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悪役令嬢エリザベス
19. 暴走と収束
しおりを挟む晴天に恵まれた、卒業式当日。
厳かな空気の中、平民、貴族ともに制服に身を包み、学園長と国王から祝辞、それからふたりの直筆サインが書かれた卒業証書が配られるのだろう。
今年はヴェラリオン皇帝と皇后も出席する豪勢なメンバーになるらしい。ある意味、いい思い出になるだろう。
在学生であるエリザベスたちは卒業式後のパーティーの準備で駆けずり回っている。
パーティーとは言うが、実際はそこまで堅苦しくもなく、卒業生が皆制服を着る最後の日を楽しく過ごすためのものだ。教師も参加しない。
料理と給仕はプロに頼むが、会場内のレイアウトや飾り付けの準備はすべて在学生が主体になって進める事になっている。これは貴族、平民関係なく協力することが目的とされていた。
かつて、この学園に在籍していた昔の王族がそのように呼びかけて始めたのがきっかけらしい。この慣習はすでに100年以上続けられている。
イェーレの言うとおり、ヴィクトリアは卒業式前に復帰した。
聞けば、イーリスから電撃魔法を受けたのだという。ヴィクトリアが防御魔法を展開する前にはすでに詠唱が完了していたようで、その速さはさすが王族だと思えるほどだったと、ヴィクトリアはテーブルクロスを広げながら言う。
「そうそう。それで、エリザベスに伝えたいことがあって」
「え?」
「わたくし、婚約が整いましたの」
ぽ、と頬を染めてそう言ったヴィクトリアに、エリザベスは思わず手を止めて「まぁ」と呟いた。
周囲の生徒たちもめでたい話にぱっと顔を明るくする。
「え?クランク様ご婚約されたんですか?」
「おめでとうございます!」
「おめでとう、ヴィクトリア」
「ふふふ、ありがとう」
「お相手はどなたなの?」
「ライズバーグ様よ」
はからずとも全員の視線がイェーレに向けられた。
だがそんな視線もなんのその、イェーレはいつも通りの無表情で「はい」と頷く。
「兄のイェソンとご婚約いただきました。私からすればようやく、といった印象ですが」
なんでも、イェソンはヴィクトリアにずっと片想いしていたらしい。
家格は釣り合うものの、レオナルドの側近兼護衛も兼ねていたため接点がほぼなかったそうで。先日の事件をきっかけにゆっくりと語り合うことができたとのことだった。
思いがけない吉事に沸いていると、教師から「時間は大丈夫か」と声がかかった。我に返った皆は、手早く準備の続きを再開した。
ヴィクトリアの吉事以外はつつがなく準備が終わり、1学年たちは退場してエリザベスたち2学年だけが会場に残る。卒業生たちを出迎えるためだ。
パーティー開始時刻になると今年の卒業生が入場する。
入場のタイミングでひときわ歓声があがったのはレオナルドとイェルクだった。特にイェルクは、エリザベスの一件でかなり有名になっており、男女問わず人気が出ているそうだ。
卒業でこの国を去るのが惜しいと思われているほどと聞いたとき、エリザベスは嬉しくなった。イェルクの容姿で遠巻きにしていた者たちも皆、イェルクは神話の悪魔ではないと理解したから。
その人気ぶりには嫉妬してしまうが、ほんの少しだけだ。
(かつてのわたくしであれば、きっと愚かにも周囲に牙を剥いてたでしょう)
必要とされているか、愛されているかどうか分からなかったから。
でも、エリザベスは知ってしまったのだ。
「リズ!」
在学生の輪の中にいたエリザベスを見つけたイェルクが満面の笑みで手を振る。
エリザベスも微笑んで、小さく手を振り返した。
イェルクがエリザベスを愛しているのだと。
7年も想い続けてくれたのだと。
在学生はパーティーに参加しないため、卒業生たちが乾杯の音頭を取った後には静かに退場することになっている。
会場の出入り口に向かおうと一歩踏み出そうとしたそのとき、エリザベスの前にあった人波がゆっくりと開かれた。何事かと見れば、出入り口のところにレアーヌの姿。
エリザベスを庇うようにイェーレ、ヴィクトリアが立つ。
「ちょっとイェーレ。あの方、貴族牢に入れられていたのではなくて?」
「そのはずですが。釈放されたとは聞いておりませんね」
だがレアーヌは制服姿だ。ということは、この卒業パーティーの準備に参加するつもりだったのではないか。
―― 本当に?表情は窺えないが、ただならぬ雰囲気を纏っているようにエリザベスには思えた。
なかなか退場しない在校生たちになにかあったのだと察したのだろう、レオナルドとイェルク、イェソンがエリザベスたちの下へやってきた。
レオナルドは僅かばかり、眉根を寄せる。
「ダンフォール嬢。あなたはまだ刑が確定していないため、牢屋に係留されているはずだ。どうやってここへ?」
「……んで…」
「ッ、エレン、イェソン!」
イェルクの声と同時に、イェーレとイェソンが飛び出し手を翳した。
ギッとレアーヌがこちらを睨みつける。
「なんでシナリオ通りに動かないのよォーーー!!」
