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敵の正体編
第83話「決戦の兆し」
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深夜。
ミッドナイトマートの蛍光灯が、いつも通り白い光を店内に落としていた。外の通りは静まり返っているはずなのに、この夜ばかりはどこか落ち着かないざわめきが漂っていた。レンは品出しを終えてレジに立ち、店内を見渡す。棚の隙間は日に日に広がり、保存食や薬の列はどこも心許ない。
カラン――。
扉の鈴が鳴る。入ってきたのは二人の兵士だった。鎧は泥に汚れ、肩口には擦り傷が見える。彼らは互いに目を合わせることなく、黙々と商品を籠に入れていった。水袋、干し肉、乾パン、栄養ゼリー。必要な物を知り尽くしている動きだった。
一人が会計へと進み、硬貨を置く。その指はかすかに震えている。
「……明日、大規模討伐が行われる」
その言葉は、低く、だが確かな響きを持っていた。
ニナが思わず顔を上げる。
「大規模……って、そんなに大人数で?」
兵士は短く頷き、声を落とした。
「領都からも増援が来た。数百規模だ。国境沿いだけじゃない、この辺りにも展開するはずだ」
言葉を聞きながら、レンは会計の手を止めそうになった。だがすぐに笑顔を取り戻し、袋詰めを続ける。
(いよいよ……本格的に動くのか。これまでの噂話じゃない、現実だ)
兵士のもう一人が、疲れた笑みを浮かべて呟いた。
「奴らは夜にしか姿を見せない。だから夜明け前に叩く。……明日は、長い夜になる」
その目には決意と同時に、言いようのない恐怖も宿っていた。
ニナは言葉を探しあぐね、やがて小さく「どうか、ご無事で」と呟いた。兵士は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに口元を緩めた。
「ありがとう。……こうして温かい飲み物を買えるだけでも、まだ救われるよ」
レンは笑顔で袋を手渡し、いつもの声を響かせた。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
二人の兵士は短く礼を言い、扉の向こうへと消えていった。
カラン――鈴の音が静寂に溶け、店内は再び静まり返る。
その後、数人の冒険者が次々と訪れた。彼らもまた保存食や薬を求め、口々に「明日だ」と囁き合っていた。中には「討伐に加わるか迷っている」という若者もおり、仲間に背中を押されながら商品を選んでいた。
レンはその声を聞きながら、胸の奥に重苦しい感覚を抱いた。
「レンさん……」
会計がひと段落したあと、ニナが不安げに声をかけてきた。
「もし討伐が失敗したら、この町にも……」
レンは彼女を見つめ、わずかに微笑んだ。
「考えても仕方ないよ。俺たちは、ここでいつも通りにやるだけだ」
「でも……」
「だからこそ、ここに来る人たちが安心できるんだ。いつも通り、笑顔で迎えて、笑顔で送り出す」
言い聞かせるようにそう言い、レンはレジ台に軽く手を置いた。蛍光灯の光が彼の横顔を照らし、その影はわずかに震えていた。
窓の外では、遠くで兵士たちの掛け声と馬の蹄の音が響いていた。町全体が、明日の戦いに備えて息を潜めている。夜明けが近づくにつれ、その気配はますます濃くなっていく。
レンは無意識に手を握りしめた。
(どうか、誰も死なないでくれ……。明日の朝も、この店が“いつもの夜”を迎えられるように)
その祈りを胸に秘めながら、彼は再び声を響かせた。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
誰もいない静かな店内に、その言葉だけが淡く残った。
ミッドナイトマートの蛍光灯が、いつも通り白い光を店内に落としていた。外の通りは静まり返っているはずなのに、この夜ばかりはどこか落ち着かないざわめきが漂っていた。レンは品出しを終えてレジに立ち、店内を見渡す。棚の隙間は日に日に広がり、保存食や薬の列はどこも心許ない。
カラン――。
扉の鈴が鳴る。入ってきたのは二人の兵士だった。鎧は泥に汚れ、肩口には擦り傷が見える。彼らは互いに目を合わせることなく、黙々と商品を籠に入れていった。水袋、干し肉、乾パン、栄養ゼリー。必要な物を知り尽くしている動きだった。
一人が会計へと進み、硬貨を置く。その指はかすかに震えている。
「……明日、大規模討伐が行われる」
その言葉は、低く、だが確かな響きを持っていた。
ニナが思わず顔を上げる。
「大規模……って、そんなに大人数で?」
兵士は短く頷き、声を落とした。
「領都からも増援が来た。数百規模だ。国境沿いだけじゃない、この辺りにも展開するはずだ」
言葉を聞きながら、レンは会計の手を止めそうになった。だがすぐに笑顔を取り戻し、袋詰めを続ける。
(いよいよ……本格的に動くのか。これまでの噂話じゃない、現実だ)
兵士のもう一人が、疲れた笑みを浮かべて呟いた。
「奴らは夜にしか姿を見せない。だから夜明け前に叩く。……明日は、長い夜になる」
その目には決意と同時に、言いようのない恐怖も宿っていた。
ニナは言葉を探しあぐね、やがて小さく「どうか、ご無事で」と呟いた。兵士は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに口元を緩めた。
「ありがとう。……こうして温かい飲み物を買えるだけでも、まだ救われるよ」
レンは笑顔で袋を手渡し、いつもの声を響かせた。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
二人の兵士は短く礼を言い、扉の向こうへと消えていった。
カラン――鈴の音が静寂に溶け、店内は再び静まり返る。
その後、数人の冒険者が次々と訪れた。彼らもまた保存食や薬を求め、口々に「明日だ」と囁き合っていた。中には「討伐に加わるか迷っている」という若者もおり、仲間に背中を押されながら商品を選んでいた。
レンはその声を聞きながら、胸の奥に重苦しい感覚を抱いた。
「レンさん……」
会計がひと段落したあと、ニナが不安げに声をかけてきた。
「もし討伐が失敗したら、この町にも……」
レンは彼女を見つめ、わずかに微笑んだ。
「考えても仕方ないよ。俺たちは、ここでいつも通りにやるだけだ」
「でも……」
「だからこそ、ここに来る人たちが安心できるんだ。いつも通り、笑顔で迎えて、笑顔で送り出す」
言い聞かせるようにそう言い、レンはレジ台に軽く手を置いた。蛍光灯の光が彼の横顔を照らし、その影はわずかに震えていた。
窓の外では、遠くで兵士たちの掛け声と馬の蹄の音が響いていた。町全体が、明日の戦いに備えて息を潜めている。夜明けが近づくにつれ、その気配はますます濃くなっていく。
レンは無意識に手を握りしめた。
(どうか、誰も死なないでくれ……。明日の朝も、この店が“いつもの夜”を迎えられるように)
その祈りを胸に秘めながら、彼は再び声を響かせた。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
誰もいない静かな店内に、その言葉だけが淡く残った。
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