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序章

最強魔法の代償①

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「おせーよ、お前ら。何やってたんだよー」


 宿屋の食堂に入るやいなや、ダイニングテーブルに頬杖をついているアセウスの「ちょっとふてくされたような声が出迎えた。
 「わりぃ」と苦笑いを返し、俺は向かいの席に腰を下ろした。
 ジトレフが続いて俺の右隣の席に座る。


「すみません! 揃いましたのでお願いします」


 アセウスが厨房へ合図するのとほぼ同時だった。
 三人分の食事があっという間にテーブルの上に運ばれた。
 まぁ、ほとんど準備してあったって感じだな。

 調理人ぽい男は「ごゆっくり」と営業スマイルを見せる。
 なかなか出来た男だ。
 俺だったら、お前らがモタモタしてるから仕事あがれねぇじゃねぇかよ! さっさと食え!! なんて顔に出してプレッシャーをプレゼントしてる。間違いない。

 閉店間近の飲食店なんて、そんな従業員ばっかりじゃねぇー?
 あれほんとイラッとしねぇ?
 この店はお前のバイトのために存在してんじゃねぇ!
 そして俺はこの店に食事しに来て金を落としてく店の客であって、お前になど用はねぇ。
 バイトのお前がこの店のため、つまりは俺のために存在してるんだから、ちゃんと働け!
 てー思わね? え? さっき言ったこととブーメランしてる?
 そんなんあるあるだろー(笑)
 
 クズ思考に悦ってる俺の目の前では、アセウスが出来た男・・・・に話しかけていた。
 ゴミ箱さえ置いておいて貰えたら、食器は片付けて洗いおけに入れておきますよ、と。
 この世界の宿屋は、大概食器は洗い槽に付け置き洗いなんだ。
 中には今回アセウスが申し出た内容を、始めから利用客に課してる宿屋もあるから、俺らは良くこうやって申し出る。俺は食事を急かされるのが嫌なタイプだから助かるんだよな。
 winーwinってやつだ。

 さすが出来た男だ、この調理人。
 え?! 良いんですか? お願いしまぁすっ、なんて即座には応じない。
 何度かのやりとりの後、ではご厚意に甘えて、と仕事を終わりにして食堂から立ち去った。


「で?」


 食事を始めてすぐに、アセウスが視線だけ俺に投げて言った。
 俺はジトレフをちらと見る。
 ジトレフは無表情のまま俺を一瞥すると、何事もなかったように食事を続けた。
 ……俺が説明すんのかよっっっ
 しょーがねぇー、俺は食べながらあらましを話すことにした。


「ジトレフのやつさ、意識不明の昏睡状態だったんだよ」

「はぁ?! い、意識不明?!」


 アセウスは口の中のものを慌てて飲み込んで、むせながら叫んだ。
 驚いた目を向けられたジトレフは無表情のまま大きく一度頷いた。
 そしてまた、皿の上のものを口へと運ぶ。
 こいつ、自分で説明する気全然ねぇな……。


「部屋に行った時もう寝ててさ、てっきり湖で遊び過ぎたから疲れて寝てるんだと思ったんだよ」

「あぁ~俺も待ってる間落ちそうだったー。もっとはしゃいでたジトレフなら寝てもおかしくないよな」

 ……気になったお方はいるだろうか。
 「北島康介ごっこ」「遊び過ぎた」「はしゃいでた」
 この見え見えの匂わせをっっ
 フフフ……説明する時が来てしまったようだ……。
 あれは、今日、湖で絶景休憩した後のことだ……

 え?! 
 尺が足りない? 尺ってなんだよ。おい、ちょっと、なにす、……
 ピ――――――――
 幕間
 えー、その話はカットって言われたんで、先に進みます。
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「で、叩き起こそうと思ったら、ぐったりしててさ。ヤバそうだったんでパナケア飲ませてみたんだ。そしたらちょっと時間かかったけど回復した。あのスリの女が口紅に薬仕込んでたらしい」

「……まぢかよ。え、塗ってる本人は平気なの?」

「触れる分には平気らしい。ジトレフもそれで平気だったみたいだけど、部屋でくつろいで水飲んだ時に一緒に飲んじゃったんだとさ」

「もしかしたら少し舐めてしまったのかもしれない」


相変わらずの低音ボイスは意味なく説得力があった。


「そうなんだ……毒とか、命に関わるものじゃなくて良かったな」


 アセウスが何か考えるようにして沈黙した。
 そうだよなー、普通考えるよなー。
 口の中に入れなきゃ効果がない薬を、唇に塗る意図。
 そりゃあれですよ、ドえろいチューですよ。
 あの女スリは、意識を失くさせたい相手がいたら、
 ドえろいチューをするってことですよ。
 ひぇえーーっっ
 薬なんてなくても俺は意識失うわ!(DT大袈裟)

 
「一人だったらどこかに連れ込まれて使われてたんかもしれねぇ、時間が経てば回復する一過性の薬っぽいけど、ヤバいもんには変わりないだろ。今回の件はジトレフに感謝しかねーわな」