レアーヌがそう叫んだ瞬間、爆風が会場内で吹き荒れた。エリザベスが防御魔法を展開する前に、イェルクがレオナルドとエリザベス、ヴィクトリアの前に精霊魔法を展開したことで突風程度におさえられたようだ。
あちこちで広がる悲鳴。破壊される窓ガラスと会場の装飾。
頭上のシャンデリアがガシャガシャと派手な音を立て、灯りが消えたと同時に、耐えきれなくなったロープが切れてシャンデリアが落ちてくる。
だがここはプレヴェド王国が誇るクルーゼ学園である。
魔術学科の卒業生たちはすでに魔術団に身を置く者もいるし、武術学科の卒業生たちはすでに実地訓練を受けている者もいる。
すでにこの国や主に忠誠を誓い、立派な兵士となっていた者たちはすぐさま動いた。
レアーヌにほど近い在学生たちはイェーレとイェソンの精霊魔法で守られたらしい。
落下してくるシャンデリアや窓ガラスの破片などは魔術学科の卒業生たちが魔法で動きを止め、それでも振ってきた破片を武術学科の卒業生たちが弾いてその他学科の生徒たちを守る。
「私の、私だけの、私のための世界じゃない!!なのになんでよ!!どうして主要キャラはシナリオ通りに動かないの、なんで悪役令嬢は何もしてこないの、こんなバッドエンドなんてなかったじゃない!!」
泣き叫びながら、無詠唱で魔法攻撃をぶつけてくるレアーヌ。
さすが全属性適正持ちで、精霊の愛し子というべきか。火、水、風などあらゆる属性魔法が飛び交い、精霊たちも勝手に力を貸して、精霊魔法による攻撃も向けられた。
レオナルドとイェソンは卒業生を統率し、魔術学科の生徒が防御魔法で在学生たちを守りながら、武術学科の生徒たちで避難誘導するように指示を出す。
ときおり交じる精霊魔法による攻撃は、すべてイェーレとイェルクが対処する。
ギラリ、とレアーヌの目の色が一瞬変化した。なんだろうとエリザベスが思った瞬間「見るな!!」とイェルクがエリザベスの前に割って入った。
逃げ遅れ、レアーヌと目が合ってしまった在校生がぼんやりとした表情を浮かべる。ふらりとしたかと思えば、こちらに向かって魔法の詠唱を始めたではないか。
「何を…!」
「チッ、やはり魅了の魔道具を使ってたか!頼むぞエレン!」
「3分!」
「1分で十分だ!」
普段らしかぬ口調でそう吐き捨てたイェルクの周囲に、ぶわりと一気に光が集まる。早口で何かを詠唱したかと思えば、彼は右手を空に掲げて叫んだ。
『精霊よ、我が友に祝福を!!』
光が周囲に降り注ぐ。
すると、魅了にかかった生徒がハッと我に返った様子であった。そんな生徒たちを、イェソンを筆頭とした武術科の卒業生たちが素早く会場から連れ出していく。
「相変わらずえげつない」
「エレンもやればできるだろ」
「冗談!」
レアーヌの背後、会場の本来の出入り口のところで教師たちが集まっているのが見える。だが精霊たちに邪魔されて近づけないようだ。
ギリ、とレアーヌが歯ぎしりをして、顔を歪めた。
「リセットはどこなの!?こんな、こんな結末認めないわ!!」
「リセットなんてどこにもないわよ」
イェーレの声が響く。
イェルクの背からそっと顔を出せば、イェーレの背が見えた。エリザベスからは表情が窺えない。
ふと、イェーレが何事かを呟くと、イェーレとレアーヌの周りにキラキラとした帯状の光が現れる。ふたりを囲むように落ち着くと同時に、レアーヌが何か叫んでいるようなのに、レアーヌの声は一切聞こえなくなった。
「風精霊の結界魔法だ。音も遮断する効果があるから、まあ、聞かれたくない内容を喋ってるんだろうね」
「避難状況は?」
「ほぼ退避完了しています」
生徒たちを統率していたレオナルドに報告が入る。
教師陣も別ルートから会場に入り、ようやくレオナルドたちの下に来ることができたようだ。レオナルドが簡潔に騒動の内容を伝えている。
結界内ではレアーヌが醜悪な表情で何かを叫んでいる。レアーヌには悪いが、図鑑で見た、地下ダンジョンにいるという醜いモンスターのようだとエリザベスは思う。
思わずイェルクの服の裾を掴めば、ふとイェルクはエリザベスを見て微笑んだ。その微笑みに、ほんの少し安堵感を得る。
「フェーマス嬢、ヴィー。こちらへ」
「あら、ライズバーグ様はヴィクトリアのことをヴィーと呼んでいるのね」
「あ」
「もう、エリザベスったらからかわないでくださいまし!」
ヴィクトリアは顔を真っ赤にして、ほんの少し唇を尖らせながらグイグイとエリザベスの背を押した。
イェルクは、と振り返れば彼はにこりと微笑む。
「先に行って待ってて。迎えに行くから」
「…ええ、待ってるわ」
イェソンが先導に立ち、ヴィクトリアに促されてエリザベスは別の出入り口からこの場を後にする。
途中、ぐちゃぐちゃになった場内を見て泣きそうになったが、それを出すのはひとりのときかイェルクとふたりきりのときだけ。
今はイェーレとイェルクを信じて、皆と一緒に待つだけだ。
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