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第19話 噂は、外へ
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魔物の群れが討伐されてから、数日が経った。
ハルネ村は、表面上はいつもの日常を取り戻している。
畑は耕され、家畜は鳴き、子供たちは外を走り回る。
だが――
人々の会話の端々には、必ず同じ話題が混じっていた。
「……あの時の、ドラゴン」
「本当に見たのか?」
「見た、って言う人は多いけどな……」
村人たちの記憶は、曖昧で、しかし一致していた。
空に現れた巨大な影。
魔物を一瞬で薙ぎ払った圧倒的な存在。
そして、どこかへ飛び去ったという事実。
恐怖と、安堵と、
そして説明のつかない違和感。
それらが混じり合い、
“噂”という形で村を巡っていた。
*
数日後の朝。
村長の家の前に、一台の馬車が止まった。
「……来たか」
村長は、深く息を吐く。
馬車から降りてきたのは、
整った装いの男だった。
胸元には、領主家の紋章。
――フェルナン領、領主の使者。
「領主様の命により参りました」
形式張った口調で、男は名乗る。
「先日の、魔物の群れの件について、調査に」
噂は、村の外へ出た。
それは避けられないことだった。
*
村長は、使者を家へ通した。
茶を出し、
互いに向かい合って座る。
「……では」
使者は、記録用の紙を広げた。
「改めて、何が起こったのか、
順を追ってお話し願えますか」
村長は、少し背筋を伸ばし――
淡々と語り始めた。
「まず、魔物の群れが現れました」
「数は、少なくとも百以上」
「鐘を鳴らし、
男たちが武器を持って迎撃に出ました」
使者は、無言で頷き、筆を走らせる。
「……しかし」
村長は、言葉を区切る。
「正直に言えば、
こちらは押されていました」
「怪我人も出て、
長くは持たない状況でした」
それは、報告書に残っている事実と一致している。
「その時――」
村長は、視線を上げた。
「空から、ドラゴンが現れました」
筆が、止まる。
「……ドラゴン、ですか」
使者の声には、
疑念がはっきりと滲んでいた。
「はい」
村長は、首を縦に振る。
「私自身は、はっきりとは見ていません」
「ですが、多くの村人が、同じものを見たと証言しています」
「巨大な翼、蒼い鱗……」
「そして――」
村長は、はっきりと言った。
「魔物の群れを、あっという間に一掃しました」
使者は、しばらく沈黙した。
(……荒唐無稽だ)
正直な感想だった。
ドラゴンなど、
王都の文献にしか出てこない存在だ。
ましてや、
村を助けて立ち去るなど、物語の中の話だ。
「……その後は?」
使者は、冷静さを装って続きを促す。
「ドラゴンは、
魔物を討伐すると、どこかへ飛び去って行きました」
「追跡は?」
「出来るはずもありません」
村長は、苦笑した。
*
使者は、記録を見返しながら考える。
話自体は、信じがたい。
だが――。
「……死者は?」
ふと、尋ねた。
「……いません」
村長は、はっきりと答える。
「怪我人は出ましたが、
死者は一人も」
その言葉に、
使者の眉がわずかに動いた。
魔物の群れ。
百体以上の規模。
それに対し、
死者ゼロ。
(……不自然だ)
奇跡的すぎる。
何らかの“外的要因”があったと考えなければ、
説明がつかない。
だが。
(……ドラゴン、か)
使者は、内心で溜め息をついた。
これ以上追及しても、
証拠は出ない。
現に、
ドラゴンの痕跡も、魔力残滓も、
すでに残っていない。
「……分かりました」
使者は、記録を閉じた。
「今回の件については」
「“原因不明の外的介入により、
魔物の群れは撃退された”」
「そう報告いたします」
村長は、静かに頷いた。
「……ありがとうございます」
使者は立ち上がり、
最後に一言だけ付け加える。
「ただし」
「この話が、さらに広がるようであれば」
「改めて調査が入る可能性はあります」
それは、
警告とも、忠告とも取れる言葉だった。
*
使者が村を去った後。
村長は、窓の外を見つめながら、
一人呟いた。
「……本当に、何だったんだか」
空を見上げる。
そこには、何もない。
だが――
村は確かに、救われた。
*
その頃。
ルークは、家の裏で、静かに空を見ていた。
(……外が、動いたな)
だが、まだだ。
調査は、表層で止まった。
(……今は、これでいい)
噂は広がったが、
真実には届いていない。
まだ、
“伝説”として処理される範囲だ。
それでいい。
ルークは、風の流れを感じながら、
静かに次を考えていた。
この先、
必ず――
もっと大きな波が来る。
だが、それはまだ先の話だ。
今は、
