どっちも好き♡じゃダメですか?~After Story~

藤宮りつか

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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~

   僕とお兄ちゃんの難問課題(7)

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 結局、そこから深雪を説得するまでには三十分近く掛かったけれど、僕の懸命な説得の甲斐もあって、深雪は
「わ……わかった。今日帰ってからすぐにってわけにはいかないけど、もう少し気持ちの整理をしてから、さっきのことは雪音に伝えてみる」
 と言ってくれた。
 その後も、雪ちゃんの進路について深雪と話をしてみたけれど、深雪は何も雪ちゃんと同じ学校に通いたい願望がないわけでもなかった。深雪の中にも雪ちゃんと同じ学校に通いたい気持ちはあるみたいだった。
 でも、雪ちゃんと頼斗が同じ学校にいるということには心配になるところもあるようで
「そこはちょっと複雑」
 とも言っていた。
 あと、深雪と雪ちゃんは親の再婚で兄弟になっているから、雪ちゃんと自分が同じ高校に通えば、周りの人間から興味の目を向けられてしまうことも避けたい気持ちがあるみたいだった。
 そのへんは僕とお兄ちゃんとは事情が違うから、僕には何とも言えない感じである。
 人って自分とは違う境遇の人間のことを面白おかしく話す人もいるもんね。恥ずかしがり屋で引っ込み思案な深雪は、学校ではどうしても目立ってしまうであろう雪ちゃんと一緒に、自分が好奇の目に晒されてしまうことが嫌なんだろうな。
『気にしなきゃいいのに』
 って言ったところで、深雪は気にしちゃうだろうし。
「ところでさ、深雪が今僕とこうしている間、雪ちゃんと頼斗ってどうしてるの?」
 真面目な話が終わったところで、今僕と二人だけで会っている深雪の彼氏達は何をしているのかを尋ねてみた。
 実はずっと気になっていたんだよね。待ち合わせ場所に深雪が本当に一人で現れたから。あの過保護な二人の彼氏は、何だかんだと理由をつけて、てっきり深雪について来るんじゃないかと思っていたもん。
(まさか、深雪がいない七緒家で二人仲良くお留守番をしているわけじゃないよね?)
 いや。それも充分にあり得るっちゃあり得る。だって、雪ちゃんと頼斗って仲良しだもん。深雪がいなかったらいなかったで、二人仲良く深雪の話で盛り上がっているかもしれないよね。
「え? ああ……。あの二人はこのすぐ近くのファミレスで時間を潰してるよ。終わったら来てって言われてる」
「ああ、そう。そうなんだ」
 やっぱり途中まで深雪について来ていたらしい。だったら待ち合わせ場所にも顔を出してくれれば良かったのに。そうすれば、僕も二人がどこで何をしているのかがわかって、余計なことに気を回す必要なんてなかったのに。
(まあ、別にいいんだけどね……)
 二人が深雪と一緒に待ち合わせ場所に現れたとしても、僕と深雪が二人だけで話をすることには変わりなかったし。
 もしかしたら、僕が深雪について来た二人に気を遣って
『二人も一緒にどう?』
 なんて誘わないように、深雪が二人を僕に会わせないようにしたのかも。
 心配しなくても、深雪が僕と二人だけで話をしたいって言っているのに、雪ちゃんと頼斗を誘っちゃうほど僕も無神経じゃないんだけどね。
 それにしても、深雪は僕と二人だけで話がしたいって言っているのに、その深雪について来ちゃうなんて。あの二人の過保護っぷりは相当だし、深雪のことになると心配性が酷いよね。
