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悪役令嬢エリザベス
20. "ヒロイン"の真相
しおりを挟むそれから1時間も経たないうちに、イェルクとレオナルド、イェーレは避難先の魔法実習場に現れた。イェルクとレオナルドは多少制服が薄汚れていた程度だが、イェーレの制服は無残にもあちこち切られて服としての機能があまり果たせていない状態の上、切り傷がいくつもあった。
レオナルドの配慮だろう、彼の上着を羽織っているものの目を逸らしたくなる有様だ。
さらに特徴的であった長いみつ編みもばっさりと切られたようで、もう肩から先の長さがない。
貴族令嬢にとって、髪の長さは矜持といっても過言ではない。嫁の貰い手がなくなるとまで言われるほどだ。
言葉を失う女生徒たちの中でヴィクトリアが辛うじて「イェーレ、あなた、髪…」と呟くと、あぁとイェーレは自分の髪を摘んだ。
「戦闘中にちょっと。ですが快適です。欲を言えばもうちょっと短く…」
「うん、さすがにそれは止めておいてほしい」
えぇ、と渋い表情を浮かべるイェーレに、レオナルドは苦笑いを浮かべた。
レアーヌは、教師陣やイェソンからの一報を受けた魔術士団に拘束されたそうだ。
本来であればクルーゼ学園の行事の中で最も華々しい一日になるはずだった日。
会場として使用された講堂は破壊され、在学生たちが丹精込めて準備してきたものも瓦礫の下となった。それが悲しく、虚しく思ったのはエリザベスだけではないだろう。
日を改めてまたパーティーを開催することになり、この場は解散することになった。
イェルクにエスコートされながら、フェーマス邸へ向かう馬車に乗り込む。
「理解しにくいとは思うけど、まず聞いてほしいことがあるんだ」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、エリザベスはイェルクから説明を受けた。
この世界以外にも、様々な世界があること。
レアーヌとイェーレもその世界からの記憶を持ったままこちらで生まれた転生者であること。
稀に、各世界の神々が戯れに自分の世界の様子を他世界の生物に伝えることがあること。
たまたま、創世神エレヴェドがあのふたりのいた世界の人間に夢枕で伝えたのであろうこと、その話をもとに、この世界が物語として発表されたこと。
そこまで聞いて、エリザベスは納得した。
レアーヌが言っていた「ヒロイン」だの「シナリオ」だのはそこから来ていたのだろう。
「エレンもこの世界を元にした物語…乙女ゲーム、と言っていたけど、そのゲームをしていたらしい。物語のスタートは、リズやエレン、それにダンフォール嬢たちが学園に入学してからだそうだ」
「…そ、うだったんですか」
「そう。攻略対象者という名の役割でレオやイーリスも含めて数人いたそうだ。何度かイベントとやらをクリアして親密度を上げて、試練を乗り越えて最終的に結ばれるのがゴール。僕も隠しキャラとかなんだかで、対象に入ってたようだね」
がたん、と馬車が止まる。どうやらちょうど良いところで話が終わったらしい。
イェルクが腰を浮かせるのを見ていれば、そのまま頬に手を添えられる。自然とエリザベスは目を閉じた。唇に柔らかい感触。
ちゅ、と音を立てて名残惜しげに離れていくのに合わせて目を開けば、イェルクが嬉しそうに笑っている。
エリザベスは自分の顔が真っ赤になっていることを自覚している。だって、顔全体が熱いのだから。
「僕はいったん王城に戻る。またあとで、リズ」
「…ええ、またあとで。エル」
馬車のドアが開く。
御者の手を借りて降りたところ、迎え出てきた珍しい人物に目を丸くする。
「お兄様」
普段、彼はエリザベスの父であるクリストフの代理で領地を治めている。彼の婚約者も隣領地のご令嬢のため、王都に出てくる必要がほとんどなかった。
珍しい人物が王都に出てきているのに目を瞬かせるエリザベスに、兄リカルドは笑った。
リカルドはエリザベスから視線を馬車にいるイェルクに向け、軽く頭を下げる。
「ヴェラリオン第一皇子殿下、妹をお送りいただきありがとうございました」
「私がエリザベス嬢と一緒にいたかっただけだよ」
「あはは、そういうことにしておきましょう。父より、王城にてお待ちしていると言伝がございます」
「分かった。それじゃあリズ、またあとで」
笑って手を振るイェルクに、エリザベスも微笑んで小さく手を振り返した。
御者がそっとドアを閉めて、馬車が出発する。遠くなっていく馬車を見送り、見えなくなった頃合いにエリザベスはリカルドを見上げた。
「お兄様、いつこちらに…?」
「まずはお帰り、ベス。大変だったろう。迎えが来るまでお茶でも飲みながら話そうか」
「…はい」
迎え?と首を傾げるエリザベスにリカルドは答えずに微笑んだ。傍にいた執事に「庭で」と伝えると、執事はテキパキと指示を出し始める。
リカルドにエスコートされながら、エリザベスは庭へ移動した。
庭にあるガゼボの周囲は、季節折々の花々が咲いている。
執事とメイドたちによって手際よく整えられたティーセット。椅子に腰掛け、給仕メイドがお茶を入れるとサッと彼らは話が聞こえない距離に離れていった。
口当たりの良いハーブティーがエリザベスをホッとさせる。リカルドも何口か飲んだあたりで、カップをソーサーに静かに置いた。
「まあ、まず私がここに戻ってきた理由なんだが、ちょっとした野暮用と、お前の様子見をね」
「お兄様、わたくしはもう…」
