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第31話 知る者と、知らぬままの天才
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アインに導かれ、
セシリアは学園の奥へと進んでいった。
石造りの廊下は静まり返り、
足音がやけに大きく響く。
(……学園長室)
扉の前に立つと、
自然と背筋が伸びた。
アインが一歩前に出て、
軽くノックをする。
「学園長。
本日合格者の一人、セシリアをお連れしました」
間を置かず、
低く落ち着いた声が返ってくる。
「……入れ」
アインが扉を開き、
二人は室内へと足を踏み入れた。
*
学園長室は、想像以上に質素だった。
豪奢な調度品はなく、
あるのは年季の入った机と書棚、
そして積み重ねられた書物の山。
机の向こうに座る老人が、
ゆっくりと顔を上げる。
「……よく来た」
穏やかな眼差し。
だが、その奥には、
長年積み重ねた知識と洞察が宿っている。
「私は、この王立魔法学園の学園長」
老人は、静かに名乗った。
「エルドリヒ・ヴァルツァーだ」
「……セシリアです」
セシリアは、丁寧に一礼する。
エルドリヒは、軽く頷いた後、
ふっと息を吐いた。
「いきなり呼び出して、すまなかった」
「まずは謝罪させてほしい」
その言葉に、
セシリアは少し驚いた。
「いえ……大丈夫です」
「ありがとう」
エルドリヒは、そう言ってから本題に入った。
「君を呼んだ理由は、二つある」
「筆記試験の解答」
「そして――実技試験で見せた、無詠唱魔法だ」
セシリアの胸が、きゅっと鳴る。
「率直に聞こう」
エルドリヒは、真っ直ぐに彼女を見た。
「なぜ君は、
そのような理論を知っている?」
「そして、なぜ無詠唱が使える?」
室内の空気が、静かに張り詰める。
セシリアは、一瞬だけ考え――
そして、正直に答えた。
「……弟から、教わりました」
「……弟?」
エルドリヒは、願書に目を落とす。
「君の弟……ルーク、だったな」
「年齢は……五歳」
顔を上げ、問いかける。
「……嘘ではないのか?」
セシリアは、首を横に振った。
「本当です」
そして、少しだけ頬を緩める。
「弟は……私よりも優秀で」
「それに、とても可愛いんです」
――完全に惚気だった。
アインが、思わず視線を逸らす。
エルドリヒは、軽く咳払いをした。
「……なるほど」
「では、聞こう」
「その弟君も……無詠唱を?」
「はい」
間髪入れず、セシリアは答えた。
「それから……」
少し思い出すように続ける。
「近所の子も、私と一緒に」
「ルークから、魔法を習いました」
その瞬間。
エルドリヒの目が、明確に見開かれた。
「……何?」
「……二人?」
アインも、思わず声を失う。
「……それは、つまり」
「無詠唱を“教えた”ということか……?」
「はい」
あまりにも、あっさりとした肯定だった。
エルドリヒは、しばらく言葉を失ったまま、
指を組んで沈黙する。
(……五歳の子供が)
(……賢者の理論を、理解し、実践し)
(……それを、教えている……?)
常識が、静かに崩れていく音がした。
「……セシリア」
エルドリヒは、慎重に言葉を選ぶ。
「その弟君――」
「ルーク君を、一度この学園に招待したい」
「直接、話をしてみたいのだ」
だが、セシリアは首を横に振った。
「……申し訳ありません」
「弟は、まだ五歳です」
穏やかだが、はっきりとした口調。
「親同伴であっても、
長距離の移動は大変になります」
「それに……」
にこりと微笑む。
「今、急いで呼ばなくても」
「ルークも、十歳になれば学園に来ますよ」
その言葉は、
約束のようでもあり、宣言のようでもあった。
エルドリヒは、目を細める。
「……そう、か」
少しだけ、惜しそうな表情。
「分かった」
「今は、見送ろう」
セシリアは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、静かに学園長室を後にする。
*
扉が閉まり、
室内には、エルドリヒとアインだけが残された。
「……学園長」
アインが、ぽつりと言う。
「どう、受け止めればいいのでしょうか」
エルドリヒは、椅子に深く腰掛け、
天井を見上げた。
「……分からん」
正直な答えだった。
「だが、一つだけ確かなことがある」
視線を戻し、静かに言う。
「この学園に、
とんでもない芽が来た」
「……そして」
小さく、笑う。
「もっと厄介で、
もっと大きな芽が……」
「まだ、村で眠っている」
アインは、息を呑んだ。
「……では?」
「今は、様子見だ」
エルドリヒは、きっぱりと言った。
「焦る必要はない」
「芽は、いずれ伸びる」
「その時に、
受け止められる器でいればいい」
静かな学園長室で、
二人の大人は、
まだ名も知らぬ“未来”について思いを巡らせていた。
