分からなかったが、謎が解けたような気がする。ほんの一部だが。」
「大丈夫だ。もう終わる。じゃあな。長い時間拘束して悪かった。トイレいけよ。」
「いや。引っ込んだ。」
「そうか。」
俺はそのまま文学同好会の部室に向かった。
俺は放課後、空き教室に南を呼びだしていた。
もう彼にすべてを話す時期がきたのだ。
南は少しだが記憶も戻ったようだし、ここらで内情を話しておいた方がいいだろう。それが何の役に立つのかは分からないが。
もしかしたら、元の木阿弥になるかもしれない。しかし、現在ここにいる親友にすべてを話すことで南はどう思うのか聞きたかったのかもしれない。
そして、西山さんの願いを聞くために。
「いや。少しばかり長い話になりそうだったからな。今日は本部の会議もないし、いいだろ?」
「まあいいぜ。それに最近じゃあ、あちこちでシャクンタラーとファウストの抗争が勃発しているわけだしな、会議なんて開いている暇もないだろ。植木の旦那も忙しそうにしていたしな。」
俺が本部からの帰りに襲われたように、最近ではシャクンタラーの面々がファウストに襲われる件数が確実に増えていた。なぜに彼らの行動が激化したのか俺の予想が正しければファウストの創始者の意向によるものだろう。
シャクンタラーの創始者でもいいが。
「そうだな。まぁそれも関係のある話だ。」
「なんだ?前に言えないって言っていた話を話す気になったのか?」
「まぁそうだな。」
「でも、またそりゃ急な話だな?何か最近、変わったことでもあったか?」
「あったよ。最近のファウストだのシャクンタラーの動きもそうだが、なによりも西山さんの件だ。」
「香の件?」
南はその名前が出ると、眉間に深く皺を寄せた。未だ彼の中では消化できていない問題なのかもしれない。
「そうだな。どこから話せばいいだろうか。…………まず、南はこのシャクンタラーだのファウストについて変に思ったことはないか?入った頃からでもいい。異能関係で変だと思った点だ。」
「それは…………あるにはあるが、なんだか朧げなんだよな。何かがおかしいことは分かるんだが。言葉にできない。」
「そうか。…………じゃあ、順を追って説明していこう。」
「おう。」
俺と南は教室の後ろの席に座しており、放課後の部活の活気ある声やら、吹奏楽部の楽器の音、放課後の生徒の話し声を聞きながら、お互いに対面して話を始める。
こういった日常での雑談として話した方が良いのかもしれない。なにせそれは突拍子もない話なのだから。
手元にあった水を飲み、少し気を落ち着かせて今から話す内容を頭で整理しながら、俺は説明を始める。
「まずは…………。」
「おい。その神妙な顔つきやめろよ。こっちまで緊張してくるだろうが。バイトの面接じゃあるまいし。」
「おお。悪かった。いつも通り話す。」
「いや。ちょっと待って。俺、トイレ行ってくるわ。」
「おう。」
彼が緊張したことで一度席を立ち、戻ってきたところで話を再開する。
「んーお前が話の腰を折ったせいで、何を言おうとしていたか忘れた…………えっと。そうだ。まず、シャクンタラーっていつ出来た組織か分かるか?」
「えっと北条が言うには5年ほど前とかなんとか。それがどうしたんだ?」
「ああ。彼女はそう言っていたな。しかし、瀬川の部屋に入ったときの資料に目を通したが二年ほど前のものしかなかったんだ。」
「ああ…………。んー。瀬川が書き損じていたとか、ファウストの本部にそれより前の物があるとかか?」
「どうだろうな。多分それは無いと俺は思う。北条の写真集もちゃんと番号を振ったり、きちんと管理していたやつのことだ。その几帳面さが伺えるだろう。それに、シャクンタラーの書類すべてをファウストに移す理由もないしな。」
「なんだ。お前、あいつの部屋にあった書類全部確認したのか?」
「ああ。確認した。」
おい。南、驚くのはそこじゃないぞ。と言いたいがまた話が脱線しそうになるので、ここは黙っておこう。
南はこのスケベ野郎と言ったように、馬鹿にした顔をしてくる。別に北条さんの写真の余りを探していたわけではない。断じてない。
「つまりはあの組織が作られたのは五年前ではない。ここ最近のことだ。ちなみに二年前の資料もなんだかえらく抽象的に書かれた資料ばかりだった。その場しのぎのでっち上げのようなものかもしれないな。」
「ん?だからなんなんだ?組織が出来た年数なんてどうでもよくないか?まぁその組織の件はそれだけで北条の言っていることが間違っていると決めつけるのは性急な気がするが。」
「まぁ待て。順を追って話すから。…………。それでだ。もう一つ。おかしな点があるだろ?」
「おかしな点?北条が処女なことか?確かに、あいつは裏で金持ちパパと夜の街に出かけてそうだよな。」
「クソ野郎。そんなことじゃない。」
「え!?違うの?あの子、本当は。」
「違う。そこじゃなくて、もっと他にあるだろ?」
「うーむ。分からん。」
南はわざとらしく首をひねる。
