賢者転生〜世界最強の賢者、赤ん坊からやり直す〜

KAORUwithAI

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第31話 知る者と、知らぬままの天才

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 アインに導かれ、
 セシリアは学園の奥へと進んでいった。

 石造りの廊下は静まり返り、
 足音がやけに大きく響く。

(……学園長室)

 扉の前に立つと、
 自然と背筋が伸びた。

 アインが一歩前に出て、
 軽くノックをする。

「学園長。
 本日合格者の一人、セシリアをお連れしました」

 間を置かず、
 低く落ち着いた声が返ってくる。

「……入れ」

 アインが扉を開き、
 二人は室内へと足を踏み入れた。



 学園長室は、想像以上に質素だった。

 豪奢な調度品はなく、
 あるのは年季の入った机と書棚、
 そして積み重ねられた書物の山。

 机の向こうに座る老人が、
 ゆっくりと顔を上げる。

「……よく来た」

 穏やかな眼差し。

 だが、その奥には、
 長年積み重ねた知識と洞察が宿っている。

「私は、この王立魔法学園の学園長」

 老人は、静かに名乗った。

「エルドリヒ・ヴァルツァーだ」

「……セシリアです」

 セシリアは、丁寧に一礼する。

 エルドリヒは、軽く頷いた後、
 ふっと息を吐いた。

「いきなり呼び出して、すまなかった」

「まずは謝罪させてほしい」

 その言葉に、
 セシリアは少し驚いた。

「いえ……大丈夫です」

「ありがとう」

 エルドリヒは、そう言ってから本題に入った。

「君を呼んだ理由は、二つある」

「筆記試験の解答」

「そして――実技試験で見せた、無詠唱魔法だ」

 セシリアの胸が、きゅっと鳴る。

「率直に聞こう」

 エルドリヒは、真っ直ぐに彼女を見た。

「なぜ君は、
 そのような理論を知っている?」

「そして、なぜ無詠唱が使える?」

 室内の空気が、静かに張り詰める。

 セシリアは、一瞬だけ考え――
 そして、正直に答えた。

「……弟から、教わりました」

「……弟?」

 エルドリヒは、願書に目を落とす。

「君の弟……ルーク、だったな」

「年齢は……五歳」

 顔を上げ、問いかける。

「……嘘ではないのか?」

 セシリアは、首を横に振った。

「本当です」

 そして、少しだけ頬を緩める。

「弟は……私よりも優秀で」

「それに、とても可愛いんです」

 ――完全に惚気だった。

 アインが、思わず視線を逸らす。

 エルドリヒは、軽く咳払いをした。

「……なるほど」

「では、聞こう」

「その弟君も……無詠唱を?」

「はい」

 間髪入れず、セシリアは答えた。

「それから……」

 少し思い出すように続ける。

「近所の子も、私と一緒に」

「ルークから、魔法を習いました」

 その瞬間。

 エルドリヒの目が、明確に見開かれた。

「……何?」

「……二人?」

 アインも、思わず声を失う。

「……それは、つまり」

「無詠唱を“教えた”ということか……?」

「はい」

 あまりにも、あっさりとした肯定だった。

 エルドリヒは、しばらく言葉を失ったまま、
 指を組んで沈黙する。

(……五歳の子供が)

(……賢者の理論を、理解し、実践し)

(……それを、教えている……?)

 常識が、静かに崩れていく音がした。

「……セシリア」

 エルドリヒは、慎重に言葉を選ぶ。

「その弟君――」

「ルーク君を、一度この学園に招待したい」

「直接、話をしてみたいのだ」

 だが、セシリアは首を横に振った。

「……申し訳ありません」

「弟は、まだ五歳です」

 穏やかだが、はっきりとした口調。

「親同伴であっても、
 長距離の移動は大変になります」

「それに……」

 にこりと微笑む。

「今、急いで呼ばなくても」

「ルークも、十歳になれば学園に来ますよ」

 その言葉は、
 約束のようでもあり、宣言のようでもあった。

 エルドリヒは、目を細める。

「……そう、か」

 少しだけ、惜しそうな表情。

「分かった」

「今は、見送ろう」

 セシリアは、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

 そして、静かに学園長室を後にする。



 扉が閉まり、
 室内には、エルドリヒとアインだけが残された。

「……学園長」

 アインが、ぽつりと言う。

「どう、受け止めればいいのでしょうか」

 エルドリヒは、椅子に深く腰掛け、
 天井を見上げた。

「……分からん」

 正直な答えだった。

「だが、一つだけ確かなことがある」

 視線を戻し、静かに言う。

「この学園に、
 とんでもない芽が来た」

「……そして」

 小さく、笑う。

「もっと厄介で、
 もっと大きな芽が……」

「まだ、村で眠っている」

 アインは、息を呑んだ。

「……では?」

「今は、様子見だ」

 エルドリヒは、きっぱりと言った。

「焦る必要はない」

「芽は、いずれ伸びる」

「その時に、
 受け止められる器でいればいい」

 静かな学園長室で、
 二人の大人は、
 まだ名も知らぬ“未来”について思いを巡らせていた。

 ――その中心にいるのが、
 まだ五歳の少年だとは、
 誰も知らないまま。
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