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悪役令嬢エリザベス

21. 後処理

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 そんな歴史書に残るような出来事を友人の母が、とエリザベスが感嘆の息を吐くと、皇后は「それにしても」と呟いた。


「あの愛し子、ヤバいですね」
「ええ…まさかあんなのが我が国から出るとは…」
「うちは性質上、愛し子が生まれるとトラブルになりやすいからそういう登録制度もあるんですが…まあプレヴェドは精霊使いは少ないから仕方ないですよ」
「陛下とは、今回の事件を教訓に同様の登録制度を儲けようと思っていますの。ご協力いただけると助かりますわ」
「もちろん!ああいうののせいで、愛し子や精霊が悪し様に言われるなんてたまったもんじゃありません。そうそう聞いてよエリザベスちゃん!」


 そう、切り出したヴェラリオン皇后の話によると。
 レアーヌは魅了の魔道具を違法改造して使用していたようだ。つまり、イーリスもその被害者なのだという。


 魅了の魔道具は、一般市民でも頑張って手を伸ばせば手に入る代物である。
 それらの効能は低く、せいぜい好感を得られやすいといった程度。あくまで得られやすいというだけで、相手のために何でもするといったことまではできないし、相手の気に障ることをしてしまえば効果が霧散する程度の代物だ。
 よく、役者などが客から好印象をもらったりするためにつけることが多い。貴族や商人はプライドがあるのだろう、つけることは少ないと言われている。

 そして、その「好感を得られやすい」というレベルを超えた魅了の効果を持つ魔道具の製造、及び所持は全世界で禁じられている。

 かつて、小国の国王が高レベルの魔道具を使用して国民を魅了し、国王の言うままに他国を侵略させたことがあった。戦争でも魅了を使って他国の兵士を魅了して戦意喪失させ、次々と併合していったのだ。
 その小国は大陸間を跨いで歴史上、かつてないほどの巨大な帝国となった。
 その魅了の魔道具は、人間だけでなく亜人種すら魅了していった。残ったのは魔法があまり効きにくいとされる精霊族の国々と、創世神エレヴェドへ忠誠を誓った神官たちだけであった。

 各大陸の精霊族の国々と神官たちが結託し、巨大な帝国を倒した。
 このとき、プレヴェド王国も被害にあっていたというのは歴史書にもはっきりと記載されている。平民であれ貴族であれ、この事実は必ず教育されるものだ。

 つまり、この国で教育を受けているはずのレアーヌが魅了系の魔道具を改造することの重大さを知らないわけがない。


「しかも自分では改造してないって真名にまで誓ったのよ、図々しい」
「え?真名に誓うのであればそれは真実なのでは…」
「あの小娘自身はね。周囲に常にいる存在はその範疇ではないということ」


 レアーヌのそばに常にいる存在は精霊以外の何者でもない。

 真名を宣誓した上で偽る者は愚か者である。
 そういう前提ではあるが、結局はバレなければ問題ないという面もある。宣誓した者が死んで数十年、数百年経って嘘であったということもある。
 今回、念の為に大神官を呼んでレアーヌに嘘を暴く魔法をかけてもらっていた。そしてその真名による宣誓を行った上で「改造などしていない」と言い放った彼女に、魔法は反応しなかった。
 だがヴェラリオン皇帝は笑いながらこう言い放ったそうだ。


『お前にはそんな技術などない。改造できるはずもない。だからこう望んだ・・・のであろう?
 ―― ”ああ、あの人が私を愛してくれればいいのに”、と』


 レアーヌが精霊の愛し子であることから、望んだ相手は精霊たちであることを指す。
 そして精霊たちがそれに反応し、騒いだため真であると判断されたそうだ。

 魔道具は、入学してから2ヶ月ほどで使い始めたらしい。エリザベスがイーリスと疎遠になり始めたのもその頃だ。
 つまり、イーリスは自然と心変わりしたのではなく、強制的にレアーヌに心変わりするようにされたということ。

