『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

KAORUwithAI

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第95話 讃えられることに慣れぬ勇者

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 朝の王都ファルスは、どこか落ち着かない熱を帯びていた。
 まだ太陽が顔を出したばかりだというのに、広場はすでに人であふれている。
 露店の声、子供たちの笑い、そして――勇者の名を叫ぶ群衆。

 「聞いたか! 勇者様が“七将”のひとりを倒したらしい!」
 「しかも、残りの六人も倒すって言ってたんだって!」
 「マジかよ! さすが勇者様だ!」

 噂は一晩のうちに、まるで風のように王都中を駆け抜けていた。
 誰も確かな情報を持ってはいない。
 けれど、誰もが信じた――“勇者ならきっとやってくれる”と。



 パン屋の前では、新作の菓子パンが並んでいた。
 その名も『勇者の加護パン』。
 焼き印には、悠の使う拳のシルエットが刻まれている。
 「これを食べれば魔族も怖くない!」と店主が叫び、長蛇の列ができていた。

 隣の雑貨屋では、木彫りの“勇者像”が売られている。
 どれも似ても似つかないが、「寝ているポーズ」と「戦っているポーズ」の2種類があり、なぜか前者の方が売れ行きが良い。
 客の一人が笑いながら言った。
 「勇者様って寝ながら魔族を倒すんだってよ!」
 ……完全に誤解である。



 一方その頃、当の本人――篠原悠は、王都の石畳の上を歩いていた。
 フードを深くかぶり、両手をポケットに突っ込んでいる。
 周囲の視線を避けようとしていたが、それがむしろ目立っていた。

 「ねぇ見て! あの人、勇者様じゃない!?」
 「本当だ! あの歩き方、間違いない!」

 瞬く間に人垣ができる。
 悠は思わず足を止め、深いため息をついた。

 「……俺、サイン会でも開いてんのか?」

 周囲の歓声は止まらない。
 「勇者様!」「頑張ってください!」「次はどの七将を倒すんですか!?」
 質問の嵐に、悠は半眼になってぼそり。

 「倒すって……俺、そんなスケジュール立ててねぇぞ」



 リオネルが後ろから追いつき、息を整えながら微笑んだ。
 「勇者様、人気者ですね」
 「いや、違う意味で疲れる人気だな」
 悠は帽子のつばを引き下げ、目を細める。
 「俺が何したっていうんだよ。ただ面倒事に巻き込まれただけだぞ」

 「それでも、人々にとっては希望なんです」
 リオネルの声はやわらかかった。
 「勇者様が戦ってくださる、それだけで明日を信じられる人たちがいるんです」

 悠は無言で歩き続けた。
 通りの先で、子供たちが剣を振り回して遊んでいる。
 「見ろ! 俺は勇者だ!」「俺が七将を倒す!」
 無邪気な声が響く。

 悠は苦笑した。
 「子供は正直だな。俺よりよっぽど元気だ」



 広場の中央に差しかかったとき、一人の少年が人垣をかき分けて駆け寄ってきた。
 両手に何かを抱えている。

 「ゆ、勇者様っ!」

 突然の大声に、悠が振り向く。
 少年は息を切らせながら、小さな紙を差し出した。

 「これ……ぼくが描いたんです!」

 紙には、ぎこちない線で描かれた勇者の姿。
 片手を上げ、笑顔で人々を守っている。
 周囲の人々が見守る中、悠は無言でその紙を受け取った。

 「……雑だけど、悪くないな」

 ぽつりと呟いたその言葉に、少年の顔がぱっと明るくなる。
 「ほ、本当ですか!?」
 「おう。構図はいい。あとでデッサン覚えろ」

 少年は意味が分からないながらも、全力でうなずいた。
 周囲から拍手と歓声が沸き起こる。
 「勇者様が褒めたぞ!」「あの子、絵の才能あるんじゃないか!?」

 悠は頬をかきながら、人の輪から抜け出そうとした。
 「……なんか、照れるな」



 広場を離れ、街外れの路地に入る。
 賑わいが遠ざかるにつれ、風の音だけが残った。
 悠はふと足を止め、空を見上げた。

 「……みんな、期待しすぎだっての」

 その声はどこか寂しげだった。
 あれほど戦いを重ねても、彼の心は決して英雄らしい誇りで満たされることはない。
 彼にとって“勇者”という肩書は、ただの役職であり、面倒の代名詞だ。

 ――それでも。

 ポケットの中で、先ほどの絵を軽く握る。
 ぐしゃりとしないように、指先に力を込めて。

 (……悪くないな)



 その夜、王都の宿舎では、市民たちの興奮が続いていた。
 酒場では「勇者の歌」が即興で作られ、酔客たちがそれを大声で合唱している。
 商人たちは勇者グッズを競うように並べ、どの店も活気に満ちていた。

 だが、王城の最上階――。
 グラン王は窓辺でその騒ぎを見下ろしていた。

 「……国は喜びに包まれておる。だが、これは“安堵”ではなく“依存”だ」

 隣にいた宰相が静かにうなずく。
 「陛下。勇者殿が動けば、国が動く。
  それほどに、彼の存在は大きくなりすぎました」

 王の瞳が、遠く北の空を見つめる。
 そこには、うっすらと氷のような光がまたたいていた。

 「――氷獄の魔女、セレナ。
  やはり次は、北の地か」



 一方その頃。

 宿のベッドに横たわる悠は、天井を見つめながらぼやいていた。
 「……勇者まんじゅうに勇者パン。次は勇者枕か?」

 リオネルが笑いながら紅茶を差し出す。
 「それ、案外売れるかもしれませんよ」
 「やめろ。もう“寝る勇者”で定着しちまう」

 彼女が小さく笑う。
 「でも、そんな勇者様だからこそ、人々は救われるんです」

 悠は紅茶を一口飲み、しばらく黙っていた。
 「……そういうの、あんたの口から聞くと説得力あるな」

 「それはどういう意味でしょう?」
 「……なんでもない」

 窓の外で、風が鳴った。
 どこか冷たく、澄んだ夜風だった。



 悠は毛布を引き寄せ、ぼそりと呟く。
 「……ほんと、面倒だらけの世界だな」

 それでも、手の中の小さな紙だけは、そっと枕元に置いた。
 灯りが落ち、部屋に静寂が満ちる。

 外では、月が淡く光り、北風が王都を撫でていった。
 それはまるで――次に訪れる“氷の夜”の前触れのようだった。
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