「じゃあ。まず、今起こっている組織同士の抗争についてだ。おかしくないか?」
「何が?普通だろ?あいつら敵対しているわけだし。」
「異能ってのはどうしたら消滅するんだ?今のとこ思いつくのは二つだ。俺の異能で消滅させるか、もう一つは保持者の時計を破壊するんだ。保持者を傷つけたり、失神させて何の得があるんだろうな?」
「ああ!言われてみれば確かにそうだな!」
「なのにあいつら頑なに保持者を狙うだろ?なんだあいつら大人のくせに頭わるいのか?いや、多分違うだろう。普通ならそのターゲットの家に忍び込んで時計を破壊すればいい。その方がリスクも少ないしな。まぁその保持者を特定して、家も特定。そいつがいない時間を狙ってと考えると苦労しそうだが、あのテレパシストの瀬川がいたんだ。やろうと思えば簡単なことだっただろう。」
「まぁそうだな。時計を破壊した方が早いだろうな。それこそ、あんな化け物みたいな異能を持っている奴までいるんだから、その方が逆に安全かもしれないな。」
「そうだろ?それで一度、北条に聞いたことがある。なんで時計を狙い打ちしないのか。なんでも創始者様はそれを禁じたらしいぞ。それがシャクンタラーのルールだと。ファウストもそうだ。沙代里もそう言っていた。」
「は?そうなのか?なんか気持ちが悪いな。それだったら、どちらも異能者同士で戦いたいだけに思えてくる。」
南は言語化することで、おかしな点に気が付き始める。それは気が付けた時点でもうこの異能の説明は終わらせてもいいことであった。しかし友人として最後に話さなくてはならない。事の真相を。
「そうだろうな。その創始者様はそれを望んでいるんだろう。そして、気持ちの悪い点は組織に属している奴がみんな、その命令に普通に従っていることだな。考えればこんな簡単なことは分かるだろ?でも、不思議なことにそれで良しとされている理由はなんだろうな?」
「ん。確かにな。ぶん殴っても異能が消せないんじゃあ意味がない。なのに、それで今の今まで何の不信感も抱かずに組織は成り立っている理由か。」
「考えられることは一つだ。誰かが、この異能者たちを管理しているんだ。アホな組織を二つも創ってな。」
「…………待て。待て。じゃあ香はどうなんだ?あいつは…………だって。そいつが異能を管理しているなら、そいつの所為で香は苦しんでいたのか!?」
南の怒りも分かる。そんな者の所為で自分の好きな人間が苦しんでいたというが許せないのだろう。
しかし、違うだろうな。
まず彼女は組織に属していない。そして野良の異能者をあいつがどれほど管理できていたか分からない。
あいつは多分、良かれと思ってやっていたのだろう。
そう思った。
あまりに俺が異能という夢のような力を称賛するから、それが良いことだと思い込んでいたのかもしれない。
あくまでも予想に過ぎないが。
「まぁ待て。ことを急ぐな。順を追って話すから。そうしないといけないんだ。そうしないとお前も異能の中に入って出られなくなる。」
「は?どういう意味だ?」
南は苦虫を噛み潰したような顔で黙って俺の話を聞く。
「話を続けるぞ。…………全員が時計を拾って、組織を作って戦う。一方は悪い組織で、もう一方は善の組織。どうだ?おかしいだろ?」
「ん?何が言いたい?」
「異能なんてものがあれば、こんな町で競い合わずに、世界にでも出て金儲けを企めばいい。なにをこんな町にこだわってやつらは異能戦争みたいことをしているんだろうな?バカなのか?それに加えて、どうだ?あいつらが大事にしているその異能の譲渡手段すら知らないんだ。普通はその力のすべてを知りたくなるだろ?なんでだ?答えは簡単だ。譲渡は禁止されているからだ。全てのルールが存在している。
可笑しくて吐き気がするな。そんなルールを絶対遵守であいつらの組織は成り立っているわけだ。」
「でも。俺はあの日吉とか言うやつの異能を受け継いだだろ?それはルール違反じゃないのか?」
「その日吉の奴の体から直接、時計を取ったのか?」
「いや。違うが。」
「偶然だ。それは。南の異能は日吉の異能じゃない。というより、日吉のレベルBの異能なら、あのオタク五人の攻撃を撃退できなかっただろう。そもそもレベルの概念も瀬川が勝手に付けたものかもしれないしな。その南が持っている時計は日吉の物じゃない。別の時計だったんだ。」
「ん?だから何が言いたい?」
「奴らは譲渡を禁止されており、戦うことを強制されて、それでいて相手の異能を消去できない。戦いはそいつ次第では一生続けることも可能だな。これは?」
「一種の飽和状態だな。」
「ああ。そうだ。これは何かを待っているんだ。所謂、舞台づくりみたいなものだ。」
「いや。意味が分からない。お前は何を言っている?…………悪い。西京。俺、またトイレ行きたいんだけど?」
「なぁ。南。さっき行ってからまだ5分しか経ってないぜ。お前、頻尿だったのか?」
「いや。そんなことはなかったんだが。」
