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序章 堕ちた赤い月
09話◆交わされた密約
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青年はしばらくの間、押し黙っていたが、刀で自分の腕を傷付けた。
溢れ出す血が滴り、床で微かな音を立てる。
「何を……」
青年の行動に気付いた華夜は、驚いたように顔を強張らせる。
そんな彼女の目の前に、青年は血で濡れた腕を差し出した。
「オレの血を飲め。お前と契約を結んでやる。代価は精気だけでいい。契約期間中はオレのすべてをお前に捧げるという『血の盟約』だ。契約終了まで力になってやる」
「本気で言ってるの? 私は退魔師なの。悪魔と契約を結ぶだなんてお断りだわ」
いったい何を考えているのか。
青年の思惑が読めず、華夜は混乱したように身を引く。
「オレは魔を祓う魔だ。少なくともお前が考えてるヤツらよりよほどマシだと思うぜ。仲間の無念を晴らしたいんだろ?」
「それは……」
返す言葉に困り、華夜は青年を見上げた。
そして宝石のように赤い瞳に魅入られ、反らせなくなる。
「私の盾と剣になるつもり?」
「ああ。どうした? ルシファーは憎くても、悪魔と契約までする覚悟はないか?」
悪魔と契約する。それはとても恐ろしいことだ。
青年は精気だけでいいというが、果たしてその言葉がどれだけ信用できるのだろう。
この契約は無謀な賭けのように思えた。
だが、このままここで一人きりで一体何が出来る?
ルシファーの言うように、一族はみな退魔師としての誇りを貫いて殺された。
そこまでして守ってくれた仲間に自分はどう贖えばいいのか。
「──仲間に義理立てすることはねえ。オレはお前の真の望みを聞いてんだよ」
自分がどうしたいか。
その言葉に在りし日の仲間の姿が思い出される。
任務ではとても頼もしく、でも一旦任務を離れると酒宴が好きで、温かくて愉快な人物ばかりだった。
こんな自分でもちゃんと仲間として受け入れてくれた。
暖かい場所。
大切な家族だった。
それをルシファーに奪われた。
己の無力さが故に──。
華夜は覚悟を決めると、メフィストフェレスの腕に顔を近づける。
口に含んだ血は錆臭さく、反射的に吐き出しそうになる。
込み上げる吐き気を我慢して華夜は何とかその血を飲み下した。
悪魔でも血液の成分は変わらないのだろうか、と素朴な疑問が浮かぶ。
が、すぐにそんなことを気にする余裕はなくなった。
ふいに心臓が大きく脈打ち、体の内側から燃えるような熱さを感じ力が湧き上がる。
酩酊したかのように頭がくらくらし、華夜は目の前の悪魔にしがみついて自身の体を支えた。
青年はそんな少女を面白がるように眺め、彼女の唇に付着した血を指でぬぐう。
「契約を成立させるためにはお前の血をオレも貰う必要がある。我慢しろよ」
首筋の傷口に触れられ、華夜は体を震わせた。
先ほどの痛みを思いだし体が強張るが、青年は言葉とは裏腹にとても優しく唇を添える。
「……あ……」
自分の血が吸われる感覚に、違和感と戸惑いが沸き上がった。
ごくりと嚥下する音が耳につき、居たたまれなくなる。
何と倒錯的なのだろう。
自分がしたこともされていることも、到底正常ではない。
「……甘い」
青年は顔を離し、舌で唇についた血を舐め取った。
動作の一つ一つがいちいち婀娜っぽく、目を奪われてしまう。
「……何だ、見惚れてるのか?」
「自惚れないで。ヴァンパイアでもないのに美味しそうに血を飲むから不思議に思っただけよ」
悪魔についてはまだ謎が多い。
悪魔憑きのほとんどは精神的なものによる憑依性解離障害であり、多くの悪魔は実に狡猾でその尾を滅多に掴ませないからだ。
「主食じゃないってだけだ。良質な魂にありつけない時は些細な願いと引き換えに得ることもある。人間だって飲んだり食ったりするだろ」
言われれば確かにその通りだ。
だが、それを言うならば悪魔は人と違って随分あっさりしている。
人間は雑食で美味しいものに目がなく、食べれるものであれば何でも食べようとする。
「お前の血は蜜のように甘い。その身体からもとても芳しい匂いがする。確立で言えば、千年に一人生まれるか生まれないかくらい貴重だ。良かったな、皮肉とはいえルシファーに選ばれていなかったら、あっという間に魔物達の餌食になってるぜ」
さらりと恐ろしいことを言われ、華夜は口を引き結んだ。
それから左手に熱を感じ、視線を落とす。
中指に黒紫の光が集まりってシルバーのリングへと変わるところだった。
(……これが契約の証……)
まるで鎖に繋がれたかのよう。
この指輪は自分とこの悪魔を歪な絆で縛り付けるものだった。
「行くぞ。ここに留まっても仕方がないだろう」
「ええ……」
この場所はルシファーに知られてしまった。
長く居座り続ければ、他の人間に害が及びかねない。
華夜が手を借りて立ち上がると、青年は思い出したように口を開いく。
「……まだ名乗ってなかったな。オレの名はメフィストフェレス。今日から華夜様がオレの主人だ」
メフィストフェレスは恭しく跪いて華夜の手のひらに忠誠の口付けをすると、妖しく微笑んだ。
溢れ出す血が滴り、床で微かな音を立てる。
「何を……」
青年の行動に気付いた華夜は、驚いたように顔を強張らせる。
そんな彼女の目の前に、青年は血で濡れた腕を差し出した。
「オレの血を飲め。お前と契約を結んでやる。代価は精気だけでいい。契約期間中はオレのすべてをお前に捧げるという『血の盟約』だ。契約終了まで力になってやる」
「本気で言ってるの? 私は退魔師なの。悪魔と契約を結ぶだなんてお断りだわ」
いったい何を考えているのか。
青年の思惑が読めず、華夜は混乱したように身を引く。
「オレは魔を祓う魔だ。少なくともお前が考えてるヤツらよりよほどマシだと思うぜ。仲間の無念を晴らしたいんだろ?」
「それは……」
返す言葉に困り、華夜は青年を見上げた。
そして宝石のように赤い瞳に魅入られ、反らせなくなる。
「私の盾と剣になるつもり?」
「ああ。どうした? ルシファーは憎くても、悪魔と契約までする覚悟はないか?」
悪魔と契約する。それはとても恐ろしいことだ。
青年は精気だけでいいというが、果たしてその言葉がどれだけ信用できるのだろう。
この契約は無謀な賭けのように思えた。
だが、このままここで一人きりで一体何が出来る?
