【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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モブ令嬢イェーレ

05. そうしてやってきた運命の日

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 どうも、イェーレ・ライズバーグです。
 ただいまお母様に連行されて、応接室にいます。

 ニコニコのお母様の隣には困惑した様子のお父様、私の隣には「何やらかしたんだ」って顔の兄様。
 ちなみに室内は人払いされており、他に誰もいません。


「フィーネ、エレンがどうかしたのかい?」
「そうねぇ。まずはエレンちゃん」
「……はい」
「いつから?」


 手に汗がじわっと広がった。
 お母様はおっとりしているが、不在がちなお父様に代わってライズバーグ領を守る女主人だ。
 あと、何万回も聞かされたけど、お母様は結婚申込みのときにお父様と決闘して、お父様に勝ってお父様と結婚している。当時学生の身分だったとはいえ、第一種資格を所有していた正規の竜騎士が、負けた。精霊魔法も使わないお母様に。
 元ヴェラリオン第一皇女のお母様の実力は計り知れないのである。

 そんなお母様に嘘を吐き続けられるかというと、否だ。


「……真名を、もらった日に」
「まぁ、どういう前世だったの?」
「「前世!?」」
「ここよりは科学技術が発達していて、精霊も魔法も想像上にしか存在しない世界で。この世界は乙女ゲームっていう恋愛シミュレーションゲーム…まあ、本の中に自己投影して疑似恋愛するみたいな感じ?の舞台になっていて…前世の私は、そのゲームをプレイしたことがある」


 お父様と兄様がぽかんと口を開けている。
 お母様は「そうなの~」といつものおっとりした感じだ。
 ひとつため息を吐いて「ノートを持ってきても?」と聞けば、お母様はにっこり笑って頷いた。

 この世界で前世持ちは過去に事例はあるものの、異端扱いされる国も多い。
 ここプレヴェド王国もそのうちのひとつだ。だから私は家族にも黙っていた。
 ただ、うちはお母様の祖国ヴェラリオン皇国の風習や見方が強いので受け入れやすかったのだと思う。ヴェラリオン皇国には、前世持ちを異端扱いする風習はない。

 こういう、異世界転生したときって、大抵前世の記憶は薄れていくものだ。
 私も例に漏れず、あれほどやり込んだゲームの内容はほとんど覚えていない。
 だから私は、記憶が戻ってから分かる範囲ですべてノートにまとめた。精霊言語と呼ばれる特種な言語で記述したので、誰かに見られても内容を読み取られる可能性は非常に低い。
 ここではヴェラリオンの血を引くお母様、兄様、私以外は誰も読めないのだ。

 部屋に戻って、隠してあったノートを持って応接室に戻る。
 それをお母様に手渡せば、お母様はパラパラとノートをめくって速読した。


「…なるほど~、王太子殿下も攻略対象者だったのねぇ。もしかしてエレンちゃんが王太子殿下との婚約を断ったのも、それもあるのかしら?」
「半分は。でも、お父様みたいな立派な竜騎士になりたいのに、王太子妃教育と並行してやったら達成できないからっていう理由も本当」
「エレン…!そんな立派になって…!」
「そうよねぇ、シュートさんはカッコいいものねぇ。ということは、エレンちゃんはそのシナリオが崩壊して、王太子妃の教育さえなんとかなれば別に王太子殿下と婚約しても問題はないのね?」
「うん…?まあ、たぶん…」


 正直あんまり勉強は好きじゃない。体を動かす方が好きだ。
 確かに殿下のことは好きだ。かといって殿下のために何でもできるかと言われると微妙。

 私の濁した答えでも、お母様には良い返答だったようだ。
 嬉しそうな表情を浮かべたあと、静かにソファから立ち上がる。


「エレンちゃん、対策を立てたいからこのノート借りてもいいかしら?」
「あ、うん。いいよ」
「シュートさん、ちょっと付き合ってくださる?」
「もちろん、いいとも」


 お父様にエスコートされて、ふたりとも応接室から出ていく。
 私もそろそろ戻るか…と立ち上がろうとしたとき、不意に兄様が呟いた。


「お前のその口調、前世由来だったのか」
「そうだね」
「はー…どおりで直らないと」
「殿下には言わないでよ、私が前世持ちだってこと。ただでさえ笑えない、邪神と似たような色合い持ち、ヴェラリオン皇族の母親持ちってことで設定マシマシなんだから」
「言わねーよ。…で、俺にもそのシナリオってやつ聞かせてもらえるか?」
「いいよ」






