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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~
一話 僕とお兄ちゃんの夏休み(1)
しおりを挟む僕がお兄ちゃんを好きになった理由は、他の誰と比べても、僕のお兄ちゃんが一番格好良くて優しいからだった。
まあ、僕はちょっと我儘なところがあるし、時々物凄く聞き分けが悪いこともあるから、たまにはお兄ちゃんから
『お前なぁ……』
って面倒臭そうな顔をされることもあるけれど、そんなちょっと不機嫌そうで不愉快そうなお兄ちゃんの顔がまた格好良くてさ。僕にはない男らしさや大人っぽさを感じたりするんだよね。
僕が生まれた時にはもうこの世に生を受けていて、笠原家の長男として存在していたお兄ちゃんのことを、僕は最初からずっと好きだった。お兄ちゃんを嫌いだと思ったことは生まれてこの方一度もない。
そして、僕の好きの一番は常にお兄ちゃんだった。
普通、子供なら自分のお母さんを「一番好き」って言いそうなものだけど、僕はお母さんよりもお兄ちゃんのことが好きだった。
僕の好きな人一位の座はいつもお兄ちゃんで、その地位が他人に揺るがされることはなかった。
だから、僕の初恋はお兄ちゃんだし、最初からお兄ちゃんのことが誰よりも好きだと思っていた僕は、自分が自分のお兄ちゃんに恋をしていることをおかしいとも思わなかった。
好き。好き。好き。好き。大好き……。
日増しに大きくなっていくお兄ちゃんへの想いは、僕が成長していくにつれ、想うだけじゃ物足りなくなっていった。
だけど、それと同時に「自分のこの想いは口に出して言っちゃいけないんだ」という分別がついたというか、自己防衛本能みたいなものが備わってしまい、何も知らない無邪気な子供だった頃のように、お兄ちゃんに対して「好き♡」って感情を素直に表現できなくなってしまった。
正直、自分でもこの変化はちょっと意外だった。
僕の性格を考えたら、周りの人間からどう思われようが「好きなものは好き」を貫き通しそうなものだと思ったのに。
もちろん、僕がお兄ちゃんへの好意を完全に隠しきれていたわけでもないんだけどね。
だって僕、基本的には素直で隠し事ができない性格だもん。
僕がお兄ちゃんを恋愛的な意味で好きなんだって気持ちは極力出さないようにしていたけれど、弟としてお兄ちゃんを好きだと思う気持ちは全面的に押し出していたと思う。
だから、もしかしたらお兄ちゃんは時々「ん?」って思うことがあったかもしれないよね。僕の前では全くそんな素振りを見せることがなかったけれど。
僕がお兄ちゃんに自分の本当の気持ちを知られちゃいけないと思ったのは、僕の本当の気持ちを知られることによって、お兄ちゃんに嫌われたくなかったからだ。
お兄ちゃんが僕のことを弟としてしか見ていないことはわかっていたし、弟としての僕相手なら、お兄ちゃんも僕の我儘を聞いてくれて、僕に優しくしてくれたもん。
だから、僕も弟の立場というやつを最大限利用してやった。弟として許される範囲のことは全てやってやった。お兄ちゃんにも散々甘え倒してやった。
これでもかっ! ってくらいにお兄ちゃんに甘える僕に、お兄ちゃんはいつも「しょうがないな」って顔で笑ってくれたし、たまには「可愛い奴だな」って言ってくれることもあった。
ただの兄弟としてしか付き合うことができないお兄ちゃんとの関係でも、僕はお兄ちゃんに優しくしてもらえると嬉しかったし、お兄ちゃんに「可愛い奴だな」なんて言ってもらえた日には、天にも昇る気分になれた。
でも、本当はお兄ちゃんに知って欲しかった。気付いて欲しかった。僕がお兄ちゃんのことをお兄ちゃんとして好きなんじゃなくて、恋愛対象として好きなんだって気持ちに。
そして、お兄ちゃんにも僕と同じ意味で僕のことを好きになって欲しかった。
だけど、そんな僕の淡い期待は当然のように裏切られてしまうことになる。
中学生になったばかりのお兄ちゃんが、入学式から一ヶ月もしないうちに彼女を作ってしまったことで。
まあ、彼女って言っても同じ小学校出身の相手だったから、出逢った直後にすぐ付き合い始めたってわけでもないんだけどね。
でも、僕がお兄ちゃんに密かな片想いをし続けている間も、お兄ちゃんの気持ちが僕とは別のところにあったんだってことを思い知らされたような気がして、余計にショックを受けてしまった。
これがまだ、中学で出逢った子に一目惚れして付き合い始めたっていうなら、僕もまだ「一目惚れなら仕方ないか……」って思えていたかもしれないのに。
お兄ちゃんに初めての彼女ができたと知った時はそりゃもうショックで、僕は三日間ほどお兄ちゃんとは全く口を利いてあげなかった。自分の部屋に一人でいる時間は毎日泣いてばかりいた。
どう考えても、お兄ちゃんに彼女ができたことにショックを受けている僕に向かって、お兄ちゃんときたら
『どうした? 学校で何か嫌なことでもあったのか?』
なんて聞いてきてさ。
あの時はどれだけ
『僕はお兄ちゃんのことが好きだから、お兄ちゃんに彼女ができてショックなんだよっ!』
って言ってやりたかったことか。
