鐘が鳴るときに

プーヤン

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第1話 カロンとロイド

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「お前らのせいで。お前ら貴族のせいで………。」

農家の長男に生まれた少年は自分の想いがどうにも耐えられなくなり漏れ出てしまう。

少年の瞳には怒りと憎しみと、自分の非力に対するやるせなさが滲んでいた。

貴族にたてついた少年の運命はもう決まっている。

その相手が自分と同じ年端もいかない子供であろうと農民が貴族にたてつけばどうなるのか………。考えなくても分かることである。

少年は理解していた。

だが感情が理性を上回ってしまったのだ。

「うん………。ごめんね。」

しかし、その貴族の子は農民の子に謝罪した。

農民の子は目を丸くして彼を見つめる。

一方、貴族の子は表情一つ変えることなくその頭を垂れる。

「なんでお前が頭を下げるんだ…………。おかしいだろ。」

「うちの父は悪いことをしている。僕はちゃんと知っているんですよ。だからあなたに謝っているのです。こんな謝罪になんの意味があるのか分かりませんが………。それでも謝りたかったのです。」

農民の子はただ動けず、彼を見つめ続ける。

その時、町から鐘の音が聞こえた。

「おっともう時間です。こんなふうに町に出てくることはもうないでしょう。そうだ。貴方の名前はなんですか?」

「え……。俺の名前はカロン。農家の息子のカロンだ。あんたは?」

「私はロイドといいます。ではまた。カロン。」

そういうとロイドは帰っていった。

貴族区から貴族が出てくることはそうそうない。

それこそ催事などの際に顔を出すくらいだろう。

ロイドはなぜこんな農地の真ん中に突っ立っていたのだろう。

カロンは足りない頭で考える。

しかし、どうにも分からない。

そして、いくら子供同士とはいえ身分の差は目に見えて分かる。普通の貴族なら許しはしない。しかし、ロイドは表情一つ変えることなく、怒るどころか謝ってきた。

おかしな貴族がいたもんだ。

農民に頭を下げる貴族なんて俺は知らない。

それが、カロンとロイドの出会いだった。

 

 

 

次の日も貴族のロイドはそこにいた。

農地の真ん中で一人立っていた。

お付きの人間も連れずに一人で。

彼の横顔はどこか憂いに満ちていた。それを見て俺は何故か彼に声をかけてみたくなったのだ。

「おい。お前。こんなところに一人でいたら人攫いに攫われるぞ。」

「え?ああ。それより、僕の名前は先日教えましたよ。」

「ああ。ロイドだったか。」

「そうですよ。カロン。お前ではありません。」

ロイドはやはり平民の俺に普通に接する。こんな汚い口調で平民に話しかけられたら普通の貴族なら怒り狂い、最悪の場合その場で殺されるかもしれない。

「ロイドはこんなところで何してるんだ?」

「何もしていません。ただ、畑や山や、そこで働く人を見ているのです。」

「それ面白いのか?」

「ええ。面白いですよ。この人たちのおかげで僕は生きていますから。」

「変な貴族だ。」

その黄金の髪が風にたなびく。その様はやはりこんな畑の真ん中に立っていても絵になる。平民ではなく彼は貴族なのだと思わされる。同じ人間ではないみたいだ。

「それより、カロンも畑の手伝いをしているのですか?」

「それはするだろ。それが一生の仕事だ。」

「ああ。貴方は胸を張って自分の仕事を言えるのですね。羨ましい。」

「ああ?普通だろ。」

「そうですか?僕は今の自分が嫌いなのですよ。だから…………」

「は?バカだな。貴族の子供なんて最高じゃないか。何もしなくてものうのうと生きてられるんだから。」

「はは。そうなのですか?」

「ああ?違うのか?」

「そうかもしれませんね。」

彼は力なく笑うと、その目を地に落とした。

「私は一番、尊敬する人物に裏切られて、どうしたらいいのか分からないのです。どう生きたらいいのか分からないのです。」

「はあ。そうか。まあ難しく考えるなよ。どうせそんな悩みも明日になればどうでも良くなってるかもしれないだろ?」

「そんなものですか?」

「そんなもんだろ。」

そうして二人で笑うと彼を近く感じられた。親しみの持てる笑い方だった。

彼と俺はそうして鐘が鳴るまで話し続けた。

俺は正直、年の近い人間とは上手く話せず、周りの村の子たちとも仲が良くはなかった。それは、意図してやっていたことではなく、彼らの遊びについていけず、仕事を優先し集まりにも行かず、行っても彼らの話に全く興味が持てなかったのもあった。

また、俺の荒い口調を嫌がる人間もいた。

しかし、ロイドとの話は面白く、今まで感じたことのなかった高揚感があり、彼の話が気になってずっと話していたくなった。

しかし、そんな時間も鐘の音によって終わる。

「ああ、もうこんな時間ですか。楽しかったです。ありがとう。カロン。」

「変な貴族だ。」

「貴方こそ、変な子供ですよ。」

彼の顔が同年代の子供に見えていたが、またその顔から表情が消えた。それはもう貴族区に帰るからだろう。貴族区の中では子供ではいられないからかもしれない。

貴族区の中とは俺が想像するよりも過酷な場所なのかもしれない。彼の完成された顔を見てついそう再思した俺に、ロイドは「そんなことないですよ。あの中は酷く単純で、滑稽な場所ですよ」と諦観の籠る表情でもって答えた。

「あの鐘もその滑稽な、言わば権力の象徴なのかもしれません。」

「ふーん。そうなのか?俺はそんなむつかしいことは分からないけど、あの鐘の音好きだけどな。」

「そうなのですか?」

「おう。なんかあの鐘の音が自分の畑やこの村を囲う山に響いて木霊する音がすごく綺麗に聞こえてくると、明日も頑張るかって思えるし。」

「…………そうですか。」

ロイドはそんな俺の笑った顔を見て、子供のように笑った。

俺はその顔を見て、安心して彼を送り出した。

それから、彼はもうここに来ることもなくなった。

それを少し寂しいなと考える自分もいたが、それも時の流れとともに薄れていき、彼の顔も名前も朧げになっていった。

 

 

 

 
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