(―― 彼女が、魔道具に手を出さなければ)

 最初に夢見ていた未来を手にしていたのだろうか。
 エリザベスは視線をカップに落とす。手元の中で揺らめく紅茶の中に、困ったような表情の自分が映った。


「魔道具の影響だとしても、あれが犯したことはなくならないわ」


 顔を上げる。マリア王妃は、少し悲しげに微笑んでいた。


「たしかに、あれは魔道具の影響を受けていた。そしてあの娘と引き離されて、魔道具の影響力が弱まった頃合いにあの事件を起こしてしまった。
 あの魔道具はね、解析した結果、特定の相手が自分を愛するように仕向けていたの。魔道具の影響が薄れて、自分がしでかしたことに気づいたんでしょうね…なんとか挽回しようと足掻いて、方向性を間違えた。危害を加えてはならない相手に危害を加えてしまった。それは変わらないわ」


 イーリスは伝えられていたのだ。エリザベスと婚約を解消したこと。エリザベスはヴェラリオン皇国の第一皇子、イェルクと婚約したこと。外交面を任される予定だった彼がその重要性を理解しないわけがない。
 それでもイーリスは判断を誤った。いや、理解を拒絶したのかもしれない。
 イーリスはあの時、エリザベスに向かってこう言い放った。

 ―― エリザベス嬢、きみは私の婚約者だろう?

 あの婚約を解消した夜会の日のことを正しく認識せず、理解せず、現実と向き合うことから逃げていたのだとしたら。だが3ヶ月近くも時間があったのだ。それらを少しでも彼が受け入れていたのならば。

 そこまで考えて、エリザベスは少し俯いた。
 最早過去のことだ。イーリスはもう隔離塔で余生を過ごす他ない。そうは思っても、7年も共にいたのだ。捨てきれない感情もある。

 そう考えているエリザベスの耳に「そうだわ」と王妃の呟きが聞こえた。


「ヴェラリオン皇后、エリザベス嬢、おふたりに相談があるのですが」
「相談ですか?」
「せっかくエリザベス嬢がヴェラリオン皇国に嫁ぐのですから、もう少し文化交流を増やせないかと考えているんです。地理的な問題もありますが、貴国とは人同士の往来はあまりなかったように思えますので」
「そうねえ。ヴェラリオン皇国からの他国への往来は商人以外は確かに少ないわ…。うちの方にも学園はあるし、まずは交換留学というのはどうかしら?」
「とても良いと思います。そこで、第一陣としてエリザベス嬢に留学していただくのはどうかと思いまして」


 ぱ、とエリザベスが顔を上げる。
 王妃と目が合うと、王妃はにこりと微笑んだ。


「イェルク皇子はもうじき帰国するわ。もう1年我慢すれば、というのは確かなんだけれど、結婚前にヴェラリオン皇国に赴いて文化を肌で学ぶのも良いことだと思うの」
「あら~、それいいですね。我が国でも、イェルクがプレヴェド王国に留学したと聞いて『我々も留学できないか』っていくつか問い合わせがありましたし、これを機に交換留学としてエリザベスちゃんに来てもらうのは名案です」
「どうかしら?」


 王妃の問いに、エリザベスは一も二もなく頷いた。
 エリザベスが留学すれば少なくとも同じ国内にはいられる。恥ずかしい話ではあるが、イェルクに抱かれたエリザベスは長期間イェルクと離れられるか不安だった。

 そんなエリザベスの様子を皇后と王妃は穏やかな表情で見守っていた。


「では早速、準備を整えなくてはなりませんね」
「明日から取り掛かりましょう。ひとまずのところ、今日はエリザベスちゃんお疲れ様会ということで」
「え?」
「ふふふ、それもそうですね」


