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第2章 始めての育成を経て、危険人物として知れ渡る

61話 ユウトとマサトの災難5

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「おらっ! ……痛ってぇ、ヒビすら入らないぞこれ?」

 どうなっている。
 あのマサトが思いっきり殴ったというのに、ヒビの1つも入らない?
 魔王城の扉ですら1人でこじ開けたマサトがか?

 疑問を抱いていると、こっちに歩いて来ていた大小2つのサンドバッグが赤い半透明の膜の前に立つ。
 すると、その正面が消えるようにして穴が開くと、そこからサンドバッグ共が出てきた。

 そのうちの、なにやら体に対して大きすぎる棍棒を持ったチビの方が今にも襲いかかってきそうだが、それをデカい方が手で制している。
 マサトも得体の知れないものを感じ取ったのか、俺のそばまで戻ってきた。

「なあユウト、なんだかおかしくないか?」

「ああ、俺もそう思っていたところだ」

 嫌な予感がしつつも、俺とマサトが武器を構えた時だった。

「一応訊くが。人間、ここに何をしにやって来た? 少なくとも、詫びを入れに来たという訳ではなさそうだが」

 俺たちが武器を構えているのを見たデカい方が、そう話しかけてきた。
 警戒した俺たちが反応しないでいると、再びデカい方が口を開く。

「なんだ、言葉のわからない猿だったか」

「あ?」

 その挑発を聞いた瞬間、マサトが声で威圧しながら前に出る。
 が、そこで俺は信じられない光景を見た。
 デカいのが動いたと思ったらその場から消えて、気づけばマサトを地面に押し付けていた。
 そして、その直後にマサトが声を上げる。

「は? 何っで……」

 いや、そんな事よりも……勇者である俺が、その速さを目で追えないだと?

「どうやら人間たちが学習せずに、またやられに来たようだ。もう片方は約束通り任せるぞ、ブレブ」

「うん。父ぢゃんの分まで、俺があの人間から母ぢゃんとみんなを守るんだ!」

 その瞬間、チビの方が急にでかくなった。
 は? 意味がわからない。
 それに、またやられにだって?

 そんな事よりも、チビだったやつがこっちにやって来る。
 逃げ……いや、あり得ないだろ。

 ……ユウシャハニゲナイ。
 そうだ、勇者である俺がオークから逃げる?

 ……あいつらは俺の経験値だ。
 多分マサトをやったあいつが化け物みたいに強いだけだろう。
 どうやらマサトを抑えてこっちには手を出さないみたいだし、いくらなんでもこいつなら行けるだろ。

「マサト、ちょっと待ってろ」

「ああ……」

 ……イマダ、メノマエノヤツヲブッコロセ!
 ああ、もちろんさ。
 俺は剣を構えて、地面を蹴って一気にサンドバッグの後ろに……。

「え?」

 前と同じ感覚で攻撃しようとしたはずなのに、動きが鈍い!?
 鈍いどころじゃない。
 これじゃあまるで最初に異世界に来たばかりの頃の動きじゃないか。

「帰れ人間!」

 そう思ったのと同時に頭上に影がかかる。
 どうやら後ろに回るどころか、相手の攻撃が届く範囲に入って来てしまったらしい。

 さっきまで体のサイズに合っていなかった棍棒が今はちょうどいい大きさになったようで、それが片手で振られた事によって俺に迫ってきていた。

「あ……」

 しかし、気づいた時には遅かった。
 足を動かすが、思うように体が動かず避けられそうにない。
 すぐにその衝撃が脳天に走り、俺は地面に叩きつけられて、

「え? 弱ーー」

 そんな声が聞こえたと同時に意識がーー
 途切れたかと思ったら、目の前に棍棒を振りかぶっているオークの姿が。

「帰れ人間!」

「え?」

 そう声を上げたのと同時に頭上に影がかかる。

「は?」

 何が起こった? 俺はいつの間に立ち上がったんだ?
 混乱している頭に衝撃が走り、俺は地面に叩きつけられて、

「え? 弱ーー」

 意味がわからないうちに意識がーー

「帰れ人間!」

「はっ!」

 気がついた瞬間、頭上に影がかかる。

「待て待て待て!」

 その願いは叶わず衝撃が脳天に走り、俺は地面に叩きつけられて、

「え? 弱ーー」

 俺をしつこく雑魚扱いしてくる声が聞こえた直後に意識がーー

 そうして同じシーンをひたすら繰り返す。
 何度も何度も。
 ……ぺったん。

 意味がわからない。
 どうしてこうなってしまったのか。
 ……ぺったん。

 考えろ、考えるんだ……あっ。
 ああ、まさかっ、そのまさかなのか!?
 ……ぺったん。

 俺が貰ったスキルで前と違う部分は致命傷を負うと傷を負う前の状態に戻る……。
 何で何で何で何で何で!
 ……ぺったん。

 どうみてもバグじゃないか、ふざけんな、ふざけんな!
 魔王や仮面のやつに復讐しないといけないのに、何でこんな!
 ……ぺったん。

 サンドバックも毎回毎回俺に向かって弱いって言うんじゃねぇえええ!
 あぁあああぁぁぁぁああああ!
 ……ぺったん……ぺったん……ぺったん。



 もうどれだけ繰り返してきたのかも分からなくなった。
 そうだよ、俺は弱かった。
 それでいいから誰か、誰か助けてくれよ……。
 ……ぺったん……ぺったん……ぺったん。



 ……びりびり……あかるくて……まっくら。



 ……ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒィー! ウマクイッタ!
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