ルシファーの言うように、一族はみな退魔師としての誇りを貫いて殺された。
そこまでして守ってくれた仲間に自分はどう贖えばいいのか。
「──仲間に義理立てすることはねえ。オレはお前の真の望みを聞いてんだよ」
自分がどうしたいか。
その言葉に在りし日の仲間の姿が思い出される。
任務ではとても頼もしく、でも一旦任務を離れると酒宴が好きで、温かくて愉快な人物ばかりだった。
こんな自分でもちゃんと仲間として受け入れてくれた。
暖かい場所。
大切な家族だった。
それをルシファーに奪われた。
己の無力さが故に──。
華夜は覚悟を決めると、メフィストフェレスの腕に顔を近づける。
口に含んだ血は錆臭さく、反射的に吐き出しそうになる。
込み上げる吐き気を我慢して華夜は何とかその血を飲み下した。
悪魔でも血液の成分は変わらないのだろうか、と素朴な疑問が浮かぶ。
が、すぐにそんなことを気にする余裕はなくなった。
ふいに心臓が大きく脈打ち、体の内側から燃えるような熱さを感じ力が湧き上がる。
酩酊したかのように頭がくらくらし、華夜は目の前の悪魔にしがみついて自身の体を支えた。
青年はそんな少女を面白がるように眺め、彼女の唇に付着した血を指でぬぐう。
「契約を成立させるためにはお前の血をオレも貰う必要がある。我慢しろよ」
首筋の傷口に触れられ、華夜は体を震わせた。
先ほどの痛みを思いだし体が強張るが、青年は言葉とは裏腹にとても優しく唇を添える。
「……あ……」
自分の血が吸われる感覚に、違和感と戸惑いが沸き上がった。
ごくりと嚥下する音が耳につき、居たたまれなくなる。
何と倒錯的なのだろう。
自分がしたこともされていることも、到底正常ではない。
「……甘い」
青年は顔を離し、舌で唇についた血を舐め取った。
動作の一つ一つがいちいち婀娜っぽく、目を奪われてしまう。
「……何だ、見惚れてるのか?」
「自惚れないで。ヴァンパイアでもないのに美味しそうに血を飲むから不思議に思っただけよ」
悪魔についてはまだ謎が多い。
悪魔憑きのほとんどは精神的なものによる憑依性解離障害であり、多くの悪魔は実に狡猾でその尾を滅多に掴ませないからだ。
「主食じゃないってだけだ。良質な魂にありつけない時は些細な願いと引き換えに得ることもある。人間だって飲んだり食ったりするだろ」
言われれば確かにその通りだ。
だが、それを言うならば悪魔は人と違って随分あっさりしている。
人間は雑食で美味しいものに目がなく、食べれるものであれば何でも食べようとする。
「お前の血は蜜のように甘い。その身体からもとても芳しい匂いがする。確立で言えば、千年に一人生まれるか生まれないかくらい貴重だ。良かったな、皮肉とはいえルシファーに選ばれていなかったら、あっという間に魔物達の餌食になってるぜ」
さらりと恐ろしいことを言われ、華夜は口を引き結んだ。
それから左手に熱を感じ、視線を落とす。
中指に黒紫の光が集まりってシルバーのリングへと変わるところだった。
(……これが契約の証……)
まるで鎖に繋がれたかのよう。
この指輪は自分とこの悪魔を歪な絆で縛り付けるものだった。
「行くぞ。ここに留まっても仕方がないだろう」
「ええ……」
この場所はルシファーに知られてしまった。
長く居座り続ければ、他の人間に害が及びかねない。
華夜が手を借りて立ち上がると、青年は思い出したように口を開いく。
「……まだ名乗ってなかったな。オレの名はメフィストフェレス。今日から華夜様がオレの主人だ」
メフィストフェレスは恭しく跪いて華夜の手のひらに忠誠の口付けをすると、妖しく微笑んだ。
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