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モブ令嬢イェーレ
04. ゲームスタート…?
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入学式を終えて指定されたクラスに入れば、そこにはゲームで見ていたエリザベス・フェーマスがそこにいた。
スチルでは険しい表情しか見ていなかったけど、椅子に座って配布されたパンフレットに目を通している彼女は綺麗だ。
ダークブロンドにヴァイオレットの瞳。その瞳の色は、王宮内にあるあの藤棚を思わせる上品な色合い。
ぶっちゃけ声かけて「エリザベス様」ってお呼びしたい。声をかけても良い立場ではあるけど、たぶん声かけられたらびっくりするだろうな。
何せ私のあだ名は人形令嬢。そこ、ヒソヒソしてても聞こえてんぞゴラァ。と、じっと見てあげたらヒソヒソしてた令嬢方は小さな悲鳴を上げて逃げてった。
この世界が乙女ゲームの基になった世界と推測を立ててから、色々と観察していて分かったことがある。
大まかな出来事はゲームの設定通りに進んだ、ということだ。
この乙女ゲーム、攻略対象者の好感度をアップして恋愛するのも目的ではあるんだけども、どのルートでも紆余曲折してクライマックスで、兄様たちが卒業する直前に発生するこの国最大のダンジョンの魔物暴走現象を対処するのが目的だ。
その魔物暴走現象が発生する前兆として、入学前から周辺のダンジョン等で小規模なモンスターによる被害が発生する。ヒロインであるレアーヌがいる領地でも。
そこで彼女は、魔力が不安定ながらも活躍し、全属性適正かつ精霊の愛し子であることが判明する。
新聞でダンフォール伯爵家の領地でゲームと全く同じ時期にモンスター被害が発生して、そこのご令嬢が対応したという記事が載っていたから、この世界でも起こったのは確かだろう。
入学式で殿下が在校生代表として、レアーヌが新入生代表としてコメントするのも同じ。
レアーヌと、エリザベス、ヴィクトリアのクラスが分かれるのも同じ。隠しルートのサポキャラのイェーレがエリザベスとクラスメイトになるのも同じ。
ただし、現時点でゲームと違う点は、3つ。
ひとつはヴィクトリア・クランク侯爵令嬢だ。ゲームでは魔術科のクラスだったんだけど、なぜか彼女は女子生徒があまりいない錬金術クラスにいる。
そこは薬師や鍛冶師などのモノづくりのエキスパートを目指すクラスだ。平民や財政が厳しかったり、次男・三男など家を継ぐ可能性が低い下位貴族が行く傾向が強い。
そのため、男子生徒の比率が高く、また高位貴族がそのクラスに在籍すること自体が珍しい。
もうひとつは攻略対象者のレオナルド王太子殿下の婚約者がまだいないこと。
社交界では「幼い頃から慕っている令嬢に振り向いてもらえるようアプローチをしているが、まだ実っていない」と噂されている。いやほぼ真実なんだけど、そのお相手のご令嬢が誰かまでは、把握できていないようだ。助かった。
そして、最後のひとつは ―― 私と兄様以外見えない状態でうっとりとエリザベス様を見つめている、攻略対象者である。
今は分体という、精霊族特有の能力で本体は本国で通常通り暮らしている状態で精霊としてこちらに来ている。
イェルク・ヴェラリオン。身近な者にはエルと呼ばれているこの男は、ヴェラリオン皇国の第一皇子だ。
皇帝の座には興味がなく、ふらふらと国内を回っては冒険者としてモンスター退治をしたりダンジョン攻略をしたりしているという設定なんだけど。
ふらふらするどころか、ただいま絶賛、エリザベス様のストーカーに勤しんでいる。キモい。
なんでこうなったのかというと、私が殿下と出会ってしまったあのデビュタントの晩餐会にエルもいたのだ。
もともと、エルと殿下は仲が良いらしくて、あの晩餐会にお忍びで招待されていたらしい。エルの容姿は黒髪に赤目と建国神話の邪神の色合いそのものなので、目の色を黒に変えて参加していた。
その晩餐会には当然、エリザベス様もいた。そこでエルはエリザベス様と出会い、一目惚れしたらしい。
そこから、彼女を迎え入れるためにエルは努力した。
もともと落ち着いて勉強することが嫌いだったあのエルが勉強に打ち込み、更には皇国内のダンジョンを巡って実力を上げた。
本気を出してなかっただけで、エル自身のポテンシャルは高かった。あの晩餐会から数ヶ月ほどで皇国内でも指折りの実力者となって、いざ申し込もうとしたら。
シナリオ通り、我が国の第二王子イーリス殿下とエリザベス様の婚約が発表されたのである。
そのときのエルの落ち込みようといったら気の毒なぐらいだった……今では同情したことを後悔してるけど。
でもエルはまだ諦めていない。ついでに言うと殿下も私を諦めていない。何、私の身の回りの人間は諦めが悪い人しかいないの?
