極道のススメ

KAORUwithAI

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第3話 パティシエの極道

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極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

白石龍臣は、次の取材先へ向かっていた。
今回編集長から渡されたメモには、こう書かれていた。

「パティシエ。若いが天才らしい」

場所は東京の外れにある、落ち着いた住宅街。
そこに小さな洋菓子店があるという。

店の名前は——
「Pâtisserie Lumière(パティスリー・リュミエール)」。

「……洒落てるな」

ガラス張りの扉の向こうには、色とりどりのケーキが輝いていた。
まるで小さな宝石箱だ。

龍臣が店に入ると、甘いバターの匂いがふわりと漂う。
ショーケースの奥には一人の女性がいた。

白衣とコック帽をかぶった若いパティシエ。
年齢は二十代半ばほど。
大きな瞳に、どこか自信がなさそうな影が差していた。

彼女の名前は——
日向あかり(ひなた あかり)、28歳。

「いらっしゃいませ。ケーキのご希望は……?」

龍臣が名刺を見せると、あかりは一瞬表情を曇らせた。

「……取材ですか。すみません、私……あまり自信がなくて」

パティシエが自信がない?
そのギャップに龍臣は興味を惹かれた。

ケーキをいくつか注文し席で食べてみると、
どれも驚くほど美味しかった。

甘さは控えめで、素材の香りが際立つ。
主張しないのに、記憶に残る味。

「……うまい……!」

龍臣は思わず声に出してしまった。

だが、あかり本人は褒められても喜ばず、
どこか怯えたような表情を浮かべる。

「……恐縮です。でも……」

「でも?」

「私のケーキって……地味ですよね」

龍臣は驚いた。

「地味? いや、派手じゃなくても味は——」

「違うんです。SNSでバズるような、鮮やかで華やかなケーキじゃない。
 だから……このままでいいのか、いつも不安で」

言葉の端々に“迷い”がにじむ。

その瞬間、龍臣は悟った。

——まただ。
また“迷いの極道候補”だ。

店の裏で、あかりは龍臣の質問に答えた。

「私……以前は有名店で働いていたんです。
 そこには“天才”と呼ばれるシェフがいて……」

彼女の話は続く。

その天才シェフは、
「ケーキは華やかさが命」
「映えないケーキに価値はない」
と教え込んだ。

あかりはその教えに従うが、どうしても違和感があった。

「綺麗だけど……心に残らない。
 私が作りたいのは、派手じゃなくても“また食べたい味”なんです」

彼女はついに有名店を辞め、独立した。

だが——。

「元の店が、今もSNSで人気なんです。
 私のケーキは“地味すぎる”って……」

その声は震えていた。

龍臣は思った。

——彼女は本当は、強い。
——けれど、自分の道を信じ切れていない。

それが迷いとなり、彼女を縛っている。

その日の閉店間際、店のドアにつけられた鈴が鳴った。

「あ、すみません……今日はもう——」

あかりが言いかけた瞬間、動きが止まる。

龍臣も息を呑んだ。

黒いロングコートの男——
桐生遼が入ってきたのだ。

遼はショーケースを眺め、静かに言った。

「ショートケーキを、一つ」

あかりは緊張した面持ちでケーキを差し出す。

遼は席に座り、フォークでひと口すくった。

一瞬、店内が静まり返った。

そして——。

「……迷ってるな」

あかりの肩が震えた。

「……え……?」

遼は、あかりを真っすぐに見つめた。

「味が揺れている。派手にするべきか、地味にするべきか……
 お前はその二つの間で迷ってる」

あかりは涙をこらえきれず、声を震わせる。

「……どうしたら……どうしたらいいんですか……!」

遼はそっと皿を置いた。

「誰の道を歩いてる?」

「え……?」

「天才シェフの道か? SNSの道か?
 それとも……自分の道か?」

——沈黙。

あかりは目を伏せて、震える声で言った。

「……自分の……道……」

遼は小さく頷いた。

「なら、振り返るな。
 お前のケーキは……地味じゃない。“優しい”んだ」

その一言に、あかりは目を見開いた。

次の日。

あかりは龍臣を厨房に案内し、
特別に試作ケーキを見せてくれた。

「昔……子どもの頃によく食べていたケーキです」

それは、シンプルなカスタードプリン。
表面のカラメルがほんのり苦い。

龍臣が食べてみると——。

「……うまい……!」

昨日よりもはるかに味に芯がある。

「派手じゃなくていい。
 私は……こういう“優しさのあるケーキ”が作りたかった!」

ようやくあかりの表情が明るくなった。

彼女の迷いが溶けていくのが分かった。

数日後。
龍臣が再訪すると、店には多くの客が並んでいた。

「どうしたんですか、これ……?」

涼しげな笑顔で、あかりが答える。

「プリンを投稿したら……“優しさの味”として広まったみたいで!」

そして、あの日のショートケーキも刷新されていた。

遼の言葉を胸に刻み、
派手さを捨てて“優しさのある味”に仕上げたという。

龍臣はそのショートケーキを食べた。

「……すごい……これがあなたの極道か」

あかりは涙ぐみながら微笑んだ。

「はい。これが……私の道です」

取材を終え、龍臣はノートを閉じる。

「極道とは、派手さに惑わされず、自分の優しさを貫く覚悟でもある。」

店を出るとき——
外の路地の先で遼の姿が見えた。

龍臣が声をかけようとする前に、遼は振り返り、短く言った。

「甘さってのはな……時に、人を救う」

そして人混みへ消えていった。

龍臣はその背中を見つめながら思った。

——極道は、どんな世界にも存在する。
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