『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第96話 不安より眠気が勝つ勇者

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 王都ファルスの朝は、いつもより重苦しかった。
 昨日までの街の喧騒が嘘のように、石造りの廊下には冷たい風が通り抜ける。
 その風の行き先は、王城最上階――政務会議室。

 長卓の中央には、金の紋章が刻まれた王座があり、国王グラン・ノースランドが静かに腰を下ろしていた。
 周囲には十名ほどの重臣と騎士団長、そして補佐官としてリオネルが並ぶ。
 その一番奥、椅子の背にもたれかかりながら欠伸を噛み殺しているのは、言うまでもなく篠原悠であった。

 「――以上が昨夜の報告でございます」
 宰相が書簡を閉じ、深い息を吐いた。
 「七将という存在は、もはや伝説の域ではございません。実在し、そのうちの一人がすでに我らの手に」

 重臣の一人が震える声で言った。
 「だが、勇者殿がいなければ……我らは何もできなかった。
  つまり――王国の命運は、彼一人の肩にかかっているということではないか?」

 ざわめきが広がる。
 中には机を叩いて立ち上がる者もいた。
 「そんなことが許されるのか! 一国の防衛を一人の男に委ねるなど!」

 グラン王は静かに視線を上げる。
 「では、問おう。勇者以外に、七将に立ち向かえる者がいるか?」

 その言葉に、誰も答えられなかった。
 沈黙が会議室を支配する。
 蝋燭の火がわずかに揺れ、紙をめくる音すら響く。



 リオネルがゆっくりと立ち上がった。
 その瞳は、冷静でありながらもわずかな憂いを帯びている。

 「陛下。勇者様の力は確かに異質ですが……あの方は人です。
  いつか疲れ、折れることもありましょう。それでも我々は、その力を信じるしかありません」

 「……信じる、か」
 グラン王が低く呟いた。
 「信仰と依存は紙一重だ。だが、今の王国はその綱の上を歩いておる」

 そのとき、悠が軽く手を上げた。
 「なあ、そろそろ俺の名前を減らしてくんねぇ?」

 全員の視線が一斉に彼へ向かう。
 悠は椅子を軋ませながら、腕を組んで言った。
 「“勇者がいなければ”とか、“勇者が頼りだ”とかさ。毎回聞くたびに肩こるんだよ。
  俺、そんな万能じゃねぇし。第一、寝る時間くらい欲しい」

 重臣たちは唖然とし、誰かが小さく咳払いした。
 「ゆ、勇者殿。ですが貴殿の力は王国にとって希望の灯なのです」

 「灯ねぇ……」
 悠は頭をかきながら、天井を見上げた。
 「燃えすぎたら燃え尽きるぞ。ほどほどに頼っとけ」



 その率直な物言いに、場の空気が少しだけ和らぐ。
 だが、宰相が静かに立ち上がり、紙束を叩いた。

 「勇者殿。あなたがいなければ、我が国は次の七将“氷獄の魔女セレナ”の氷雪に覆われるやもしれません。
  北の地では、すでに寒波と魔物の群れが確認されております」

 「氷の……魔女、ね」
 悠が眉をひそめる。
 「また寒いとこか。あー……布団から出たくなくなるな」

 リオネルが思わず吹き出しそうになったが、真面目に言葉を続けた。
 「ですが、勇者様。北の村にはすでに避難命令が出ており、もし放置すれば国境が凍結します」

 「……つまり、放っとけねぇってことか」

 「はい」
 「……はぁ、結局そうなるんだよな」

 悠は立ち上がり、背伸びをした。
 「分かったよ。どうせまた俺前提なんだろ?」

 誰も否定しなかった。
 グラン王がゆっくりと頷く。
 「勇者殿。王国の名誉と民の命、どうかその手で護ってほしい」



 悠は一瞬だけ黙り込み、窓の外を見た。
 そこには、遠くかすむ北の空。
 わずかに白い雲が、風に流れていく。

 「名誉とか要らねぇけどな。……寝れるうちに寝とくか」

 そう言い残して部屋を出ていく彼の背中を、誰も止められなかった。
 扉が閉まると同時に、再び沈黙が落ちる。

 重臣の一人が小さく呟いた。
 「……あの者、本当に人なのか?」

 リオネルが静かに答えた。
 「ええ、人です。誰よりも……人らしい方です」

 彼女の言葉に、国王がわずかに微笑む。
 「だからこそ、我らが護らねばならぬのだろう」



 会議が終わる頃、外は曇天に覆われていた。
 風が強く、窓枠が小さく軋む。
 遠くの空に、白い霧のようなものが立ち上っているのが見えた。

 ――北の雪原。
 そこから吹き下ろす冷気が、確かにこの王都まで届いていた。



 その夜、悠は宿のベッドで毛布にくるまりながら、ぼそりと呟いた。
 「……王国の名誉とか言われても、眠気の方が勝つんだよな」

 リオネルが呆れ顔で笑う。
 「勇者様らしいです」
 「いや、俺は寝る勇者で通ってるらしいしな」

 「でも――そんな勇者様だからこそ、皆が信じるんです」

 悠は目を閉じ、眠そうに返した。
 「信じられる方も面倒だけどな」

 窓の外では、ひとひらの雪が舞った。
 まだ冬には早いはずのその雪は、遠い北からの予告のように静かに落ちていた。
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