そんなこんなで、エルはしょっちゅう私のところに来ては、同じクラスにいるエリザベス様を見つめている。
分体は互いを認知した人のところしか飛べない。エルにとっては私か、もしくは兄様なのだけど、私たちから離れられる距離もそこまで長くはない。
だから見つめてるだけで、四六時中ストーカーしてるわけじゃないだけマシ…と言いたいけど、たぶん、できるなら四六時中くっついただろう。この人ヤンデレ枠だったのか。プレイしてたときは気づかなかった。
休み時間になると、イーリス殿下がエリザベス様を迎えに来る。
仲睦まじく昼食をとりに行くその様子を微笑ましく周囲が見守る中、私は教室内にあるカレンダーへと目を向けた。
乙女ゲームの舞台だからなのか、元々そうなのか。
時間の考え方は前世の世界と同じだ。プレヴェド王国があるこの大陸は世界の中では小さめで、まあ、大きさはオーストラリア大陸ぐらいと考えてもらっていい。
他大陸だと時差が発生する点も同じ。暦は太陰暦を使用しているため、おなじみの閏月もある。
今日は春月の18日。
ゲームの開始は春月の1日。そこから授業パート(平日5日)、お出かけパート(休日2日)の繰り返しで話が進んでいく。
攻略対象者であるイーリス第二王子とのふれあいが増えていくのは、今週末のお出かけパートからだ。
もしヒロインが第二王子ルートを選択するならば、エリザベス様のあのイベントが発生するまで、あと半年。
「すまない。イェーレ・ライズバーグはいるか?」
「あら、ライズバーグ様。妹様ですね、あちらにいらっしゃいますよ」
「ありがとう。エレン!ちょっと手伝ってくれ」
「分かりました」
兄様に呼び出されて教室から出ていく。無論、エルも一緒だ。
私は1週間に1度、護衛騎士である兄様の手伝いという名目で王太子殿下のもとへ通っている。
当初は令嬢方からは妬みの視線も受けることがあったが、はっきりと「未だ未熟ではありますが、殿下は護衛すべきお方です」と第二種の徽章を見せたら納得された。
無表情で伝えたからというのもあるだろう。こういうとき無表情なのは便利である。
―― まあ今のところ、ただのお茶会なんですけど。
目の前でにこやかに微笑んでいる王太子殿下の前で盛大にため息を吐きたい気分だ。
でもそれをやると兄様がお母様にたぶんチクる。そしてお母様と会ったときにめっちゃ叱られる。それは嫌だ。
「エルは今日もいるのかい?」
『いるよ』
「いくら従兄殿とはいえ、四六時中ずっと一緒にいるのはどうかと思うよ」
『エレンに振り向いてもらえないからって嫉妬か?』
「そうだけど、エリザベス嬢に話しかけることすらできない君に言われてもね」
『ぐっ…』
自爆してやんの。やーい。
「ふふ、声に出てるよエレン」
「……失礼しました」
『僕に謝るべきじゃ…?』
「え、ヤダ」
『…その条件反射で回答する癖やめてくれ…地味に刺さる』
もっと言いたいことあるけど、まあ黙ってあげよう。
カップを静かに傾けてお茶を飲む。おいしい。
7年近くの付き合いもあって、愛称呼びを殿下に許した。
人前では今まで通りライズバーグ嬢なんだけど、こうして気が置けない仲のメンツしかいない場合はエレンと呼ばれる。
…愛称呼びしてもいい、と許したとき、殿下が本当に嬉しそうに笑うもんだから心臓がドキドキした。
いやまあ、うん。好きだよ、殿下のこと。
7年も口説かれたらそりゃ絆されるよ。本気だって分かるよ。
シナリオと違って殿下に婚約者はいない。
だからといって、ヒロインに傾く可能性もなくはない。
だからルートが確定する半年後までは、私は殿下に応えるつもりはない。
「そうだ、エレン。今週末の討伐に君も参加すると聞いたんだが」
「はい。参加します」
国境近くにある小さなダンジョン付近から、動物たちが大移動したとの報告があった。
恐らくそのダンジョンで魔物暴走現象が発生する前兆だろう。本能で危険だと悟って逃げ出したのだ。
ゲーム終盤の魔物暴走現象よりはかなり小規模だが、それでも多くのモンスターたちが這い出てくるのは変わりない。
