『総理になった男』

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第178話 野党からも拍手が起きた

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 国会の朝は、いつもより重かった。

 健人は議事堂の正面玄関をくぐりながら、天井の高さを見上げた。何度も通った場所のはずなのに、今日は空気が違う。胸元の議員バッジが、いつも以上に重く感じられた。

 ――今日は「総理候補」として、立つ。

 その事実が、じわじわと身体に浸み込んでくる。

 控室では真田が資料を閉じ、静かに言った。
「原稿は不要です。今日の質問は、言葉より姿勢を見られます」

 田島は腕を組み、いつものタメ口で笑った。
「なあ坂本。ここまで来たんだ。今さら取り繕っても仕方ねぇだろ」

 健人は小さくうなずいた。
「うん。……自分の言葉で話す」

 議場に入ると、空気が一段と張り詰めているのが分かった。与党席には期待と高揚、野党席には警戒と疑念。視線が四方八方から刺さる。

 議長が開会を告げ、質疑に入る。

 最初に立ち上がったのは、野党最大政党・自由共和党のベテラン議員だった。長年この場に立ち続けてきた人物で、鋭い目を坂本に向ける。

「坂本君。あなたは人気と勢いでここまで来た。しかし、政治は理想論では回らない。あなたに、国家運営の現実を背負う覚悟があるのか」

 議場が静まり返る。

 これは質問というより、試しだった。
 ――若造に、どこまで本気かを見せろ。

 健人はゆっくりと立ち上がった。原稿には手を伸ばさない。マイクの前に立ち、ひと呼吸置く。

「ご質問ありがとうございます」

 声は落ち着いていた。かつて初質疑で震えた頃の自分とは違う。

「私は、政治の世界に最初から希望を持っていた人間ではありません」

 ざわり、と議場が揺れた。

「大学を出て、就職に失敗し、アルバイトを転々としながら将来に絶望していました。政治なんて、自分には関係ない。そう思っていた側の人間です」

 野党席の何人かが、意外そうに眉をひそめる。

「だからこそ、私は知っています。政治が信じられない人間が、どんな思いで毎日を生きているかを」

 健人は一人ひとりを見るように、視線を巡らせた。

「現実を知らない理想論者だと言われることがあります。でも、私は現実を知ったうえで、理想を捨てなかった人間です」

 与党席の若手議員たちが、静かにうなずき始める。

「国家運営は、確かに甘くありません。ですが、現実に押し潰されるだけなら、政治家である意味はない」

 健人は、はっきりと言い切った。

「与党か野党かは関係ありません。大事なのは、その政策が国民の生活を前に進めるかどうかです」

 野党席に緊張が走る。

「私は、対立のために政治をしたいわけではありません。誰かを論破するためでもない。昨日より少しでも、明日を良くするために、ここに立っています」

 沈黙。

 議場の時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえた。

 その時だった。

 野党席の後方から、ぽつりと乾いた音が響いた。

 ――パン。

 一人の議員が、ゆっくりと拍手をしたのだ。

 ざわめきが広がる。

 与党席からではない。
 野党席からの拍手だった。

 最初は戸惑いがあった。しかし、その拍手は止まらなかった。二人、三人と増えていく。

 与党席でも、若手を中心に拍手が起き始める。

 議場全体に、音が広がった。

 それは熱狂ではなかった。
 だが、確かに「認めた」という意思のこもった拍手だった。

 記者席が慌ただしくなる。シャッター音が一斉に鳴り響く。

 健人は驚きに目を見開いたまま、しばらく立ち尽くしていた。そして、深く一礼した。

 その光景を、真田は傍聴席から静かに見つめていた。
「……越えましたね」

 田島は歯を食いしばり、目頭を押さえる。
「健人……やりやがったな」

 拍手が収まり、議場が再び静まる。

 健人は席に戻りながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 敵味方を越えて、拍手が起きた。
 それは、総理への道が「現実のもの」になった瞬間だった。

 議事が進む中、健人は何度も議場を見渡した。

 ここは、かつて自分が恐れ、迷い、孤独を感じた場所だ。
 だが今は違う。

 ――この場所で、国は変えられる。

 確信に近い感覚が、静かに胸に根を張っていた。

 散会後、廊下では議員たちがざわついていた。

「まさか野党から拍手が出るとはな」
「空気が変わったぞ」

 健人はその声を背中で聞きながら、ゆっくりと歩いた。

 拍手はゴールではない。
 だが、確かに一つの扉は開いた。

 坂本は心の中で、静かに誓った。

 ――立場を越えて、国を動かす。
 ――その覚悟が、今ここにある。


”政治は、敵を打ち負かすためにあるん
じゃない。
違う立場の人間が、
同じ未来を思い描けた瞬間に、
初めて前へ進み出す“

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