『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第15話 寝かせてくれない勇者

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通路の奥で感じた圧迫感は、いつの間にか霧のように薄れていた。
 兵士たちは互いに顔を見合わせ、安堵と困惑が入り混じった表情を浮かべる。

「……気のせいだったのか……?」
「副官クラスかと思ったのに……」

 リオネルは剣を下ろさず、なおも暗闇を睨み続けていた。
「……いや。確かに“何か”はいた。だが引いたのか……あるいは……」

 答えを出せぬまま、張り詰めた空気が漂う。

 そんな中、悠は壁に背を預け、腰を下ろした。
「あー……肩透かしか。だったら、ここで休憩にしようぜ。俺、眠い」

 あまりに気の抜けた声に、兵士の数人が思わず笑った。
 恐怖と緊張に押し潰されそうだった心が、その一言でわずかに軽くなる。
 結局、彼らは勇者の言葉に従い、松明を地面に立て、輪を作って腰を下ろした。


 焚き火代わりの小さな炎が、坑道の壁に揺れる影を映す。
 兵士たちは疲労困憊の顔で干し肉を齧り、水袋を回し合う。
 背筋を伸ばしたまま休む者、眠気に負けてうとうとする者。
 全員が「副官の気配は杞憂だった」と自分に言い聞かせていた。

 悠は寝袋を敷くでもなく、その場で仰向けになり、天井を見上げる。
「休憩中に襲ってくるなよな……休むって大事だろ」
 半分夢の中のような声でぼやきながら、瞼を閉じた。


 ――ガサ……ガサガサ……。

 耳障りな音が広間の奥から響いたのは、その直後だった。
 兵士の一人が目を見開く。
「……い、今の音……」

 壁の亀裂から、黒光りする鱗がにじみ出る。
 湿った匂いとともに、舌打ちのような低い声が坑道にこだまする。

「っ! 囲まれているぞ!」
 リオネルが叫んだ。

 瓦礫の影から、床の割れ目から――細長い胴体を持つトカゲ型の魔物が次々と姿を現した。
 赤い眼が暗闇に浮かび、鋭い爪が岩を削る音が響く。


「陣形を組め!」
 リオネルの指示で兵士たちは慌てて背中合わせに集まり、盾を構えた。

 だが彼らの手は震え、剣先は安定せず、足取りも心許ない。
 息を呑む音、歯の震え、血の気の引いた顔――恐怖がはっきりと浮かんでいた。

 その中央で、悠はゆっくりと身を起こす。
 眠たげな目を擦り、背伸びを一つ。

「……休憩もさせねぇとか、面倒なんだよな」

 剣を抜くこともなく、最前の一匹へ歩み寄った。


 次の瞬間。

 ドゴォッ!

 悠の軽い蹴りが、魔物を岩壁に叩きつけた。
 骨が砕け、鱗が散り、魔物は痙攣して動かなくなる。

「ひ……一撃で……!」
 兵士たちの声が裏返る。

 悠は耳を掻きながら、もう一匹を片手で掴む。
 そのまま振り回し、床に叩きつけた。
 血飛沫が石畳に広がり、魔物は即死した。

「……あー、眠い」

 悠の欠伸と共に、次の魔物が蹴り飛ばされ、通路の奥まで吹き飛んだ。


 リオネルも剣を振るい、兵士を鼓舞する。
「勇者様に続け! 恐れるな!」

 彼の鋭い剣筋がトカゲ型の首を落とし、血が飛ぶ。
 兵士たちは声に従い、必死に剣を振るうが、悠の動きの前では霞んで見えた。

 勇者の蹴りで魔物が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
 片手で殴っただけで、硬い鱗が砕け、血の匂いが充満する。

「……ほんと、邪魔だな」
 悠はため息混じりに呟き、また一匹を潰した。


 やがて群れは半分以上を失い、残りの魔物は怯え始めた。
 赤い眼が泳ぎ、舌を震わせ、じりじりと後退する。

 その中の一匹が、突如背を翻した。
 細長い胴体をうねらせ、通路の奥へと這い去っていく。

「逃げた……!」
 兵士の一人が叫ぶ。

 悠は髪を掻き上げ、ちらりとそちらを見やった。
「……あーあ。どうせ後で面倒な報告されるな、これ」

 残った魔物を片手で片付けると、悠は再び壁際に座り込み、あくびを噛み殺した。

「続きは寝てからにしようぜ」


 兵士たちは呆然と立ち尽くし、誰もが勇者の背中を見つめていた。
 恐怖と驚愕と――そして頼もしさ。
 彼らは心の中で理解した。

 この男こそ、桁違いの存在。
 そして同時に、誰よりも「めんどくさがり」な勇者なのだと。
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