長年戦争もないこの大陸で各国が軍事力を持っているのは治安維持の目的もあるけれど、この魔物暴走現象に対処するために他ならない。
当然、我が家が統括している竜騎士団にも出征要請が来た。
私はまだ学生の身のため軍には所属していないが、今回は私も経験を積むために参加することになっている。
すでに何度か討伐は経験しているけど、国をモンスターから守るためであればいくら経験しても足りないぐらいだ。機械やゲームじゃないんだから、モンスターの種別単位でパターンなんてないも同然。人間に個人差があるように、モンスターにも個体差がある。
それがどうした、と首を傾げれば、殿下は懐から何かを取り出した。
包装されていない手のひらサイズの箱だ。それを私の前に置く。
「開けてみてくれないか」
「開けた=受け取ったにはなりませんよね?」
「そうしたいところだけど、大丈夫だよ」
それなら…とその箱の蓋を開ける。
中にあったのはバングルだった。銀色に輝くそれは装飾がほとんどなく、あるとすれば小さい薄緑色の宝石が埋め込まれているといったところか。
でもこれ、ただのバングルじゃない。魔道具だ。宝石の部分にえげつない魔力が込められてる。
「…この魔道具どうしたんですか?」
「それには3回だけ、敵の攻撃を防ぐ魔術が込められているんだ。週末、討伐に出るときに君に身につけて欲しい。この前の討伐戦で防御用の魔道具が壊れたんだろう?その代わりだよ」
思わず兄様を見る、が、兄様は視線を外した。
この野郎、壊れたこと喋ったな。
いやまあ、この手の魔道具は使い捨てに近いにも関わらず、結構値段が張るからなかなか買いづらかったけど。
殿下へと視線を戻せば、にこりと微笑んで。
「受け取ってくれる?」
……なんか、目が笑っていないのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないな。
魔道具が壊れた原因、私がモンスター群に突っ込んでいったことだってのも伝えたなこのクソ兄様。
たぶん漏れなく「逃げ遅れた避難民を助けるため」って理由も答えたんだろうけど。
盛大にため息を吐きたいところを我慢して、静かに息を吐く。
「……ありがたく、頂戴いたします」
「出来れば壊れずに帰ってきてくれると嬉しいな」
「善処します」
『エレンの善処ってやらないって意味じゃ』
「黙れ変態ストーカー」
『すとーかーってなんだそれ絶対いい意味じゃないだろ!』
魔道具は、核となっている魔力を使い切ると核ごと壊れることが多い。
この宝石、なんだろう。殿下の瞳の色に似てるから、ちょっと今回は自重しようかな。
まあ、結論から言うと、壊れた。
いや今回は突っ込んでないよ?いやホントに。
ちょっと這い出てきたモンスターたちが想定よりも多くて、私含めみんなそれなりに苦戦したぐらいだから。
本当は週末の2日間だけ参加するはずだったのに、倍の4日もかかったのだから仕方ない。今日は実家に泊まる。
明日の午後には学園の寮に戻って、明後日からは授業に出なければ。
精霊たちが、噂話を運んでくれる。
どうやらレアーヌが歓楽街でトラブルに巻き込まれたところを、たまたまお忍びで出歩いていたイーリス第二王子が助けたらしい。
今日は中庭でレアーヌがイーリス殿下に、お礼として王都で有名な菓子を渡したところ、それが殿下の好きな菓子だったようで、話に花が咲いていたらしい。
「……やっぱり、大まかなシナリオの通りには進むんだなぁ」
私以外は誰もいないはずだった私の部屋で、気が抜けた頃に思わずこぼれた言葉。
トン、と両肩に手を置かれて振り返れば、にこりと微笑んだお母様。
「エレンちゃん。シナリオって、なぁに?」
…………やっべ、やらかした。
スチルでは険しい表情しか見ていなかったけど、椅子に座って配布されたパンフレットに目を通している彼女は綺麗だ。
ダークブロンドにヴァイオレットの瞳。その瞳の色は、王宮内にあるあの藤棚を思わせる上品な色合い。
ぶっちゃけ声かけて「エリザベス様」ってお呼びしたい。声をかけても良い立場ではあるけど、たぶん声かけられたらびっくりするだろうな。