 どうせ深雪に一人で外を歩かせて、変な男に声を掛けられたら……って心配をしたんだろう。雪ちゃんや頼斗の前では、深雪は一人で外を歩くことも許されないのかも。
 まあ、それだけ深雪が雪ちゃんと頼斗から愛されているって証拠だよね。いいなぁ……。僕もそれくらいお兄ちゃんから愛されたいし、過保護になってもらいたいものだよ。
 そりゃね、お兄ちゃんも僕に対しては過保護っちゃ過保護なところもあると思うけどさ。今日のお兄ちゃんは深雪と二人だけで会う僕をほっぽって美沙ちゃんとデートだし。
 今頃は僕のことなんか忘れて、美沙ちゃんと極々普通で一般的な彼氏彼女の時間を過ごしていることだろう。
 って……ダメダメっ! そういう面倒臭いことは考えないようにって決めたんだからっ!
 お兄ちゃんと美沙ちゃんが今日はデートをしていることで、ちょっとくらいは深雪に愚痴ろうと思っているけれど、そのことで落ち込んじゃうような面倒臭い奴にはならないようにしなくっちゃ。
 お兄ちゃんは今はまだ僕と美沙ちゃん二人の彼氏なんだから、僕ももっと前向きな気持ちで、お兄ちゃんを自分だけの彼氏にする努力をしなくちゃね。
「あの二人ときたら、俺が〈ちょっと出掛けて来る〉って言っただけで、〈どこに行って誰と会うんだ〉ってうるさくて。伊織君と会って来るだけだって言ってるのに、ついて行くって聞かないんだよね。俺も子供じゃないんだから、そんなに心配しなくてもいいのに」
「それだけ深雪のことが好きで仕方ないんだよ。いいことじゃん♡ 二人からそんなに愛されて♡」
「うー……」
 僕からしてみれば羨ましいこと限りなしの状況でも、深雪的にはちょっと不満を感じてしまうらしい。
 愛されている人間の贅沢な悩みってやつだよね。僕もどうせ悩むなら「お兄ちゃんに愛され過ぎて困っちゃう」なんて悩みを口にしたいものだよ。
「そういう伊織君はどうなの? 今日出掛ける時、伊澄さんに何か言われなかったの?」
「へ? あー……ううん。僕は何も。だってお兄ちゃん、今日はもう一人の彼女とデートだもん。何か言ってくるどころか、僕より先に出掛けちゃってるよ」
「あ……ご、ごめん……」
 うーん……。深雪に気を遣わせるつもりはなかったんだけどな。僕がちょっと卑屈な言い方をしちゃったから、深雪は不味いことを聞いてしまったって気持ちになってしまったんだろう。
 自分では気を付けようと思っているんだけどね。どうしても拭いきれない僕の中の嫉妬心が、こういう卑屈な物言いをしてしまうんだろう。もっと気を付けなくちゃ。
「こっちこそ気を遣わせちゃってごめんね。でも僕、それも今は仕方がないんだって思ってるから大丈夫。そりゃヤキモチはどうしても焼いちゃうけどさ。お兄ちゃんも僕のことはちゃんと好きだって言ってくれたし。だから、あんまりヤキモチばっかり焼いてお兄ちゃんを困らせないようにしようって、今は前向きな気持ちになれているんだよね」
 気を遣わせてしまったお詫びに、僕は僕で幸せなんだよってことを伝えようとしたら、深雪は僕の顔をジッと見詰めてきて
「伊織君って凄いよね。俺も伊織君のそういう前向きなところ、見習いたいと思ってる」
 心の底から感心しているような顔でそう言ってきた。
 気を遣わせてしまった後は感心されてしまった。何か深雪って全然年上って感じがしないよね。
 だからこそ、僕的には物凄く付き合いやすくて、好感が持てたりもするんだけれど。
「素直だし、前向きだし、健気だし。好きな人には一途だしさ。伊織君のそういうところ、男目線から見ると凄く可愛いと思う」
「そ……そうかなぁ?」
 感心された次は褒められちゃった。人から面と向かって褒められるのって結構照れ臭いものだな。
 特に、僕は人からあんまり褒められるようなことがないから余計に恥ずかしいや。