 その後、王妃が侍女に声をかけ、珍しい茶葉や城で雇っているデザート専門シェフによる新作スイーツの試食会に様変わりした。
 話題の内容は皇后、王妃という立場から世界情勢や政治に関すること…かと思いきや、思い切り恋愛話になっていて。王妃からはなぜレオナルドに婚約者がいないのか、といった話や皇后からはイェルクがいかにエリザベスにぞっこんなのかを聞かされて、エリザベスの顔色は終始赤く染まりっぱなしだったという。

 町娘が恋バナしている様子であった、とは、側で控えていた侍女や護衛騎士らの感想である。



 しばらくして、ゲッソリとした様子のレオナルドとイェルク、それからリカルドが部屋に訪れてきた。


「随分時間がかかったのねぇ」
「ヴェラリオン皇后におきましては――」
「堅苦しい挨拶は置いておきましょうレオナルド王太子殿下。イェルク、どうだったの?」
「リズの成分がほし」


 ばっしゃあ!とイェルクの頭上から唐突に水が降り注いだ。だが隣にいたレオナルドや、後ろにいたリカルドや床には一切水はかかっていないようだ。
 ひとつため息をついたイェルクが軽く手を振ると、濡れた衣服や髪が一瞬にして乾く。


「泣き言ぐらい言わせてくれ」
「そういうのはエリザベスちゃんとふたりきりのときにしなさい。で?報告は?」


 水をかけたのは皇后であったらしい。
 イェルクは肩をすくめたあと、エリザベスの隣に用意された椅子に座った。レオナルドやリカルドも同じく、用意された椅子に腰掛ける。


「結論から言えば、魔塔に幽閉されることになったよ。ダンフォール伯爵家は子爵家へ降格。あの娘の精霊たちに惑わされていたことがわかったから、情状酌量の余地ありってなった」
「ああ、まあ…魔塔なら妥当ね」


 イェルクが報告した内容に納得した様子の皇后に、エリザベスは首を傾げる。
 魔塔という単語は初耳だ。リカルドの方へ視線を向ければ、リカルドも困ったような表情を浮かべていた。
 そんなふたりの様子に気づいたのか、王妃は「魔塔は」と切り出した。


「魔法に関する国際研究機関のひとつで、魔道具、魔法の研究をしています。それらを主に仕事として関わる者以外は知らないのも無理ありません。魔塔が存在する国や何人所属しているのか、等の詳細な情報は各国の王にも秘匿されていますから」
「そんな研究機関があるなんて…勉強不足でしたわ」
「王太子教育を受けている私も今回初めて知ったんだ。エリザベス嬢が知らないのも無理はないよ」


 魔道士、魔術士を志す者は一度は耳にし、憧れる魔塔。
 つまり士らの中でも優秀な者たちが集まる環境だ。
 研究機関でもあるからおそらくは実験等を手伝わされることもあるだろうが、目的は精霊の愛し子による影響を受けた精霊たちからの隔離だと王妃は言う。

 魔塔は精霊が最も嫌う環境だから、精霊たちがレアーヌに近づくことはなくなるだろう。すなわち、レアーヌに手を貸してくれる精霊がいなくなるのだ。


「反省があれば良し。なければその命尽きるまで…といったところね。ちょっと物足りない気もするけど、愛し子にとって精霊が離れていくことは苦痛以外の何ものでもないと言われているから、そこで妥協が正解だわ」


 殺してしまうとちょっと厄介なことになるし、と皇后が小さく呟く。
 その小さな呟きを拾ってしまったエリザベスは何も聞かなかったことにして、淹れ直された紅茶に口をつけた。




 後にこの騒動は”精霊の愛し子の狂乱”として、プレヴェド王国の歴史書に記載されることになる。
 この騒動の影響で魔道具の改良が精霊でも行えると判明したため、魔塔に所属する魔道士たちは精霊が介入できない魔道具の開発に勤しんだという。

 精霊たちの意識を変えることはできない。
 彼らは自然と同じなのだ。かの創生神ですら、彼らに道徳を説き伏せることはできないだろう。
 ならば道具側が対処すればいい。

 その考えのもと進められた開発により、後年魔道具は飛躍的な発展を遂げた。

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