何せ私のあだ名は人形令嬢。そこ、ヒソヒソしてても聞こえてんぞゴラァ。と、じっと見てあげたらヒソヒソしてた令嬢方は小さな悲鳴を上げて逃げてった。
この世界が乙女ゲームの基になった世界と推測を立ててから、色々と観察していて分かったことがある。
大まかな出来事はゲームの設定通りに進んだ、ということだ。
この乙女ゲーム、攻略対象者の好感度をアップして恋愛するのも目的ではあるんだけども、どのルートでも紆余曲折してクライマックスで、兄様たちが卒業する直前に発生するこの国最大のダンジョンの魔物暴走現象を対処するのが目的だ。
その魔物暴走現象が発生する前兆として、入学前から周辺のダンジョン等で小規模なモンスターによる被害が発生する。ヒロインであるレアーヌがいる領地でも。
そこで彼女は、魔力が不安定ながらも活躍し、全属性適正かつ精霊の愛し子であることが判明する。
新聞でダンフォール伯爵家の領地でゲームと全く同じ時期にモンスター被害が発生して、そこのご令嬢が対応したという記事が載っていたから、この世界でも起こったのは確かだろう。
入学式で殿下が在校生代表として、レアーヌが新入生代表としてコメントするのも同じ。
レアーヌと、エリザベス、ヴィクトリアのクラスが分かれるのも同じ。隠しルートのサポキャラのイェーレがエリザベスとクラスメイトになるのも同じ。
ただし、現時点でゲームと違う点は、3つ。
ひとつはヴィクトリア・クランク侯爵令嬢だ。ゲームでは魔術科のクラスだったんだけど、なぜか彼女は女子生徒があまりいない錬金術クラスにいる。
そこは薬師や鍛冶師などのモノづくりのエキスパートを目指すクラスだ。平民や財政が厳しかったり、次男・三男など家を継ぐ可能性が低い下位貴族が行く傾向が強い。
そのため、男子生徒の比率が高く、また高位貴族がそのクラスに在籍すること自体が珍しい。
もうひとつは攻略対象者のレオナルド王太子殿下の婚約者がまだいないこと。
社交界では「幼い頃から慕っている令嬢に振り向いてもらえるようアプローチをしているが、まだ実っていない」と噂されている。いやほぼ真実なんだけど、そのお相手のご令嬢が誰かまでは、把握できていないようだ。助かった。
そして、最後のひとつは ―― 私と兄様以外見えない状態でうっとりとエリザベス様を見つめている、攻略対象者である。
今は分体という、精霊族特有の能力で本体は本国で通常通り暮らしている状態で精霊としてこちらに来ている。
イェルク・ヴェラリオン。身近な者にはエルと呼ばれているこの男は、ヴェラリオン皇国の第一皇子だ。
皇帝の座には興味がなく、ふらふらと国内を回っては冒険者としてモンスター退治をしたりダンジョン攻略をしたりしているという設定なんだけど。
ふらふらするどころか、ただいま絶賛、エリザベス様のストーカーに勤しんでいる。キモい。
なんでこうなったのかというと、私が殿下と出会ってしまったあのデビュタントの晩餐会にエルもいたのだ。
もともと、エルと殿下は仲が良いらしくて、あの晩餐会にお忍びで招待されていたらしい。エルの容姿は黒髪に赤目と建国神話の邪神の色合いそのものなので、目の色を黒に変えて参加していた。
その晩餐会には当然、エリザベス様もいた。そこでエルはエリザベス様と出会い、一目惚れしたらしい。
そこから、彼女を迎え入れるためにエルは努力した。
もともと落ち着いて勉強することが嫌いだったあのエルが勉強に打ち込み、更には皇国内のダンジョンを巡って実力を上げた。
本気を出してなかっただけで、エル自身のポテンシャルは高かった。あの晩餐会から数ヶ月ほどで皇国内でも指折りの実力者となって、いざ申し込もうとしたら。
シナリオ通り、我が国の第二王子イーリス殿下とエリザベス様の婚約が発表されたのである。
そのときのエルの落ち込みようといったら気の毒なぐらいだった……今では同情したことを後悔してるけど。
でもエルはまだ諦めていない。ついでに言うと殿下も私を諦めていない。何、私の身の回りの人間は諦めが悪い人しかいないの?
