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第一章 死んでないが死にかけた
第6話 見えなかった裏側
しおりを挟む「アンブローシス・マーリーンって……あの伝承になっている人ですか?」
「で、伝承……?」
表現がおかしくないだろうか。
伝承って伝説とか言い伝えとかそういった意味であってつまり、ものすごく年月が経過してるってことではなかろうか。
「ちょうど今日で没後700年ですね」
「ななっ……!?」
何ということだ……思った以上の時間が経過していた。
700年も経てば歴史も街も設定も動いている可能性がある。
前のゲームでは役に立ったであろう膨大なデータも今作では補足知識にしかならないかもしれない。
(浦島太郎か、オレは……)
700年前の舞台ならはやり尽くしたから、能力はなくともどこが危険でどういう所に何が出る、とか色々知っているから役に立っただろう。
しかし、この世界は700年後の未来──、今度はこの世界で『えっ、何、その情報。古くない!? 激ヤバなんですけど(笑)』とか言われたりしてな。
自分で言っといてなんだが、ものすごく落ち込んできた。
「とりあえず魔力喪失病治療するのにお幾らくらい掛かりますか?」
金は持ってない、当然ながら。
高額請求とかされるようならサクッと諦めよう。
元の世界ではそもそもあり得なかった能力だし、病気だと分かっていれば何とか生きていけるのではないだろうか。
「一日に付き5ゴールドですよ。魔法は使えませんが、毎日薬を飲めば今回のように魔力当たりを起こして倒れることは無くなります」
「は……?」
オレは頭を殴られたような衝撃にその場に固まった。
薬を飲み続けなければ他の人と同じように生活できないのか?
そういえば、サイラス医師は『魔力を持てるようになる』と言い、治るとは一言も言ってなかった。
「あの、魔法を使えない人達への待遇ってどうなってるんですか? どうせ知ることになるんだから教えてください」
「……けして良いとは言えませんね。彼らは識別札を付けさせられ、住まう場所を日の当たらない地下に定められています。仕事は主に墓所の守り人、罪人の食事の準備、牢獄の清掃、襲撃を受けた者の遺体の埋葬等、付き手のない職が主です。そして病を理由に、金銭の授受に一割が手数料として加減させられます」
魔法がすべてである世界故に、魔法が使えないとほぼ何も出来ないのだろう。
それでも昔よりはマシだろう。
昔は雨風を凌ぐことも出来ず、物乞いをして生きるしかなかったのだから。
「治らないんですか? 魔力喪失病の人は、一生薬を飲みながら肩身の狭い思いをして生きるしかないんですか?」
「治せるものならどんなに良かったでしょうね。この分野は100年程前に解明が始まったばかりで、原因は掴めていません。発作を起こさないようにするのが精一杯なんです」
たった100年前──。
700年も経過した後の世界だというのに、ずっとこの病の人は苦しんできたのか。
この世界の人間達は弱い立場にある人を迫害し続け、未だに隅に追いやっているというのか。
(あんな……真っ暗な水の底に沈んでいくような……正直死ぬんじゃないかって思った)
でも、こんなのはまだ序の口に過ぎない。
前作だと道行くNPCが突然亡くなったり、悶え苦しみ始めたりする光景を何度も目にしてきた。
けれど傍を通る人は彼らに目もくれず、もちろん主人公であるはずのプレイヤーですら話し掛けることが出来なかった。
少しでも苦しみを和らげる事が出来ないかと治癒魔法を掛けてみても駄目だった。
見て見ぬ振りをする、それが暗黙の了解だった。
最初は心が痛みはしたものの、次第に彼らの姿はは見慣れた光景となり、最後には景色の一部と化していた。
忘れていたはずの、目を逸らしていたはずの悪夢が現実となって自分の身に降り掛かっていた。
他の人と自分が違うという元の世界では何でもなかった事がこれほど恐ろしいものだなんて、この世界に来て初めて知った。
(……やっぱ異世界トリップでチートなんて物語だけの話だな……。現実にトリップなんてしたらこんなもの……)
気持ちがどんどん沈み、すべての物事がどうでも良くなっていく。
そんな時ふいに頭を軽く撫でられ、オレは顔を上げる。
サイラス医師は若干哀しそうに微笑みながら、慰めるように繰り返し頭を撫でてきた。
「とりあえず、ご飯にしましょうか」
そうは言われても、こんな状況で食欲が湧くはずが──。
けど、オレの意思に反して、腹は何か食わせろと言わんばかりに催促の音を立てる。
こんな時にまで腹が減るなんて、と腹立たしく思う。
「お腹が空くのは生きている証です。私は諦めたわけではありません、だから君も一緒に頑張りましょう」
オレはハッとしてサイラス医師を見た。
その言葉の意味を覚ったからだ。
聖堂に行けば大概の怪我や病気は聖職者が治療できてしまう。
ここは確か『診療所』と言わなかっただろうか。
「……ここって、何を治療してるんですか?」
「私の仕事は魔力喪失病の研究と、その病に苦しむ人の治療です。私の祖先はここでずっと、病に苦しむ人達を助けるべく全容の解明に当たっています」
「そう、なんですか……」
オレは感情が込み上げてきて息を詰まらせた。
幾度話しかけようとしても、関わることを許されなかった人達。
そのゲームの裏側で、オレ達の手の届かない場所で、その人達を助けようとしている人がいたのだ。
「さあ、早く。レティが用意してくれているご飯が冷めてしまいますよ」
「あ、あの、彼女はここで何を?」
「うちでボランティアをしてくれています。とても明るくて優しくて良い子です」
背中に添えられた手が優しくて温かい。
オレは微かな希望を抱いて、サイラス医師と一緒に診療室を後にした。
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