賢者転生〜世界最強の賢者、赤ん坊からやり直す〜

KAORUwithAI

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第17話 伝説と現実のあいだで

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 翌朝。

 いつもより少しだけ、空気が引き締まっていた。

 ルーク、セシリア、ミアの三人は、
 リリアの前に並んで立っている。

 母として。
 そして、魔法を学んだ者として。

 リリアは、穏やかながらも真剣な表情で三人を見つめていた。

「……昨日は、色々と聞いたわ」

 そう前置きしてから、
 リリアはゆっくりと言葉を続ける。

「あなたたちが、魔法の練習をしていたこと」

「そして……それを、子供だけでやっていたこと」

 セシリアとミアは、少しだけ肩をすくめた。

 だが、リリアは責めるような口調ではなかった。

「だからこそ」

 視線が、ルークに向く。

「……どこまでやっていたのか、知りたいの」

 ルークは、一瞬だけ瞬きをした。

(……来たな)

 これは避けられない。

「三人とも」

 リリアは、はっきりと言った。

「初級魔法を、使ってみて」

 その言葉に、
 三人は顔を見合わせた。

「……いいの?」

 セシリアが聞く。

「ええ」

「ここなら、安全よ」

 リリアは頷いた。

 まずは、セシリア。

 彼女は一歩前に出て、
 軽く息を整え――。

 詠唱をすることなく、
 掌を前に差し出した。

 ふわり、と風が生まれる。

 次に、ミア。

 地面に向けて魔力を流し、
 土が、わずかに盛り上がった。

 そして――。

 ルーク。

 水を集め、
 小さな水球を作り出す。

 三人とも、
 詠唱は一切なしだった。

「…………」

 沈黙。

 リリアは、その場で固まっていた。

「……え?」

 思わず、素の声が漏れる。

「……ちょっと、待って」

 目を見開き、
 三人を交互に見て――。

「今の……詠唱、してないわよね?」

 セシリアが、きょとんとした顔で答える。

「してないけど……?」

 ミアも頷く。

「いつも、してないよ?」

 その言葉を聞いた瞬間、
 リリアは息を呑んだ。

(……無詠唱)

 それは、彼女にとって――
 伝説の中の魔法だった。

「……そんなことが出来るのは」

 リリアは、思わず口にしていた。

「……大昔の文献に出てくる、“賢者様”くらいよ」

 空気が、ぴたりと止まる。

 ルークの心臓が、
 ほんの一瞬だけ、跳ねた。

(……まずい)

 だが、彼はすぐに表情を戻す。

「……そうなの?」

 首を傾げ、
 無邪気を装う。

「……しらなかった」

 リリアは、ルークをじっと見つめた。

 疑いではない。
 戸惑いだ。

「……ルーク」

 ゆっくりと、問いかける。

「どうして、無詠唱で出来たの?」

 この質問は、
 逃げられない。

 ルークは、少し考えるように視線を落とし――
 だが、すぐに答えた。

「……まほうは」

 幼い声で、
 しかし、迷いなく。

「まほうを、かんじて」

「からだの、なかで、まわして」

「そとに、だして」

「……それを、どうしたいか、ちゃんと、そうぞうする」

 リリアは、目を瞬いた。

「……それだけ?」

「……うん」

 リリアは、言葉を失った。

(……そんな話)

(学校でも、聞いたことがない)

 魔法は、詠唱ありき。
 型を覚え、言葉を唱え、発動させる。

 それが、常識だった。

「……それは」

 リリアは、ゆっくりと呟く。

「……教えられて出来るものじゃないわ」

 だが。

 同時に、
 彼女の中で、何かが腑に落ちてもいた。

(……感覚としては、分かる)

 リリア自身、
 魔法の才能はあった。

 だからこそ、
 ルークの言葉が、ただの妄言に聞こえなかった。

「……ちょっと、やってみてもいい?」

 ルークは、頷く。

「……いいよ」

 リリアは、深く息を吸い――
 詠唱を“しようとして”、やめた。

(……感覚、ね)

 魔力を感じ、
 巡らせ、
 掌へ。

 そして、
 イメージ。

 ――風。

 ほんの一瞬。

 空気が、揺れた。

「……!」

 リリアは、自分の掌を見つめる。

「……今」

「……出た?」

 ルークが聞く。

「……ええ」

 小さく、だが確かな風。

 完全な無詠唱とは言えない。
 だが――。

(……近い)

 リリアは、はっきりと感じていた。

「……すごいわ、ルーク」

 率直な感想だった。

 その言い方に、
 三人が思わず笑う。

「……今日は」

 リリアは、気を取り直した。

「私の指導と、ルークのやり方」

「両方を使って、訓練しましょう」

 こうして。

 その日は、
 合同訓練になった。

 リリアは、安全管理と基礎の確認。
 ルークは、感覚と制御の微調整。

 不思議な役割分担だったが、
 驚くほど、噛み合っていた。



 夕方。

 三人は、それぞれ家へ帰っていく。

 日常へ戻ったようで、
 どこか違う一日だった。



 夜。

 ルークたちが寝静まった後、
 リリアはエドガーに今日のことを話した。

「……無詠唱?」

 エドガーは、目を丸くする。

「……あの、伝説の?」

「ええ」

 リリアは、静かに頷く。

「でも……不思議と、怖くないの」

「危なっかしいけど……間違ったことは、言ってない」

 エドガーは、腕を組んで考え込み――
 やがて、口を開いた。

「……なら」

「今後も、見守ろう」

「止めるんじゃなくて」

「……育てる、か」

 リリアは、小さく微笑んだ。

「ええ」

 その夜。

 誰も知らないところで、
 伝説の一端が、静かに現実へと足を踏み入れていた。

 だがまだ――
 それは、誰にも“賢者”とは呼ばれていなかった。
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