そんなこんなで、エルはしょっちゅう私のところに来ては、同じクラスにいるエリザベス様を見つめている。
分体は互いを認知した人のところしか飛べない。エルにとっては私か、もしくは兄様なのだけど、私たちから離れられる距離もそこまで長くはない。
だから見つめてるだけで、四六時中ストーカーしてるわけじゃないだけマシ…と言いたいけど、たぶん、できるなら四六時中くっついただろう。この人ヤンデレ枠だったのか。プレイしてたときは気づかなかった。
休み時間になると、イーリス殿下がエリザベス様を迎えに来る。
仲睦まじく昼食をとりに行くその様子を微笑ましく周囲が見守る中、私は教室内にあるカレンダーへと目を向けた。
乙女ゲームの舞台だからなのか、元々そうなのか。
時間の考え方は前世の世界と同じだ。プレヴェド王国があるこの大陸は世界の中では小さめで、まあ、大きさはオーストラリア大陸ぐらいと考えてもらっていい。
他大陸だと時差が発生する点も同じ。暦は太陰暦を使用しているため、おなじみの閏月もある。
今日は春月の18日。
ゲームの開始は春月の1日。そこから授業パート(平日5日)、お出かけパート(休日2日)の繰り返しで話が進んでいく。
攻略対象者であるイーリス第二王子とのふれあいが増えていくのは、今週末のお出かけパートからだ。
もしヒロインが第二王子ルートを選択するならば、エリザベス様のあのイベントが発生するまで、あと半年。
「すまない。イェーレ・ライズバーグはいるか?」
「あら、ライズバーグ様。妹様ですね、あちらにいらっしゃいますよ」
「ありがとう。エレン!ちょっと手伝ってくれ」
「分かりました」
兄様に呼び出されて教室から出ていく。無論、エルも一緒だ。
私は1週間に1度、護衛騎士である兄様の手伝いという名目で王太子殿下のもとへ通っている。
当初は令嬢方からは妬みの視線も受けることがあったが、はっきりと「未だ未熟ではありますが、殿下は護衛すべきお方です」と第二種の徽章を見せたら納得された。
無表情で伝えたからというのもあるだろう。こういうとき無表情なのは便利である。
―― まあ今のところ、ただのお茶会なんですけど。
目の前でにこやかに微笑んでいる王太子殿下の前で盛大にため息を吐きたい気分だ。
でもそれをやると兄様がお母様にたぶんチクる。そしてお母様と会ったときにめっちゃ叱られる。それは嫌だ。
「エルは今日もいるのかい?」
『いるよ』
「いくら従兄殿とはいえ、四六時中ずっと一緒にいるのはどうかと思うよ」
『エレンに振り向いてもらえないからって嫉妬か?』
「そうだけど、エリザベス嬢に話しかけることすらできない君に言われてもね」
『ぐっ…』
自爆してやんの。やーい。
「ふふ、声に出てるよエレン」
「……失礼しました」
『僕に謝るべきじゃ…?』
「え、ヤダ」
『…その条件反射で回答する癖やめてくれ…地味に刺さる』
もっと言いたいことあるけど、まあ黙ってあげよう。
カップを静かに傾けてお茶を飲む。おいしい。
7年近くの付き合いもあって、愛称呼びを殿下に許した。
人前では今まで通りライズバーグ嬢なんだけど、こうして気が置けない仲のメンツしかいない場合はエレンと呼ばれる。
…愛称呼びしてもいい、と許したとき、殿下が本当に嬉しそうに笑うもんだから心臓がドキドキした。
いやまあ、うん。好きだよ、殿下のこと。
7年も口説かれたらそりゃ絆されるよ。本気だって分かるよ。
シナリオと違って殿下に婚約者はいない。
だからといって、ヒロインに傾く可能性もなくはない。
だからルートが確定する半年後までは、私は殿下に応えるつもりはない。
「そうだ、エレン。今週末の討伐に君も参加すると聞いたんだが」
「はい。参加します」
国境近くにある小さなダンジョン付近から、動物たちが大移動したとの報告があった。
恐らくそのダンジョンで魔物暴走現象が発生する前兆だろう。本能で危険だと悟って逃げ出したのだ。