 でも、深雪の口から〈男目線〉って言葉が出てくるのはちょっと不自然っていうか、「え?」って思っちゃう。
 そりゃ確かに、深雪も僕も生物学上では紛れもなく雄。男でしかないんだけどさ。全く男らしさを感じない深雪の口から、自分が男であることを主張するような発言が飛び出してしまうと、僕としては違和感しかないよね。
 でもまあ、褒めてもらえたことは素直に嬉しい。
「伊澄さんも伊織君のことが好きだって思う気持ちがあるなら、彼女と別れて伊織君一筋になってくれればいいのに。そんな事、俺が勝手に望んでいいことじゃないのはわかってるんだけど、俺、伊織君には早く伊澄さんと本当の意味で幸せになって欲しいからさ。伊澄さんの彼女には申し訳ないけど、伊澄さんと彼女が別れてくれればいいのにって思っちゃう」
「へー。深雪もそういう事思うんだ。ちょっと意外。深雪って人が不幸になるようなことを望まない人間だと思ってた」
「そりゃ人の不幸を望みたくはないけどさ。でも、俺は美沙さんって人のことは知らないし、伊織君のことは好きだもん。知らない人と友達の恋なら、誰だって友達の恋を応援したくなっちゃうじゃん」
「ふふふ♡ それもそうだね♡」
 ほんと、深雪って可愛いなぁ。深雪がこういう素直な人間で、性格的にも可愛い感じだから、雪ちゃんや頼斗も深雪に夢中になっていく一方なんだろうな。
 頼斗に聞いた話だと、深雪は学校でも周囲の人間から可愛いと思われているらしい。つまり、深雪の可愛さは僕個人的な意見ではない。
 お兄ちゃんを僕だけの虜にしてしまいたい僕は、今目の前にいる深雪から、人を惹き付ける可愛さを学んだ方がいいのかもしれない。
 とは言っても、僕と深雪じゃ元々の性格が違い過ぎて、僕が深雪を参考にしてみたところで全くの別物になってしまうんだろうな。
 それに、僕は誰かの真似をした自分じゃなくて、ありのままの自分をお兄ちゃんに好きになってもらいたい。自分の歴代彼氏をお兄ちゃんの代わりにしてきた僕は、今度こそありのままの自分で勝負がしたいって感じなんだよね。
「ありがとう、深雪。深雪に応援してもらえると僕も心強いし、頑張ろうって気持ちになれるよ」
 お世辞でも何でもない、心からの気持ちだった。深雪が僕の幸せを願って、僕の応援をしてくれるだけで、僕は本当に心強いし勇気が湧いてくる。
 もちろん、それは雪ちゃんや頼斗にも言えること。
 散々悩み、右往左往した結果、三人で恋人同士になって幸せに過ごしている雪ちゃん達に応援してもらえば、僕も幸せになれるような気がしちゃうんだよね。
 要するに、三人に応援してもらうことで、僕も三人の幸せにあやかっちゃおうって感じなんだけどね。
 でも、それって全然悪いことじゃない。だって、誰かの幸せな姿を見て、自分もそうなれるように努力ができるってことだもん。
 努力って大事だけど、努力をするモチベーションって維持するのが大変だったりもするんだよね。頑張ることに疲れてしまった時、誰かから努力をするためのモチベーションをもらったり、勇気や元気をもらえるのって大事だもんね。
「それよりさ、ちょっと聞いてくれる? お兄ちゃんってばさぁ……」
 いつの間にか、僕に頑張る勇気や元気を与えてくれる存在になっている深雪を嬉しく思いながら、僕はそんな深雪と所謂いわゆる恋バナというやつで盛り上がっていった。
 深雪も僕には学校での雪ちゃんの話を聞きたがったから、僕と深雪の会話は尽きることがなく、気が付いたら深雪と待ち合わせした時間から、あっという間に二時間が過ぎてしまっていた。


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