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第29話 常識の向こう側
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受験生たちが王立魔法学園を後にし、
夕暮れが学園の中庭を染め始めた頃。
試験会場の空気は、まだ熱を帯びていた。
「……さて、採点を始めようか」
教官の一人がそう言い、
机の上に積まれた答案用紙に手を伸ばす。
筆記試験は例年通りだ。
魔法理論、属性知識、詠唱の意味。
どれも“正解”は決まっている。
――決まって、いるはずだった。
「……ん?」
数十枚目の答案を手に取った教官が、
ふと動きを止めた。
眉が、わずかにひそめられる。
「……これは……」
問題は、無詠唱魔法についての設問だった。
現代魔法理論において、
無詠唱は「理論上不可能」とされている。
詠唱とは、魔力を安定させるための“必須工程”。
それを省くなど、暴発の危険しかない――
それが、今の常識だ。
だから本来、模範解答はこうなる。
「無詠唱魔法は不可能である」
だが、その答案用紙には、違うことが書かれていた。
「……魔力感知」
「……体内循環」
「……体外放出」
そして、最後に。
「明確なイメージ」
「……ふざけているのか?」
一瞬、そう思った。
どこかの与太話か、
古い童話のような理屈。
教官は、ため息をつきかけ――
だが、そこで思い出す。
(……いや)
(この受験生は)
今日の実技試験。
あの少女。
無詠唱で、初級魔法を行使した。
しかも、
試験場が揺れるほどの威力で。
「……冗談、ではないな」
教官は、答案用紙を置き、
静かに立ち上がった。
「……学園長に、相談しよう」
*
学園長室。
年季の入った書棚と、
重厚な机。
学園長は、教官から差し出された答案用紙に目を落とし――
その瞬間、表情を変えた。
「……これは……」
しばらく、言葉が出ない。
ゆっくりと、
その文字をなぞるように読む。
「魔力感知……体内循環……体外放出……」
そして、
小さく息を吐いた。
「……まさか」
教官は、慎重に言葉を選ぶ。
「正直、最初は悪ふざけかと」
「ですが……」
「彼女は、実際に無詠唱で魔法を使いました」
「しかも、
初級とは思えない威力で」
学園長は、目を閉じた。
そして――
静かに、語り始める。
「……君たちは、無詠唱魔法が不可能だと教わってきただろう」
「現代では、それが常識だ」
教官は、頷く。
「だが」
学園長は、立ち上がり、
部屋の奥にある古い棚へ向かった。
鍵を開け、
一冊の古びたノートを取り出す。
「私は……知っている」
「無詠唱魔法は、“可能”だ」
教官の目が、見開かれる。
「それは……」
「私の祖先が、賢者様の弟子だった」
その言葉に、
部屋の空気が変わった。
「賢者様が生きていた時代」
「彼の弟子の一人が、
研究と記録を残していた」
学園長は、ノートを撫でる。
「だが……」
「賢者が亡くなり、
時代が移り変わる中で」
「その技術も、書物も、
ほとんどが失われた」
現存する資料は、
ほんのわずか。
誰にも理解されず、
誰にも再現されないまま。
「だから現代では、
“無詠唱は不可能”とされている」
学園長は、再び答案用紙を見る。
「……だが、この受験生は」
静かに、しかし確信をもって言った。
「“やってみせた”」
教官は、確認するように頷く。
「はい」
「間違いなく、無詠唱でした」
学園長は、しばらく沈黙した後、
小さく笑った。
「……ならば」
「採点に迷う理由はない」
教官が、恐る恐る聞く。
「合格、ですか?」
「当然だ」
学園長は、即答した。
「常識に収まらないからといって、
才能を切り捨てるのは、学園の役目ではない」
「むしろ――」
その目に、
静かな興奮が宿る。
「久しぶりに、“本物”が来たのかもしれん」
*
こうして。
答案用紙には、
合格の印が付けられた。
だがその意味を、
当人が知るのは――
まだ先の話だ。
*
その夜。
王都の宿で、
セシリアは眠っていた。
何も知らず、
静かな寝息を立てながら。