――その中心にいるのが、
まだ五歳の少年だとは、
誰も知らないまま。
セシリアは学園の奥へと進んでいった。
石造りの廊下は静まり返り、
足音がやけに大きく響く。
(……学園長室)
扉の前に立つと、
自然と背筋が伸びた。
アインが一歩前に出て、
軽くノックをする。
「学園長。
本日合格者の一人、セシリアをお連れしました」
間を置かず、
低く落ち着いた声が返ってくる。
「……入れ」
アインが扉を開き、
二人は室内へと足を踏み入れた。
*
学園長室は、想像以上に質素だった。
豪奢な調度品はなく、
あるのは年季の入った机と書棚、
そして積み重ねられた書物の山。
机の向こうに座る老人が、
ゆっくりと顔を上げる。
「……よく来た」
穏やかな眼差し。
だが、その奥には、
長年積み重ねた知識と洞察が宿っている。
「私は、この王立魔法学園の学園長」
老人は、静かに名乗った。
「エルドリヒ・ヴァルツァーだ」
「……セシリアです」
セシリアは、丁寧に一礼する。
エルドリヒは、軽く頷いた後、
ふっと息を吐いた。
「いきなり呼び出して、すまなかった」
「まずは謝罪させてほしい」
その言葉に、
セシリアは少し驚いた。
「いえ……大丈夫です」
「ありがとう」
エルドリヒは、そう言ってから本題に入った。
「君を呼んだ理由は、二つある」
「筆記試験の解答」
「そして――実技試験で見せた、無詠唱魔法だ」
セシリアの胸が、きゅっと鳴る。
「率直に聞こう」
エルドリヒは、真っ直ぐに彼女を見た。
「なぜ君は、
そのような理論を知っている?」
「そして、なぜ無詠唱が使える?」
室内の空気が、静かに張り詰める。
セシリアは、一瞬だけ考え――
そして、正直に答えた。
「……弟から、教わりました」
「……弟?」
エルドリヒは、願書に目を落とす。
「君の弟……ルーク、だったな」
「年齢は……五歳」
顔を上げ、問いかける。
「……嘘ではないのか?」
セシリアは、首を横に振った。
「本当です」
そして、少しだけ頬を緩める。
「弟は……私よりも優秀で」
「それに、とても可愛いんです」
――完全に惚気だった。
アインが、思わず視線を逸らす。
エルドリヒは、軽く咳払いをした。
「……なるほど」
「では、聞こう」
「その弟君も……無詠唱を?」
「はい」
間髪入れず、セシリアは答えた。
「それから……」
少し思い出すように続ける。
「近所の子も、私と一緒に」
「ルークから、魔法を習いました」
その瞬間。
エルドリヒの目が、明確に見開かれた。
「……何?」
「……二人?」
アインも、思わず声を失う。
「……それは、つまり」
「無詠唱を“教えた”ということか……?」
「はい」
あまりにも、あっさりとした肯定だった。
エルドリヒは、しばらく言葉を失ったまま、
指を組んで沈黙する。
(……五歳の子供が)
(……賢者の理論を、理解し、実践し)
(……それを、教えている……?)
常識が、静かに崩れていく音がした。
「……セシリア」
エルドリヒは、慎重に言葉を選ぶ。
「その弟君――」
「ルーク君を、一度この学園に招待したい」
「直接、話をしてみたいのだ」
だが、セシリアは首を横に振った。
「……申し訳ありません」
「弟は、まだ五歳です」
穏やかだが、はっきりとした口調。
「親同伴であっても、
長距離の移動は大変になります」
「それに……」
にこりと微笑む。
「今、急いで呼ばなくても」
「ルークも、十歳になれば学園に来ますよ」
その言葉は、
約束のようでもあり、宣言のようでもあった。
エルドリヒは、目を細める。
「……そう、か」
少しだけ、惜しそうな表情。
「分かった」
「今は、見送ろう」
セシリアは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、静かに学園長室を後にする。
*
扉が閉まり、
室内には、エルドリヒとアインだけが残された。
「……学園長」
アインが、ぽつりと言う。
「どう、受け止めればいいのでしょうか」
エルドリヒは、椅子に深く腰掛け、
天井を見上げた。
「……分からん」
正直な答えだった。
「だが、一つだけ確かなことがある」
視線を戻し、静かに言う。
「この学園に、
とんでもない芽が来た」
「……そして」
小さく、笑う。
「もっと厄介で、
もっと大きな芽が……」
「まだ、村で眠っている」
アインは、息を呑んだ。
「……では?」
「今は、様子見だ」
エルドリヒは、きっぱりと言った。
「焦る必要はない」
「芽は、いずれ伸びる」
「その時に、
受け止められる器でいればいい」
静かな学園長室で、
二人の大人は、
まだ名も知らぬ“未来”について思いを巡らせていた。
――その中心にいるのが、
まだ五歳の少年だとは、
誰も知らないまま。
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