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七将編(剛腕将軍グラドン)
第88話 勝手に神格化される勇者
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ノースランド王都・ファルス。
七将の一角“剛腕将軍グラドン”が捕らえられてから三日――。
街はまるで祝祭の渦中にあった。
石畳の通りには露店が並び、子供たちの笑い声が響く。
教会の鐘が鳴り、市場には王国旗が飾られ、誰もが口々に「勇者」「勇者」と語っていた。
「聞いたか? 素手で斧を粉砕したらしい!」
「いや、それどころか、光の翼を背に空を飛んだそうだ!」
「次は“七将”を全員倒すんだってよ!」
――尾ひれどころか、背びれも翼も生えたような噂だった。
リオネルはその様子を、城のバルコニーから眺めて小さくため息をついた。
「……完全に、英雄扱いですね」
隣で寝ぼけ眼をこすりながら立っているのは、もちろん勇者・篠原悠。
欠伸を一つして、無精髭を撫でる。
「いや……俺そんなことしてねぇし」
「分かっています。でも、民は“そうあってほしい”んですよ」
下を見下ろせば、通りのパン屋が新商品を売っていた。
看板には大きく『勇者の加護パン 一日限定五百個!』の文字。
パンの中央には青いクリームが渦を巻いており、どことなく“蒼拳”を意識しているのがわかる。
「……あれ、俺の拳の色か?」
「ええ。よく見ていますね」
「いや、勝手に商品化されてることにツッコミ入れたいんだが」
「止めても、もう無理でしょうね」
リオネルは苦笑しながら、肩をすくめた。
その時、城門の方から明るい声が響いた。
「勇者様ーっ!」
振り返ると、見慣れた少女が手を振っていた。
茶色の髪に白いワンピース――エルザ
だった。
「おはようございます、勇者様!」
「おう、元気だな。……というか、朝からテンション高すぎ」
「だって王都なんですよ!? 初めて来たんです!」
目を輝かせながらそう言うエルザに、悠は少しだけ表情を和らげる。
「そうか……じゃあ、街でも案内してやるか」
「ほんとですか!?」
「ただし、俺が寝る前に終わらせるぞ」
「……寝る前って、まだ朝ですよね?」
リオネルがため息をつくのをよそに、悠とエルザは城を出た。
⸻
王都の街はまるで祭りだった。
商人たちは競うように「勇者グッズ」を並べている。
「こちら“勇者まんじゅう”! 中には希望のあんこがぎっしり!」
「勇者像の置物はいかが? 家に飾れば災い除け間違いなし!」
「勇者の戦いを描いた布絵もあるよ! 本物そっくり!」
悠は眉をひそめた。
「おい……俺、こんな格好した覚えねぇぞ」
布絵には、光の翼を背負い、聖剣を掲げて魔王を撃つ“勇者像”が描かれていた。
リオネルが苦笑する。
「それ、たぶん“想像上の勇者”です」
「俺、実際は拳と寝不足だけで戦ってんだけどな……」
エルザがクスクスと笑った。
「いいじゃないですか、かっこいいですよ?」
「お前まで言うな……」
さらに歩くと、パン屋の隣で“勇者まんじゅう”を売る露店があった。
店主が大声で客を呼び込む。
「一個三銀貨! 食えば勇気が湧く! 恋にも効く! “勇者まんじゅう”だ!」
悠が足を止め、眉間に皺を寄せた。
「……恋に効くって誰情報だよ」
「たぶん……願掛けですかね?」とリオネル。
「俺、そんな加護出した覚えないぞ」
すると店主が振り返り、驚愕の声を上げた。
「おおっ、勇者様ご本人じゃねぇか!?」
「うわ、気づかれた……」
「ありがたやありがたや! これもどうぞ、献上品です!」
店主は慌てて、まんじゅうを十個ほど袋に詰めて差し出した。
悠は呆れ顔で袋を受け取り、ぼそりとつぶやく。
「いや……こんなに食えねぇし」
だがエルザは嬉しそうに手を伸ばす。
「私が食べます!」
「お前……胃袋どうなってんだ」
リオネルは口元を押さえて笑っていた。
⸻
昼過ぎ。
広場では子供たちが棒を剣代わりにして遊んでいた。
「我は勇者だ! 魔王を倒すぞ!」
「おおーっ!」
「おい魔王役、お前ちゃんと負けろよ!」
笑い声が響き、見守る親たちは目を細めている。
エルザがその光景を見つめ、ぽつりと言った。
「……みんな、笑ってますね」
「まあな。戦がないってだけで幸せなんだろ」