ハルネ村に、静かな日常が戻っている。
鐘の音も、
翼の影も、
ひとまず――空の彼方へ消えていた。
ハルネ村は、表面上はいつもの日常を取り戻している。
畑は耕され、家畜は鳴き、子供たちは外を走り回る。
だが――
人々の会話の端々には、必ず同じ話題が混じっていた。
「……あの時の、ドラゴン」
「本当に見たのか?」
「見た、って言う人は多いけどな……」
村人たちの記憶は、曖昧で、しかし一致していた。
空に現れた巨大な影。
魔物を一瞬で薙ぎ払った圧倒的な存在。
そして、どこかへ飛び去ったという事実。
恐怖と、安堵と、
そして説明のつかない違和感。
それらが混じり合い、
“噂”という形で村を巡っていた。
*
数日後の朝。
村長の家の前に、一台の馬車が止まった。
「……来たか」
村長は、深く息を吐く。
馬車から降りてきたのは、
整った装いの男だった。
胸元には、領主家の紋章。
――フェルナン領、領主の使者。
「領主様の命により参りました」
形式張った口調で、男は名乗る。
「先日の、魔物の群れの件について、調査に」
噂は、村の外へ出た。
それは避けられないことだった。
*
村長は、使者を家へ通した。
茶を出し、
互いに向かい合って座る。
「……では」
使者は、記録用の紙を広げた。
「改めて、何が起こったのか、
順を追ってお話し願えますか」
村長は、少し背筋を伸ばし――
淡々と語り始めた。
「まず、魔物の群れが現れました」
「数は、少なくとも百以上」
「鐘を鳴らし、
男たちが武器を持って迎撃に出ました」
使者は、無言で頷き、筆を走らせる。
「……しかし」
村長は、言葉を区切る。
「正直に言えば、
こちらは押されていました」
「怪我人も出て、
長くは持たない状況でした」
それは、報告書に残っている事実と一致している。
「その時――」
村長は、視線を上げた。
「空から、ドラゴンが現れました」
筆が、止まる。
「……ドラゴン、ですか」
使者の声には、
疑念がはっきりと滲んでいた。
「はい」
村長は、首を縦に振る。
「私自身は、はっきりとは見ていません」
「ですが、多くの村人が、同じものを見たと証言しています」
「巨大な翼、蒼い鱗……」
「そして――」
村長は、はっきりと言った。
「魔物の群れを、あっという間に一掃しました」
使者は、しばらく沈黙した。
(……荒唐無稽だ)
正直な感想だった。
ドラゴンなど、
王都の文献にしか出てこない存在だ。
ましてや、
村を助けて立ち去るなど、物語の中の話だ。
「……その後は?」
使者は、冷静さを装って続きを促す。
「ドラゴンは、
魔物を討伐すると、どこかへ飛び去って行きました」
「追跡は?」
「出来るはずもありません」
村長は、苦笑した。
*
使者は、記録を見返しながら考える。
話自体は、信じがたい。
だが――。
「……死者は?」
ふと、尋ねた。
「……いません」
村長は、はっきりと答える。
「怪我人は出ましたが、
死者は一人も」
その言葉に、
使者の眉がわずかに動いた。
魔物の群れ。
百体以上の規模。
それに対し、
死者ゼロ。
(……不自然だ)
奇跡的すぎる。
何らかの“外的要因”があったと考えなければ、
説明がつかない。
だが。
(……ドラゴン、か)
使者は、内心で溜め息をついた。
これ以上追及しても、
証拠は出ない。
現に、
ドラゴンの痕跡も、魔力残滓も、
すでに残っていない。
「……分かりました」
使者は、記録を閉じた。
「今回の件については」
「“原因不明の外的介入により、
魔物の群れは撃退された”」
「そう報告いたします」
村長は、静かに頷いた。
「……ありがとうございます」
使者は立ち上がり、
最後に一言だけ付け加える。
「ただし」
「この話が、さらに広がるようであれば」
「改めて調査が入る可能性はあります」
それは、
警告とも、忠告とも取れる言葉だった。
*
使者が村を去った後。
村長は、窓の外を見つめながら、
一人呟いた。
「……本当に、何だったんだか」
空を見上げる。
そこには、何もない。
だが――
村は確かに、救われた。
*
その頃。
ルークは、家の裏で、静かに空を見ていた。
(……外が、動いたな)
だが、まだだ。
調査は、表層で止まった。
(……今は、これでいい)
噂は広がったが、
真実には届いていない。
まだ、
“伝説”として処理される範囲だ。
それでいい。
ルークは、風の流れを感じながら、
静かに次を考えていた。
この先、
必ず――
もっと大きな波が来る。
だが、それはまだ先の話だ。
今は、
ハルネ村に、静かな日常が戻っている。
鐘の音も、
翼の影も、
ひとまず――空の彼方へ消えていた。
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