【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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悪役令嬢エリザベス

16. 嵐の前の静けさ

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 ―― それからの日々は、平和そのものだった。

 レアーヌが何かけしかけてくるかとも思ったがそれもなく、大人しく精霊術の教師であるリーゼルから指導を受けているらしい。
 合同授業のときに見かけるレアーヌの魔法制御の技術はイェルクから教わる前と後では雲泥の差だった。これは、国防の要になる実力が秘められているだろうとエリザベスでも思えるほど。

 国家間の争いは絶えて久しいが、地上やダンジョンなどにはモンスターが生息しており、モンスターが活発に湧く地上エリアもあったりする。騎士団や魔術師団、冒険者ギルドが存在するのはそのためである。
 王都や領の城下街、村や主要街道などは結界が張られているため特に意識することはないが、基本、その結界を一歩でも出れば危険と隣合わせだ。

 レアーヌのような、即戦力となる逸材は喉から手が出るほどほしいだろう。
 このまま力をつけて国の支えとなってほしい、とエリザベスは思う。


 エリザベスはというと、あの噴水での騒動から少し立場が変わった。

 イェルクの婚約者であると公言したのでこれ幸いと国からも正式に発表があった。ヴェラリオン皇国の方でも同時に発表されたようで、あちらではだいぶ盛り上がっているらしい。
 イェルクの卒業に合わせ近々ヴェラリオン皇帝と皇后が訪問するということで、王城の方はてんやわんやになっている、と先日のクリストフからの手紙で状況が知らされている。

 しかし、まだ正式な面通りはしていないものの、実はエリザベスはすでにヴェラリオン皇帝、皇后と顔合わせをしていた。
 現在進行系・・・・・で。


『本当に、本当にありがとうねエリザベスちゃん!ほんとにこの子ったらダンジョン攻略ばっかり明け暮れてて女っ気が全然なくて…春が来たようで嬉しいわ!!』
『エリザベス嬢を婚約者にすることにしたと聞いたときはいい意味で我が耳を疑ったぞ』


 そう、しみじみと言いながら立派なあごひげを撫でつける男性の様子を、エリザベスは微笑みを浮かべて「そうなのですね」と返したものの、内心は狼狽えていた。

 ここはいつもの西棟の中庭のガゼボ。エリザベスの隣にはイェルク、少しスペースを空けてレオナルドが座っており、その後ろにはイェソン、イェーレが緊張した面持ちで控えている。

 エリザベスたちの向かいにいるのは、イェルクの両親、つまりはヴェラリオン皇帝と皇后その人たちである。
 かつてイェルクが精霊としてこちらにやってきたように、彼らも分体で唐突にやってきたのだ。『やぁ我が息子よ、元気か?』なんて言いながら。

 このガゼボで昼食を摂っていたイェルクとレオナルドが思わずむせて、エリザベスは口に運ぼうとしたミニトマトを弁当の中に落とし、イェーレとイェソンは弁当ごと地面に落としそうになったぐらいには動揺した。
 紳士淑女たるもの、他人に動揺を見せてはならないと教え込まれているものの、この状況で動揺しないのは無理だった。


「…あと1ヶ月もすればこっちに来れたじゃないか。なんでわざわざ」
『だってエルが7年も恋い焦がれてた子を捕まえたっていうのよ!気になるじゃない!』
「ちょ、まっ」
『そうそう、その子と結婚するんだ、そのために強くなるんだって言い出して』
「だーーー!!黙ってくれ!!」


 ―― 7年恋い焦がれていた?

 驚きで目を瞬かせるエリザベスが隣のイェルクの様子を伺えば、片手で顔を覆ってエリザベスから顔を背けていた。だが、首筋まで真っ赤だ。
 7年前、会ったことがあるだろうか。エリザベスは必死に記憶を遡るが、イェルクのような美しい黒髪に紅い瞳は心当たりがない。だって、この組み合わせはこの国の人間であれば忘れられないはずだ。

 ぶは、と堪えきれないといったようにイェーレが吹き出した。イェソンも我慢しているようだが顔を背けている上に肩が震えている。
 正直、イェーレがこんな風に笑っている様子をエリザベスは初めて見た。いつも無表情で、変化があってもほんの少しなのに。


「エレン、知っているの?」
「ふぐ、ふ…っ、は、い。私たちの年代の、デビュタントのことです」


 7年前のデビュタントは覚えている。忘れるはずもないだろう。幼い子どもではなく、紳士淑女として扱われるようになる節目の行事なのだから。

(あら…でも、ちょっと待って。たしか、あの日…)

 ここプレヴェド王国の国民が忌避するのは黒髪と赤目の組み合わせである。黒髪だけ、赤目だけの場合は気にする者はほとんどいない。
 そういえば、その日、黒髪にメガネをかけた黒目の子息と楽しく話した覚えがある。後日、その子と文通したくて父のクリストフにお願いしたのだが、困ったように笑いながら「連絡を取ってみようとしたんだが、すでに故国に戻ってしまったようだ」と教えられて、非常に残念だった。

