異世界転生したけどそんな都合よく最強にはなれませんでした!?前途多難の駆け出し冒険者

蒼桜月薔薇

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第一章 死んでないが死にかけた

第1話 謎生物との遭遇

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 冷たい空気と訳の分からない事態、何が飛び出してくるか分からない未知の空間に精神力がじわじわと削られていく。

 出来れば全力ダッシュをかましたいところだが、足元がとんでもなくヌメヌメしている。
 湿気と苔のコラボレーションで、スケートリンクもびっくりな滑り具合だ。
 油断すればどこかで転倒して怪我して動けなくなる可能性だって無くはない。
 今は無駄に体力を費やすより、慎重に行動するのが得策だろう。

 とはいえ……。

(怖ッ……。正直めちゃくちゃえぇ!!)

 VR視点でやった『The Magical kingdom』ばりに怖い。
 今にもそこらの暗闇からダークスパイダーが現れそうだ。
 アイツらには何度、墨色の毒液を吐き掛けられて視界を奪われたことか──。

《ガサッ》

《ガサガサッ》

(……んん? 何か今すげー不気味な音がしたような……)

 引きつり笑顔のまま、音のした方向を振り返るも、特に何も変わった事はない。
 気のせいだったのだ、そうに違いない。
 あまりの恐怖を感じると脳がありもしない音や映像を作りだすというアレだ。


(しっかりしろ、オレの脳!! ここは現実世界!! モンスターなんかいるわけない……)

《ガサガサガサッ》

「ひっ!!」

 再び背後で何か虫が這うような音が聞こえた。
 反射的に全身が大きく震える。
 仕方ない、人間が生理的に受け付けない、家で聞こえようものなら夜通し眠れなくなるようなあの音がするのだから。

 恐恐と後ろをゆっくりとスローモーションのように振り返る。
 が、やはりそこには何もいなかった。

「フッ……オレとしたことが……恐怖の余り有りもしない幻聴を生み出してしまったか……」

 取り敢えずカッコをつけてみる、怖いから。
 声が震えているのは武者震いというやつだ!
 ……多分。

 ふいに、肩に何かが落ちてくる。
 生温かい何かがぬるりと身体を伝って流れていく。
 ゾッとして払おうとするとねっちょりとした粘液が手に塗れる。

「なっ、何だコレ!? キモッ!!」

 非常に気持ち悪い、何でこんなものが上から落ちてくるんだ。
 そう思って上を見たオレは呆然としてその場に固まった。

(えっ……何か……蜘蛛がいるんだが……それもダックスフンドくらいの……)

 そいつは黒いボディをしていて無数の目が爛々と赤く輝いている。
 その口元には牙が生え揃い、涎が滴っていた。
 ちょうど、その液体がオレの顔を直撃する。

「……うっ……うぎゃあーーーー!?」

 自分でも驚くほどの絶叫が響き渡る。
 つか、自分こんな大声出せたんだな、と感心する。
 いや、そんなことに感動してる場合じゃないぞ。

(に、逃げろォーーー!!)

 何だ、何なんだあれは。
 この世にあんな巨大な蜘蛛は存在しないはずだ。
 確か、世界最大の蜘蛛でも成人男性の手のひらサイズぐらいでは無かろうか。

 全身の力を振り絞って走るもこの湿気った岩肌は滑りやすく、下手するとその場に転倒してしまいそうだ。
 後ろからは高速で追い掛けてくる気持ち悪い足音が聞こえるし、一瞬でもしくじったら蜘蛛に襲われるのは間違いないだろう。

 何故こんなことになったのだ。
 本当なら今頃、家の近くのおっちゃんが営む焼き鳥屋で、お徳用焼き鳥10本セットを買ってビールと称した麦茶で一杯やりながら、明日は休日だから完徹してもいいな!!等々思っていたのに。

「ここで死んでたまるかーー!!」

 取り敢えずオレを車道に突き飛ばしたあのクソ野郎にはしっかり刑に服してもらい慰謝料もぶんどるとして、『The magical kingdomⅡ』をプレイせずに死ねるかってんだ。

 前作は発売から5年も経っていたから、初心者のオレはやり込んだゲーマー達の話に付いていけなかったが、今回は違う。
 今度こそ発売と同時にプレイしてあの感動と興奮を他のゲーマー達と分かち合うと決めていた。

 もう、「えっ、今頃プレイを始めたの。プッ、○○殿、ちと波に乗るのが遅すぎやしないナリか。我輩は発売より遥か前にリサーチしこのゲームは絶対的に全世界を巻き込んだ神ゲーになると睨んで(以下略)」とか言わせねぇぞ!!


「うぉおおおお!!」

 高校時代の体育祭でもこんなに全力疾走したことはない。
 成人してからは内勤だったので益々体力を使わなくなり、これではイカンとマンテンドーが発売するリングマッチョなどをやって身体を鍛えてはいた。
 それがこんなところで役に立つとは。

「見よ、この脚力を!!」

 馬のようにしなやかに軽やかに、実際には水牛が獲物に狙いを定めるが如く荒々しく、オレは洞窟の中を駆け抜けた。
 まったく見えて来ない出口を求めて──。

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