『総理になった男』

KAORUwithAI

文字の大きさ
43 / 228
第1部:序章 - 無名の挑戦

第43話 地元有権者からの苦情

しおりを挟む
国会での初登院、初委員会……。坂本健人は、怒涛のような数日を過ごしていた。国会議事堂の荘厳さや委員会室の重々しさに圧倒されつつも、なんとか椅子に座り続けることだけは果たしてきた。だが、その忙しさにかまけて、地元との繋がりを深く意識する余裕はなかった。

 そんなある朝、議員会館の執務室で資料に目を通していると、地元事務所から転送された電話が鳴った。秘書の真田が受け取る。

「はい、坂本健人事務所でございます……ええ、はい……」

 受話器の向こうから漏れ聞こえるのは、どうやら強い口調の声だった。真田の表情が固くなる。

「……承知しました。ご不満、ご意見、確かにお預かりします」

 電話を切った真田は、静かにため息をついた。

「健人さん、地元からの苦情が立て続けに届いています」

「苦情……?」

「道路の舗装が遅れているとか、年金が足りないとか。子どもの医療費が高いという声もあります」

 健人は、思わず言葉を失った。彼が選挙戦で訴えてきたのは「政治の信頼を取り戻す」「誰もが努力できる社会を」という大きなテーマだった。しかし実際に市民から届くのは、日常生活に直結する切実な不満だったのだ。

 その日の午後、さらに衝撃が待っていた。

 地元事務所のドアが乱暴に開かれ、ひとりの中年男性が怒鳴り込んできたのだ。

「おい、坂本はいるか! 選挙の時はあれだけ偉そうに言ってたのに、全然動いてないじゃないか!」

 声は怒りに震えていた。田島が慌てて立ち上がり、男性の前に出た。

「ちょっと落ち着いてください! 坂本はまだ就任して数日で――」

「だからなんだ! だからこそ動けって言ってんだ! 俺たちはお前に票を入れたんだぞ!」

 その勢いに、事務所の空気が一気に張り詰めた。健人は机から立ち上がり、男性の前に歩み出た。

「ご不満を真剣に受け止めます。どうか、話を聞かせてください」

 男性は一瞬、息を飲んだように黙り込んだ。それから、堰を切ったように吐き出した。

「俺の家の前の道路、何年も舗装されてないんだ。車のサスペンションは壊れるし、子どもが転んで怪我したこともある。役所に言っても動かない。誰に頼んでも変わらない。……でもな、お前は無所属で国会に行っただろ? だから期待したんだよ!」

 健人は、胸を突かれる思いだった。怒声の裏にあるのは「期待」だった。誰も聞いてくれないからこその苛立ち。そして、だからこそ健人にぶつけられたのだ。

「……ありがとうございます。必ず調べて、動きます」

 そう頭を下げた健人に、男性はまだ不満げな表情を残しつつも、ほんのわずかに目を和らげて事務所を後にした。

 その日の夕方。健人は商店街を歩いた。選挙中は「頑張れ」と声をかけてくれた人たちも、今は冷静な目を向けている。

「新聞には載ってたけど、物価はどうするの?」

「電気代が上がって困ってるのよ」

 年配の女性や主婦たちが口々に問いかける。健人は返答に詰まった。大きな政策は語れても、目の前の生活に直結する問いには、具体策がまだ持てていなかったのだ。

「勉強します。必ず答えを探します」

 そうしか言えない自分に、強い苛立ちを覚えた。

 夜、事務所に戻ると真田が静かに言った。

「これが政治のリアルです。国民の声は厳しい。でも、それを糧にするしかありません」

 田島も机に肘をつきながら、ぼそりと呟く。

「怒られるってことは、信じてるからだろ。無関心なら文句すら言わねぇよ」

 健人は深くうなずいた。確かにそうだ。苦情はただの怒りではない。変わってほしいという願いの裏返しなのだ。

 翌日から健人は、ノートを持って地元を回ることにした。住民一人ひとりの声を聞き、すぐに解決できなくても必ず記録に残す。

「本当に動いてくれるのか?」

「どうせ言うだけで終わりだろ」

 冷ややかな声もあった。だが、健人が真剣にメモを取り、視線を逸らさずに耳を傾ける姿に、「じゃあ頼むよ」と小さな信頼の芽が生まれていった。

 その晩、机に積まれたメモを読み返しながら、健人はノートの片隅に一行を書き込んだ。

――政治は理想だけじゃ動かない。だが、理想を捨てたら意味がない。

 その言葉にペンを強く置き、健人は深呼吸をした。国を変える大きな理想も、地域の日常も、両方に向き合うのが「政治家の責務」なのだと、ようやく腹に落ちていった。



”苦情は怒りじゃない。
それは、変わってほしいと願う声だ。
受け止めた先にしか、本当の政治は生まれない。“
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

自称25歳の女子高生

naomikoryo
青春
高校2年生、小森紬。 誰にも気づかれない“地味子”だったはずの彼女は、ある日、前世??の記憶を思い出す。 ――3年前に25歳で亡くなった、元モデル・香坂結としての人生を。 中身は25歳、外見は17歳。 「自称25歳なので」が口癖になった彼女は、その“経験”と“知識”を武器に、静かに人生を塗り替えていく。 高校という日常の中で、周囲が戸惑いながらも惹かれていく中、 紬は「もう一度、本気で夢を追う」と決めた。 これは、ひとりの少女が“前世の未練”を越えて、 “今の人生”で夢を叶えようとする物語。 そして何より、「自分を好きになる」までの、リアルな青春再起劇。

処理中です...