「あと、さっきからえらく否定的だな。お前も俺も好きな組織同士の異能バトルの話をしているのに。」
「…………それは。」
「ああ。とりあえず聞けよ。そのまま帰ろうとしているだろ?まずカバンを置け。」
南は何故かトイレに行くはずがカバンを持って、帰ろうとしていた。彼は人が話しているときに無言で立ち去ったりするような奴ではないし、明らかに今の行動は不自然だ。何かが妨害している。何がかはもう分かっているが。
これが彼らがルールを守る不思議な力の片鱗なのかもしれない。
「よし、とりあえず話の続きをしようか。」
「あ。ああ。手短に頼む。膀胱大パニックなんだ。」
「わかった。…………直接的な言い方をすれば、これは全部、異能の仕業だ。」
「は?」
「何か分からないか?これは異能なんだよ。いや、もともと異能なんてものはないんだ。だが、あったんだ。異能はあったんだ。」
「どういう意味だ?」
「お前、俺が橋の上から飛び降りたの見てただろ?」
「待て待て!…………あれは夢じゃないのか?」
「ああ。夢じゃない。俺は死のうとしてたんだ。その時、時計を拾った。その時計を使えば、過去を変えられる。そういう異能があったんだ。今となっては誰も彼もが異能を使うが、あの世界にはその異能しかなかった。平常時なら俺もそんな馬鹿な異能を信じたりしなかっただろう。でも、もうあの時は限界だった。もし、本当に変えられなくても、最後に縋ってしまったんだな。死ぬか異能が発動するのか?どちらかだった。」
「何を言っている?」
「この世界は異能者が創った、その異能者のための世界なんだよ。話が飛躍しすぎたか?なんでって不思議そうな顔をしているな。大丈夫だ。もう異能もここまで来たら南に隠しようがない。こんなことはあいつも想像していなかっただろうからな。俺と南が記憶を取り戻すとは考えていなかっただろう。」
そう。この異能がはびこる世界は異能者である人間が、過去を改変して作ったのだ。その異能は過去を改変し、世界を作り変える異能。
「ワールドメイク」だ。
だが、こんなバカげた世界を創ったということは、もう限界まで来ている可能性があるな。それはそうだ。あの異能は創り変える異能であって、自分の意思に従う異能ではない。想像するすべてを現実に置き換えることができても、人にその未来をすべて想像することはできない。未来は今、現在創られるものだから。
「誰が…………誰が。そんな馬鹿げたことをしている?」
「俺もお前も知っている奴だ。もう分かっているだろ?」
「なんで?」
「おかしいよな。他の奴はみんな時計を保持して異能を開花する。なのに、俺は時計を拾ってもなければ、持ってもいない。俺だけが時計を持っていない。それでいて異能を消去するチート異能だ。おかしいだろ?そんなものこの異能で敵を倒してきてねって言ってるようなものだ。ってことは俺の周辺の人間の仕業じゃないか?それでいて異能の知識に乏し人間だ。まぁ俺以外にチート異能を持っている奴がいれば、この仮説は崩れるが、瀬川の資料にも、沙代里に聞いてもそんな異能の奴はいなかった。」
「それがなんなんだ?何の意味があるんだ?」
「知らない。でもそいつにとっては意味のあることだったんだろう。」
「なんだそれ…………じゃあ。香は何のためにあそこまで苦しんだんだ。あんなに苦しんで、それでも何も得られなくて。あいつは何のために…………。」
南は苦しそうに声を出す。彼の西山さんへの想いは何一つ消えていないのだ。彼が苦しんでいるということ。それを彼女に伝えたのは俺だ。そうして、今、このように時を急ぐように抗争は勃発しているのだろう。
終わりに向かって。
「それはあいつの想像力がなかったのか、それともどうでもよかったのか。でもまぁ、それで心を揺さぶられたんだろうな。もう、終わりが近い。早めたのかもしれないな。すでに舞台装置は揃っていたから。」
「終わり?」
「これはあるシナリオの通り進んでいるということだ。俺がいつも話していただろ?」
「は?」
「敵が世界を滅ぼそうとする。そこに救世主が現れて、すべてを救うんだ。それで終わりだ。そういうシナリオの元に今回、その管理者はワールドメイクを使ったんだろう。」
「どういう意味だ?」
「ファウストっていう馬鹿げた組織が解体するときにすべて分かるさ。俺は自分の仕事をこなしつつ、ここからどうなるのか?また、どうしてこんなことをしているのかをあいつに問いただすだけだ。」
「そうか…………。それが終わればどうなる?」
「さぁな、まだ分からない。だから今から、その話をしに行くよ。」
「そうか。結局、何一つ分からなかったが、謎が解けたような気がする。ほんの一部だが。」
「大丈夫だ。もう終わる。じゃあな。長い時間拘束して悪かった。トイレいけよ。」
「いや。引っ込んだ。」
「そうか。」
俺はそのまま文学同好会の部室に向かった。
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