『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第98話 断れない勇者

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 王都ファルスの朝は、まだ薄靄に包まれていた。
 昨日までの喧騒が嘘のように静まり返り、城下の通りには早朝の商人たちと、新聞を配る少年の声だけが響いている。

 その中心――王城ノースランドの尖塔に、荘厳な鐘が鳴り響いた。
 召喚の合図である。

 勇者・篠原悠は、寝癖を直すこともなく、渋々と廊下を歩いていた。
 肩には外套を引っかけ、欠伸を噛み殺す。

 「……朝から会議とか、嫌な予感しかしねぇ」

 後ろを歩くリオネルが苦笑する。
 「勇者様、陛下からの“正式な召喚”です。断るわけにはいきません」

 「いや、寝たいんだよ。心の底から」
 「それを言う勇者様は、世界広しといえど貴方だけでしょうね」

 二人の軽口が、重厚な回廊に微かに反響する。
 石壁には王家の紋章が刻まれ、赤い絨毯の上を陽光が淡く照らしていた。



 謁見の間に入ると、そこには重々しい空気が漂っていた。
 国王グラン・ノースランドが玉座に座し、その左右には老練な大臣たちが並ぶ。
 王の前には、七将の名が記された羊皮紙が広げられている。

 「――勇者殿、よく参られた」
 グラン王の声が響く。低く、しかし威厳に満ちていた。

 悠は軽く片手を上げ、眠たそうに頭を下げた。
 「どうも。……できれば、もう少し気楽な呼び出しがいいんですけどね」

 王の眉がわずかに動いたが、怒ることはなかった。
 むしろ、その態度に「いつも通りで安心した」とでも言いたげな表情を浮かべている。

 「勇者殿。
  貴殿が捕らえたグラドン――その功績は計り知れぬ。
  だが、奴の言葉を聞いた今、我々は新たな事実に直面している」

 グラン王は羊皮紙を手に取り、重々しく続けた。

 「“七将”。
  魔王直属の七人の幹部。
  それぞれが、一国を滅ぼすに足る力を持つ。
  王国としては、これを放置するわけにはいかぬ」

 その言葉に、重臣たちが一斉にうなずいた。
 そして、王の視線が悠に向けられる。

 「――ゆえに頼みたい。
  勇者殿、これからも七将を討つ力を、お貸しいただけぬか」



 静寂が流れた。
 誰もが固唾を呑む。
 だが、悠は頭を掻きながらぼそりと呟いた。

 「またそれ? 昨日も似たような話した気がするんだけど」

 重臣たちがざわつく。
 だがグラン王は、どこか悟ったように苦笑を浮かべた。

 「勇者殿のご不満は理解しておる。
  だが、もはや王国は貴殿に未来を託すしかないのだ」

 その瞬間、列席していた全ての大臣たちが、一斉に頭を下げた。
 まるで儀式のように、揃って。

 その光景に、悠は一歩後ずさる。
 「おいおい……そんな全員で拝まれても、余計にプレッシャーかかるだけだって」

 リオネルが隣で微笑んだ。
 「皆、勇者様を信じております」

 「信じるのは勝手だけどな……」
 悠は大きなため息をついた。

 「どうせ断っても騒がれるんだろ?」

 グラン王は静かに頷いた。
 「無論だ。城外の民は、すでに次の戦いを待ち望んでおる。
  貴殿が再び立つその日を、“希望の日”と呼んでおるほどに」

 悠は顔をしかめた。
 「希望って、便利な言葉だな。押しつけがましいけど」



 しばしの沈黙。
 重臣の一人が口を開いた。

 「勇者殿、七将の次なる拠点は北――氷雪の地です。
  “氷獄の魔女”セレナ。
  彼女が率いる魔族は、北境を凍らせて侵攻を続けております」

 悠の眉がぴくりと動いた。
 「……昨日の夢、当たりだったか」

 リオネルが驚いて振り向く。
 「夢……ですか?」
 「ああ。氷の女が“待っている”とか言ってきてさ。
  マジで行かされると思ってた」

 場が凍りつく。
 誰も冗談だと受け取れなかった。

 グラン王がゆっくりと頷く。
 「勇者殿、もしそれが真ならば、魔王の干渉が始まっておる。
  我らが手をこまねいている暇はない」

 悠は頭をかきながら、ぼやいた。
 「だから嫌なんだよなぁ……予知夢とか。
  当たるたびに仕事増えるんだもん」

 「勇者様」
 リオネルが一歩前に出て、まっすぐ彼を見つめた。
 「共に参りましょう。あの氷の地へ。
  七将の脅威は、今ここで止めねばなりません」

 その瞳に宿る真剣な光。
 悠は視線を逸らすように肩をすくめた。

 「……はいはい、分かったよ」

 グラン王が深く息を吐き、玉座から立ち上がった。
 「勇者殿――いや、篠原悠。
  王国は、貴殿に心からの感謝を捧げる。
  そして、再びその剣を――いや、その拳を、
  我らの未来のために振るってほしい」

 その言葉とともに、広間の全員が膝をついた。
 まるで勇者の再召喚が、この場で行われるかのように。



 謁見が終わり、悠とリオネルは廊下へと出た。
 天窓から差し込む光が、淡く二人を包む。

 「……結局、逃げられなかったな」
 悠が呟くと、リオネルが微笑した。
 「逃げる勇者なんて、聞いたことがありません」

 「いや、俺が初めてでいいと思うぞ」

 二人の笑いが、静かな回廊に響いた。

 だがその外――王都の北の空には、薄く白い霞が漂っていた。
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