『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(氷獄の魔女セレナ)

第17話 氷精霊の試練を受ける勇者

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 氷の大剣が振り下ろされる直前、街道の空気が――震えた。

 音ではない。
 風でもない。
 氷そのものが、共鳴するように低く鳴いた。

「……?」

 悠が一瞬、違和感に目を細めた、その刹那。

 守護騎士の動きが、ぴたりと止まった。

 掲げられていた大剣は振り下ろされず、氷の刃は空中で静止する。
 まるで“それ以上進むな”と、世界そのものが命じたかのようだった。

「これ以上は、無益」

 兜の奥から、変わらぬ冷たい声が響く。

「……は?」
 悠は思わず間の抜けた声を出した。

「無益って……今からが本番だろ?」

 だが守護騎士は答えない。
 代わりに、足元の氷が淡く光り始めた。

 青白い光が街道を走り、氷の門、城の壁、周囲の大地へと連なっていく。
 その光はやがて、空気の中に“声”を生んだ。

『――剣を納めよ、守り手』

 低く、しかし澄み切った声。
 性別の区別もつかない、だが確かに“意思”を持つ響きだった。

 守護騎士はゆっくりと大剣を下ろし、地に突き立てる。

「……御意」

 リオネルが息を呑んだ。
「今の声……まさか……」

『力ではなく、心を測る』

 声は続く。

『ここより先は、氷獄の領域。
 氷は、覚悟なき者を拒む』

 氷の光が、悠、リオネル、エルザの足元に集まった。

「お、おい……何だよこれ……!」
 悠が警戒する間もなく、氷の光が強くなる。

『試練を受けよ』

 その言葉と同時に――
 世界が、分かたれた。



 悠が気づいた時、そこは“何もない場所”だった。

 上下も左右も分からない。
 白一色の空間。
 音も、風も、温度すら感じない。

「……また、面倒なことになったな」

 呟くと、声だけが虚空に吸い込まれる。

 やがて、前方の氷がゆっくりと形を成した。
 人の姿に似ているが、実体は淡い光の集合体。
 氷精霊だった。

『勇者よ』

 名を呼ばれても、悠は構えなかった。
 何となく、剣を抜く場面じゃないと分かったからだ。

「で? 今度は何だ。クイズか?」

『問う』

 氷精霊は感情のない声で言う。

『なぜ、城へ行く』

 悠は少し考え、そして肩をすくめた。

「理由なんて、山ほどあるが……」
「一番は、面倒でも俺がやらなきゃ、誰かが困るからだ」

 精霊は沈黙する。

『それは、正義か』

「違うな」
 悠は即答した。
「正義って言うほど、立派じゃねぇ」

『では、義務か』

「それも違う」
 悠は白い空間を見回しながら言う。
「頼まれたわけでもねぇしな」

『ならば、何だ』

 悠は一瞬だけ目を伏せた。

 エルザの震える手。
 リオネルの冷静な横顔。
 焚き火の夜の、あの温もり。

「……放っとけねぇだけだ」

 精霊の光が、わずかに揺れた。

『その覚悟は、命を捨てる覚悟か』

 その問いは、重かった。

 悠はすぐには答えなかった。
 剣を握りしめ、息を整える。

「……死ぬ覚悟なんて、ねぇよ」

『拒むか』

「違う」
 悠は顔を上げた。
「生きて帰る覚悟だ」

 白い空間に、微かな温度が生まれた。

『……よい』

 氷精霊の声に、初めて感情が滲んだ。

『それこそが、氷に抗う“熱”』

 次の瞬間、光が弾ける。



 エルザは、暗闇の中に立っていた。

 足元は不安定で、どこまでも深い穴が口を開けている。
 冷たい風が吹き、背中を押す。

『進め』

 声が響く。

『恐怖から、逃げるか』

 エルザの足がすくむ。
 高所は、怖い。
 失うことも、怖い。

 だが――

「……逃げません」

 彼女は震える足で、一歩を踏み出した。

「怖いけど……一人にしないって、決めたから」

 その瞬間、足場が現れる。



 リオネルは、二つの道の前に立っていた。

 一方は、安全。
 一方は、危険。

『忠誠か、判断か』

 彼女は迷わず危険な道を選んだ。

「勇者様が進むなら……私は、最善を尽くすだけです」



 三人の足元の氷が、再び同時に光る。

 気づけば、街道の上だった。

「……戻った?」
 悠が周囲を見回す。

『試練は、越えられた』

 氷精霊の声が、街道に響く。

 守護騎士が剣を収め、ゆっくりと膝をついた。

「城への道を認める」

 氷の門が、重々しい音を立てて開き始める。

 その向こうには――
 吹雪に包まれた、氷獄の領域が待っていた。

 悠は剣を背負い、深く息を吸う。

「……やっぱ、面倒だな」

 だが、その目は迷っていなかった。

「行こうぜ。氷のど真ん中へ」

 三人は並び、開かれた門へと歩き出した。

 試練は終わった。
 だが――本当の氷獄は、これからだった。
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