 家族に前世持ちだってことを暴露してから、数日後には私も兄様も学園に戻っていた。
 殿下に魔道具について聞かれて思わず謝ったけど、殿下はふと微笑んで「無事で良かった」とだけ。その微笑みに心臓が高鳴った気がしたけど、ひとまずスルー。
 兄様は殿下の護衛として傍に付き、私は相変わらずストーカー従兄の分体を引き連れて授業を受ける。

 目に見えて変化が出始めたのは、雨月レインの下旬頃。
 イーリス殿下が、昼休みにエリザベス様を昼食に誘うことがめっきり減った。代わりにクランク嬢と一緒に昼食をとっているようだ。

 たまたま殿下から「エルとも話したい」と誘いがあって、食堂の個室に足を踏み入れ、目に入った光景に思わずその場で足を止めた。
 ずぅん、と暗い雰囲気の殿下と兄様。エルも『…レオまでこんな状態ってマズい状況なんじゃないか?』と困惑した声で呟く。
 エルの声で入ってきたことにようやく気づいたのだろう。顔を上げた殿下は苦笑いを浮かべた。


「座ってくれ。まあ、この雰囲気のことは…食べながら話そうか」


 給仕担当のメイドや執事に手を上げると、席へ案内される。
 私たちの到着に合わせて準備されたのだろう、手早く並べられた昼食は学食にあるちょっとお高いメニューだ。
 必要最低限の準備をした給仕たちは、一礼して部屋の外に出ていく。用があるときはテーブルの上にあるベルを鳴らせばいい。


 そうして、兄様も席について話された内容は。


「……横領ですか」
「そう。イーリスがな…エリザベス嬢婚約者用の予算を、とある令嬢に使っているらしい」


 横領は王族でも重罪だ。
 エリザベス様のお父君であるフェーマス公爵は外交を担当するお方で、その手腕は国内外で評価されているほどの敏腕。
 後々、殿下を支えるために外交を任される予定だったイーリス殿下が横領なんて悪事に手を染めるだなんて…。

 え、もしかしてゲームのあの贈り物のお金もここから?うわ、推しじゃないけどなんかショック。
 せめて私費だったらまだしも、婚約者への贈答用予算からって。えぇ…。


「証拠は出揃ってるんですよね?ぶっ叩けば良いのでは?」
「エレン」
「……自室待機等、しかるべき処罰があるべきとは思いますが」
『そのクセ、直ってないんだな…』
「やかましいストーカー」
『おい!』
「ふふ…うん、まあそうなんだけど。ちょっと泳がそうと思ってて」


 殿下曰く。
 この横領を始めたのがついこの間のようで、まだ回数が少ないらしい。このままだと厳重注意で終わってしまいそうなので、しばらく泳がせるとのことだ。

 ……あれ、殿下って第二王子とそんなに仲が悪かったっけ?


「可もなく不可もなく、といったところだよ」
「えっ」
『声に出てたぞ』
「マジか」
「エレン」
「うぐ……気をつけマス」


 兄様が盛大にため息を吐く。
 殿下はくすくすと笑うと「大丈夫」と告げた。


「ヒントは十分に与えているから、後はイーリス次第だよ。一時の愚者となるか、犯罪者となるかは」


 ……わぁ。
 声が出てしまったのには気づいたけど、仕方ない。
 だって殿下、いい笑顔だから。


『…レオは敵に回したくないな』
「…うん」




 それから、更に月日は流れて。
 運命の秋月フォールの24日。

 もうこの頃には、バカ王子――イーリス殿下なんてバカ王子でいい――とヒロインであるダンフォール嬢の仲は学園中が知っている。
 我がクラスでも表立って噂はしないものの、エリザベス様を気にかけているクラスメイトは多い。
 エリザベス様はなんでもない風に振る舞っているけど、時折物憂げな表情を浮かべたりしている。

 ゲームでは悪役令嬢として苛烈な性格が目立つエリザベス様だけど、あのイベントが起こるまでは皆の手本になる淑女だったんだよ。絶対。今だってそうだもの。
 よくよく考えたら、ヒロインヤバくない?人様の婚約者寝取ってるんだよ?ヤバくない??
 ていうかバカ王子もあり得ないでしょ??