 ああ、そう。その子はたしか、エルと名乗っていた。

 イェルクへと再び視線を向ければ、膝の上に肘をつき、両手で顔を覆っていた。


「…あのときのメガネの子?」
「いや…うん…そうなんだけど、ちょっと事実を打ち明けられる心の準備ができていなかったというかなんというか」
『この子ったら、エリザベスちゃんが他の子と正式に婚約したって聞いた日にはもう落ち込みようが酷くって』
「母上少し黙ってもらえないか…!」
「そうそう、私にどうにかならないのかって言ってきたりね」
「レオ!」
「めっちゃ笑える」
「エレン、言葉遣い」


 エリザベスの頬にもじわじわと熱が集まる。そんな、そんな前から。
 イェルクは深くため息をつくと、がしがしと頭をかいた。彼の頬は赤く、視線もエリザベスから逸らしたままだ。


『あれから帰ってすぐ、婚約の申込みの準備を進めていたのだが先を越されてしまったのだよなぁ』


 皇帝いわく、婚約の申し込み準備をしていた最中にイーリスとエリザベスの婚約発表があったのだという。あとほんの少し申し込みが早ければ、エリザベスの相手は最初からイェルクになっていたのかもしれない。

 そんな前からずっと見ていてくれたのかと思うと、エリザベスの心臓は落ち着かなかった。自分は忘れてしまったのに、イェルクはずっと覚えていてくれたのだ。


『エルはね、あなたが結婚するのを見届けるまでは自分は婚約も結婚もしないって言っていたのよ。それにエレンがいるからって理由つけて分体まで飛ばしてあなたの様子をずっと見ていたのよ。ストーカーよね』
「すとぉかぁ…?」
「すっぱり言いますねさすが伯母様。あ、ストーカーは相手のことを何でも把握したがったり四六時中監視したりすることです」
「伯母上もエレンも、さすがにそれは言いす…ぎでもないな。あの頃のエルはストーカーだったな」
「お前らは僕をどうしたいんだ…!」


 頭を抱えるイェルクとからかっている様子のライズバーグ兄妹の様子にエリザベスは困惑しつつ、そっとイェルクの肩に手を置く。
 ゆっくりと見上げてきたイェルクに、エリザベスは微笑んだ。


「大丈夫よ、エルがそのすとーかー?なるものでも問題ないわ」
「…これは喜んでいいのか?すごく複雑だ…」
「喜んでおいた方がいい。もし私だったら距離を置かせてもらう」


 レオナルドの言葉にトドメを刺されたのか、再びイェルクはがっくりと肩を下ろした。
 そんなイェルクの様子にガゼボで笑いが溢れる中、ふとイェルクの視線がどこかへ逸れた。一瞬、真顔になった彼にエリザベスも視線をそちらへ向ける。


 ―― 憎悪に燃える、薄紫の瞳と目が合う。


 以前、イェルクはこの中庭に人が入ったら分かるようにしているとは言っていた。おそらくそれで気づいたのだろう。
 レアーヌはすぐさま踵を返してその場からいなくなった。だが、彼女がこちらに向けていた表情と瞳にエリザベスは不安を抱かざるを得ない。


「リズ、大丈夫」


 イェルクにそう声をかけられ、膝の上に置いていた手に彼の手が重ねられる。
 見上げれば彼は微笑んでいた。
 そう大丈夫。イェルクもいるし、教室では常にイェーレだって傍にいてくれている。

 それにエリザベスの立場はヴェラリオン第一皇子の婚約者だ。エリザベスを害すればヴェラリオン皇国を敵に回すのと同義。
 しかしそれでも、一抹の不安は拭いきれない。


『あれが例のか。たしかに愛し子の気配はあるが…なんと表現すれば良いのやら』
『そうねぇ…なんというか、いびつね』


 ぼそりと呟かれた皇帝と皇后の言葉。 
 その「歪」と表現されたものがエリザベスがなんなのかを知ったのは、全て解決したあとのこと。





 そこから数日は特に何事もなく過ごせていた。だが、嫌な予感がずっと続いている。
 そして嫌な予感というものは外れてほしいときに限って外れてくれないものだとエリザベスは経験上、分かっていた。だからこそ今回は外れてほしいと、そう願っていたのに。



 元婚約者であるイーリスから馬乗りにされ、床に押し倒されたときに強打した後頭部がズキズキと痛む。
 古臭いこの部屋を知る者は少ないだろう。エリザベスでさえ知らなかった部屋だ。
 まさか、西棟に地下があって、こんな部屋が存在するなんて。

 目の前のイーリスから視線を外して横を見れば、ヴィクトリアが白魚のような手を投げ出し、倒れている。
 だが今は自分の身の心配をする必要があった。視線を、イーリスに戻す。


「…殿下、このようなことはお止めくださいませ」
「なぜだ」


 ポツリとイーリスが呟く。
 それと同時に、押さえつけられている手首を強く握られて思わずエリザベスの顔が痛みで歪んだ。


「なぜ、名で呼ばない。エリザベス嬢、きみは私の婚約者だろう?」


 そう、笑うイーリスの瞳は狂気に染まっているように見えた。




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