彼女が目を覚ました時、
世界は、ほんの少しだけ変わっている。
――それを知るのは、朝だ。
夕暮れが学園の中庭を染め始めた頃。
試験会場の空気は、まだ熱を帯びていた。
「……さて、採点を始めようか」
教官の一人がそう言い、
机の上に積まれた答案用紙に手を伸ばす。
筆記試験は例年通りだ。
魔法理論、属性知識、詠唱の意味。
どれも“正解”は決まっている。
――決まって、いるはずだった。
「……ん?」
数十枚目の答案を手に取った教官が、
ふと動きを止めた。
眉が、わずかにひそめられる。
「……これは……」
問題は、無詠唱魔法についての設問だった。
現代魔法理論において、
無詠唱は「理論上不可能」とされている。
詠唱とは、魔力を安定させるための“必須工程”。
それを省くなど、暴発の危険しかない――
それが、今の常識だ。
だから本来、模範解答はこうなる。
「無詠唱魔法は不可能である」
だが、その答案用紙には、違うことが書かれていた。
「……魔力感知」
「……体内循環」
「……体外放出」
そして、最後に。
「明確なイメージ」
「……ふざけているのか?」
一瞬、そう思った。
どこかの与太話か、
古い童話のような理屈。
教官は、ため息をつきかけ――
だが、そこで思い出す。
(……いや)
(この受験生は)
今日の実技試験。
あの少女。
無詠唱で、初級魔法を行使した。
しかも、
試験場が揺れるほどの威力で。
「……冗談、ではないな」
教官は、答案用紙を置き、
静かに立ち上がった。
「……学園長に、相談しよう」
*
学園長室。
年季の入った書棚と、
重厚な机。
学園長は、教官から差し出された答案用紙に目を落とし――
その瞬間、表情を変えた。
「……これは……」
しばらく、言葉が出ない。
ゆっくりと、
その文字をなぞるように読む。
「魔力感知……体内循環……体外放出……」
そして、
小さく息を吐いた。
「……まさか」
教官は、慎重に言葉を選ぶ。
「正直、最初は悪ふざけかと」
「ですが……」
「彼女は、実際に無詠唱で魔法を使いました」
「しかも、
初級とは思えない威力で」
学園長は、目を閉じた。
そして――
静かに、語り始める。
「……君たちは、無詠唱魔法が不可能だと教わってきただろう」
「現代では、それが常識だ」
教官は、頷く。
「だが」
学園長は、立ち上がり、
部屋の奥にある古い棚へ向かった。
鍵を開け、
一冊の古びたノートを取り出す。
「私は……知っている」
「無詠唱魔法は、“可能”だ」
教官の目が、見開かれる。
「それは……」
「私の祖先が、賢者様の弟子だった」
その言葉に、
部屋の空気が変わった。
「賢者様が生きていた時代」
「彼の弟子の一人が、
研究と記録を残していた」
学園長は、ノートを撫でる。
「だが……」
「賢者が亡くなり、
時代が移り変わる中で」
「その技術も、書物も、
ほとんどが失われた」
現存する資料は、
ほんのわずか。
誰にも理解されず、
誰にも再現されないまま。
「だから現代では、
“無詠唱は不可能”とされている」
学園長は、再び答案用紙を見る。
「……だが、この受験生は」
静かに、しかし確信をもって言った。
「“やってみせた”」
教官は、確認するように頷く。
「はい」
「間違いなく、無詠唱でした」
学園長は、しばらく沈黙した後、
小さく笑った。
「……ならば」
「採点に迷う理由はない」
教官が、恐る恐る聞く。
「合格、ですか?」
「当然だ」
学園長は、即答した。
「常識に収まらないからといって、
才能を切り捨てるのは、学園の役目ではない」
「むしろ――」
その目に、
静かな興奮が宿る。
「久しぶりに、“本物”が来たのかもしれん」
*
こうして。
答案用紙には、
合格の印が付けられた。
だがその意味を、
当人が知るのは――
まだ先の話だ。
*
その夜。
王都の宿で、
セシリアは眠っていた。
何も知らず、
静かな寝息を立てながら。
彼女が目を覚ました時、
世界は、ほんの少しだけ変わっている。
――それを知るのは、朝だ。
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