『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(氷獄の魔女セレナ)

第42話 氷の呪いを解く勇者

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 北の地に、静けさが戻りつつあった。

 吹雪は止み、嵐の爪痕も徐々に薄れている。
 氷獄の塔は崩れ、精霊たちは解放された。

 それでも――
 残っているものがあった。

「……まだ、あるな」

 悠は、雪原の一角で足を止めた。

 そこには、人の形をした氷が立っている。
 いや、立たされている、と言った方が正しい。

 表情は、恐怖のまま固まっていた。
 叫ぼうとした口。
 助けを求めるように伸ばされた指。

「氷像……」

 セレナが、静かに呟く。

「完全な凍結じゃない」
「これは――氷の呪いよ」

 悠は、剣に手を掛けかけて、止めた。

「壊せば、助かるわけじゃねぇんだな」

「ええ」

 セレナは頷く。

「これは肉体だけじゃない」
「心ごと、凍っている」

 呪われた者たちは、
 ただ氷に閉じ込められているのではない。

 恐怖、絶望、裏切り。
 逃げ場を失った感情が、
 そのまま氷になった存在。

「……前の私なら」

 セレナは、視線を落とす。

「力で砕いていたわ」
「それが救いだと、思い込んで」

 悠は、何も言わなかった。

 否定もしない。
 肯定もしない。

 ただ、氷像の前へ歩み寄る。

 剣は抜かない。

 代わりに、
 氷に閉じ込められた顔を、じっと見る。

「……寒かったな」

 それだけだった。

 問いでも、命令でもない。
 慰めとも、説得とも違う。

 事実を、そのまま言っただけ。

 その瞬間――
 氷の内側から、かすかな揺らぎが伝わってきた。

 断片的な感情。

 恐怖。
 怒り。
 諦め。

 誰も助けてくれなかったという思い。

「……っ」

 セレナが、息を詰める。

「今、緩んだ……」

 悠は、氷像に手を触れない。
 距離を保ったまま、続ける。

「一人だったんだろ」

 雪原に、風が吹く。

「逃げたかったよな」

 氷の表面に、細かな亀裂が走る。

 だが、それは砕ける兆しではない。
 溶け始めている。

 悠は、胸の奥に、微かな熱を灯す。

 炎――
 だが、燃やすための力じゃない。

 ほんの小さな、
 人肌程度の温度。

 そこへ、セレナの氷が重なる。

 凍らせるためではなく、
 形を保つために。

 共鳴。

 氷と炎が、争わず、
 ゆっくりと呪いを包み込む。

 氷像は、音もなく溶けていった。

 中から、崩れるように人が倒れ込む。

「……ぁ……」

 声にならない声。

 悠は、すぐに支えた。

「大丈夫だ」

 その言葉に、力はない。
 だが、拒絶もない。

 解放された男は、
 しばらく震え、そして――泣いた。

「……ずっと……一人で……」

 言葉にならない嗚咽。

 セレナは、その姿から目を逸らさなかった。

 逃げない。

 それは、
 自分が与えてしまった傷だから。

「……全部、一気には無理だな」

 悠が、静かに言う。

「でも、解ける分だけ、解く」

 セレナは、ゆっくりと頷いた。

「ええ……一緒に」

 二人は、次の氷像へ向かう。

 同じことを、繰り返す。

 語りかけ。
 受け止め。
 溶かす。

 時には、すぐに解けない呪いもあった。

 感情が、深く凍りついている者もいる。

 それでも、壊さない。

 急がない。

 時間が必要なら、
 時間をかける。

 夕刻、
 北の空が淡く染まる頃。

 解放された者たちが、
 小さな焚き火を囲んでいた。

 まだ震えている。
 まだ混乱している。

 それでも、
 凍ってはいない。

 セレナは、その光景を見つめながら、呟いた。

「……呪いを解くって、こういうことなのね」

「壊さないことだろ」

 悠は、簡単に答える。

「壊したら、残らねぇからな」

 セレナは、その言葉を噛みしめる。

 贖罪は、自分を罰することじゃない。
 共に、戻すこと。

 北の地には、まだ氷像が残っている。

 呪いも、完全には消えていない。

 だが――
 道は、見えた。

「行くぞ」

 悠が言う。

「次は、もっと面倒なのが来る」

 セレナは、静かに頷いた。

 氷の呪いを解く旅は、
 まだ始まったばかりだ。

 そして、その奥で――
 確実に、魔王の影が動いている。

 北の物語は、
 次の段階へと、踏み込んでいった。
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