「あの人に限らず、そういう危険があるってことだよな。うわぁー……怖ぇ」

「気をつけよう、甘い誘いと下心」

「なんか、それ深いな」

「俺はそんなイカれ・・・深視力なお前が好きだよアセウス。今後単独行動がある時は気を付けよぉぜ。魔物モンスターだけじゃねぇ、この世界は危険でいっぱいだ。ま、遅くなったのはそーゆー訳ですわ」


 俺はテキトーにまとめて話を終わらせた。
 この後にも大事なお話タイムがあるんだ、エネルギー節約しないとな。


「そんな大変なことが起きてたのか……知らずに俺のんびりしてたわ。ジトレフ体調は大丈夫?」

「異常ない。……かなり疲労はしているが、湖が原因だろう」

「それなー。俺もー。夕飯食べたら更に来たし。今日はもう寝るしかないわー。明日は朝食堂ここに集合な? で朝食食べたら出発。転移魔法のタクミさんのとこには昼前には着くと思う。タクミさん俺には優しいから、昼飯くらいご馳走してくれるかもーて計画」

「タクミ、変わった名だな。異国の戦士か?」

「んー、どうだったかなぁ。他には居ない珍しい名前だとは良く言ってたけど。そこは興味出るんだ。ジトレフのツボ良くわかんねーなぁ」


食べに集中して、二人の会話を聞き専していた俺は口を挟む。


「報告用にだろ?」

「あーそゆこと? タクミさん、ちょっと変わり者だから報告は本人の了解とってからのがいいんだけどなぁ」

「わかった」

「「え?」」


 俺とアセウスはジトレフを見る。
 ジトレフはいつもの無表情だ。
 黒い鎧を着てないせいか、普通の人っぽくて親しみはわく。
 そういや部活の合宿ご飯ってこんな感じなんだろーか。
 普段は近寄り難い見た目の先輩の、部屋着姿を見るみたいな。


「明日、本人に了解を得てから報告する。その方がいいのだろう?」

「あ、あぁ。ありがとう」


 そう言いながらアセウスは俺の方をちらと見る。
 なんとなく言いたいことは分かる。けど俺は気づかないふりをした。
 ジトレフの素直な懐き・・っぷりは、最初の堅物の印象と真逆だ。
 俺もたまにドキッとするけど、それをアセウスと分かち合う・・・・・気にはならない。
 うるせーなっっ。俺は一人っ子なんだよっ。
 友達ダチ初めて出来たばっかりなんだよっっ
 友達ダチが他の奴つかまえて「あいつ思ったより良いやつだよな」って言うのは複雑なんだよっっ
 あーっ もーっ
 恥ずかしいこと言わせんじゃねぇっ
 脳が、脳が震えるぅぅっっ

 なんて心の声を完全に封じ込めきった俺は黙々と食べ終えると、ダイニングテーブルの上のからの皿をまとめて、席を立った。(そうさ、俺はエルドフィン・ロウキ・ササキ・ヤールさっ)


「じゃあ、俺もぅ行くわ。また明日。おやすみ」


 まとめた皿を厨房に片付けていると、いつの間にかアセウスがそばに来ていた。
 皿は持ってない。空手だ。なのに厨房に入ってきた。


「……なに? 食い終わったの?」

「いや。先に立つとか珍しいなぁと思って」

「三人居るからな。二人の時は、一人残すのもなんだろ?」

「そうだったんだ。……なぁ、エルドフィン」


 片付け終えて、厨房から出ようとする俺の肩を、アセウスが抱えて呼び止めた。


「意識不明のジトレフにどうやってパナケア飲ませたの? もしかして口移……」

「ぁあああアアセウスお前もかぁーーっっっ!!」


 俺に物凄い勢いで振り払われてアセウスは目を丸くしてる。


「え? と、お前もかって、え? エルドフィン?」

「あのなっっ意識ないやつの口ん中に液体なんて入れたら、気管に入って殺しちゃうかもしんねぇのっ。口移しあれは、意識あって自分で飲み込めるけど、口ん中に上手く入れられない時の手段っ! 俺ん時はぜってぇー口移しとかすんなよっ!! ゼェ、ハァ、ハァ」

「あ、あぁ。俺もそれは思ってて、どうやったのか聞いとこうと思ったんだけど」

「……布に染み込ませて、舌に当てて少しずつ摂取させた。少しずつ唾液に混ぜるのも有効ありだよ」


 いたって悪気のない顔のアセウスに目を伏せながら、俺は事務的に答えた。
 一人でアレコレ意識してるとか、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい、アホじゃんクソダサじゃんっ


「なるほど……。エルドフィン、お前すげぇな! いつの間にそういう知識身に付けてるんだよ。湖でも少し思ったけど、俺本気で尊敬するかも」


 自己嫌悪で無防備なところに
 いつもの清々しい笑顔でこれはエグい。
 脳が……
 俺は「緩みまくった顔・・・・・・・」ってやつをしたんじゃねぇかと思う。
 握った左拳をこつんっとアセウスの左胸に当てて、小さく呟くのが精一杯だった。


「おぅ、おやすみ」


 脇目もふらずに食堂を出た。
 友達に尊敬されるかもっていう熱い嬉しさを噛み締めながら、俺は部屋へ戻ったんだ。
 俺にローマ皇帝の名言みたいなことを言わせた、原因の彼女・・が待っている部屋へ。
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