でもまあ、そのショックからも四日目の朝には無理矢理立ち直ってみせて、お兄ちゃんの前でも今まで通りに振る舞えるようになったけどね。
だけど、僕の心は傷付いたままだったし、僕の気持ちをお兄ちゃんに伝えることができない苦しみに気が狂いそうだった。
気が狂いそうになるくらい苦しいなら、もう嫌われる覚悟で「好き」って言っちゃえばいいじゃん――とも思ったけれど、大好きなお兄ちゃんに嫌われる覚悟なんてできるはずもない。
お兄ちゃんは僕と違って極々一般的な恋愛をする人間なんだ。そんなお兄ちゃんに僕の気持ちを伝えたところで、お兄ちゃんを困らせてしまうだけだと思った。
そして、お兄ちゃんが僕と同じ気持ちを僕に返してくれることは一生ないんだろう――とも悟った。
だから、僕はお兄ちゃんのことを好きだと思う気持ちを抱いたまま、お兄ちゃんの代わりを探し始めることにした。
僕がこんなにもお兄ちゃんのことを好きだと思っているのに、お兄ちゃんは僕じゃない誰かと楽しく恋愛をしていることがムカついたし。お兄ちゃんがそういう気なら……って、僕も半分自棄になった結果でもあった。
幸い、僕はパッと見の性別が不詳に見られなくもないから、男の人相手でも何とかそういう関係になれたりしたしね。
恋人探しには主にネットを利用した。
もちろん、出逢い系サイトは年齢的にアウトだったし、僕も利用したいって気にはならなかったけれど、同性同士の恋愛に悩みを抱える人間が集まるコミュニティーサイトなら、子供の僕でも気軽に書き込みができたりしたんだよね。
お兄ちゃんが初めて彼女を作ったのは中学一年生の春。当時の僕は小学校五年生。
小学校五年生の僕がネットで恋人探し? と思うかもしれないけれど、最近の小学生は高学年にもなるとスマホを持っている子が半数近くはいたりするし、スマホを持つと同時にSNSやコミュニティーサイトを利用する子も結構いる。
僕はネットで仲良くなった数人の中から実際に会ってみても大丈夫そうな人を吟味して、その中の数人と一年以上ネットでやり取りをした後、一人の大学生と会ってみることにした。
それが後に僕の最初の彼氏になる人である。
正直、男同士の恋愛をするなら後腐れが無さそうな人が良かったし、相手は年上がいいと思った。僕の周りにいる人間を選んでしまったら、お兄ちゃんに知られてしまう可能性があると思ったから。
ネットで知り合った彼に初めて会った時、彼が思った以上のイケメンであったことと、少しだけお兄ちゃんに似ている感じがしたことに満足した。
顔はお兄ちゃんの方が断然男前だったけれど、全体の雰囲気っていうか、佇まい? そういう感じがお兄ちゃんに似ているところがあったから、「この人なら、お兄ちゃんの代わりが務まりそう」と思った。
リアルで会ってから一年は清らかなお付き合いをした。
というより、最初は恋愛感情抜きのお付き合いで、お互いの悩み相談だったり、同性を好きになった者同士の慰め合いのような感じでもあったかな。
当時の僕はまだ小学生だったから、それも当然と言えば当然である。
でも、彼とリアルで出会ってから一年が過ぎ、僕が中学生になって間もなく、僕はその人に自分の初めてを捧げることになる。
相手は大学生。男同士のセックスも経験があるって言っていたから、あまり怖いとは思わなかった。
お兄ちゃん以外の誰かに僕の初めてを捧げることも、別に惜しいとは思わなかった。
だって、その頃のお兄ちゃんにはもう何人目かになる彼女がいたし、歴代彼女全員をセックスしちゃってる後だったもん。
お兄ちゃんが女の子とヤりたい放題なのに、僕だけがお兄ちゃんのために操を立てる必要はないと思った。
それに、僕は「いつかお兄ちゃんと……」という願望を捨てきれていなかった。
いつ来るかわからないし、一生来ないかもしれない〈いつか〉のために、僕は男同士のセックスに慣れておく必要があると思った。
さすがに男同士のセックスが初体験同士っていうのは怖いもん。初めては経験がある相手とシておいた方が安心だと思ったんだよね。
結局、その人とはセックスしてから半年しか続かなかったけれど、付き合っている間は結構楽しかったし、僕の身体をしっかり男同士のセックスに順応させてくれた感じだった。
一度男同士のセックスを経験した後は、誰が相手でも怖いと思わなくなったから、もっとお兄ちゃんに似ている相手を探し求めるようになったけれど、やっぱり誰ともあまり長続きはしなかったよね。
元々僕に相手を本気で好きになる気持ちが無かったことや、中には「男同士のセックスに興味があるだけ」って人もいた。
僕としても、彼氏が欲しいというよりは、お兄ちゃんでは満たしてくれない心の渇きや身体の疼きを、少しでもお兄ちゃんに似ている相手に満たしてもらおうとしただけだったから、彼氏と長続きしなくてもショックではなかった。
まあ、強いて言うなら、僕の幼馴染みの雪ちゃんが相手なら、僕もお兄ちゃんのことを本当に忘れられるかも……とは思ったけれど、雪ちゃんは僕がずっとお兄ちゃんに片想いしていることを知っているから、僕がさり気なく雪ちゃんを誘ってみても、僕だけには絶対に手を出してこなかった。
でも、それで良かったんだと今は思う。だって――。
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