ゲーム終盤の魔物暴走現象よりはかなり小規模だが、それでも多くのモンスターたちが這い出てくるのは変わりない。
長年戦争もないこの大陸で各国が軍事力を持っているのは治安維持の目的もあるけれど、この魔物暴走現象に対処するために他ならない。
当然、我が家が統括している竜騎士団にも出征要請が来た。
私はまだ学生の身のため軍には所属していないが、今回は私も経験を積むために参加することになっている。
すでに何度か討伐は経験しているけど、国をモンスターから守るためであればいくら経験しても足りないぐらいだ。機械やゲームじゃないんだから、モンスターの種別単位でパターンなんてないも同然。人間に個人差があるように、モンスターにも個体差がある。
それがどうした、と首を傾げれば、殿下は懐から何かを取り出した。
包装されていない手のひらサイズの箱だ。それを私の前に置く。
「開けてみてくれないか」
「開けた=受け取ったにはなりませんよね?」
「そうしたいところだけど、大丈夫だよ」
それなら…とその箱の蓋を開ける。
中にあったのはバングルだった。銀色に輝くそれは装飾がほとんどなく、あるとすれば小さい薄緑色の宝石が埋め込まれているといったところか。
でもこれ、ただのバングルじゃない。魔道具だ。宝石の部分にえげつない魔力が込められてる。
「…この魔道具どうしたんですか?」
「それには3回だけ、敵の攻撃を防ぐ魔術が込められているんだ。週末、討伐に出るときに君に身につけて欲しい。この前の討伐戦で防御用の魔道具が壊れたんだろう?その代わりだよ」
思わず兄様を見る、が、兄様は視線を外した。
この野郎、壊れたこと喋ったな。
いやまあ、この手の魔道具は使い捨てに近いにも関わらず、結構値段が張るからなかなか買いづらかったけど。
殿下へと視線を戻せば、にこりと微笑んで。
「受け取ってくれる?」
……なんか、目が笑っていないのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないな。
魔道具が壊れた原因、私がモンスター群に突っ込んでいったことだってのも伝えたなこのクソ兄様。
たぶん漏れなく「逃げ遅れた避難民を助けるため」って理由も答えたんだろうけど。
盛大にため息を吐きたいところを我慢して、静かに息を吐く。
「……ありがたく、頂戴いたします」
「出来れば壊れずに帰ってきてくれると嬉しいな」
「善処します」
『エレンの善処ってやらないって意味じゃ』
「黙れ変態ストーカー」
『すとーかーってなんだそれ絶対いい意味じゃないだろ!』
魔道具は、核となっている魔力を使い切ると核ごと壊れることが多い。
この宝石、なんだろう。殿下の瞳の色に似てるから、ちょっと今回は自重しようかな。
まあ、結論から言うと、壊れた。
いや今回は突っ込んでないよ?いやホントに。
ちょっと這い出てきたモンスターたちが想定よりも多くて、私含めみんなそれなりに苦戦したぐらいだから。
本当は週末の2日間だけ参加するはずだったのに、倍の4日もかかったのだから仕方ない。今日は実家に泊まる。
明日の午後には学園の寮に戻って、明後日からは授業に出なければ。
精霊たちが、噂話を運んでくれる。
どうやらレアーヌが歓楽街でトラブルに巻き込まれたところを、たまたまお忍びで出歩いていたイーリス第二王子が助けたらしい。
今日は中庭でレアーヌがイーリス殿下に、お礼として王都で有名な菓子を渡したところ、それが殿下の好きな菓子だったようで、話に花が咲いていたらしい。
「……やっぱり、大まかなシナリオの通りには進むんだなぁ」
私以外は誰もいないはずだった私の部屋で、気が抜けた頃に思わずこぼれた言葉。
トン、と両肩に手を置かれて振り返れば、にこりと微笑んだお母様。
「エレンちゃん。シナリオって、なぁに?」
…………やっべ、やらかした。
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