「でも、その中心には勇者様が……」
「俺じゃねぇよ。あいつら自身が頑張っただけだ」
悠はそう言って、空を見上げた。
白い雲がゆっくり流れていく。
だが、その静けさも束の間。
子供の一人が勇者に気づいて叫んだ。
「ほ、ほんものの勇者様だぁぁぁ!」
瞬く間に周囲がざわつく。
子供たちが集まり、大人たちも駆け寄る。
「勇者様! 本物だ!」
「握手を! 加護を!」
「写真を……いや、似顔絵を!」
悠は目を細め、肩を落とした。
「……また人混みかよ」
エルザが慌てて間に入る。
「勇者様、すみません! みんな喜んでるだけで!」
「いや、怒ってねぇ。ただ……ちょっと息苦しい」
それでも市民たちは止まらない。
彼の一言一言に歓声が上がる。
やがて誰かが叫んだ。
「勇者様が謙虚なお言葉を!」
「“息苦しい”だって! きっと我ら民を気遣ってのことだ!」
「なんと慈悲深い……!」
悠は半眼でリオネルを見る。
「……なんか勝手に翻訳されてる気がする」
「そうですね。民衆補正です」
「やめてくれ……」
群衆が「勇者!勇者!」と唱和する中、悠は頭を掻きながら溜息をついた。
「……全部、面倒に聞こえる」
リオネルが苦笑し、そっと囁く。
「勇者様、それでも皆、あなたを信じています。だから――」
「うん、分かってる。俺が何言っても止まんねぇよな」
エルザがにこりと笑って言った。
「でも、こうして笑ってる人がいるのは、勇者様のおかげですよ」
その言葉に、悠はわずかに目を細めた。
そして小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……そう思ってくれてるなら、まあ……それでいいか」
⸻
夕暮れ。
露店の灯りがともり始め、街は再びざわめきに包まれた。
悠は袋に残った“勇者まんじゅう”を一つ取り出して、口に放り込む。
「……うまいな」
「ね?」とエルザが嬉しそうに頷く。
「甘いけど、なんか元気が出る味です」
「そういうとこは素直だな」
リオネルが穏やかに笑いながら言った。
「勇者様、今日一日で王都の八割が“あなたの歌”を覚えたそうですよ」
「歌? 何だそれ」
「子供たちが作った“勇者様の歌”。明日には広場で披露されるとか」
「……俺の知らないとこで世界回ってんな」
三人の笑い声が夜風に溶けていく。
英雄と呼ばれた男の憂鬱な一日は、ようやく幕を下ろした。
七将の一角“剛腕将軍グラドン”が捕らえられてから三日――。
街はまるで祝祭の渦中にあった。
石畳の通りには露店が並び、子供たちの笑い声が響く。
教会の鐘が鳴り、市場には王国旗が飾られ、誰もが口々に「勇者」「勇者」と語っていた。
「聞いたか? 素手で斧を粉砕したらしい!」
「いや、それどころか、光の翼を背に空を飛んだそうだ!」
「次は“七将”を全員倒すんだってよ!」
――尾ひれどころか、背びれも翼も生えたような噂だった。
リオネルはその様子を、城のバルコニーから眺めて小さくため息をついた。
「……完全に、英雄扱いですね」
隣で寝ぼけ眼をこすりながら立っているのは、もちろん勇者・篠原悠。
欠伸を一つして、無精髭を撫でる。
「いや……俺そんなことしてねぇし」
「分かっています。でも、民は“そうあってほしい”んですよ」
下を見下ろせば、通りのパン屋が新商品を売っていた。
看板には大きく『勇者の加護パン 一日限定五百個!』の文字。
パンの中央には青いクリームが渦を巻いており、どことなく“蒼拳”を意識しているのがわかる。
「……あれ、俺の拳の色か?」
「ええ。よく見ていますね」
「いや、勝手に商品化されてることにツッコミ入れたいんだが」
「止めても、もう無理でしょうね」
リオネルは苦笑しながら、肩をすくめた。
その時、城門の方から明るい声が響いた。
「勇者様ーっ!」
振り返ると、見慣れた少女が手を振っていた。
茶色の髪に白いワンピース――エルザ
だった。
「おはようございます、勇者様!」
「おう、元気だな。……というか、朝からテンション高すぎ」
「だって王都なんですよ!? 初めて来たんです!」
目を輝かせながらそう言うエルザに、悠は少しだけ表情を和らげる。
「そうか……じゃあ、街でも案内してやるか」
「ほんとですか!?」
「ただし、俺が寝る前に終わらせるぞ」
「……寝る前って、まだ朝ですよね?」
リオネルがため息をつくのをよそに、悠とエルザは城を出た。