「手紙のやり取りもしているし、分かってはいるけど心配になるものさ。こうなると、領地がここまで離れているのも少々しんどいな」
言って、リカルドは苦笑いを浮かべる。
フェーマス公爵家が管理している領地は広大で、かつ一箇所に固まっているわけではない。国有地となっている地域を代理で管理している部分もある。
リカルドは外交手腕には恵まれなかったが、領地運営に関しては父であるクリストフを上回ると称賛されている。リカルドが領主代理として動くようになってから数年、クリストフは今まで以上に目覚ましい功績を上げるようになった。
リカルドが基本的に滞在しているのは、フェーマス公爵領の直轄地、王都からは馬車で4日、最新の魔導車を使っても丸1日はかかる位置にある。
「父上はいま、ヴェラリオン皇族の接待でいない。しかしまあ、年の一度の晴れ舞台と称される日に、よりにもよって他国の王族がこの国に滞在しているというのによく騒ぎを起こせたものだな」
「ええ、本当に…」
「私は中枢には関わっていないからなんとも言えないが、父上の苦労が目に浮かぶ」
リカルドは知らないが、もっと言えばレアーヌはヴェラリオン第一皇子であるイェルクに向かって精霊魔法等で攻撃している。これは、プレヴェド王国がヴェラリオン皇国に戦争をしかけたと言われてもおかしくない事態だ。
―― エルと、一緒にいられるかしら。
エリザベスの不安はそれだ。このままでは、イェルクとの婚約もなくなってしまうのではないか。
俯くエリザベスの様子に気づいたのか、リカルドがポンポンとエリザベスの頭を撫でる。
顔を上げれば、リカルドは微笑んでいた。
「心配はいらないさ」
「…はい」
「そういえば、あのライズバーグ伯爵のところの兄妹と仲がいいんだろう?私はあの子たちを遠くからしか見たことがなくてね。どんな感じなんだ?」
「エレンとイェソン様ですか?」
なぜ突然あのふたりの話が出てきたのかよく分からないが、エリザベスはライズバーグ兄妹の話に花を咲かせた。面白そうに話しを聞いてくれているので、単純に興味が湧いただけなのだろう、と。
それから数時間後、王城から迎えの使者が来た。
本来であれば登城するのであればドレスに着替えるべきではあるが、エリザベスはまだ学生のため制服も正装にあたる。時間がないこともあり、エリザベスは予備の制服に着替え、リカルドのエスコートを受けて迎えの馬車に乗った。
リカルドは国王に呼ばれたらしく、エリザベスは別室に通された。
そこでは王妃と、ヴェラリオン皇后がお茶をしているところでエリザベスは一瞬目を丸くしたが、入室してすぐにカーテシーをする。
「ヴェラリオン皇后陛下、ならびにマリア王妃陛下にエレヴェド神の加護があらんことを。エリザベス・フェーマスでございます」
「あらまぁいらっしゃいエリザベスちゃん!こっちこっち」
にこにこと手招く皇后に、エリザベスはそっとマリア王妃に視線を向ける。
マリア王妃も微笑んで軽く頷いたので、皇后に招かれるまま、ひとり用ソファに腰掛ける。部屋の隅に控えていた侍女たちがサッと動き、エリザベスの前に温かい紅茶が用意された。
紅茶に口をつけ、ホッと息をつく。
「大変だったわね、エリザベス嬢」
「わたくしはそれほどでも…直接対峙したライズバーグ嬢の怪我が心配です」
「エレンなら大丈夫よ。むしろ、フィーネちゃんたちからの特訓の方がもっとズタボロになるから、怪我とも思ってないんじゃないかしら」
フィーネとは、現ヴェラリオン皇の妹、すなわちライズバーグ辺境伯夫人のことである。
皇后の言葉にマリア王妃も「それもそうね」と頷いた。
「フィーネ様、ご出身がヴェラリオン皇国ということもあるのだけど、我が国での精霊魔法使いでは右に出る者がおりませんからね」
「そ、そんなにお強いんですか?」
「ライズバーグ辺境伯が負かされたぐらいには」
「え」
「あ~、それね…フィーネちゃん、シュートさんに『何が何でも結婚してもらうんだから!』って決闘申し込んで、勝っちゃったのよね…」
懐かしいわぁ、なんて皇后が呟いた内容に唖然としているエリザベスに、マリア王妃はくすくすと笑った。
「それはライズバーグのご兄妹にお聞きしてみて。おふたりともその話を出すととっても渋い顔をするぐらいにはフィーネ様から聞かされているようだし、何より当時は国中が大騒ぎだったのよ。ああ、フィーネ様には直接聞かない方が良いわ。小一時間ぐらい嬉々として喋り倒すから」
それはおそらく経験談なのだろう。
当時大騒ぎしたということは、二十年ぐらい前のことだ。王子妃教育での授業を頭の中で振り返ると、思い当たるものがあった。
ヴェラリオン皇国の貴人から決闘を申し込まれ、結婚した家門がいると教師から教わった。家門や貴人については警備上の問題から伏せられたものの、当時居合わせた数少ない者たちは衝撃を受けたという。
なぜ衝撃を受けたのか、当時のエリザベスには分からなかったが、今なら分かる。
(ヴェラリオン皇女殿下が求婚したからだわ。しかも決闘でライズバーグ辺境伯から勝利を得た!)
男性の貴人であればさほど驚かないだろう。
求婚相手の家門の、腕の立つ者に決闘を申し込んで求婚を認めてもらうということは稀にあるからだ。
だが実際には女性であるヴェラリオン皇女からライズバーグの令息へ求婚・決闘を申し込み、勝ったのだからそれはセンセーショナルな話題だったのだろう。実名は伏せられたとはいえ、近代史にも載ったレベルだ。
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