 お昼休みに入って、エリザベス様はクランク嬢を待たずに席を立ってどこかに向かった。
 私の傍にいる分体のエルは、心配そうにうろついていた。「僕だったら彼女のことをこんなに悲しませないのに…」とほざいているが、このストーカーっぷりを考えると恐らくよそ見せずにエリザベス様のことを溺愛し続けるだろう。

 何も知らないクランク嬢が教室に顔を出し、エリザベス様がいないことに困惑している。
 時計を見る。エリザベス様が出ていった時間と、イーリスとレアーヌが真名を呼び合いながらキスをするイベントが発生する教室への移動時間。
 そこから考えると、目撃したエリザベス様が、ショックを受けて誰もいない西棟の中庭へ逃げ出したのは今頃だろう。


「彼女、今頃あの西棟の中庭で泣いてるのかしら」


 食べかけの弁当をぼんやりと眺めながら、ぽつりと呟いた声は、教室内のざわめきに紛れて誰にも聞こえない。

 はずだった。


『どういうこと?いや、それは後ででいい。エレン、そこへ行こう。今すぐに!』


 考えに没頭してエルの存在をすっかり忘れていた。エルは普段、声を発しない。姿と違って周囲に聞こえるからだ。
 私の腕を引っ張って立ち上がらせようとするエルに小声で「ちょっと待て」と宥める。あんたが何かに触って動かすと、ポルターガイストになるから止めなさい。
 幸いにも、エルの声に気づいた人はいないようだ。

 弁当を片付けてから教室を飛び出す。何人かのクラスメイトは、普段の私らしからぬ様子にちょっと驚いた様子だった。

 私自身も、ゲームをプレイしていたときからずっと気になっていたのだ。
 ヒロインのイベントとは別に、幕間という形で流れるこの悪役令嬢側のストーリー。もちろん、エリザベス様だけじゃなくて王太子ルートの場合はクランク嬢のもあった。
 クランク嬢の場合は悪役というよりは「あなたが王太子妃になるの?ならその資格があるか、見定めてあげる」という試練役。でも、エリザベス嬢は本当にヒロインに危害を加えようとする悪役だ。

 きっかけが政略とはいえ、婚約者として恋心を抱いた相手が、自分を蔑ろにしてヒロインに心変わりするんだよ。その時点でちゃんと、「心変わりしてしまった」とエリザベス様に相談していたらきっと、エリザベス様もあそこまで狂わなかったと思う。
 エリザベス様に私は感情移入してしまったのだろう、私はゲームでもイーリス第二王子は好きじゃなかった。他のルートと違ってただ淡々と、スチルを集めるためにプレイしていたと思う。


 西棟の中庭についた。
 エルはするすると、ガゼボのところへ進んでいく。私もその後ろについて、こっそり覗き込んだ。


「う…うぅ…」


 ボロボロと涙をこぼしながらも、声をあげまいと唇を噛んでいるエリザベス様の姿がそこにあった。
 まさにそれは、ゲームで見たあのスチルで。
 このままでは、エリザベス様はきっとゲームと同じように、嫉妬に狂ってヒロインを攻撃してしまう。それはダメだと、思わず足を踏み込んだそのときだった。


『ねえ』


 エルが、エリザベス様の前に立っている。
 その様子はエリザベス様には見えないようで、突然聞こえた声に驚いて顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回していた。


『大丈夫?』
「え、あ…」
『ああ、だいぶ目元がはれてるね。しばらくココにいたほうがいいかも』
「そ、そんなに、ひどいですか…?」
『うん』


 すごく、愛おしそうにエリザベス様を見つめている。
 ずっとエリザベス様に話しかけたかったから、念願かなったという感じだろう。


「あなたは…」
『僕?僕は…まあ、精霊みたいなものかな』
「精霊…!?」
『そう。まあ、気軽にエルって呼んでよ』


 クスクスとエルが笑う。エリザベス様が「エル様」と小さな声で呟けば「なぁに?」とでろっでろに甘い声で返した。

 いやまあ…うん、精霊…そうだけどさぁ…。
 出るに出れず、様子見をしているとエルの手がエリザベス様の目元に触れる。
 あんにゃろう。


『泣いている君も美しかったけれど、やっぱり泣き止んでいる方がいいね。笑ってくれるとなお嬉しいけど。なにか悲しいことでもあったの?もしよければ、僕が聞くよ』
「エル様にそんな…」


 あ、ダメだこれ。
 私は小さくため息を吐いて、自分の体を周囲に溶け込ませる。
 私も一応、精霊族の末裔だ。こういったことも訓練してできるようになっている。


『いきなり話してごらんなんて言われても話せないでしょうよ』


 そうして私は、精霊エレンとしてエリザベス様の前に姿を現したのだ。
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