⸻
王都の街はまるで祭りだった。
商人たちは競うように「勇者グッズ」を並べている。
「こちら“勇者まんじゅう”! 中には希望のあんこがぎっしり!」
「勇者像の置物はいかが? 家に飾れば災い除け間違いなし!」
「勇者の戦いを描いた布絵もあるよ! 本物そっくり!」
悠は眉をひそめた。
「おい……俺、こんな格好した覚えねぇぞ」
布絵には、光の翼を背負い、聖剣を掲げて魔王を撃つ“勇者像”が描かれていた。
リオネルが苦笑する。
「それ、たぶん“想像上の勇者”です」
「俺、実際は拳と寝不足だけで戦ってんだけどな……」
エルザがクスクスと笑った。
「いいじゃないですか、かっこいいですよ?」
「お前まで言うな……」
さらに歩くと、パン屋の隣で“勇者まんじゅう”を売る露店があった。
店主が大声で客を呼び込む。
「一個三銀貨! 食えば勇気が湧く! 恋にも効く! “勇者まんじゅう”だ!」
悠が足を止め、眉間に皺を寄せた。
「……恋に効くって誰情報だよ」
「たぶん……願掛けですかね?」とリオネル。
「俺、そんな加護出した覚えないぞ」
すると店主が振り返り、驚愕の声を上げた。
「おおっ、勇者様ご本人じゃねぇか!?」
「うわ、気づかれた……」
「ありがたやありがたや! これもどうぞ、献上品です!」
店主は慌てて、まんじゅうを十個ほど袋に詰めて差し出した。
悠は呆れ顔で袋を受け取り、ぼそりとつぶやく。
「いや……こんなに食えねぇし」
だがエルザは嬉しそうに手を伸ばす。
「私が食べます!」
「お前……胃袋どうなってんだ」
リオネルは口元を押さえて笑っていた。
⸻
昼過ぎ。
広場では子供たちが棒を剣代わりにして遊んでいた。
「我は勇者だ! 魔王を倒すぞ!」
「おおーっ!」
「おい魔王役、お前ちゃんと負けろよ!」
笑い声が響き、見守る親たちは目を細めている。
エルザがその光景を見つめ、ぽつりと言った。
「……みんな、笑ってますね」
「まあな。戦がないってだけで幸せなんだろ」
「でも、その中心には勇者様が……」
「俺じゃねぇよ。あいつら自身が頑張っただけだ」
悠はそう言って、空を見上げた。
白い雲がゆっくり流れていく。
だが、その静けさも束の間。
子供の一人が勇者に気づいて叫んだ。
「ほ、ほんものの勇者様だぁぁぁ!」
瞬く間に周囲がざわつく。
子供たちが集まり、大人たちも駆け寄る。
「勇者様! 本物だ!」
「握手を! 加護を!」
「写真を……いや、似顔絵を!」
悠は目を細め、肩を落とした。
「……また人混みかよ」
エルザが慌てて間に入る。
「勇者様、すみません! みんな喜んでるだけで!」
「いや、怒ってねぇ。ただ……ちょっと息苦しい」
それでも市民たちは止まらない。
彼の一言一言に歓声が上がる。
やがて誰かが叫んだ。
「勇者様が謙虚なお言葉を!」
「“息苦しい”だって! きっと我ら民を気遣ってのことだ!」
「なんと慈悲深い……!」
悠は半眼でリオネルを見る。
「……なんか勝手に翻訳されてる気がする」
「そうですね。民衆補正です」
「やめてくれ……」
群衆が「勇者!勇者!」と唱和する中、悠は頭を掻きながら溜息をついた。
「……全部、面倒に聞こえる」
リオネルが苦笑し、そっと囁く。
「勇者様、それでも皆、あなたを信じています。だから――」
「うん、分かってる。俺が何言っても止まんねぇよな」
エルザがにこりと笑って言った。
「でも、こうして笑ってる人がいるのは、勇者様のおかげですよ」
その言葉に、悠はわずかに目を細めた。
そして小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……そう思ってくれてるなら、まあ……それでいいか」
⸻
夕暮れ。
露店の灯りがともり始め、街は再びざわめきに包まれた。
悠は袋に残った“勇者まんじゅう”を一つ取り出して、口に放り込む。
「……うまいな」
「ね?」とエルザが嬉しそうに頷く。
「甘いけど、なんか元気が出る味です」
「そういうとこは素直だな」
リオネルが穏やかに笑いながら言った。
「勇者様、今日一日で王都の八割が“あなたの歌”を覚えたそうですよ」
「歌? 何だそれ」
「子供たちが作った“勇者様の歌”。明日には広場で披露されるとか」
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