異世界転生したけどそんな都合よく最強にはなれませんでした!?前途多難の駆け出し冒険者

蒼桜月薔薇

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第一章 死んでないが死にかけた

第19話 泣く子も黙る

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「……そんじゃあどんな奴なら組む価値があるってんだよ」
「バカ、黙ってろって!」

 酒場の一角から洩れた不満げな声を別の人物が諫める。
 酒に酔っているのであろう冒険者の一人が足音も荒くジャックさんに詰め寄り、据わった目で睨み付ける。
 連れであろう男性はさすがにここまで出る勇気は無いようで、席から青褪めた表情でこっちを見守っている。

 その様子は明らかに不自然だった。
 幾らジャックさんが腕が立つ剣士だったとしてとも、そこまで恐れられるものだろうか。
 オレが見る限りちょっと取っ付きにくそうな男性、という風にしか見えないのだが。

「アイツ、死ぬんじゃね?」
「だな。千人斬りのジャックに喧嘩売るなんて命知らずもいいとこだ」

(何だ、その話は。すごく気になるぞ……)

 不穏な話にオレは声の方を見る。
 人の良さそうな冒険者の男性二人は腕を組んで心配そうに事の成り行きを見守っていた。
 この人達は質問しても快く答えてくれそうだ。

「あのー……千人斬りって何ですか?」

 そっと近寄って内緒話をするように声を潜めて問い掛けると男性らは顔を見合わせて首を振る。

「お前、泣く子も黙るジャックの伝説も知らずに声掛けたのかよ! マジだってんなら、今さらそれ聞いて気後れしてギクシャクするのお前も嫌だろ? 聞かない方が気が楽だと思うけどな」
「一緒に行動するんだからこそ余計に気になります。有名な話なら遅かれ早かれ知ることになると思うので教えてください」

 そこで勿体ぶられても道中ずっと悶々とするかもしれない。
 危険人物ならギルドが出入り禁止にしているだろうし、そっちの方面ではないと思われる。

「いや、でもなあ……」
「ガル・グリーディーターを一夜にして千人殺したんだよ、たった一人でな」
「…………は!?」

 ガル・グリーディーターは『貪欲に石を食い漁るモノ』を意味し、その名の通り魔石の他、鉱石や宝石が好物で、それらを貪欲に狙い食い漁る事から名付けられた。
そんじょそこらのモンスターとは格が違い、人間より遥かに高度な知能と桁違いの魔力を有している。
 彼らは食した魔石を己の魔力に変換させ、尚且つ強くなればなるほど凶暴化するため、厄介な敵として有名だ。

 対してジャックさんは戦闘能力こそ分からないものの、魔法が使えない病を抱えている。
 物理攻撃のみでその強敵を殲滅したなんてにわかには信じられない話だった。

「一緒に戦ったハッカイさんが証人だから間違いないぜ」
「そもそも何でそんなことに……」
「おま……それも知らないのかよ!? 世間知らずってもんじゃねえぞ!」

 ドン引きされるが、仕方ないだろう。
 こちとら転生者で、今作までの出来事に関する知識は一切ないのだから。
 やれやれ、と呆れた様子をみせながらも説明してくれた。

 今から二十年ほど前、ガル・グリーディーター達はジャックの故郷であるロックウォール街を襲撃した。
 ロックウォール街は世界の6割を占める魔石を産出する土地で、彼らはそれに目を付けたのだ。

 彼らが街を占拠すれば世界は滅亡への道を辿ることになるだろう。
 元々ある程度警備はしっかりされていたようだが、それでも軍団になって襲ってきた彼らは手強く、国王も軍を送ったが決着は付かなかったようだ。

「そこで立ち上がったのがあの人なんだよ。あの人は国王に条件を突き付けて、それを呑むなら一夜で片を付けてやるって宣言したらしい」
「その条件って何なんですか?」
「魔力喪失病の人間の待遇改善だ。魔力石の掘り出しを行っていたのは魔力喪失病の人間達だったからな。酷く劣悪な環境に置かれていたのを見過ごせなかったんだろう」

 ガル・グリーディーターの討伐の引き換えが待遇の改善だけだなんて、国王サイドが余りに優位すぎるだろう。
 統治者までもがそんな不公平な取引を堂々と行うとはどこまでも救いようがない。

「まあ、それだけ魔力喪失病の人間の扱いが低いって事だ。嘆かわしい事にな」

 不満に思っていたのが伝わったのか、男性は宥めるようにオレの頭にぽんと手を載せる。
 国王と約束を取り付けたジャックさんは証人となるハッカイさん一人を共に戦場へ乗り込み、見事一夜にして敵を殲滅させたのだ。
 昼を過ぎても二人が戻ってこないことに肩を落としていた街は熱狂し、手厚く二人を歓待した。

 ハッカイさんは国王に己の目で見たこと、ジャックさんの類まれなる剣術、身のこなし、目の前で次々と斬り伏せられていくガル・グリーディーターについて興奮した様子で語ったという。
 その街では今でもジャックさんが英雄だと語り継がれているらしい。




「どんな奴、か……」

 クックッと喉を鳴らすようにジャックさんは口角を上げて笑う。
 その様子はガラの悪い極悪人そのものでその場にいたほぼ全員が震え上がった。
 蛇の尾を思い切り踏み付けたような状況に、最初は威勢を張っていた男性も次第にたじろいだ様に後退る。

 あー、人選ミスだったか……?なんて思うほど悪人面だが、それが様になっているのはジャックさんの顔面偏差値が高いからだろうか。
 レティはどう思っているのか、恐恐と盗み見るが、驚いたことに彼女は臆することもなく平然とその様子を見守っている。

「それはな……」

 ジャックさんがゆっくりと距離を詰め、息が掛かりそうなほど顔を近付けた時が男性の限界だったようで、腰が抜けたように後ろに尻餅をついて顔面蒼白のまま動かなくなった。

「そうだな。あのガキみたいに己の境遇を悲観してないで、どんな小さなことでもいいから何かを成し遂げようと足掻く人間、それなら手を貸してやらなくもねえな」

 面白そうに顔を覗き込むジャックさんに、相手の男性はもう何も言わなかった。
 それどころか所在なさげに視線を漂わせ、頼りなく立ち上がると部屋の隅の席へと戻っていった。

「さてと、白けちまったし酒と肴でも買って飲み直すとするか……」

 ジャックさんは首の後ろを抑え嘆息を吐く。
 その視界にレティを捉えたジャックは片手を上げて微笑んだ。

「よお、レティ。必要ねえか?」
「はい。でもその時が来たらぜひお願いします」
「いつでもいいぜ」

 そう言って酒場を抜けるジャックさんの後を追い、オレ達はギルドの受付がある方へと一緒に戻ることにした。



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