『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第97話 悪夢に導かれる勇者

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 その夜、王都ファルスの空には雲が重く垂れ込めていた。
 昼間の喧騒は嘘のように消え、石畳の街路を歩くのは巡回の兵士と、酒場からふらりと帰る酔客くらい。
 遠く鐘の音が三度鳴り、王城の時計塔が夜半を告げた。

 宿の二階、勇者・篠原悠はようやく布団に沈み込んでいた。
 昼間は会議や報告づくめで、ようやく一息つける夜――のはずだった。

 「……ようやく寝れそうだ」

 彼は枕を抱え、横向きになりながら目を閉じる。
 久しぶりの静寂。
 だが、その静けさが、どこか不自然に思えた。

 ――耳鳴りがする。

 最初はそう感じた。
 だがそれは、低く唸るような「声」へと変わっていった。



 気づけば、悠は見知らぬ場所に立っていた。
 灰色の空。地面は黒い水のように揺らめき、どこまで歩いても終わりがない。
 足音は吸い込まれ、音が消える。
 夢だ――と悟るより先に、周囲を囲む“影”が動いた。

 十、二十、いや、数え切れないほどの黒い人影。
 どれもが輪郭だけを持ち、目も口もない。
 ただ、そこにある“悪意”だけが、空気を震わせていた。

 「……また仕事かよ」

 悠が呟いたその瞬間、
 黒い影の奥、闇の中心が、ゆっくりと裂けた。

 そこから、紅い光が覗く。
 巨大な何か――それは“存在”というより“圧”だった。
 呼吸するだけで空気が軋み、視界が歪む。

 『来い……勇者……』

 声が響いた。
 低く、重く、地の底から這い上がるような声。
 それは、耳ではなく、脳の奥に直接響く。

 「……誰だ」
 悠の声が反響する。
 返ってくるのは、嘲るような笑い。

 『お前が倒したのは、一人にすぎぬ。
  七将の輪は、今なお廻る。
  そして我は――その中心に在る者』

 闇がうねり、影たちがひれ伏した。
 悠は拳を握る。だが感覚がない。
 夢の中では力も重さも掴めない。
 まるで、見えない手で全身を縛られているようだった。

 『来い……北の地へ……我が僕が待つ……氷獄の魔女、セレナが……』

 その名が響いた瞬間、空が裂けた。
 氷の刃が無数に降り注ぎ、周囲の影を貫く。
 冷気が皮膚を焼き、息が白く凍る。

 悠は反射的に腕を上げ――

 目を覚ました。



 「……っ!」

 心臓が早鐘を打つ。
 寝汗でシャツが張り付き、毛布の中は蒸し暑い。
 息を整えようと深呼吸し、天井を見上げた。

 ――夢だ。
 だが、ただの夢ではない。

 窓の外には、まだ夜の闇。
 月は雲に隠れ、ほとんど光が差していない。
 静かすぎる空気が、かえって不気味だった。

 ノックの音がした。
 「勇者様? どうかされましたか?」

 扉を開けたのはリオネルだった。
 寝間着の上に薄い外套を羽織り、心配そうに覗き込む。

 「……ちょっと悪夢だ。気にすんな」
 「顔が真っ青です。まさか、グラドンが……?」
 「いや、あいつじゃねぇ。もっと――でかい気配だった」

 リオネルが息を呑む。
 「まさか……魔王の……?」

 悠は枕に顔を埋めながら、うめくように言った。
 「夢の中で仕事振られるとか、ブラックすぎるだろ」

 「夢、というより……“召喚”かもしれません」
 リオネルは真剣な表情で言う。
 「強大な魔力が、勇者様を通して干渉してきたのです」

 「そういうのは寝る前に聞きたくなかった」

 悠は頭をかきながら、半分寝ぼけた声で続けた。
 「でも……北の地って言ってたな。“氷獄の魔女セレナ”とか」

 その名を聞いた瞬間、リオネルの顔がこわばった。
 「――セレナ。噂には聞きます。北の雪原を一晩で凍らせ、千の命を奪った女。
  彼女が七将の一人だとすれば……」

 「また面倒な奴が出るってことか」
 悠は欠伸をし、寝癖のまま窓辺へ歩く。

 冷たい風が頬を撫でた。
 その風の中に、わずかな氷の匂い――
 まるで、夢の続きが現実に滲み出しているようだった。



 「勇者様」
 リオネルが静かに言う。
 「……今は、お休みください。夢であれ、現実であれ、迎え撃つのは明日です」

 「そうだな。どうせまた“行け”って言われるんだろ」

 「ええ、間違いなく」

 「やっぱりな」
 悠は苦笑し、再びベッドに戻る。
 「北か……寒いの嫌いなんだよな」

 毛布を頭までかぶりながら、彼はぼそりと呟く。
 「布団から出たくなくなるって、こういうことだよな……」

 リオネルは小さく笑い、ランプを消した。
 部屋が闇に包まれる。

 だが、完全な静寂は訪れなかった。
 どこか遠く――王都の北空の彼方で、微かに光が瞬く。
 それは、氷の粒のように白く冷たい。

 そして、風が囁いた。
 “来い、勇者……”

 悠は目を閉じながら、眉をひそめた。
 「……マジで、寝かせろよ」
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